タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

ナンバMG5ざっくり感想 #10(情熱は伝播していく)

※次回の後日談回でドラマは完結しますが、当ブログでの感想は今回でシメようと思います。

 

10話(最終回)感想

ナンバデッドエンド(15) (少年チャンピオン・コミックス)

最終回となる10話は、白百合高校で起こった襲撃事件後の難破一家と藤田らクラスメイトの剛退学に対する抗議活動が描かれる。前に原作のお試し版を読んだ記憶が確かならば、両親と剛の和解にはもう少し時間がかかったように思うが、ドラマでは割とすんなり和解したようで、これは前回父親の勝が仕事で「義理人情で社会が動いている訳ではない」という取引先の人の一言が影響を及ぼし、すんなり剛のことを許せたと視聴者に理解出来るよう描写されていたので特に違和感はなかったと思う。

 

兄の猛は両親と違い剛のことが許せずにいたが、家族の中で猛が一番時間の止まった人間なので、自分の中で消化するのに時間がかかるタイプだとは思っていたよ。なまじ関東を制覇してしまったが故に、両親以上に力でのし上がることにこだわって弟にそれを託したのだろう。それに、猛は最強の男だけどそれゆえ孤独というか、価値観を共有する仲間のような存在がいないから、伍代や大丸といった仲間が剛にいることに少しは嫉妬の感情はあっただろうし、そうやって仲間同士助け合い成長してゆく弟に置いてけぼりにされていく寂しさが猛を天邪鬼にさせたのかなと思っている。

最終的に弟の将来を邪魔しようとするグレ一味を倒し剛と和解したが、あそこでようやく猛は(ある意味)幼児退行していた自分を捨てて弟を守る兄貴としての務めを果たしたのだから、最後の最後に兄・猛の成長が描かれたのも和解の場面の感動を後押ししていたように思うのだ。

 

原作だと「デッドエンド」編に入る前に猛をメインにしたエピソードがあって彼の人となりがわかるのだけど、ドラマは1クールで描き切る必要があり、剛の物語としてまとめる分、猛の描写はどうしても減ってしまう。原作で猛と剛がドラマと同様の形で和解したのかどうかそれはわからないが、猛は「関東最強の男」というチートキャラ的な設定が与えられた役どころであり、ドラマでは彼がある種のコメディ・リリーフとして立ち回っていたため、終盤のシリアスな展開に(下手したら)猛が馴染めない可能性もあった。しかし、ドラマはそこを考えて兄弟の和解を終盤に持ってきたのが脚本の舵取りとして効果的だったし、チートキャラであるがゆえの頑なさと孤独が伝わるようになっていたのも良かったと思う。

 

藤田たちクラスメイトによる体育館立て籠もりの抗議活動は、学園ドラマではお馴染みの風景でありベタな展開であることに変わりはないが、そこに至るまでに剛がやってきたことや彼の勇気・情熱が伝播しているというのが素敵な所で、特に島崎なんかは初回のヘタレなままの彼だったら校長に抗議する勇気なんて湧いてこなかっただろうし、クラスメイトだって一致団結出来なかっただろう。

 

この抗議活動の場面では、事情を知らなかったり心のない他のクラスの生徒の誹謗中傷があったり、抗議活動をやめさせようと内申や推薦を引き合いに出した生徒指導の先生に折れて抗議活動を降りる生徒がいたりと、現実世界でもあり得る人の動きというか心理も描かれている。そのことでちょっと脱線するかもしれないが言っておきたいことがある。

1960年代や70年代には今回の抗議活動のような学生運動がざらにあった時期で、今回の出来事はそれを想起させるものがあるけど、学生運動が盛んな時期にそういった活動に関わらなかった人はノンポリ(nonpolitical の略)と呼ばれていた。だから抗議活動に関わらなかった眼鏡の女生徒がいたでしょ?彼女なんかは正にそのノンポリで、今の時代はどっちかというとこのノンポリ派が多数派になっていると私なんかは思うから、ノンポリを決め込まずに誰かのために自分の人生を賭けることのカッコ良さ(或いは難しさ)が一貫して描かれているのもこの作品の素晴らしさなのかなと思うのだ。

 

総評 ~何故ここまで視聴者の心を動かすドラマになったのか~

当初は水曜の新ドラマ枠に2005年に発表された原作を、それも不良モノをチョイスするなんて何を考えてるんだ…?という感じで、裏のドラマともかぶるのによくもまぁ喧嘩を売るようなことをしたものだと思った(実際そういう所はテレビ局としてあるのかもしれないが…)。私は間宮さんのファンとしてずっとドラマを追っていくと決めたので、内容はどうあれそれなりに評価されたらファンとして嬉しいな~という思いで見ていた。

最初の1~3話くらいまでは面白さとしては中の上で、ネットでの反響も「そこそこ面白いドラマ」みたいな感じだったと思うが、4話以降からあれよあれよという間に視聴率に反比例して評判が高まっていき、最終回に至ってはTwitter の方で10万ツイートを超える勢いでツイートされていたから、客観的に見ても多くの人の心をわしづかみにしたドラマであることはまず間違いないと言って良いだろう。

 

では何故ここまで多くの人の心を動かすドラマになったのかと考えたが、その一因としてコロナ禍はやはり関係していると私は思うんだよね。

別にコロナ禍に限らないかもしれないが、私たち人間は生活の安寧のために多くのことを妥協したり諦めたり、或いは犠牲にして今何とか食いつないでいる部分がある。特にコロナ禍の学生は修学旅行が行けなくなったり、スポーツの大会に出場出来なくなったりと、今しか出来ないことを諦めざるを得ない人が至る所にいて、そういった人々の悲鳴が報道として流れた。そんな折にこのドラマが放送され、難破剛の生き様に何か感動を覚えたり勇気づけられたり、憧れを持った視聴者はいたのではないかと思う。

勿論剛のいる世界にコロナ禍はないけど、普通なら妥協してヤンキー街道を行くはずの男が自分が憧れた「普通の学生生活」を送るために二重生活という危ない橋を渡り、その過程で得た仲間によって彼が支えられたり、反対にその仲間を助けるべく奔走したりと「不良」としても「学生」としても必死に誰かの支えになろうとする彼は、コロナ禍だけでなく人生で色んなものを捨て妥協してきた現実の視聴者にとってもヒーローだったと言えるだろう。

これは「ナンバMG5」に限らず、フィクションには私たち現実社会の人間が人生の中で妥協した結果捨てたり犠牲にしたものが堆積され結晶化したものが含まれている。だからこそ私たちは物語に感銘を受けたり感動することが出来るのじゃないかと思うし、本作がここまでの人気ドラマになったのも、元の物語のテーマ性と今のご時世がバチっとはまったからだと考えられるのだ。

 

あと人気になった理由として挙げられるのはストーリーのストレートさかな。昨今のドラマは考察とか過剰な演出とかを売りにしたドラマも多いが、そういうドラマで頭をはたらかせること自体私は嫌いではないし、当ブログはどちらかというとその考察に頭をはたらかせることが好きな人間が書いているので、逆に本作のような不良が活躍するドラマの感想を書いているのがむしろイレギュラーなのだ。

とはいえ、考察系のドラマは頭をはたらかせる分ちょっと見ていて疲れる部分はあるし、人の言葉の裏を読んだりしないといけないから、そういうのに慣れていない人には最近のドラマが肌に合わないというか、登場人物に感情移入出来なくてう~んとなってしまう所があるのではないかと思う。その点本作は最近のドラマではめっきりやらなくなったホームドラマ要素があるし、登場人物も善悪を問わずストレートな人間が多くて捻くれた人間の方が少なかったから、内容的にもガツンとダイレクトに視聴者に届く物語だったと思う。

 

そしてこれが一番重要かもしれないが、ドラマ制作陣・演者の熱量と原作そのものが持つ熱量が一体となれたことが、見る人の心を動かすドラマになった最大の要因だと今は確信をもって言える。ドラマの中には作り手と視聴者との間に距離感があるドラマも少なからずあるし、クリエイターの自己満足に完結してしまった作品も残念ながらあるのだが、本作のドラマの公式Twitter では毎話オフショットやメイキング映像が公開され、視聴者に見せても恥ずかしくないドラマ作りが一貫してアピールされていた(宣伝の目的も当然あるだろうが…w)。視聴者だけでなく演者の中からも続編や映画化の声があがったのだから、その思いに嘘偽りは決してないだろう。

 

間宮さんのファンなら既に知っているはずだが、先日のめざましテレビで放送された間宮さんのクランクアップ映像において、クランクアップ済みの難破一家三人がサプライズで駆け付けたことに間宮さんが思わず号泣する下りがあった。

私もこれまで彼の出演作は(全部ではないが)見ているし、クランクアップの様子とかもネット記事なんかで調べて見ることもあるが、こうして人前で演技以外で涙を流すようなことは滅多にないので、ちょっと驚いた。

これまで間宮さんが載っている雑誌や写真集にあるインタビューで彼の発言を読んだ感じだと、間宮さんって未成年の頃から感情の整理整頓が物凄く上手な人っていう印象を私は受けたのよ。学生の頃から俯瞰的に物事を見る傾向があって、嫌なことがあっても冷静に受け止められる性格であることを本人も述懐していたからね。ただ、その達観的な感受性がアダとなってマネージャーさんから注意されたり共感性の低い人だと誤解されたりしたというエピソードも聞いていたから、今回のドラマで男泣きという、ある意味整理出来ていない感情を発露したという所に私も心揺さぶられるものがあったと思う次第だ。

 

あ、別にこれまでの間宮さんがダメで今回ようやく人間的にも成長したとかそういうことを言いたいのではないよ?ただ、今まで(特に未成年の頃)はどちらかというと間宮さん自身の精神と演じるキャラクターの精神との間に溝があって、そのキャラの心理をある種教科書的に把握して演技として出していた可能性はあったと思う。つまり、自分と演じる役が渾然一体となっていなかったのではないかという推測なのだが、この課題点を間宮さんは多くの作品に出演し、共演者やスタッフの人、もっと言うとファンの方々といった多くの人の心や精神に触れることで、整理出来ない感情(怒りや悲しみなど)を機械的にではなく直感的・感覚的に体得していったのではないだろうか。それが本作「ナンバMG5」で最大に結実したから間宮さんは難破剛と渾然一体となれたのかもしれないし、そういう場や空気感の構築にドラマスタッフや共演者が貢献したのは間違いないことだと思う。

だからあの男泣きって本当に共演者のことを家族と認識出来ていないと泣けないはずだし、そこを報道を通じて見ることが出来たのは一人のファンとして嬉しかったな~。

 

 

ということで、以上でドラマ「ナンバMG5」の感想は終わり。間宮さんはまた別のドラマに出演するが、3シーズン連続の出演となるから体調だけは崩さないでほしいな。

シリーズ初期の名作「飛騨からくり屋敷殺人事件」がリメイク!(五代目「金田一少年の事件簿」#8)

 

(以下、原作ほか初代ドラマ版も含めた事件のネタバレあり)

 

File.6「首狩り武者殺人事件」

アニメ 金田一少年の事件簿 3 飛騨からくり屋敷殺人事件 [レンタル落ち]

記事タイトルにもあるように、今回リメイクされたのは1994年の8月から10月にかけて連載された「飛騨からくり屋敷殺人事件」。原作の時系列としては「金田一少年の殺人」の前に起こった事件になる。

剣持警部の幼馴染・巽紫乃からの手紙で剣持とはじめ・美雪は岐阜県奥飛騨に位置するくちなし村の巽家を訪れるが、ちょうど巽家は先代当主の逝去による家督争いでもめており、先代当主が先妻・綾子の子供である龍之介を差し置いて、後妻である紫乃の連れ子の征丸に家督を譲るという遺言をのこしたために、いつ殺し合いが起きてもおかしくない状況になっていた。紫乃が剣持らを呼んだのは、そんな折に「首狩り武者」と称する者から脅迫状が届いたためで、剣持とはじめは彼女の窮状を救うべく調査に赴いたのだが、はじめ達がくちなし村に到着した日の夜、首狩り武者による襲撃があり、更には巽家の客人・赤沼三郎合わせ扉の間で凄惨な死体となって発見される…。

 

以上が本作のあらすじとなるが、本作は横溝正史の『犬神家の一族』『八つ墓村』をリスペクトして作られた長編で、家督争い・落ち武者の怨霊・顔のない死体等々、これでもかと横溝テイストを盛り込んだ一作となっている。

横溝正史のテイストを模倣したミステリは数多く輩出されており、その中にはミステリとしてはイマイチな作品も少なからずあるのだが、本作は横溝が生前金田一耕助シリーズにおいて挑んだ「密室殺人」と「顔のない死体」の両方を取り込んだ作品であり、そのトリックも横溝の作品群と比べても劣らない出来栄えとなっている。また、解決編で明かされる犯人の犯行動機の異常性も凄まじく、物語は最後の最後まで意外性に満ちている。そういう訳で本作は横溝作品の模倣に止まらない、ミステリとしてクオリティの高い一作だと私は評価している。

(元々横溝正史の作品が大好きなので多少の贔屓目はあるけどね)

 

初代ではシーズン1の6話で放送されたが、舞台が岐阜県から宮城県に変わったことで、タイトルも「首無し村殺人事件」に変更されている。詳しい改変ポイントについては事件解説の項で語っていくが、初代ではこのエピソードではじめと剣持が「オッサン」「はじめ」と互いに呼び合う間柄になった。

そして今回のリメイクでも舞台が神奈川県(警察のパトカーを参照)に変更されたため「首狩り武者殺人事件」というタイトルに変更となった。その他の主な改変ポイントは以下の通り。

 

〇原作との相違点

・巽もえぎが和服姿の少女として変更されている。

・巽家使用人の桐山環、巽家主治医の冬木倫太郎、巽家次男の隼人がカットされ、環の代わりに原作で冬木の母にあたる冬木ウメが使用人になっている。

・原作で名前がなかった顧問弁護士が事件関係者として追加され、岩田和巳という名で登場する。

 

もえぎが和服の少女として改変されていたり、ウメが巽家の使用人になっているのは初代と同じだが、今回のリメイク版のもえぎは原作の隼人の設定を受け継いでおり、初代と比べると存在感のある役どころとなった。トリックや謎解きも改変されているがそれに関しては後ほど説明する。

 

原作の事件解説(密室殺人×顔のない死体)

Who:合わせ扉の間の密室トリックが実行可能な人物、鉛の詰まった銃

How:「赤沼三郎」を利用した二人一役トリック、合わせ扉の間のどんでん返しを利用した犯人消失トリック、一体の死体を二体に見せかける死体偽装トリック

Why:龍之介に巽家の財産を相続させるため(+共犯者の口封じ)

今回はじめは解決編にあたる第8回目において、この事件の謎を6つ挙げている。

 

①はじめたちの前に姿を現した「首狩り武者」は誰なのか?

赤沼三郎は何者で、なぜ殺されたのか?

合わせ扉の間からどうやって犯人は姿を消したのか?

④なぜ犯人は巽家と関係のない美雪をさらったのか?

⑤犯人が征丸を殺害した動機は何か?

⑥この事件の「本当の犯人」は誰なのか?

 

まず最初の赤沼殺し(②と③)から解説していこう。赤沼が殺害された現場は電子錠でロックされた密室であると同時に死体の首が切られて持ち去られているため、密室の謎と犯人が赤沼の死体を「顔のない死体」にした理由を推理していかなければならない。

作中で「顔のない死体」が出た場合は、まず被害者と加害者の入れ替わりを考えるのだが、本作では赤沼が殺された時点で失踪しているのは征丸しかいないため、当然死体は赤沼ではなく征丸ではないかと一旦考えるものの、死体の血液型がAB型でありO型の紫乃から生まれる子供ではあり得ない血液型のため、早々に読者が却下してしまうよう考えて設定されているのがトリックとして巧妙なポイントの一つだ。そもそも、当初から顔を隠していた人物の首を切断し持ち去るメリットが(一見すると)ないため、赤沼の死体=征丸の死体というシンプルな答えに辿り着けないようになっているのが秀逸な部分と言えるだろう。

また、赤沼が征丸や紫乃にとって不利な存在として描かれているのも強力なミスリードになっている。龍之介にしてみれば赤沼は征丸の家督相続の障害として利用出来る存在だから、龍之介が赤沼をでっち上げるというのは理屈が通る一方、征丸や紫乃赤沼をでっち上げるメリットはないし、赤沼殺しで疑われるのはどちらかと言えば征丸や紫乃の方なので、その点から見ても(征丸はともかく)紫乃に読者の疑惑が向かないように作られている。

 

密室トリックについては、あらかじめ合わせ扉の間にいた共犯者(猿彦)が部屋を出て鍵をかけた後に、どんでん返しに張り付いてはじめと入れ違いになる形で抜け出し、どんでん返しの外側にいた真犯人に鍵を渡して開錠させるという至極シンプルなトリックだ。これに関しては死体が正座しているという状況もさることながら、殺害直後に首を刎ねればもっと現場に血が飛び散ってないとおかしいので、赤沼の悲鳴は死体となった人物ではなく部屋にいた共犯者によるものだと推理することは可能だ。ただし、真犯人が用意した偽の密室トリックがまたしても読者をミスリードへと誘う。

真犯人が仕掛けた偽の密室トリックは窓の鉄格子を一本外し、対岸までロープを渡してそこから綱渡りの要領で脱出するというトリックだ。このトリックは小柄で元軽業師の猿彦でないと実行出来ないトリックであり、原作の第4回目でもはじめは彼の体格と身軽な動きからこの脱出トリックの可能性を検討しているが、彼が高所恐怖症であることを見抜きそのトリックが真犯人が猿彦をスケープゴートにするために仕掛けた偽トリックだと推理する。

 

猿彦が高所恐怖症だと推理した根拠は、彼が庭木の剪定で脚立の上にのぼらず高枝切りバサミを用いて剪定していたことを根拠にしているが、実はこの根拠には弱い部分がある。というのも、脚立の正しい使い方としては天板にのぼったり跨ったりするのはNGで、作中の猿彦のように踏ざん部分に足をかけて作業をする方が安全なのだ。更に言うと剪定をする際は目線が上向きになってバランスを崩しやすいため、本来は四つ足の脚立を使うべきではなく三脚を使うのがベストなのだ。※1巽家に三脚があったのかそれはわからないが、高所恐怖症でなくとも安全性を考えれば作中のような形で剪定をするのはおかしいことではないし、たとえ素人目に見て違和感があったとしても、それを高所恐怖症の根拠にするのはちょっと無理がある。

 

高所恐怖症の推理に関しては論理的に弱い所はあるが、猿彦を犯人だとミスリードさせるためにわざわざ赤沼の殺害現場を密室にしているのが本作のユニークポイントと言えよう。基本的に現場を密室にするのは被害者を自殺か事故死に見せかけるためであって、どう見ても他殺としか思えない現場を密室にするメリットはないのだが、真犯人は自分が容疑者として疑われないために偽トリックを用意し、なおかつ自分に犯行は不可能であることをはじめに印象付けるために現場を密室にしたのだ。

そのため、密室にするメリットを考えれば、猿彦の高所恐怖症の件を考えずとも、猿彦が現場を密室にして有利になることはほとんどないため、そこから猿彦が真犯人のスケープゴートだと推理することは可能だと私は思う。

 

※1:高所恐怖症に関する推理についてのツッコミは、以下のリンクを参考にさせていただいた。

脚立の安全な使い方 | 製品の安全な使い方 | サポート | 梯子、脚立のパイオニア 長谷川工業株式会社

梅の剪定中の高所作業の危険性と対策

 

〇悪魔的な死体偽装トリック

次の征丸殺しにおける謎は上で提示した④と⑤に相当するが、やはり事件を解明する上で重要となるのは、征丸の生首を巽家の人間や警察ではなく、何故美雪やはじめに真っ先に見せる必要があったのかという疑問だ。征丸の死が確認されて有利な立場になるのは龍之介であるが、仮に龍之介が犯人だとしても、生首を警察に検めさせて征丸の死亡をちゃんと確定させた方が法律的にも有効だと思うので、わざわざ美雪をさらって征丸の生首を見せるという迂遠な死亡証明をしたのには何か理由があるのではないか…という考えに至るはずだ。

そしてこの迂遠な死亡証明の演出こそ、今回の真犯人の動機につながる最大の手がかりであり、ここで死体偽装トリック――征丸の死体の首を刎ね、胴体を「赤沼三郎」という架空の人物の死体にした――を見破れるかどうかが鍵となる。

 

この死体偽装トリックについて言及しておくが、いきなり征丸の生首を出すのではなく赤沼」の死体をワンクッションはさんだ後に生首を出しているのが巧妙なポイント。

もし征丸の死体が首が切られていないそのままの状態で発見されれば、警察の捜査で血液型の矛盾から犯人の動機がバレることは明白だし、それを避けるため美雪やはじめだけに征丸の死体を目撃させたとしても、征丸の死亡を証明することはかなり難しい。何故ならば、仮にはじめと美雪が訴えた所で見間違いとして一笑されてしまう可能性の方が高いし、もし訴えが聞き入れられたとしても警察は死体を見つけるために捜索を開始するだろう。そうなっては死体の発見は時間の問題であり、発見されればそこから犯人が特定される危険だってあるのだからね。

そこで首を切り離して二件の連続殺人に見せかけることでこの問題をクリアしているのが本作の犯人の悪魔的な賢さで、先に胴体を「赤沼」として出しておけば身元不明の遺体として警察が処理するため死体を隠す必要もないし、この後の征丸の生首を用いた死亡証明の演出にも信憑性が出て来る。なおかつ、その目撃者に巽家と関係のない第三者で、警察から信頼されている美雪を選んでいるというのも本作のトリックを成功させる上で重要な一因となっているのだ。※2

しかも「赤沼三郎」が実在の人物であることを強調するために猿彦が赤沼になりすましていたのも実に用意周到で、外部からやって来た人物だと印象付けるためにバスに乗り込みはじめ達に目撃させたのもさることながら、猿彦=赤沼だと見抜かれないように真犯人自身も赤沼になりすましていたという徹底ぶりには驚かされる。

 

※2:首狩り武者(猿彦)が美雪とはじめに征丸の生首を見せた際、真犯人が征丸の服に着替えて「征丸の胴体」になりすましていたのも、死体偽装トリックとして巧妙なポイントである。


〇真犯人と動機について

本作の犯人当ては物的証拠が皆無に等しいことや、猿彦というスケープゴートの存在、そして何より序盤から読者に植え付けられた強烈な先入観が障壁となっているため結構難しい。

犯人特定の手がかりとして一番分かり易いのは、龍之介が征丸を殺そうと銃を持ち出した下り。一見すると征丸をかばっているように見えて実は龍之介が銃の暴発で死なないよう必死で止めていたという、ダブルミーニングとして秀逸な部分であり、これが紫乃と龍之介が真の親子であるというヒントになっている。

紫乃や征丸は日頃から龍之介に疎んじられているし作中でも紫乃は龍之介のことを「死んでしまえばいいんだわ」とまで言っている。だから本当に龍之介に殺意がある彼女ならばあそこで龍之介を止めず、銃の暴発で彼を見殺しにしたはずだ…と論理的に説明付けられるのだが、一方でこの説明は心理的に考えるとちょっと状況証拠としては弱いと思う

いくら殺意を覚えるほど憎い相手とはいえ、普段寝起きしている邸宅内で死亡事故が起こるというのは気持ちの良いことではないし、現場が血みどろの状況になることを思うと生理的にそれを避けようと行動するのは決して不自然なことではないと思う。また、「首狩り武者」の脅迫による心労で銃に鉛が詰まっていたこと自体一時的に忘れていた可能性もあるから、これだけで紫乃が真犯人と特定するのは難しい。

 

メタ的に推理するとしたら、今回の事件はあらゆる点で紫乃が犯人でないよう演出されているので、そこから推理することは可能だし、解決編前の第7回目にはじめがホテルの回転扉で猫とすれ違った瞬間が描かれており、それがどんでん返しのトリックの直接的なヒントになっているので、これで真犯人が紫乃だと気付けるようになっている。

とはいえ、龍之介が紫乃の計画に乗じて彼女を自殺に見せかけて毒殺しようとしたり、征丸が紫乃の実子であるという強烈な先入観が邪魔をしているため、最後の最後までミスリードが張られており読者が翻弄されてしまう作りになっているのは特筆すべき点だと言える。

 

紫乃の犯行動機は、本当の実子である龍之介に巽家の財産を相続させるために長年育てた征丸を殺害するという到底信じられない動機だが、動機の根底には先妻・綾子の存在があり、どちらかというと綾子に対する復讐の方が割合としては大きいのではないかな?と思っている。勿論、実子の龍之介が裕福に暮らせることを願って嬰児交換をしたのは間違いないのだが、綾子の実子である征丸を息子として育て、苦労の多い人生を負わせることで恨みを晴らしていた部分も多かれ少なかれあったと思う。

龍之介の横暴な性格は綾子譲りであり、それを見越して先代当主は家督を征丸に譲ったのだろうが、結果的にそれが今回の事件の引き金になっているのがまた恐ろしい所で、嬰児交換・紫乃が巽家の後妻として嫁いだ事・先代当主の遺言といった諸々の事象が組み合わさって今回の事件が結実したというのも横溝正史の『犬神家』を彷彿とさせる。また、死者に復讐するため殺人を犯すというのも横溝の(ネタバレなので一応伏せ字)『門島』(伏せ字ここまで)に通じる所があるのではないだろうか?

 

最終的に紫乃は自分の息子に殺されるという報いを受けるのだが、征丸の殺害も含めてオイディプス王の悲劇※3を連想させるものがあり、本作が名作であるのはトリックのみならず古典文学の要素が物語にあるからではないかと勝手ながら分析した次第だ。

ちなみに、原作の最終回では医師の冬木が柊兼春の子孫であり、巽家の血統を根絶やしにするため紫乃の嬰児交換を黙認したという、はじめによる推測が為されているが、これは蛇足に近い設定のため、アニメでもドラマでもカットされている。

 

※3:オイディプス王 - Wikipedia

 

ドラマ(初代・五代目)の事件解説

今回の感想に移る前に簡単ながら初代ドラマ版の感想を述べたい。

tariho10281.hatenablog.com

初代は内容自体は原作と大体同じ作りになっているが、1話完結にしたこともあり、はじめ達がくちなし村に到着して以降の共犯者の行動がかなり忙しいことになっている。

まずくちなし村の入り口で「赤沼」に扮してはじめ達に姿を見せ、すぐに扮装を解いて猿彦に戻りはじめ達を巽家へ案内する。そして巽家に到着したら、はじめ達を放置してそのまま「首狩り武者」に扮して襲撃を演じ、それを終えたらすぐにまた「赤沼」に扮して巽家を訪れる…と、これだけ見てもかなりせわしない状況になっているのがわかるだろう。また、原作と違って紫乃赤沼に扮装しないため、「猿彦=赤沼」の一人二役に関してはわかりやすくなっている。

紫乃と剣持の関係も実は改変されており、年齢設定の問題から幼馴染みではなく、剣持が駐在勤務をしていた際に知り合った間柄として変更されている。その改変に即して、剣持が紫乃に淡い恋心を抱いていた部分を活かした脚本になっており、解決編も紫乃の動機の異常性よりも、恋心を抱いた相手が真犯人だったという剣持の哀しさにスポットライトを当てたような結末になっていると私は思った。

 

〇五代目の改変について

そして今回のリメイク版となるが、はじめ達がくちなし村に到着後の共犯者の忙しさは初代と同様だが、今回のリメイク版では「首狩り武者」の襲撃と「赤沼」が巽家に到着するまでの間に時間の開きがあるため、初代に比べるとまだ余裕があった感じがする。また、原作通り赤沼」の恰好でバスに乗っているため、初代と比べれば外部から来た人間として印象付けに成功していたと言えるだろう。

 

そして合わせ扉の間におけるトリックは、どんでん返しを利用する点は同じではあるが、その過程は原作やアニメ・初代とはちょっと状況が異なっている。

原作では、はじめがどんでん返しの内に入って扉の前に立った際に猿彦が悲鳴を上げ、はじめと紫乃が鍵を取りにどんでん返しの外に出てから部屋を出て施錠し、どんでん返しに張り付く。そしてはじめと入れ違いにどんでん返しの外側に出た猿彦が偽の鍵を持っていた紫乃と鍵を交換して脱出…という流れになっていた。

しかし今回のリメイク版では、はじめがどんでん返しの内側に入る前に扉を施錠してからどんでん返しに張り付いており、そこで悲鳴を上げてはじめ達と入れ違いに脱出し、鍵を元の場所に返している。この際、はじめを案内する形で真っ先に紫乃がどんでん返しに入ったのがポイントで、これにより入れ違いの際にどんでん返しの内側に猿彦が潜んでいたことをはじめに悟られにくいようになっているのがトリックとして優れている。

はじめが真っ先にどんでん返しに入った場合、いくらどんでん返しに張り付いていたとしても、どんでん返しを動かした際の抵抗感※4から裏側に人がいたと勘付かれるリスクは当然あるだろうし、はじめがどんでん返しの左から入るのか、右から入るのか猿彦にはわからないため、それが原因で入れ替わりに失敗してしまう危険もあったはずだ。このトリックの難しさは以前TBSの番組「水曜日のダウンタウン」でも検証されていたので、ドラマ制作陣も(多分)トリックのリスク性を考慮して今回は改変をしたのかもしれない。

 

あらかじめ猿彦と紫乃が打ち合わせをしておけば、どんでん返しの入れ違いも確かにスムーズになるのだが、しかしそうなると原作のように鍵の交換が出来なくなる。そこで今回のリメイク版では、偽の鍵をいさぎよくカットし、扉の施錠をしてから悲鳴を上げることでこの問題をクリアしている。また、鍵の保管場所も壁板の裏側に隠されているため、原作のように合わせ扉の間に入る前から鍵が保管場所にかかっていたことを示す必要がなくなっているのも改変として優れたポイントだ。

本来ならば鍵の保管場所がからくり細工のように隠されているというのはおかしな話だが、合わせ扉の間は先祖代々の財産が隠されている宝物庫であり、部屋がどんでん返しで隠されている以上鍵の保管場所も隠されていて当然だ。宝物庫の設定はドラマ独自の設定ではなく原作でも言及されているため、原作の設定を活かした改変になっているのも今回のリメイク版における評価ポイントだ。

このように、リメイク版は1話完結の都合や実行におけるリスクの面からトリックが効率よく改変されているのが特徴的で、なおかつ原作と違いはじめはどんでん返しの内側に入って以降扉の前から一歩も動いていないため、密室の状況が(ある意味)原作以上に強固なものになっているのが改変として巧妙ではないだろうか?

 

また、原作では密室トリックを実行した段階で既に征丸の生首は別場所に移されていたのだが、今回のリメイク版ではどんでん返しでの入れ違いの際、猿彦は征丸の生首を持ちながら入れ違っていたという推理をはじめはしており、あの段階ではじめの目と鼻の先に征丸の生首があったという、なかなかにホラーな真相となっているのも今回の改変の面白い所だと評価したい。この推理は流石に視聴者には無理だが、はじめは死亡推定時刻も警察から聞いているだろうし、死体発見時の血の凝固具合から見て、征丸の殺害からあまり時間をおかずにトリックが実行されたと推理して、生首の持ち出しに触れたのではないかと思われる。

 

そうそう、蛇足となるが猿彦の高所恐怖症の推理について触れておくと、今回のリメイク版では初代よりも大きな高所作業用の三脚を用いているのに、下の段にしか登らず高枝切りバサミを使用しているため、リメイク版の手がかりに関しては高所恐怖症という推理が成り立つと判断して良いだろう。

また、どんでん返しのトリックのヒントとして今回は原作の猫でも初代の犬でもなく佐木を用いていたが、五代目の佐木は金田一の下僕=忠犬として仕えている面もあるので、改変としてはある意味最適だったのかもしれない。

(それにしても、現代でも回転扉を設置したお店があったとはね。安全性の問題から回転扉を撤去している所も多いし)

 

※4:特に原作では赤沼に呼ばれる前に、一度はじめと美雪は環の案内で合わせ扉の間を見学しているため、よりどんでん返しの違和感に勘付かれる危険があったのではないかと思われる。

 

真犯人の推理に関しては、今回のリメイク版では赤沼の死体の血液型の問題がカットされているため、はじめの推理にやや飛躍的な所が見られるが、元々原作自体も真相に辿り着くにはある程度の飛躍的発想が必要だし、銃の暴発の件や征丸の生首を見せるために美雪をさらった点を突き詰めていけば、真相に辿り着けなくもないので大きな瑕疵ではないだろう。

むしろ動機に関しては初代よりもリメイク版の今回の方が推測しやすい構成になっており、生首祭りの下りでウメの口から先妻・綾子のことが語られているのが改変として実にナイスだった。初代では問題編の段階で綾子のことは一切触れられず、最後の紫乃の独白でようやく彼女と紫乃の間の接点や綾子の性悪さが明らかになった。それに対し、今回のリメイク版では綾子が実の娘のもえぎにも冷たく、育児を使用人に任せていたことや、紫乃と綾子が高校の同級生であることが明言されているため、初見の視聴者でも犯行動機の大本に綾子がいるのではないかと推測することは可能だ。

また、初代では物語のホラー性を引き立てる存在にしか過ぎなかったもえぎを、巽家の人間に嫌悪を抱いているキャラにしているのも巧い改変で、原作の隼人の設定を取り入れたことで、彼女が一連の事件を首狩り武者の亡霊の仕業だと吹聴するのにも納得のいく理由が付けられている。これに関しては「原作通り隼人を出しても良かったのでは?」という意見もあるだろうが、(仮病とはいえ)隼人は病気による知恵遅れの青年ということもあり、ドラマに出すには色々とデリケートな問題を抱えた存在なので、やはり私はもえぎに隼人の役割を担わせた今回の改変にして良かったと思う。

 

さいごに

予告の段階では前後編になると予想していた今回のリメイクは、意外にも初代と同じ1話完結のエピソードとなったが、放送前に懸念されていた生首や首なし死体が思いの外ハッキリと映されていたことや、1話完結に即してトリックも効率化したものになっている等、納得のいく改変になっており、五代目ならではのリメイクとして満足出来る一作だったと高く評価したい。

勿論、犯行動機の異常性や紫乃が抱くトラウマ感情という点では原作やアニメ版と比べて劣ってしまう部分があるし、嬰児交換にしても原作で龍之介や征丸が生まれたと思しき1970年代ではなく2000年代の頃になるだろうから、新生児の取り違えが起こらないよう病院側も対策をしていた頃だと思う。だから決してツッコミ所がない訳ではないのだが、これまでリメイクされたエピソードでは改悪要素が目立ったのに対し、今回のリメイクにはあまり改悪と思える部分がなかったので、私は今回のリメイクは成功していたと胸を張って言いたい。

 

 

さて、次回は金田一少年ではお馴染みオペラ座館を舞台にしたエピソードだが、原作はオペラ座館・第三の殺人」ということで、ドラマ化初の新作エピソードとなる。ボリューム的には恐らく前後編になるのではないかと思われるが、そうだとすると恐らくこれが五代目金田一の最終エピソードになるかもしれない。

「探偵が早すぎる」シーズン2感想 #10(蛙の親は蛙)

葉子、疑ってすまなかった。

 

(以下、ドラマのネタバレあり)

 

10話感想(真の黒幕は…)

遂に最終回、一華と宗介の婚約が決定し物語はハッピーエンドに向かうかと思われたが、結婚式からしばらく経ったある日の夜、一華の頭上に鉄パイプが落ちてきてあわや衝突という所を橋田が救う。

ということで、真の黒幕の計画も大詰め。披露宴で一華を仕留めるために計画したのは一酸化炭素ガスによる中毒死。勿論、ただ一酸化炭素ガスを流したのでは事故にならないので、コーヒーの原液を抽出する作業で排出される一酸化炭素による中毒死に見せかけるためコーヒー焙煎の職人を雇っている。

この計画はターゲットの一華だけでなく列席者も巻き込んでいるためかなり悪質なのだが、事故死に見せかけるためには身内や第三者を巻き込む方が自然に見えるということはシーズン1のラスボス・朱鳥が既に実行しているため、今回の計画だけが特別異常ではないのだがそれはともかく。

 

任務を終え海外に行っていたと思われていた千曲川が披露宴会場の屋根から登場。宗介を介して事件を未然に防ぎ、真の黒幕を暴き立てる。

いや~、完全に予想から除外していた秋菜未亡人が黒幕とはね。

そうだよ、「加害者が被害者を装う」といえば他ならぬ秋菜未亡人だってその条件に当てはまるのだから、早々に除外したらダメだったのだよ。ミステリ好きながらこれは一本とられたわ。

 

ただちょっと言い訳させてもらうが、秋菜未亡人を黒幕だと思わせないためのミスリード要員(宗介・宗太など)が配置されていたこともあるし、宮崎美子さん自身のパブリックイメージ(あまり悪役を演じていない)とあわせて黒幕候補から除外していたんだよね。何より、秋菜未亡人が黒幕だとしたら、美津山一族はシーズン1の大陀羅一族と同じ構図(一人を除いて皆が金の亡者)になる訳で、まさかシーズン2でもシーズン1と同じ構図の敵を出してくるはずがないと思っていたから、そういう点で裏の裏をかいたミスリードだったなと思った。(メタ的に考えれば予想は簡単だったのかもしれないが)

でもよくよく考えれば、あの美津山四兄妹のクズさから逆算して「蛙の子は蛙」ならぬ「蛙の親は蛙」、つまり秋菜未亡人もクズだと予想することも出来る。

 

シーズン1の朱鳥はまだ健全な悪役(?)だったのに対し、シーズン2の秋菜未亡人は病的な悪役という感じで、実の息子の宗太を殺害してしまってからタガが外れて金の亡者になってしまった印象を与える(インサイダー取引をしていたから元々そういう性格だったのかもしれないが…)

秋菜未亡人の計画では一華の財産を狙うため、一華の母に命を救ってもらったという架空の昔話をでっち上げて一華と接触し、宗介と一華を結婚させた後に彼女を殺害。間接的に一華の財産を掌握しようというものだ。

しかし、ただ二人を結婚させたら四兄妹がハイエナの如く一華の財産を横取りしてくる可能性があるため、彼らを排除するためわざと孫の宗介・葉子と一華に遺産相続の話をもちかけ、自分や孫たちを狙わせた。ここまでが計画の第一段階だろう。

四兄妹を排除後は一華と宗介を結婚させる段階に移るが、ここでスケープゴートとして宗介の幼馴染みである奈々を許嫁として利用しているのが悪辣な所で、彼女の嫉妬深さを煽って暗殺計画に加担させているのもさることながら、(奈々と宗介の相性から見て)二人の結婚が成り立たないことを見越して縁談をまとめて来たのだから、こういう人の心を弄ぶ計画にしている辺り、実にサイコパス的な犯行計画で恐ろしいわ。

でも計画としては確実性に欠ける所があるのも確かで、そもそも一華の母親との話は調べれば一発で嘘とバレてしまうものだし、宗介と一華の結婚にしても当人同士どこまで関係を近付けられるかわからない。暗殺計画を利用して吊り橋効果を狙い二人の距離を縮めさせることは出来てはいるものの、それだって確実に二人を結婚に向かわせることにはならないんだよね。

そういう確実性の問題もあるから余計に黒幕候補から除外してしまった所もあるけど、調べればすぐにバレる嘘を平気でベラベラと話せるって実はサイコパスの性格の特徴の一つでもあるのよね。前に読んだノンフィクション小説で、とあるサイコパスの犯人が「自分はNASAの職員と関係がある」という嘘をついていたし、今回の秋菜未亡人にサイコパス性を感じるのも、こういう実録の事件の犯人とリンクする所があるからだと思っている。

 

計画がバレて自暴自棄に陥った秋菜未亡人は猛毒「リシン」を混ぜたスプリンクラーを発動させるが、これも千曲川によって未然に防がれ、トリック返しの空気砲で成敗される。(何故スプリンクラーのトリックに気付いたのかは分からずじまいだったが)

秋菜未亡人の悪行が明らかとなり、結婚も彼女の計画の内だと知った宗介は、一華のことを本気で好いていたものの、彼女を慮って婚約解消を決意。意外にも物語はビターな結末を迎える。

 

は~…。前回の宗介の変人さが一華と相性が良いことを知ってしまっただけにこの別れ方はちょっと胸に来るものがありましたね。正直美津山四兄妹編の宗介は「よ~わからん奴」程度にしか思ってなかったのだけど、黒幕編からは無愛想ながらも彼女を守ろうとしている姿も見られて、単なるイロモノでないキャラクターとして描かれていることがわかったから、やはり寂しいよ。

何かHULUで配信されている後日談では別れた後も宗介と一華は出会っているみたいなので、またSPドラマとかでも良いから宗介と一華の絡みを見てみたいな。

 

さいごに(ドラマの総評)

シーズン1でもやったが、今シーズンの暗殺トリックを改めてまとめてみよう。

【美津山四兄妹編】

黄燐マッチによる毒殺トリック

自動車ブレーキの油圧回路を停止させるトリック

エタノールと水晶の圧電効果を利用した焼死トリック

テントを利用した「屋根裏の散歩者」風毒殺トリック

硫黄入りバスボムによる毒殺トリック

酸化カドミウム入りフェイスペインティング用塗料による毒殺トリック

コンバラトキシンによる毒殺トリック

オレアンドリン入り抹香による毒殺トリック

棺桶爆殺トリック

 

【黒幕編】

ホスゲン入り消火器による毒殺トリック

地下駐車場を利用した窒息死トリック

自殺偽装トリック

ペットボトル爆弾による射殺トリック

看板落下トリック

火縄銃による射殺トリック

一酸化炭素中毒トリック

リシン入りスプリンクラーによる毒殺トリック

 

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トリックの数を比較するためにシーズン1最終回の感想記事をはっておくが、サブタイトルに「春のトリック返し祭り」と冠しただけあって、トリックの数はシーズン1を上回っている。とはいえ、シーズン2は井上真偽氏の原作小説から離れた脚本の宇田学氏による完全オリジナルの物語だったため、トリックの量こそ増えたが質は劣ったということは言っておかなければならない。特にシーズン2は全トリック17件のうち毒殺が9件と半数以上を占めているし、千曲川がトリックを見抜く過程もあまり巧くないので、ミステリとしての快感はあまりなく、トリックの雑さにツッコみながら視聴していた。

 

ただ、物語に関しては明らかにシーズン1よりも良くなっており、黒幕編というフーダニット要素を取り入れたことで、後半にかけてダレることなく物語が加速していったのが良かった。シーズン1は原作の展開にオリジナルの物語(ニセ母の登場など)を付け足した分、それがやや冗長に感じてしまう所があったが、今回のシーズン2は暗殺計画と一華の恋愛模様という二つの柱が明確になっていたこともあり、軸がブレずに進んだ感じがした。

一華・千曲川・橋田の三人の関係性も、シーズン1を経て発展した部分と継続した部分を混ぜて描いており、千曲川の実力を理解しつつも性格ゆえに犬猿の仲状態でいがみ合う一華と千曲川の掛け合いもシーズン1より小気味よくなった気がする。あと3話でも言及したように原作にはないこの二人の関係性を活かした回もあって、そういう所も脚本の上手さを感じたと同時に、キャラ設定に愛を以て作られているなと改めて思った次第だ。

 

キャラ設定と言えば、何といっても宗介が後半にかけて一気に魅力的なキャラとして関わってきたのが印象的だったな。これは一華との結婚を解消したという「叶わぬ愛」で締めくくられたから余計に印象に残ったのかもしれないが、ギリギリまで黒幕っぽい動きをしていたことや、感情が表に出ないミステリアスさも相まって、視聴者につかみ所を与えさせないキャラとして描かれており、それが却ってその人が知りたいという関心を集めさせる効果を挙げていたのではないだろうか?また続編で出して欲しいな。

彼を演じたのは萩原利久さんだが、どこかで見た顔だなと思ったら四代目・山田版金田一少年に出ていた方だし、最近だと「准教授・高槻彰良の推察」(シーズン2)にも出演していて結構見かけていた方だと知った。

 

 

以上、「探偵が早すぎる」シーズン2の感想でした。何だかんだ色々とツッコミは入れたけど毎週の放送が楽しみだったし、思いのほか宗介に惹かれてしまったので、また続編やって欲しいですね。

ナンバMG5ざっくり感想 #9(消化出来ない怒りに彼らは向き合えるのか?)

前回の予告でもありましたが、今回は色々と試練です。それだけに心苦しさも過去一だけど、言いたいことは一杯あるので感想をば。

 

9話感想

ナンバデッドエンド(7) (少年チャンピオン・コミックス)

さて、今回は遂に剛の二重生活が兄・猛や両親に発覚し勘当されてしまう。そんな最悪のタイミングで猛がボコボコにしたグレ・グラの不良コンビが逆恨みで剛のいる白百合高校に襲撃してきて警察沙汰に発展…という具合に今回は実家と学校という剛にとって大事な居場所が同時期に壊れてしまったため、正に泣きっ面に蜂というか踏んだり蹴ったりなことこの上ない。

二重生活に関しては、今までのツケが回ったということである意味自業自得な話ではあるが、そういった次元の感想を今回は話していきたい訳ではなく、何故ここまでの衝突に悪化してしまったのか、という点を私なりに深掘りしていこうかなと思ったのだ。

 

以前、京極夏彦先生の小説に書いてあった気がするが、家族というものは日常性を担保出来なければ壊れてしまう。「外の世界がどんなに殺伐としていても家庭は平穏であってほしい」という思いがあり、その幻想を共有することで家族・家庭は成り立つという穿った見方だが、本作の難破一家の場合それは剛の全国制覇に集約されていたと思われる。そして家族は以心伝心で通じ合えるものであり、そこに大きな隠し事はないという幻想を共有していたから難破一家は今まで崩壊しなかったとそう私は思うのだ。

しかし、今回の剛の告白で彼らの一致団結した思いがまやかしであったことが露わになり、そこに激しい怒りを覚えたのではないだろうか。兄や両親が剛を責める時も、二重生活を送っていたこと以上に「何故自分たちに嘘をついたのだ」嘘をついたこと自体に怒りを覚えていたのが印象的だったが、あそこまで怒るってことは家庭内の一致団結感が両親にとっての誇りというか、よその家庭と比べても自慢できるポイントとしてその連帯感を意識していたからこそ、幻想をぶち壊して台無しにした剛が許せなかったのかな?と私は分析したのだ。特に難破一家は理性よりも野性の勘で動いている所があるから、そんな野性的な一家の中に打算で動いている人間がいたということに拒絶感を示した部分もあったのではないだろうか。

 

理性的に落ち着いて考えれば「自分たちにも落ち度はあったのかな?」とか「親のエゴを子供に押し付けてしまったのだろうか…」と省みることが出来るのかもしれないが、実際そこまで自分のことを俯瞰的に考えられる親っていないと思うし、あそこで衝動的に怒って突き放してしまうのがリアルな反応だと思う。

 

ちょっと話がそれるかもしれないが、以前「世界まる見えテレビ」でとある黒人男性が母親や姉に内緒で白人女性と結婚しようとしていた話があって、その際に母親と姉は「何で隠していたの?」と問い詰めた。男性は「母親や姉は黒人であることにコンプレックスがあるから言い出せなかった」と言ったのだが、その時母親と姉は「私たちのことをそんな風に見てたの?」と更に男性を責め立てたのだ。

 

今回の剛の二重生活の発覚を見てこの黒人男性の話を思い出したのだが、子供の側からしてみれば家族を傷つけたくない、或いは自分が親から見捨てられたくないから、隠し事だったり嘘をついたりするのだけど、嘘をつかれた親の側から見ると、子供が嘘をついたということは、自分に本当のことを言っても理解してもらえない《心の狭い親》だと思われた、と受け止める。本当は子供の意見や希望を受け入れられるほど寛容でなかったとしても、「子供の方が私のことを狭量な人間だと見ていた」として非難することは往々にしてあるのではないかと思うのだが、どうだろうか?

人はなかなか自分が加害者的振る舞いをしていると気づけないし、自分が加害者だったことに向き合うのって、なかなか勇気がいることだからね。そういう点では、剛だけでなく猛や両親も今回は試練だったのじゃないかな。

 

三者から見れば、難破一家のように勝手な理想を押し付けてくる毒親からはさっさと離れて独立すべきという意見もあるだろうし、それ自体間違った意見ではないと思うが、なかなかそう簡単に割り切れないのがまた厄介な話なんだよな。

ドラマは20代後半の間宮さんが剛を演じているから失念してしまいがちだけど、18歳の高校生と言えば(個人差は勿論あるかもしれないが)まだ親を頼りたい年頃だし、帰属する場所は実家と相場が決まっている。自立するだけの金も持ち合わせてないし、自立するとなると家事全般こなさないといけないから、そういった面でも家族に依存しないとまだ生きていけない時期かなと思っている。

だから、たとえ勝手な理想を押し付けてくる親でも逆らってまで自分の居場所となる家庭を壊したいとは思わないし、剛の場合自分が今強く逞しくいられるのは親のおかげだとわかっているから余計に自分自身の思いが伝えられなかったんだよね。こういう親に対する報恩・孝行の精神が妨げとなって自分の意思が伝えられなかったり、親の言いなりになってしまう子供はやっぱりいると、そう思うのだ。

 

両親や兄との衝突は不可避だったとはいえ、まだ剛には人生の選択肢がいくつかあるから救いはあるのだけど、兄や両親の方は剛のことに対するムカムカとした感情を昇華させないと、自分たちの首が絞まってしまう。「自分が間違っていた」と自省までしなくて良いから、少なくとも「剛が自分たち一家を傷つけたくなかったから嘘をついていた」という理屈・知恵が彼らに降りて来て、この消化不良なモヤモヤとした感情が取り払われることを祈ろう。

 

そう、消化不良と言えば、白百合を襲撃したグレ・グラ率いる不良グループも消化不良を抱えていると言える。

誰しも消化出来ずに心にムカムカとした感情や思い出・記憶を多かれ少なかれ抱えて生きていると思うが、ああいった不良はムカムカした感情を抱え込めない。しかもそれをじわじわ発散させるのではなく、一気に解消しようとするから、長い目で見たら人生を棒にふるような行為を短絡的にとってしまうのかな~と思って見ていた。(そう思うと消化不良な感情を抱えながら文句一つ言わずに生活出来る人ってエライよね?)

それにヤクザとか不良って結構メンツを大事にするから、メンツを潰した奴には容赦がないんだよね。メンツがある意味彼らの居場所を作る土台になる訳で、それがないと根無し草になってしまうのだから。

 

 

という訳で、剛のカッコよくも哀しき二重生活は、運命のいたずらや白百合の校長の思惑によってズタズタにされてしまったが、最終回はどうなるのか。心して視聴したい。

リメイク版「金田一少年の殺人」は寂しい解決を迎える(五代目「金田一少年の事件簿」#7)

 

(以下、原作ほか初代ドラマ版も含めた事件のネタバレあり)

※犯人の動機について加筆しました。(2022.06.13)

 

File.5「金田一少年の殺人」(後編)

画像

今回は前回からの続き。事件解決のために橘の暗号を追ってはじめは野中の元へ向かうことになる。

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前回の感想記事でも言及したように、後編となる今回の注目ポイントは

①原作の明智警視がとった「ある行動」をどうするか

②前編でほとんど傍観者だった美雪をどう扱うか

犯人の動機はどう改変されたのか

の三点となるが、まずは原作の事件解説をして、それから上記のポイントについて語っていきたい。

 

原作の事件解説(犯人のアドリブ力が試されたトリック)

Who:割られた水槽、眼鏡の違い

How:「見えない道」を利用した移動トリック

Why:臓器密輸の悪事を暴露した橘の原稿が公になるのを阻止するため

今回の犯人は最初から橘を殺害する予定は立てておらず、ましてやはじめをスケープゴートとして利用しようと当初から計画していた訳ではないので、正に犯行は行き当たりばったりなものだったのだが、そのアドリブ力の高さは特筆すべき点と言えるだろう。

 

メイントリックは殺害現場の書斎のドアから本館に続く寝室のドアへと橋渡しの要領でドアを伝って移動していき、地面に足跡をつけず本館に戻るという、なかなかにフィジカルの強さが試されるトリック※1だ。このトリックはTBSの番組水曜日のダウンタウンで実際に検証されているが、ミスターSASUKEこと山田勝己さんが検証したから簡単そうに見えたものの、今回の犯人のような中年男性がこれをやるとなるとなかなか厳しいのではないだろうか?

一見するとユニークかつ完璧なトリックだが、アドリブのトリックなだけあってリスクも相当高い。例えば、使用人のお菊さんに橋渡しのためのドアを開けさせようと犯人は寝室の換気をお願いしているが、ドアを全開にしてくれたから良かったものの、換気程度ならドアを軽く開けておいても十分いけるので、橋渡しとなる寝室のドアに手が届かなかった可能性も当然あったのだ。また、足場となるドアノブの強度もどこまで頑丈に作られているかわからないから、足を乗せたら変形・破損してしまう恐れもあったし、そうなると警察の現場検証でトリックがバレてしまう。もっと言うとドアノブに付くはずのない下足痕が残るのだから、実際にこんなトリックを使ったら鑑識の捜査で一発でバレてしまうよ。ただリスクが高いとはいえ、アドリブでこのトリックを思いついた犯人の発想力は流石だと思うし、ミステリとしてもフェアな作りになっているため、個人的にはリスクの問題くらいでは作品の質は下がらないと思う。

 

何より、今回のトリックは密室トリックの変奏曲的な扱われ方をしているのもまた面白い点だ。金田一はじめがいたから橘の書斎が密室だったという印象を受けないが、はじめの足跡がなければ犯行現場は犯人の足跡なき密室となっており、警察やはじめもある種の密室殺人として事件を調査していたと思われる。犯人の足跡なき密室は、海外だとカーター・ディクスン『白い僧院の殺人』、国内だと横溝正史「本陣殺人事件」有栖川有栖スウェーデン館の謎』などが正にそのタイプの密室になるのだが、本作は足跡のトリックを敢えて密室トリックとして描かず一種のアリバイトリックとして読者に提示しており、そこに本作の独自性というか、唯一無二感がある。

 

※1:私の記憶が確かならば、(原作者曰く)本作のトリックはドリフターズのコントが元になったらしい。ちなみにアニメ版ではドアの前に石段があるため、途中までならドアにしがみ付かずに飛び石の要領で石段を飛んで行けば苦労しなかったような…?

 

〇暗号とフーダニットについて

一連の連続殺人の元凶となった橘の暗号について言及するが、暗号自体はローマ字変換したものを逆から読むという至極シンプルな暗号であり、作中ではじめがヒントを出していることもあって、比較的読者も気づきやすい作りになっている。ただしこれは暗号の第一段階であって、ここから暗号ではなく伝言ゲームになっていくのが面白い所。その伝言も野中の「私で終わり」という一言で唐突に終わってしまうため、作中のはじめと同じく困惑した読者も多かったのではないかと思う。ここから更に伝言ゲームの順番と被害者の名前の頭文字に気付けるかどうかが問題となる。

最初の暗号を解読し伝言を追っていくという決まったプロセスを経ていかないと解けない暗号なので、伝言役を担った被害者(大村・時任・桂・野中)が他の参加者と比べて圧倒的に有利かというと全然そんなことはないし、、難易度的にもちょうど良く公平さに欠けていないという点では実に気の利いた暗号ではないだろうか?

 

フーダニットについては、殺害現場で犯人が橘ともみ合った末に壊されたと思しき水槽が最大の手がかりとなる。実際は橘が殺害された後に壊されたもので、犯人が現場に残したものをカモフラージュするために破壊したものだが、水槽ということで作中の剣持と同様に水で何かを誤魔化したと推理した方もいただろう。ただ、水で誤魔化せるものと言えば液体状のものしかないし、じゃあその液体状のものは何だという話になるので、どっちにしろ推理は行き詰まるようになっている。

はじめは水ではなく水槽のガラスで眼鏡のレンズの破片※2をカモフラージュしたと推理し、殺害後に眼鏡が変わっていた都築を犯人と指摘する。都築の眼鏡の違いは、はじめが都築の家でビデオを確認している場面(第6回の17・18ページ)や、軽井沢に向かう電車内の場面(第7回の15ページ)などで確認することが出来るが、特に第6回の方は「!?」のマークがあるため、よりヒントとしてわかりやすくなっている。

解決編では、都築がこの眼鏡の違いについて「単なる気分で(眼鏡を)かけかえた」と反論したので、はじめは眼鏡のレンズに映った都築の顔の輪郭の違いを元に、近視用眼鏡から遠視(老眼)用眼鏡に変わっていることを見抜き、気分でかけかえるものではないと述べ都築を追い詰めている。この手がかりに関しては問題編で描かれていないため、あくまでも解決編でのダメ押しとして挿入されたものだと捉えるべきだろう。

 

※2:大村の殺害現場では大村が撲殺されたことで彼の眼鏡が割れレンズの破片が散らばっていたが、実はこの殺害現場が犯人特定のヒントになっている。

 

〇ミステリだけでは語り切れぬ一作

以上、トリックやフーダニットといった面で解説してきたが、本作はストーリー面も凝っており、その一つに過去作からの登場人物による援助が挙げられる。いつきが初登場した「悲恋湖」では、彼は決して良い性格とは言えない言動を終始とっていたが、本作でははじめが逮捕された際に真っ先に知り合いに頭を下げて彼の無罪を証明するための協力を要請していた。明智警視も「雪夜叉伝説」の時はイヤミな部分が強調された人間だったが、本作では途中まではじめを追い詰める側だったものの、最終的に真犯人逮捕のため協力している。こういった過去作での出会いが真犯人逮捕に結びついているのが素敵な部分であり、本作のキャラクターを魅力的なものにしている。

出会いと言えば、実は原作で美雪とはじめは衝撃的な出会いを果たしているのだが、これはアニメ版でもドラマ版でもカットされている。詳しく言うとネタバレになるので、この出会いの意味を知りたい方は、原作の異人館ホテル殺人事件」を読んだ後に本作を読んでいただきたい。

 

ドラマ(初代・五代目)の事件解説

今回の感想に移る前にまずは初代の改変ポイントについて言及していきたい。

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上の感想記事で簡単に改変ポイントについて言及したが、初代では暗号解読のプロセスは同じながらも1話完結にするため暗号内容やフロッピーディスクの隠し場所、そして暗号に関わる登場人物までも改変している。

原作の「裏川辺奇々なる藻を」という暗号が「裏川辺危機の墓」になっており、それによって大村は編集プロダクション社長の赤帆、時任はカットされ、桂は物部という女性タレントに変更されている。ということで、暗号の答えも「赤・物・野中=石仏の中」になり、橘の別荘に置かれていた石仏からフロッピーディスクが発見される。

原作では大時計の中だからともかく、初代ドラマ版は石仏を壊さないと見つからないため、偶然発見されないよう考えられた隠し場所になっているのが面白いと感じる一方、取引先の別荘の物品を破壊しないといけないというのは誰だって心理的に抵抗感があるし、そういった参加者たちの心理を突いた隠し場所にした初代ドラマ版の橘は原作以上に意地悪な性格と言えるのではないだろうか?

 

初代では長島警部がカットされているため明智警視がその役割を担うことになるが、原作と違い最後まで金田一を犯人として疑っており、「雪夜叉伝説」で鼻を明かされたことに対する仕返しだと言わんばかりに追い詰めてくるため、結果的にドラマ版の明智警視の株は大きく下がったまま終わっている。これに関しては原作ファンや初代のドラマを支持する人の間でも不満ポイントとして度々挙げられており、それだけにドラマで原作通り(キザな面もあるけど)クールな明智警視を求める声も多いと思う。残念ながら今回のリメイクで登場することはなかったが、いつか登場することを期待しておこう。

 

〇五代目の改変について

今回のリメイク版は暗号の内容こそ原作と同じではあるが、金田一が殺人犯として追われている状況は、実は原作や初代以上に厳しい状況になっている。

原作や初代ドラマ版を見た方ならご承知と思うが、はじめは橘殺害に関しては状況証拠と動機が揃っており限りなく黒に近い容疑者である一方、大村以降の殺害に関しては状況こそ非常に不利なものの彼らを殺す動機は一切ないため、動機という点では有利であり、仮に裁判になったとしてもそこを論点に弁護することは可能ではないかと考えられる。

しかし今回は大村以降の殺害にも動機が成立してしまっているのが何気に恐ろしい。原作と違い警察が到着する前に時任ははじめが犯人であるという状況証拠を示して彼を疑ってかかり、大村は彼が犯人であることを補強する証言を菊蔵から引き出している。野中は剣持の制止を無視して警察に通報したし、桂木に至っては橘に絡まれた際はじめを巻き込んだそもそもの元凶であるため、大村以降の連続殺人が犯人だと決めつけ通報した大村・時任・野中、橘殺害の原因となった桂木に逆恨みしたが故の犯行※3と説明出来てしまうのが今回のリメイク版の恐ろしい所であり、それだけにはじめが窮地に立たされていることがより強調されていたのではないかと思う。

 

※3:原作と違いはじめに殺される可能性がある人物として描かれているため警察は彼らを保護すべきだと思ったが、そうなると連続殺人にならないのがもどかしい点である。ただ、桂木に関しては彼女が悲鳴を上げた段階で警官が一人でも駆けつけていたら助かっていた可能性が大きいので、木殺害は神奈川県警の手落ちであることは間違いない。

(というか、あれだけ警官や刑事がいて高校生一人を捕り逃すのだから、マジで神奈川の治安ノーフューチャー!)

 

フーダニットに関しては原作同様壊された水槽と眼鏡の違いによって都築が犯人と推理出来るが、今回のリメイク版の都築は30代の男性のため原作のようにスペアの老眼鏡を使うと設定に無理が生じてしまう。そのため、橘が首からぶら下げていた老眼鏡を咄嗟に利用したという形で改変しているのが何気に上手い改変である。ちなみに、前編ではじめが犯人に殴られて昏倒した際、橘の腰の部分に犯人が落とした眼鏡が映っている※4ため、仮に都築の眼鏡の変化に気がつかなかったとしても、そこから推理が出来るよう作られている。

 

そしてメイントリックのドア伝いの移動は、初代ドラマ版と同様原作でドアの開錠に使われた鍵の束がカットされ、ドアノブも手で捻る円筒型のドアノブからレバー式のドアノブに変わったことで足で簡単に開閉出来るようになっており、トリックがより実行しやすい状況になっている。特に今回は(一部とはいえ)犯人である都築がドア移動のトリックを実際にやる場面も映像化しているため、都築役を若い方にしたのもそういった理由からであろう(流石に中年男性がやるにはキツいトリックだし)。

あと個人的に良かったと思うのが、犯人が菊蔵に電話して寝室のドアを開けさせた下り。原作の事件解説の項で述べたように菊蔵がドアを全開にしなかった可能性もあったので、はじめがこのトリックを「賭け」だと明言した時、今回の脚本は本作のトリックのリスク性にちゃんと気づいているとわかって感心した。

 

※4:一見すると橘の眼鏡かと思うが、橘の眼鏡は紐でつながっている上に首の前に下げていたのだから、仮にあれが橘の眼鏡だったとしても、もみ合いで体の前に落ちることはあっても背中側の腰の部分にいくことはまずあり得ない。故に、あれは犯人の眼鏡であると推理することが出来るのだ。

(ただ、橘の眼鏡がなくなっているのだから菊蔵か警察が気づきそうなものだが…)

 

今回のリメイク版ではトリックのフィジカル面を考慮し、都築を若い男性に変えたことを出発点にして改変を施している感じがするが、初代やアニメ版と違い今回のドラマの解決編は、はじめ・剣持・いつき・都築のたった四人で展開される寂しい解決編になっているのが特徴で、鴨下や針生がいないのは当然ながら、はじめを犯人として追っていた高林刑事までいないため、犯人の都築自身がはじめの推理にツッコミを入れ、最終的に自白をするという都築の独壇場としての解決編でもあった。アニメ版も初代もこの解決編は長島警部や美雪・佐木といったリアクション役となる人物がいるためそれなりに盛り上がる場面なのだが、今回は終始静かな謎解きであり、都築の独白も激情的な心の動きがあったにも関わらず実に淡々とした語りになっている。

 

犯人の動機は原作と同じだが、動機の大本となる人物が原作だと都築の娘・瑞穂だったのに対し、今回のドラマでは都築の婚約者・麻衣子として改変されている。都築の年齢が若くなったので娘よりも婚約者の方がしっくり来るのかもしれないが、これによって物語の結末も当然変わることになった。

原作では瑞穂に事件の真相を知らせない(海外へ仕事に行ったと嘘をつく)ままいつきが彼女を引き取るという結末になっているが、麻衣子は都築の罪を知っており彼が自分の命を犠牲にして腎臓を自分に譲ったことも知っている。どちらの結末も悲しいと言えば悲しいのだが、原作や初代ではいつきが瑞穂の後見人になるので仄かな救いが感じられる結末になっている一方、今回の麻衣子は最愛の婚約者を失いながらも、彼が自分のために犯した罪と向き合い、自分に託した命のバトンを受け取り生きていくというなかなかにハードな結末になっている。いつきやはじめの「都築が犯した罪まで抱える必要はない」という声掛けがあったとはいえ、(再婚しない限りは)この先一人で抱えていくことになるため、そういう点で今回のリメイク版は腹にずしんと来る重い結末になっていたのではないだろうか?

ちなみに、今回のリメイクで何故娘から婚約者にわざわざ変更したのかと疑問に思った方もいただろうが、これは2009年の法改正で親族への臓器提供を目的とした自殺を防ぐため、親族に臓器を提供するため自殺を試みた人からは臓器の優先提供を認めないと定められたからであり、原作通りやると都築の腎臓は娘の瑞穂に移植されないことになる。だから婚約者に変更された訳であり、決していたずらに新しい展開を生み出そうと思って改変された部分ではないことをここでハッキリと言っておく。

 

あ、危うく忘れそうになったが、原作で明智警視がとった行動――はじめに向かって空砲を撃つ――について言及しておきたい。はじめがポケベルの番号を暗号として利用することで明智警視(初代ドラマ版は剣持)にメッセージとして伝わるようになっていたが、令和の今ポケベルは使えないためどうしたかというと、通りすがりの子供に伝令役を任して剣持にメモを渡させ、そのメモにオレンジジュースの汁で文字を書くことで炙り出しで読めるよう細工したという、まさかの古典的な改変となった。

正直言うと子供を伝令役にして剣持に直接メッセージを渡しているのだから、炙り出しの細工をする必要はあまりないと思ったのだが、剣持の近くに高林や他の刑事がいたらメモの内容を見てしまう危険性があったため、あのような細工をしたと考えられる。それでも改変として効果的だったかと言うと微妙な所ではあるが…。

 

さいごに(はじめを草食系として描いた功罪)

初代ドラマ版と違い今回のリメイク版は前後編として描いたこともあって内容自体は丁寧に作られている感じがしたし、初代で大幅にカットされた逃走劇の場面も要所要所で描かれたことで緊迫感はあったと思う。(道枝さんとしては四代目・山田版の「金田一少年の決死行」と似たような経験が出来て良かったんじゃないかな?)

また、本作の被害者は橘の暗号のせいで殺された不幸な被害者たちであり、一度殺されてしまうと回想場面でもほとんど出ることがないまま終わるため、これまでの復讐目的で殺された被害者たちと比べると存在感や印象が薄くなる所だったが、はじめを犯人として疑い追及する改変をしたことで、それぞれの被害者に見せ場みたいなものが出来て印象に残る作りになっていたと評価したい。

 

リメイクとしては初回の「学園七不思議」よりは間違いなく良かったと言えるが、かと言って凄く良かったかというと微妙な所で、特に後編は(前述したように)解決編が寂しく原作で最後まで追及役として出た長島警部に相当する高林刑事が途中から登場しなくなるため、何か歯の抜けた感じがするというか、はじめが石頭の刑事の鼻を明かすという痛快さが完全になくなっているため、そういった物足りなさはあった。

そして今回のエピソードでは結局最後まで美雪が傍観者として終わっているのも残念なポイントである。原作ではじめは殺人犯として追われながらも美雪を気にかけ、彼女の誕生日を祝うというちょっとしたサプライズまでしている。前々回の「トイレの花子さん」で美雪との関係性を重視した結末にしているから、今回の後編でも何かしら目立った動きがあると予想しておりそこがちょっと肩透かしだったが、これは五代目金田一の性格を草食系にしたが故の問題ではないかと考えている。

 

原作や四代目では美雪と深い関係になろうとする向きがある一方、今回の五代目は恋愛面に関しては奥手というか関心が薄い。一応美雪を意識しているとはいえ表立ってそれを行動に移せない部分がある意味魅力的ではあるのだが、草食的なムーブメントによって原作のはじめが持つ情熱さがやや損なわれているのも確かで、この辺りのさじ加減がドラマ化する上で難しいポイントだろう。5話までの段階では、はじめと美雪の関係性はあまり気にならなかったが、今回は特にはじめの草食性が脚本的に良くない方向で描かれてしまったかな~という感じがした。

勿論、五代目の道枝さん演じる金田一の性格描写が悪い訳ではないし、体癖論の観点(これに関してはドラマが終わってから改めて言及したい)から見ても五代目金田一のキャラ設定は道枝さん自身の性格と大きく離れていないと思うので私は好意的に評価している。しかし今回は美雪もはじめもお互いに受動的な態度をとっているため、原作と比べると関係性の描き方については劣っていると評価せざるを得なかった。

(せめてはじめが剣持に撃たれた際に美雪もあの場にいたら、ドラマとしてもっと劇的な場面になっていたのだがな…)

 

 

次回は当ブログで私が予想していたあの「飛騨からくり屋敷殺人事件」が遂にリメイクされる。タイトルは初代と同じくまた変わっているが、それ以上にこの名作をどう改変するのか、楽しみで仕方ない。

「探偵が早すぎる」シーズン2感想 #9(変人との縁)

一華の周りには変人しか集まらないの。そういう定めなのよ。

 

(以下、ドラマのネタバレあり)

 

9話感想(黒幕登場…と思いきや?)

前回宗介が刺客が仕掛けた鉛成分入りのワインを飲んで中毒症状を起こし病院送りになったことで、一華と千曲川の関係に亀裂が入り、一華は千曲川との契約を解消する。こうして守りを失った一華はまた新たな刺客によって殺されそうになる…というのが今回のあらすじ。

 

刺客が暗殺に選んだ場所はお寺ということで、シーズン1で使われなかったトリックがここで消化されるのかな?とも思ったが、今回もオリジナルのトリックだった。

刺客が仕掛けたトリックの一つ目は看板落下トリック。寺の門にかかった200キロもある看板を支える鎖を腐食液で劣化させ、看板を落下させるための手動ワイヤーを装着することで、ターゲットが門に入る瞬間を狙い看板を落とし、金属疲労による事故に見せかけて殺すという計画だ。

 

ただ、正直映像を見る感じだとあんな木製の看板が200キロもあるとは思えないし、そんな重い看板があのようなしょぼい鎖で固定出来るはずがないので、そこは「嘘くせ~」と思いながら見てたが、仕掛けの取り付けのため監視カメラを故障させたのが仇となり千曲川にバレて未遂に終わった。(この時の一休さんコスプレが何気にツボだった)

 

次いで刺客が仕掛けたのは火縄銃を利用した射殺トリック。夜の間に火縄銃に火薬を詰め弾丸を仕込んでおくのは当然として、直接銃に触れずにどうやって弾を発射させるかが問題となるが、超高出力のレーザーポインターを火縄に当てて発火させることで暴発に見せかけ殺すという手段をとっている。

このトリックは海外の某古典ミステリを彷彿とさせるものがあり、これは素直に良かったかな~と思う。ちなみに、その「某古典ミステリ」は当ブログの別記事で紹介しているので、興味ある方は読んでみてはいかがだろうか。(今から約2年前に読んだ短編集に載ってるよ)

 

以上、今回は宗介の助けを借りながら千曲川は事件を未然に防ぎ、遂に黒幕を暴いたが、その正体は大穴候補だった宗介の許嫁の奈々。結婚に乗り気でない宗介が一華を気にするような行為をとるため、嫉妬から彼女を排除しようとダークウェブ上に暗殺の募集をかけたようだが、既に予告を見た方ならご承知の通り、彼女が真の黒幕ではない模様。

7話の感想記事でも述べたと思うが、奈々が黒幕だとすると直接出会う前に一華のことを知っていた訳であり、直接会ってもいないのに嫉妬の感情なんて起こるかな…?とそこが疑問だったが、真の黒幕がいたとすれば一華のことを奈々に言いふらしていたと説明がつくし、そうやって扇動させることで自分は手を全く汚すことなく一華を殺せる。

 

そうなってくると怪しいのは一華の身近にいた人物で彼女の人となりをある程度知っている人物になる。失踪中の宗太は彼女を殺した所で利益を得ることはないので除外しても良さそうだし、大谷も同様の理由であり得ないと思う。そうなってくると真の黒幕は宗介か葉子のどちらかになるが、個人的には葉子が真の黒幕だと予想する。

今回の終盤宗介が奈々に言った「あとは俺に任せろ」が引っかかるものの、最終回で宗介が黒幕でしたというオチは流石にこのドラマにしてはビター過ぎる結末になるし、一華も人間不信に陥りそうだからそれはやめて欲しいと思ったので、個人的な希望を込めて彼は黒幕でないと判断した。

葉子は黒幕編の当初から被害者側として立ち振る舞っているが、あれも敢えて奈々を煽って自分を襲わせたと解釈出来るし、一見すると一華を殺して利益を得る人物ではないが、実は彼女も兄の宗介に恋愛感情を抱いていたとしたら、一華は邪魔な存在となる。だから同じ恋敵の奈々をけしかけて一華を殺させ、奈々も後々排除しようとしていたという仮説は立てられるのではないだろうか?

 

ひねくれた仮説になるが、加害者が被害者を装うというミステリの定石と、一番黒幕っぽくない人物というメタ的な推理もあわせて考えれば、やはり葉子が黒幕としか考えられない。まぁ、外れたとしても最終回で納得のいく答えが提示されれば良いので、とにかく次回を楽しみにして待つよ。

ナンバMG5ざっくり感想 #8(「最強の男」のもろさ)

広島と言えばヤクザ映画でお馴染みだけど、今の若い人はそんな印象ないよね?

 

8話感想

ナンバデッドエンド(4) (少年チャンピオン・コミックス)

今回のエピソードは剛ら3年生が広島へ修学旅行に行く話だが、当然平穏無事に修学旅行を楽しめる訳もなく、大丸が同級生の水野友美を助けるべく広島のヤクザの息子・安藤剛平に関わったことで、またしても友人の窮地を救うべく奔走することになる。

相変わらず本作のキャラは他人の人生をしょい込んで、いらぬ苦労をしているなと毎度ながら思うが、そうでないと物語にならないから仕方がないと言えば仕方ない。

 

それはさておき、今回私が特に注目したのは広島ヤクザの息子・安藤だ。広島のみならず西日本で最強と恐れられ名の知れた男ではあるが、その最強の裏にはどこかしら脆弱性というか、ジェンガのように木片を一つ抜いたら一挙に崩れてしまうような脆さを感じる部分があった。

組の事務所の場面を見ればわかるが、彼は力こそあるものの、ヤクザとしては半人前であり、経済を回せなければダメだと父親から頭を引っぱたかれる始末である。ここら辺は難破一家と真逆の家風というか、難破家は勝負事で勝てばたとえニートだろうと家での居場所が与えられるのに対し、安藤の組は暴力だけではヤクザは世渡り出来ないことをちゃんとわかっているから、その点に関しては安藤の組の方が現実的で地に足がついているんだよね。

ただ安藤自身はそれが納得いかないのか、やたら暴力による支配や力の誇示にこだわっている。これは父親が自分をいつまでも半人前扱いするから天邪鬼になって暴力での支配にこだわっているのかそれはわからないけど、少なくとも相手をねじ伏せて屈服させている瞬間は誰も自分をのけ者にしないし、そういう場にこそ自分の居場所があるのだ、とそう私には感じ取れた。恐ろしいと言えば恐ろしい男だが、暴力でしか自分の居場所を確保出来ないという点では非常にみじめったらしい人物と言えるだろう。

 

一見すると最強の男でも、その地盤は一回の負けでガラリと崩れてしまうものであり、それだけにより一層勝ちにこだわってしまっているのが彼の不幸である。最後に安藤は剛から勝ちを買うと言ったが、もうあの時点で彼の居場所はどこにもなくなったなと思ったよ。

あと彼が喧嘩の際に「ヤクザ」だの「極道」だのを引き合いに出してきていたけど、私から言わせれば本当に最強な人間がこれをやっちゃあダメだよ。何故ならこの時点で彼は虎の威を借る狐になっているし、ヤクザや極道の人間だということを引き合いに出すってことは、心のどこかで親や組の威厳を保険にしている。親に反抗心があるのに親のすねをかじっているみたいな、そういう矮小さもうかがえるのだ。

だから余計に大丸や剛と勝負した際に安藤が弱く見えてしまう。そりゃ他人の人生を救うために喧嘩する人間と自分の居場所を確保するために喧嘩する人間を比べたら、ほとんどの人が前者を支持し後者を軽蔑するだろう。

 

今回の安藤というキャラクターは剛と対照的に勝ち負けにこだわる男として描かれたが、彼がもし難破一家の人間だったら居場所が与えられ善性の不良として全国制覇にいそしんでいたのだろうか…?とも思ってしまう。つまり、ヤクザの息子として生まれてしまったがゆえの不幸なのだろうかと一瞬思ったのだが、やはり根本的には本人自身の矮小さと視野狭窄な思考が招いたと言うべきで、(完全にではないが)そこから抜け出そうともがいている剛の方が自立心があってカッコ良いのだ。

 

ちなみにドラマではカットされたが、原作では安藤の背中に三目並べのような傷がのこっており、それが彼のコンプレックスであると同時に逆鱗となっている。だから原作の安藤はその傷が一種のトラウマ体験として体と心に刻み付けられているから負けることを極端に恐れるという読み解きが可能になっている。そういう意味では原作の安藤の方が(わずかとはいえ)同情の余地があるとは思わないだろうか?

 

 

さて、次回は予告でもあったように剛の二重生活が両親や兄にもバレてしまい、大きな修羅場と試練を迎えることになる。剛を応援する一視聴者としては心苦しい展開になりそうだが、この家庭内の衝突についても私なりに彼らの心情を汲み取っていこうと思うので、また次回の感想を夜露死苦