タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

末無の花魁、餓鬼を追う【ダークギャザリング #21】

魁道中は日光江戸村で行われるものや、北海道・京都といった各地方でのイベントとして見られるものがあるけど、映像作品の花魁道中で個人的に一番だと思うのが映画吉原炎上の花魁道中。

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紹介してはいるけど実は映画本編はまだ見たことがないんですよね。BS辺りで放送してくれたら一番良いのですが。

 

「旧I水門 / 瑰麗」

今回は原作27話「旧I水門② 童蒙」から28話「旧I水門③ 瑰麗」までの内容。遂に少年霊との戦いが展開された今回の物語では卒業生の「魄啜繚乱弟切花魁」のお披露目となった。ということで今回の感想・解説はこの「花魁」に関することをアレコレ語っていこうと思うが、その前に彼女の源氏名である「弟切」について触れたい。

 

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弟切草」はサウンドノベルゲームのタイトルで聞いたこともあるだろうが、この植物の名前の由来には血腥い伝説がある。平安時代、この草を用いた秘伝の薬の製法を漏らしてしまった弟は、それに怒った鷹匠の兄によって切り殺された。その殺された弟にちなんでその草は「弟切草」と呼ばれるようになったという。

このような不吉な伝説に加えて弟切草には止血作用があるため、そこから転じて人の血を吸う草というイメージが付いたのだろう。あの花魁の霊にそんな「弟切」の名が与えられたのも、彼女自身の美しさが純朴な美しさというよりも、人の生気を吸ったような毒気のある美しさから連想されたものだと思う。

 

花魁と「鬼追い」

Ⓒ近藤憲一/集英社・ダークギャザリング製作委員会

今回の戦闘で「花魁」が選抜されたのは、能力的な問題から遅効性の呪いの「大僧正」では相性が悪く、「軍曹」は善霊のため女子供に甘いという欠点があったからであり、老若男女分け隔てなくどつき倒せる「花魁」が相性として最適だと夜宵は述べていた。ただ私は「花魁」が少年霊を容赦なく倒せるのは、彼女の性格だけでなく「花魁」という職業的事情も大きく関係しているのではないかと思うのだ

 

遊廓で働く遊女たちにとって何よりも厄介なのは性交渉によって子供を妊娠してしまうことである。そのためお下働きの後は必ず陰部を洗浄して清潔にするといった対策はとられていたものの、やはり身ごもってしまう遊女もいたようであり、子供を孕んだ遊女は廓の中では冷たい目で見られたそうである。

そして遊廓では妊娠したことを「地獄腹になる」と呼び、腹の中の胎児は「鬼子」と呼ばれた。本来尊ばれる命の誕生も遊廓や遊女の世界では仕事の邪魔になる存在であり、そのため鬼子を腹から追い出すための「鬼追い」、要は堕胎が遊廓ではしばしば行われていたという。

 

鬼追い: 続・昭和遊女考

「鬼追い」については竹内智恵子の『鬼追い 続・昭和遊女考』に元遊女の実際の体験談が記されているが、柘榴や茸を使った煎じ薬を飲んだり、それでもダメなら直接薬液を子宮に流し込んで中の胎児を引きずり出すということをしていたそうだ。この仕事は遣り手という役職の女性が行うのだけど当然タダでやってくれる訳ではなく、「鬼追い」の費用は借金としてキッチリ遊女に課せられる(しかも利子つきで)。そのため自分でこっそりと堕胎を行う遊女もいたようであり、毒性のある青梅を大量に食べる・冷たい川の水に浸かるといったことを密かに行って子を堕ろそうとしたらしい。ただ、素人のやることなので失敗のリスクも高く、下手すれば死ぬ危険もあったそうだ。

 

Ⓒ近藤憲一/集英社・ダークギャザリング製作委員会

このように、遊女というのはその職業ゆえに生まれる前の子供を「鬼追い」で始末しなければならなかった。人道的観点から見れば到底容認出来ない行為なのは間違いないのだが、彼女たちにとって妊娠するということはお下働きが出来なくなる、つまりはお金が稼げず借金が返せない状況になるという訳であり、自分の生活にも関わる死活問題なのだ。恐らくあの「花魁」も「鬼追い」の経験を生前にしているだろうし、だからこそ今回の戦いにおいて少年霊を倒すのにうってつけだったのだ。

ただ現世における「鬼追い」は便宜上胎児を「鬼」と呼んだのに対し、この少年霊は人肉を食らった餓鬼だから、今回の旧I水門の戦いはそういう意味では正真正銘の「鬼追い」ということになるのだろうか。

 

マジで「安い女」だった(最高級から最下層へ)

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19話の段階ではネタバレになっちゃうので言えなかったのだけど、あの「花魁」は本当に「安い女」だったんだよね…。螢太朗は知らなかったけど、「安い女」発言は何気に彼女のトラウマをえぐっていたのだ。

弟切が最高級ランクの花魁から最下層の遊女へと転落した経緯は今回の物語の終盤で描かれた通り。弟切の身請けに嫉妬した新造の遊女・紅にハメられ、暴行と梅毒によって弟切の顔は見るも無残なことになり、水銀を薬※1にして何とか美貌を取り戻そうとしたものの、紅に身請け先を横取りされる形となり、結果自分を蹴落とした紅もろとも廓に火を放ったという壮絶な最期を遂げている。

 

さて、ただでさえ「苦界」と称される遊廓だが、遊廓にも一般社会と同じ上流階級や下流階級とでも言うべきものがある。

「身投げや首吊りに失敗して、身体が言うことを聞かんようになった花魁が、どうなるか知ってますか。末無下楼町(すえなしげろうちょう)へ行くんですわ。そこも廓町と呼ばれる場所やけど、おつむや手足など、とにかく身体のどこかが不自由になって、それまで通りのお下働きができんようになった女しかおりません。そういう廓やから、玉代も異様に安い。せやから女を買いにくるお客にも、ろくな男がおらん。けど、お客の選り好みなんかできる立場やない。相手が汚い乞食でも、お金を持ってくればお客さんですわ。お下働きをせんとならん。ところが、そんなお客ばかり相手しとると、そのうち悪い病気をもろて、お秘所が爛れ、髪の毛が抜け、歯も抜けて、鼻がもげ……と身体が腐ってしもうて、酷い死に方をするんが、まぁ落ちでしょうな」

(中略)

「末無下楼町いうんは、ほんまにある住所とは違う。もうこれ以上の末など無い、一番下の楼の町いう意味ですな。ここから先、花魁の行くところは、どこにもありませんわ。堕ちるだけ堕ちた先が、末無下楼町いう地獄です。(後略)」

三津田信三『幽女の如き怨むもの』より引用

これは小説から引用した文だが、実際に地方の遊廓には末無〇〇町と呼ばれる最下層の廓町があったそうで、有名な吉原遊廓だとその末無下楼町に相当するのが羅生門河岸と呼ばれる場所だ。

 

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羅生門河岸は最近だと「鬼滅の刃」の遊郭編でその存在を知った人も多いだろう。最下層なので一回辺りの玉代も現代価格に換算すると1000円前後という安さ。そのため遊女の方も客となる男性を求めるのに必死で、通りがかった男を掴まえて放さなかったそうだ。その様子が平安京羅生門に棲む鬼さながらだったことから「羅生門河岸」と呼ばれるようになったという。※2

こんな呼び方をされていることから見ても最下層の遊女は人と言うよりも鬼に近い存在だったと想像はつくし、古代日本において疫病は鬼の仕業だと考えられていた点もあわせれば、性病に感染しながらも男性に身を売る遊女が疫病をまき散らす鬼と同格にされるのも、残念ながら仕方ないとしか言いようがないのだ。

 

※1:当時は梅毒に水銀が効くと信じられていたが、水銀中毒になるだけで当然効果はなかった。(効果があるどころか逆に神経がボロボロになるよ)

※2:【壮絶】悲惨すぎる最下層の女性たち - YouTube

 

さいごに

今回は「魄啜繚乱弟切花魁」が少年霊を倒すのにうってつけである理由や、彼女もまたある種の鬼であることを解説した。堕ちる所まで堕ちてしまった者同士の戦いということで、この旧I水門戦には私たちが見て見ぬフリをしてきた社会の闇に葬られた犠牲者の存在が垣間見えるのではないだろうか。

 

Ⓒ近藤憲一/集英社・ダークギャザリング製作委員会

そうそう、「鬼追い」で腹から出された「鬼子」は無縁仏として寺に葬られるけど、実を言うと死んだ遊女もその扱われ方は「鬼子」と同じで、どんなに稼ぎ頭の花魁でも死んでしまえば無縁仏として遊女の霊を弔う「投げ込み寺」送りになるのだ。実家のお墓にも入れてもらえず差別の対象となり、そのくせ社会は性風俗の需要を求めて彼女たちを利用していたのだから、そりゃ怨霊にも鬼にもなるわな…。

 

さて、次回は旧I水門戦のクライマックス。燃え広がる炎の先に待ち受ける展開とは。そしてこの対決の行方はどうなるのか。語ることはまだありますよ~!