タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

倒叙ミステリの面白さと難しさ(invert 城塚翡翠 倒叙集 #1)

前回、ではなく先週の最終話の感想記事で言ったけど、今回からは原作未読の状態で感想を書いていこうと思います。

 

(以下、ドラマのネタバレあり)

 

「雲上の晴れ間」

invert 城塚翡翠倒叙集

原作は昨年の7月に刊行された同名小説で3話収録されているが、今回映像化されたのは「雲上の晴れ間」という一編。

ITエンジニアの狛木繁人が、自分のプロジェクトの手柄を横取りしようとした同会社社長の吉田直政を風呂場での転倒事故に見せかけて殺害。自身は会社で仕事をしていたと偽のアリバイをでっち上げ容疑を免れようとする…。これが本作のあらすじだ。

 

冒頭の狛木の犯行の一部始終はAmazonのサイトで試し読みが可能なので一応そこは読んだ上で今回ドラマを視聴したが、1話にまとめたということもあってか翡翠が事件に介入する経緯が少々強引に感じた。原作ではもっと丁寧にこの辺りの様子を描いているのかもしれないが、ドラマだと狛木が翡翠にデレデレしなければ最悪事件現場を検証されずに済んだのでは?と思ってしまう。

 

倒叙集の一作目ということもあって、さほど大きな謎は仕掛けられておらず、狛木が仕掛けたアリバイトリックにしても、種を明かせば拍子抜けしてしまう類のものだったが、今回の評価ポイントは吉田の部屋にあった炭酸飲料のペットボトルと、デスクに残っていたCの形をした濡れジミ。特にペットボトルを巡る翡翠と狛木とのやり取りは、古畑任三郎の「動く死体」における懐中電灯の下りを彷彿とさせるものがあって個人的には面白かったよ。

 

Cの形の濡れジミに関してはアリバイ工作のために置いたパソコンによって生じたものだと述べられていたが、濡れジミそのものは犯行当日についたものかどうか証明出来ないというネックがある。そこを事件前日に処方が変わったばかり漢方薬という情報で言い逃れ出来ないようカバーしているのが本作の巧妙なポイントと言えるだろう。漢方薬が何かしら決め手にはなるかな~?とは思っていたものの、「昨日処方を変えてもらった」という吉田の言葉をスルーしていたのでこれは一本とられました。(狛木の服に漢方薬のニオイが付いていたとかそれくらいの想像しか出来なかった私)

 

倒叙ミステリが普通の犯人当てミステリより少ないのは何故か?

ドラマ冒頭で翡翠が述べたように、倒叙ミステリは物語の始めに犯人を明かし、犯行の一部始終を見せた上で、探偵役がいかにして犯人を追い詰めるのかを見所にしたミステリだ。ドラマだと刑事コロンボ古畑任三郎が二大巨頭といえる存在であり、小説だと福家警部補シリーズや、クロフツの『クロイドン発12時30分』、倉知淳の『皇帝と拳銃と』、江戸川乱歩の「心理試験」「屋根裏の散歩者」などが挙げられる。

とはいえ、やはり一般的な犯人当てを主軸においたミステリと比べるとその数は少ない。何故少ないのか個人的に考えたが、これは単純に倒叙ミステリは書くのが難しいというのが最大の理由ではないだろうか。

 

何故なら、最初に犯人や犯行の模様を明かしているため、一般的な犯人当てミステリのように途中で新しい手がかりを追加したり、そもそも犯人自体を変更してしまうといった軌道修正が出来ない(或いはやりにくい)のが難しさの一つとして挙げられる。これが連続殺人ならまだしも、基本的に倒叙ミステリでは連続殺人に発展するケースはあまりないし、探偵役が登場した時点で犯人の目的はほぼ達成されている状態なので、それも軌道修正のしにくさに影響していると考えられる。

また、犯行を明かしている以上手がかりや決め手は読者(視聴者)の盲点を突いたものでないといけないし、犯人に言い逃れする余地を与えてはいけないため追い詰めるにしても論理性は必要だ。

何より、手がかりにしろ決め手にしろそれは読者(視聴者)にとってフェアでないといけない。今回の場合ペットボトルの蓋が開いていたのは狛木の犯行の場面でハッキリ映っていたし、この後の警察の現場検証の際に撮影された写真にも冷蔵庫に戻したペットボトルが映っていたから間違いなくフェアだった。Cの形の濡れジミにしても、翡翠と真とのやり取りの中でヒントが提示されていたので視聴者も十分狛木を追い詰めることが可能になっていたと言えるだろう。

 

以上、倒叙ミステリの難しさを挙げてみたが勿論例外となる作品はあるし、倒叙ミステリの形式を逆手にとって思わぬサプライズを仕掛けた作品もいくつかある。これから放送される城塚翡翠倒叙集はどういう趣向・バリエーションで来るか、そこは未読のためわからないが、翡翠は(コロンボや古畑と違い)刑事ではなく霊媒を装った探偵のため、犯人へのアプローチが従来の倒叙ミステリにはないユニークさがあると思った次第だ。

ここまで原作通りにやるとは…!(霊媒探偵・城塚翡翠 #4)

えー、言うまでもないけど今回は原作『medium』を含めてドラマのネタバレをするのでドラマ未視聴及び原作未読の方はブラウザバックでお願いします。

 

(以下、原作を含むドラマのネタバレあり)

 

「VS エリミネーター」(後編)

medium 霊媒探偵城塚翡翠 (講談社文庫)

今回は原作の第四話「VS エリミネーター」の大詰め、翡翠エリミネーターとの対決場面となる。ドラマを既に視聴した方はご存じの通り、この最終話で(大きく分けると)二つのサプライズが用意されていた。ここからはこの二つのサプライズについて詳しく語っていきたい。

 

〇 一つ目のサプライズ、エリミネーターの正体について

ドラマでは「透明な悪魔」と称されていたエリミネーターの正体が小説家の香月史郎だったというのが本作のサプライズの一つ目である。これは前回の感想記事でも言及したが、原作を読んで割と早い段階で彼がエリミネーターじゃないかなと思った。

 

というのも、原作では各話の間にインタールードが挿まれ、そこでエリミネーターこと鶴丘文樹による犯行場面が描写されている。この時点で犯人が男であることは一目瞭然だが、ここでミステリ好きなら知っていて当然のルール=「地の文に嘘を書いてはいけない」が関係してくる。つまり、鶴丘という名前は犯人の本名であり作中で登場する誰かが別の名を騙っているという具合に推理することが出来るのだ。そうなってくると当然怪しいのはペンネームを日常でも使える小説家、香月史郎に他ならない。後の展開から考えても、今まで作中に一切出てこなかった人間がエリミネーターとして登場するというのはミステリとしてあまりにお粗末な流れなので、香月がエリミネーターだと推理するのは決して難しくない。というか、序盤から彼が死後の世界に関心があることを示しているのだから、推理とか抜きにしても勘で当てられるレベルだよ。

 

何より、語り手が犯人というのはミステリ好きにはお約束中のお約束。(どの作品がとは言わないけど)出版当時それで物議を醸した超有名な作品があることも知っているから、この一つ目のサプライズについてはさほどのものではない。むしろ重要なのは二つ目のサプライズの方だ。

 

〇 二つ目のサプライズ、翡翠の「もう一つの推理」について

Twitter の方で原作未読のフォロワーさんが「ドラマのタイトルが霊媒“探偵”なのに翡翠は探偵らしいことをしていない」といった旨のツイートを見た時は思わずニヤリとしたね。これこそ二つ目のサプライズに繋がる違和感であり、城塚翡翠がインチキ霊媒であることの仄めかしでもあったのだから。

この二つ目のサプライズと、そこから続く翡翠による怒涛の推理が本作最大の見所だが、翡翠が披露した「もう一つの推理」の評価ポイントやツッコミ所に関しては既に詳しく解説したサイトがあったので、以下に紹介する。

medium/ネタバレ感想|黄金の羊毛亭

特にツッコミ所に関してはよっぽどのミステリマニアでないと気づかないというか、翡翠の怒涛の語りに流されて香月だけでなく読者も言いくるめられてしまったのではないだろうか?

 

そういや、ナンパ目的の男に翡翠が絡まれた時(文庫本の42ページ)、相手の男に対して言ったことって「推理」で導いたことなのか「霊視」してわかったことなのかわからずじまいだったのが個人的には引っかかった(ドラマでもその場面は描かれていたけど結局原作同様スルーされている)。本筋とは関係ない部分だけど、こういう些末なトコに引っかかってしまうのがミステリ好きの性である。

 

(2022.11.17 追記)

原作を改めて読み返したら、どうやらナンパ目的に近づいてきた男は翡翠が香月を騙すために事前に雇ったサクラだったと婉曲的に書いてありました(文庫本の400ページ)。確かに金持ちのお嬢様である翡翠ならサクラなんて簡単に雇えるよね。

 

「すべてが、伏線」という惹句について

さきほど紹介した黄金の羊毛亭さんのネタバレ解説において、「すべてが、伏線」という惹句は不適切で、伏線ではなく手がかりという表現を優先すべきではないかと述べられていた。

確かに「伏線」というのは後の展開のために仄めかしておく話の筋であって、ミステリ小説では一見本筋と関係ない出来事やアイテムが伏線として張られていることが多い。そのことを踏まえると、本作における伏線(アイスコーヒー、文庫本、スカーフ等)は仄めかしているという感じではなく割とハッキリ作中で登場しているし、各話の文末には “〇〇”ends. という形で謎解きに関わるアイテムとして強調されているため、厳密に言うと伏線になっていないと私も思う。

 

ただ一方で「すべてが、手がかり」という惹句にするのも実はマズい。既にドラマ及び原作を履修した方ならおわかりの通り、本作は謎解きに関わるアイテムを一旦スルーして最後のエリミネーターとの対決でそのアイテムの重要性を明かすため、もし惹句に「手がかり」という表現を用いたとしたら、

「あれ、『すべてが、手がかり』という割には大した手がかりが出てないな…。ってことは後々今までの事件を振り返る展開があるのか?」

という具合に物語の筋道を予想されてしまう恐れがあるので、そういう点で「手がかり」という表現を避けたかったのではないだろうか?

 

ひとまずの総評

この度の『medium』のドラマ化は終盤の二つのサプライズの内容が内容なだけに、うかつな感想を書いて原作未読勢にネタバレしてはいけないので非常にもどかしいレビューとなったが、そういった未読勢の感想が一つの楽しみとなったのはまず間違いないし、原作と同レベルのサプライズに圧倒された方々の感想をTwitter で確認して「やはりミステリって良いよな~」と改めて思った次第だ。

 

今回の映像化における功績は勿論原作者の相沢沙呼氏のおかげであるが、いたずらに原作を改変せず(4話のドラマオリジナル展開を除いて)ほぼ原作通りの脚本・演出にしたことも評価したいポイントだ。

特に日テレの日曜深夜枠で過去に放送されたミステリドラマは探偵役に原作にはない決め台詞を言わせたり(火村英生…)、やたらに怪しい人物やショッキングな死体を出す(あな番…)といった過剰なドラマ的演出が目立つものが多かったから、正直日テレ制作のミステリドラマは質の劣ったものというイメージ・偏見があった。

 

しかし今回のドラマでは過剰なドラマ的演出を抑え、見る人によっては地味で面白みに欠けるとさえ思ってしまうほど、原作に忠実な内容となっていた。小説ならまだしも、ドラマは途中で飽きられて視聴者が減ってしまうというのは制作陣にとって致命的であり、各話に見所というか印象的な場面・展開をドーンと入れて視聴者を繋ぎ止める細工をするのが定石だ。それをしないでここまでやってきたということが、原作に対する深いリスペクトを表している。

勿論、原作者が脚本協力に関わっているのだから当然と言えば当然の話かもしれないが、原作のあるなしを問わずドラマはどうしても作り手のエゴが出てしまいがちであり、時にはそのエゴに辟易とさせられる部分があったので(最近だと前クールに放送してた「新・信長公記」がそう)、こうやって原作通りやってくれただけでも称賛に値するのだ。

唯一の改変ポイントとなった4話の鐘場警部に対する疑惑も、原作にはないミスリードとして効果的だったし、香月が連続殺人の被害者の相関図を眺める場面なんかは犯人を追う側として眺めているように見えるし、真相を踏まえて見ると犯人自身が実験の記録を眺めているように見えるので、あそこはダブルミーニング的な演出として優れていたと思うよ。

 

あと何と言っても翡翠を演じた清原果耶さんが凄かったね。今回の5話における怒涛の推理シーンもさることながら、1話から演じていた純朴な霊媒としての翡翠ナチュラルで良かった(あの1話の降霊シーンは二重の意味で名演でしたね!)。

本来なら今回の怒涛の推理シーンにおける翡翠の嫌味ったらしい煽り文句って、人によってはイラつく部分だと思うし、小説を読んだ時はそっちの印象が強かったけど、いざ清原さん演じる翡翠がそれを言うと不思議とそこまで嫌味に感じないというか、SMのMの感情をくすぐられる感じがあって嫌ではなかった。この感覚を前にも味わったような気が…と思い出したのが、以前NHKBSプレミアムで放送していたシリーズ「江戸川乱歩短編集」である。

満島ひかりさん演じる明智小五郎も犯人からして見ればシャレにならない追い詰め方をしてくる一方で愛嬌もあったから、そういう点で今回の翡翠と共通するなと勝手ながら思った次第だ。

 

 

さて次回、というか新番組として今度は『invert 城塚翡翠 倒叙集』が映像化されるが、こちらの原作はまだ未読。でも、今回の『medium』が原作に忠実だったことを思うと『invert』も原作通りやってくれると思うので、原作未読のまま来週の放送を待つことにするか。

ほどよく視聴者を惑わすドラマオリジナル脚本(霊媒探偵・城塚翡翠 #3)

先週の3話の感想だけど、ほぼ原作通りで特に言及することはなかったのでカットします。強いて感想を言うなら、あの回は全国の写真部が色々と誤解されそう。

 

(以下、ドラマのネタバレあり)

 

「VS エリミネーター」(前編)

medium 霊媒探偵城塚翡翠 (講談社文庫)

前回の3話は原作の第三話「女子高生連続絞殺事件」を映像化したもので、今回は原作の第四話「VS エリミネーター」の映像化となった。第三話と第四話はいずれもシリアルキラーとの対決を描いた物語ではあるが、三話が前哨戦的なものだとすると、四話は本戦であり、これまでの事件に仕掛けられたアレコレを回収しながら解決するという内容だと言っておこう。あまり言うとネタバレになるからね。

 

ただ、ドラマの4話は原作とは全く異なる筋書きになっており、原作であまり目立った活躍も行動もしなかった鐘場警部にスポットライトをあて、彼に疑惑が集中する展開となっているのが今回の見所である。

これに関しては重大なネタバレにならないから言っても良いと思うが、流石に視聴者の大多数はそのまま「鐘場警部が透明な悪魔でした~」という真相になると思ってないよね?そんなストレートな真相でミステリランキング5冠はとれませんよ。

 

透明な悪魔(原作のエリミネーター)が誰かという予想については、私は原作既読なので未読の方の興をそがないよう敢えて何も言わないが、実を言うと原作を読んだ際エリミネーターの正体については結構早い段階でわかったのよ。これは国内外の有名なミステリ小説を100冊ほど読んでいれば誰だってわかると思うし、そもそも序盤をちゃんと読めば「含みのある文章」があるので、そこから容易に予想はつく。

そんな訳で本作におけるフーダニット=エリミネーターの正体に関してはそこまでの仕掛けではないが、重要なのはもう一つのサプライズの方で、これがミステリ小説として評価されている部分なのだ。これはまた次回以降説明していこうと思うので今回はこれくらいにする。

 

今回のオリジナル展開について最後に言っておこうと思うが、原作ではミスリードさせるような描写がないため容易にエリミネーターの正体に辿り着けたが、ドラマの方はほどよく視聴者を翻弄させるように作られており、原作を読んでなければ私も惑わされていたに違いない。

髪形というか毛量が気になって(霊媒探偵・城塚翡翠 #2)

先週の初回放送時のツイートが珍しく50以上もの反応(いいね)をいただいた。

原作未読の方からしたらやはり気になる所ですもんね。ミステリとして視聴継続するべきかどうかの参考になりますし。

 

(以下、ドラマのネタバレあり)

 

「水鏡荘の殺人」

medium 霊媒探偵城塚翡翠 (講談社文庫)

2話は原作の第二話に相当する「水鏡荘の殺人」が映像化された。内容はほぼ原作と同じなので改めて言うことは特にないが、物語の序盤でいきなり犯人名が明らかになるという、麻耶雄嵩氏の『さよなら神様』と同様の形式になっているのが本作の特徴の一つだ。

 

さよなら神様 (文春文庫)

ただ刑事コロンボ古畑任三郎といった倒叙モノと違って、明らかになっているのは犯人が誰かという点だけであり、犯行の過程やトリック・犯人特定のロジックは伏せられている。そのため、推理から犯人を導き出すのではなく、その人物(本作の場合若手推理作家の別所幸介)を犯人とするならどのようなロジックで推理を完成させる必要があるのかという一種の虫食い算の要領で推理をしていくのがミステリとしてユニークなポイントだ。

本作の場合、別所を犯人と特定する手がかりとして翡翠が夢に見た別所幸介・有本道之・新谷由紀乃の三者三様の行動が読者(視聴者)に提示されているが、やはり小説よりもドラマの方がわかりやすかったな。文字だけで説明されるよりも映像で見た方が一目瞭然だし、夢の中で別所が顔を近づけていた理由も映像だとすぐにピンとくる。

 

ところで、他の方はどう思ったか知らないが、あの別所のモッサモサの髪形は一体どういうコンセプトであんなことになったのだろう。恐らく伏線とかではないし、原作でも特に特徴ある髪形の人物として描かれなかったからな…。本筋の事件よりもむしろそっちが気になって仕方がなかったよ。

 

あとこれは個人的な偏見かもしれないけど、日曜夜のドラマにしては珍しくドラマ特有の過剰な演出が抑えられていて、人によっては落ち着いたテイストで見やすいと思うか、或いは物足りなさを感じた人もいただろう。私はどちらかというと前者の方だが、日本のミステリドラマ、それも深夜に近い枠のドラマだと探偵役に決め台詞を言わせがちだし、以前同時間帯に放送されていた「臨床犯罪学者 火村英生の推理 」では火村に「この犯罪は美しくない」というドラマオリジナルの決め台詞を言わせている。※1

 

まぁ、本作は原作者が直々に脚本協力で関わっている※2から下手にドラマっぽい脚色をしてつむじを曲げられたら困るから忠実にやっているのかもしれないが、それでも昨今のミステリドラマとしては演出が(良い意味で)抑えられている。ショッキングな死体も出てこなければ、奇想天外なトリックが仕掛けられている訳でもない。霊媒による特殊な手がかりはあるものの、推理自体は堅実で飛躍的な発想が必要なものでもない。これはよっぽど原作の真相に自信がないと出来ないことだし、後半のサプライズのためなら序盤が地味でも構わないというドラマ制作陣の意思が垣間見える感じがする。

そんな訳で(まだドラマは始まったばかりだが)今のところ私は好意的にドラマの出来を評価している。主演の清原さんの翡翠も原作通りだし、ドラマっぽい嘘くささがなく実にナチュラルでそこも好感触だったよ。

 

 

※1:ちなみに、ドラマ放送当時私は同志社大学で開催された有栖川有栖先生の講演会に行き、その際ドラマ化の話も聞いた。原作者である有栖川先生もプロデューサーの方から問題の決め台詞のアイデアを聞いた時は困惑気味だったよ…ww。

 

※2:でも(これも同局同時間帯に放送されていた)「ネメシス」はミステリ作家の脚本協力があってあの出来だったからな…。詳しくは当ブログの「ネメシス」感想記事で語ってます。

うかつに感想を書けないんですよ…(霊媒探偵・城塚翡翠 #1)

今期放送されるミステリ系のドラマで最も注目していた霊媒探偵・城塚翡翠をリアタイ視聴した。

medium 霊媒探偵城塚翡翠 (講談社文庫)

原作は2019年に刊行された作品で、その当時のミステリランキングを5冠も獲得して話題になった。ただ私はその当時本作を読んでおらず、ドラマ化の報を聞いてようやく読んだクチである。

率直に原作を読んだ感想を言うと、確かにミステリランキングに入るだけの仕掛けは施されているし、ミステリ小説のビギナーならば間違いなく驚くだろうと思うが、正直あまりハマれなかったかな。細かい所でも引っかかるポイントはあるし、正直玄人向けのミステリとしておススメはしにくい。

 

あと本作の厄介なポイントとして、作品の魅力を伝えづらいというのも挙げられる。というのも本作の核となる魅力を伝えてしまうと原作未読の方でも今後の展開が読めてしまう恐れがあるのだ。それほど本作はプロットと謎解きが密接に関わっていると言っても良い。だから謎解きに関しては下手に感想を書く訳にもいかないし、かと言ってそれを除いたらあとは登場人物のこととか、実に表層的な部分を拾って書くしかないので、そういう点でも本作は書評家泣かせの一冊だろう。

 

「泣き女の殺人」

初回は原作の第一話「泣き女の殺人」。霊媒師・城塚翡翠と推理作家・香月史郎が出会う切っ掛けとなった事件で、香月の大学時代の後輩・倉持結花が自宅マンションで何者かに殺害される。

今回の事件では被害者が生前に見た「泣き女」の怪異が推理の出発点となっており、翡翠の降霊と併せて香月は犯人を暴き立てる…というのがあらすじだ。

 

もう既にドラマを見た方、特に原作未読の方は「え、これが5冠をとったミステリなの?」と思っただろう。そう、今回の謎解きだけを見るとそう思うのも無理はない。また、犯人特定の過程というかネタが(当ブログでも紹介している)某ミステリ漫画のトリックとほとんど同じなので、そこに既視感を覚えた人もいたはず。

※実際にTwitterではそういったツイートをしている方が複数名いました。かくなる私もその一人…。

 

ただ当然ながら本作は5冠をとったミステリなので、今回の事件だけで評価を下すのは早計だ。あまり色々言うとネタバレになりかねないので、オブラートにオブラートを包むような表現をすると、初回の放送を録画しておいた方はラッキーだ。そして2話以降も録画残量に余裕があるならしておいた方が良いだろう。ドラマの制作陣が原作と同じ展開にしているのであれば…の話になるが、今回のドラマは原作者の相沢沙呼氏が脚本協力をしているみたいなので、原作のプロットから大きく外れるような改変はしていないだろうし、だとすれば今回劇中で映ったアイテムや出来事・描写もちゃんと活かされるはずだから、後で「え、そうだったっけ?」ってならないように録画しておいた方が良い。

 

ということで、初回の感想はこれにて。何度も言うが、ホントに感想を書くのが難しい作品なのだよコレ。うかつに匂わせ的なことを書いたら今後の展開が読めてしまうレベルのデリケートさがあるし、原作本の惹句である「すべてが、伏線」というのも勘が鋭い人には先の展開を予想させてしまう危険性があるので、原作未読の方はあまり深く考えずに視聴することをおススメする。

【ショック】まだプレイして2ヶ月経ってないのに「ゆるゲゲ」まさかのサービス終了

もう既に公式から発表があったけど、「ゆる~いゲゲゲの鬼太郎 妖怪ドタバタ大戦争」が来年の1月16日にサービス終了することが決定した。

 

え~、大変ショックです。普通に落ち込んでます。

 

というのも、記事タイトルにもあるように、ゆるゲゲを始めたのがつい50日ほど前のことで、まだ世界編の一章をプレイしている段階なんですよ。これどう考えてもサービス終了までにゲゲゲ史や外伝まで完全攻略するの無理でしょ?

つい先日新キャラの妖武者鬼太郎とか実装されたばかりだったから、流石に1年以上はまだサービスが続くとタカをくくっていたから余計にショックだ。

 

で、何で配信が始まった2018年ではなく今頃になって「ゆるゲゲ」を始めたのかを一応言っておこうと思うが、実は昨年末まで使っていたスマホが型の古い機種で「ゆるゲゲ」どころかLINEやTwitterも使えないレベルの代物だったんだよね。で、昨年末にようやっと家族まとめてスマホの機種変更をしたのだけど、その頃は完全に「ゆるゲゲ」のことは忘れていて、遊べることすら全く考えてなかったんだよ。

 

「ゆるゲゲ」の存在を思い出してプレイ出来ることに気付いたのが50日ほど前のことでそこからようやくプレイしてみたけど、ちゃんと面白いし簡単にクリア出来ない難しさで充実度は高いと個人的には思った。登場キャラもバリエーション豊富かつマニアックで、水木しげる作品が好きならやるべきだと言って良いだろう。

 

 

ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大運動会 - Wiiゲゲゲの鬼太郎 妖怪大激戦(特典無し) 

そもそも鬼太郎のゲームは5期以降「ゆるゲゲ」が配信されるまではwiiとDSのゲームが2本制作された程度で、その2本のゲームにしてもDSの方はオーソドックスなアクションアドベンチャーだったからまだしも、wiiの方はパーティーゲームだったので、個人的には不満というか「鬼太郎にパーティーゲームは求めてない」と今でも思う。

だから「ゆるゲゲ」におけるアクション要素やキャラの豊富さは自分にとっては鬼太郎ゲームとして及第点だったし、6期だけでなく3期・4期のキャラや世界妖怪図鑑を見ないとお目にかかれないキャラまで登場させるという懐の広さ・マニアックさも嬉しかったんだよね。それに約3年以上も気づかなかった自分が情けないと思うわ。

 

だから今こうしてサービス終了の知らせを聞いて本当に残念だと思うと同時に、ニンテンドースイッチとかで遊べるようゲームソフトとして発売してくれないだろうかと未練たらしくもついそんなことを考えてしまうタリホーでした。

期待以上の出来となった「魔法のリノベ」とカオスな改悪で期待外れに終わった「新・信長公記」

4月期は興味のあるドラマが多くて豊作だったのに対し、7月期のドラマは食指をそそるものがなく、結局間宮さんが出演した「魔法のリノベ」と、原作漫画が意外に面白かった「新・信長公記の2つに搾って今期は視聴していた。

で、タイトルにも書いているように当初はイマイチだった「魔法のリノベ」が回が進むごとに私の中でハマってきた一方、「新・信長公記」は反対に回が進むにつれておや?と思う描写が多くなって最終的に何じゃコレ!という終わり方をした。

この2つのドラマについて、良くも悪くも言いたいことがあるので一応詳しく批評しようと思う。言うまでもなくドラマのネタバレをしながらの批評になるのであしからず。

 

トラウマや厄介な人をファンタジーとして昇華(「魔法のリノベ」)

魔法のリノベ : 1 (ジュールコミックス)

「魔法のリノベ」から始めよう。初回を視聴した時は瑠東東一郎氏のカット割りの多い画面演出や、オッサン的なウザいコメディテイストが強くて正直辟易とさせられたのだが、物語が進むにつれて初回のウザさが緩和されていって、本題となるリノベーションや、小梅や玄之介にある種のトラウマを与えた人物の登場なども相まって、面白く見ることが出来たし、当初は蛇足とも思えた「まるふクエスト」というドラマオリジナルの演出も、4話の桜子が登場してきた辺りから何となく意図が自分の中で見えてきた。

 

リノベ前の家や性格に難のある人物を本作では「魔物」と称しているが、現実での諸問題をファンタジーに置き換えるというのは精神的には対処法として良い方法だと思うし、自分の苦手な人や嫌いな人を魔物というファンタジーなものとして置き換えないと、やはりどこかで心が折れてしまったり、嫌な記憶を引きずってしまう。そういう人や出来事には出会わないのが一番なのだが、仕事をしていたらどうしても自分の嫌いな人とは出会ってしまうし、逃れられない魔物として人生に立ちはだかる存在だ。だからこそファンタジーとして解釈しつつ、それをどう現実的に対処すべきか。そういう人生の課題を乗り越えるヒントのようなものが、ドラマでは描かれていたのじゃないかな?と思った次第だ。4月期に放送していた「妖怪シェアハウス」も現実世界の厄介な人々を妖怪に置き換えていたから、やはり現実社会の嫌なことをファンタジーに置き換えるって今を生き抜く能力として結構大事ではないだろうか?

 

あと個人的なことになるが、梅玄コンビが両者とも(質は違うが)人間関係でトラウマになるような経験をしていることもこのドラマにのめり込めた要因の一つである。私も職場の人間関係が原因で適応障害になって仕事を辞めた人間なので、そういう公私問わずトラウマ的経験をした主人公・登場人物が仕事を通じて幸せになっていく物語として視聴者を勇気づけてくれる貢献を少なからずしていたと感じた。

他の方の感想で、もうちょっとコメディ要素を抑えて小梅や玄之介の人間関係や背景についてじっくり描いて欲しかったという意見も見かけたが、小梅を退職に追いやった桜子の背景とか描いたら物語が脱線しそうなので、私としてはあれくらいの塩梅で良かったと思う。とはいえ虎之介のあの自己中心的な他人事さは気になったけどね。兄弟間のコンプレックスから長男の玄之介に対してああいう行為をとったのか、それとも過去に成功体験がなく褒められた経験がなかったから、他者を足蹴にしてでも利益を得ようとする人間になったのか。そこは今でも色々と推測しちゃう。

 

頭脳戦としての原作を陳腐なヒューマンドラマに改悪(「新・信長公記」)

新・信長公記~ノブナガくんと私~(1) 新・信長公記 ノブナガくんと私 (ヤングマガジンコミックス)

ドラマが始まる前に「新・信長公記」の原作をスマホの漫画アプリを通して読んでみたが、乱暴に本作をまとめるなら「戦国武将のクローンにライアーゲーム(暴力あり)をやらせてみた」って感じの物語で、戦国武将のクローンが不良高校でトップになるため旗印戦というルールに則りバトルをするという話だ。ライアーゲームほど緻密な頭脳戦がある訳ではないが、それでも知略・謀略あるプロットに不良漫画らしい登場人物の情熱なんかも描かれていて普通に面白かった。ただ、そのまま原作通り映像化するとボリューム的に1クールもたないし、各武将クローンの出番に差があるといった問題もあるので、その辺りをどう解決して映像化するのか。そこが放送前の注目ポイントだった。

 

無駄な部分が削ぎ落されたプロットだからこそ、余白に入れられるモノも多くある作品だけあって、ドラマは原作以上に各武将クローンの個性を衣装を含めて際立たせているし、オリジナルの展開も入れていた。そこはドラマ化として一応考えてはいたと思うし3話までは特に大きな不満はなかったが、4話以降から雲行きが怪しくなって「あれ、思っていたのと違う展開になっている…」と視聴時の思いが冷めていった。

というのも、ドラマでは原作の旗印戦における策略や心理戦要素がことごとく簡略化され、武将クローンとしての宿命に抗い変化出来るかという一種のヒューマンドラマに舵を切ったからだ。特に6話以降の展開は原作とは別物と言って良いくらいで、ドラマから原作を読んだら、あまりにも展開が違い過ぎてビックリするのではないだろうか。

 

一応言っておくと私は原作通りやれば良いと思ってない。ライアーゲームが良い例で、あのドラマも原作通りやっていたら味気ない作品になっていたはずだ。ドラマならではの非日常的な世界観とフクナガをはじめとするキャラの改変が成功したからドラマも映画も長く続いたと思う。

しかし、本作「新・信長公記」における改変はいずれも浅い美談で、原作で紹介された武将のエピソードの方が各武将のキャラクターを深く知ることが出来たし、ドラマの後半で顕著に押し出された「人は変われる」というテーマも脚本のせいでガタガタだった。特に徳川家康が博士を殺していないと判明した9話に関しては一番突っ込みたかったよ。

子供の時とはいえ博士を殺したからこそ、その罪を受け入れ心を改めるということに意義があるのに、博士を殺していなかったのだからそもそも抗う宿命も何もあったものではない。それなのに家康は事実が判明してもなお苦悩しているというのが私には理解出来なかった。

 

それと、原作との違いの一つである織田信長がスーパーマンとして描かれていないのも実は不満として挙げられる。原作の信長は無気力な高校生だが、実は重機用ハンマーを持って振り回せるほどの怪力で、しかも頭も切れる。そんなスーパーマン信長が人を引き付ける説得力が原作にはあったが、ドラマの信長は理想はあれど具体的な計画・行動はあまり計算出来ない人間として描かれている。

だから4話のポイント倍増作戦以降、井伊直政が信長を信頼するに至る経緯が原作よりも説得力がなく、何となくなし崩し的に皆が信長をリーダーとしてクラスがまとまっていく展開が気に入らなかった。原作だと井伊が信長側についたのはもっと明確でロジカルな理由があったし、喧嘩の強さと合わせて信長に対する評価が一変した印象的な場面だったから、ドラマの改変は何というか、クラス内でカースト順位が高い井伊を味方につけたから皆が信長についていったみたいな感じになっていた。

 

信長のキャラ設定の改変に関して不満は大いにあるが、一方で原作通りやれなかった大人の事情も薄々察せられるのもまた確かなんだよね。実は原作の信長って結構体を張るシーンが多くて、ボルダリングみたいなこともやったりするし流血もする。勿論、ワイヤーやメイクなどでその辺りはいくらでも映像化は可能なのだが、主演がキンプリの永瀬廉さんだから、万が一撮影中に怪我をされて今後のスケジュールに支障をきたしたらエライことだろう。だからあまり本格的なアクションを取り入れにくかったのかもしれないし、原作の怪力設定を薄くしたのもそういう事情が絡んだのではないかと勝手に推測している。

とはいえ、その点を考慮したとしてもドラマの脚本のカオスさというか無茶苦茶さは大いに問題がある。以上で挙げた不満ポイント以外にも色々と突っ込みたいポイントや不満はあるが、武将クローンというSF要素・頭脳戦としての旗印戦・歴史要素・学園ドラマ的要素、どれもが中途半端だし、黒幕の理事長の思惑にしても稚拙で幼稚なものだったから、全てが浅かったなというのが正直な感想で、これだったら何も原作漫画のドラマ化でなく完全オリジナル脚本で勝負してもらいたかったな。

 

あと私がここまで不満点や問題点を言うのは、このドラマが100パーセント完全にダメだった訳ではなく、キャスト、特に主演の永瀬さんに関しては原作の信長を演じるに相応しい方だったからだ。これが100パーセントどこも褒める所がない作品ならわざわざ不満なんて書かないしとっくに視聴を打ち切っていたのだけど、永瀬さんは原作の信長に通じる気だるげな雰囲気とアイドルとしてのカリスマ性を合わせ持った方だと思うし、演技面に関しては私がここで言及するまでもなく他の出演作で評価されている方だから、(スーパーマンまでいかなくとも)原作のカリスマ性ある信長も十分演じられたと思う。それだけに今回のドラマ化における脚本には厳しい評価を下したいし、視聴率が低いことについてもそれはある意味当然と言えば当然の話。ドラマの言葉を借りるなら「是非に及ばず」とでも言うべきか。