タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

仲直りの一大トリック、啄木鳥探偵處 第七首「紳士盗賊」視聴

啄木鳥探偵處 (創元推理文庫)

私の中で怪盗ものと言えばアルセーヌ・ルパンよりもニック・ヴェルヴェットとかS79号の方なんだよね。う~む、マニアック。

 

(以下、アニメのネタバレあり)

 

「紳士盗賊」

今回はアニメオリジナル回。新聞記者になりすまし会社から大金を盗んだ紳士盗賊と行方知れずになった大金五千円の行方を追う物語だが、一捻り加えた趣向が本作のキモとなった。

 

「紳士盗賊」というワードは江戸川乱歩の作品「黄金仮面」で用いられており、アルセーヌ・ルパンのことを「フランスの紳士盗賊、一代の侠盗」と記している。

黄金仮面

紳士盗賊というからには、盗んだ金を貧しい人々のために分け与えるつもりだったのだろうが、今回の話では紳士盗賊が盗んだ金をどうするつもりだったかまでは描かれていない。あくまでも金を盗んだ手口の鮮やかさと鉱毒事件・疑獄事件に伴った大企業に対する人々の不信感がこの度の盗賊を義賊たらしめているに過ぎない、というのが私の印象だ。

乱歩ネタはこれだけではない。紳士盗賊逮捕の決め手となった「FIGARO」という銘柄のタバコは、エジプトのキリアジ社の葉巻タバコで、探偵・明智小五郎が好んで吸ったタバコ。これも、乱歩作品ネタのオマージュの一つとして数えられる。

 

当時の五千円を現在の貨幣価値に置き換えるのは難しいが、明治27年頃の公務員の初任給が五十円だったことから推察するに、現在の貨幣価値に置き換えると数千万円レベルの大金であったことは間違いないだろう。

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行方知れずの大金と同様に、前々回でこじれてしまった啄木と京助の関係が引き続き描かれているが、今回はこじれの原因となった女郎・おえんの身請け話に京助が怒った点を芥川龍之介「同病相憐れむ」と評し「金田一さんは我知らずご自分の気持ちを重ねている」と推測した。

「同病相憐れむ」とは「同じ病気や悩み苦しみを持つ者は、互いの辛さがわかるので助け合い同情するものだ」ということを指したことわざだが、前々回の感想記事ではそういった視点での考察はしていなかった。

tariho10281.hatenablog.com

そのため、芥川の評がイマイチどういうことを言っているのかピンとこなかったが、改めて考えてみると、これは「男女関係のこじらせ」を指していたのではないだろうか?

 

京助と女郎のおえんは、職業こそ違え、こじらせの原因は社会的地位にある。社会的地位が恋路の邪魔をするのはよくある話だが、自分と違って啄木は社会的地位に縛られない歌人という立場であり、それがおえんに対する同情と啄木への糾弾につながったのではないかと思っている。

要は「僕と違って融通のきく立場にいるのに、おえんを袖にして身請けの仲介をして金を得るとは何事か!」というのが京助の思いであり、無意識に自分の価値観を投影して啄木を糾弾したのではないだろうか。

 

こういった推測を聞いた啄木が仲直りの切っ掛けとして利用したのが、例の行方知れずとなった五千円。

既にアニメを見た方ならばご承知の通り、啄木が京助に渡したタバコの釣り銭の二銭銅貨から五千円(小道具の偽札)発見の流れは全て啄木のお膳立てによるもの。冷静に考えれば、行き違いで暗号が京助の手に渡るなど偶然にしては出来過ぎているのだが、明治という時代にはそういった出来事が起こり得る空気というかロマンが今以上にあったはずだし、宝探しは少年心をくすぐるものがあるからね。

 

平井少年が啄木の計画に加担していたかどうか、劇中では明言されていなかったものの、暗号を見て「僕ならもう少し手の込んだ暗号にするけどなぁ」と言っていたことから考えると、平井少年が啄木に抱き込まれていた可能性は低い

加担していたとしたら暗号を複雑なものにしただろうし、京助が暗号のことを尋ねてきた際、京助自身に解かせるよう促したのではないかと思う(自分で自分の暗号を解くなんてそんなバカげた無粋な行為はミステリ好きならばしない…はず)。

二銭銅貨の中に暗号が隠されていたから、二文字とばしで読めば読める、というのは些か飛躍した推理ではあるが、基本的に暗号といえばせいぜい五十音・アルファベット・モールス信号に置き換えるか、文字をとばして読む、といったものが相場なので、まぁ目くじらを立てることではない。そもそも暗号はカタカナで記されていたのだから、別の言語に置き換えた可能性は低いしね。

 

平井少年が啄木に抱き込まれていなかったと考える理由はもう一つあって、それは今回の啄木の計画が乱歩の「二銭銅貨」のプロットとほとんど同じという点。もし啄木の計画を知っていたのならば、その計画をコピーしたようなプロットを作品として公表するのは作家としてどうかと思うし、「小説の参考」というのは一部の利用であってプロットの丸写しではない。それは最早「参考」の域から出ていることになるのだから、私は平井少年の言を信用し、「二銭銅貨」のプロットと今回の物語との一致は虚構が真実を射抜くという脚本の趣向であったと考えている。

 

という訳で、今回はアニメオリジナル回と前述したが、実質二銭銅貨」のオマージュ回。通常なら面白かったと素直に喜ぶべき所だが、「高塔奇譚」「忍冬」の改悪のせいで素直に喜べないんだよな~。その熱量をもうちょっと原作の方に注げなかったのですかね~、出来たはずなんですがね~。

 

ところで、啄木は小道具の偽札の注文資金として五百円を費やした。ミルクホールでその情報が明かされた時点では、啄木が紳士盗賊の隠し金を見つけて報酬をもらい、その金をこの酔狂に利用したのでは…?という風に見せかけているが、この後の京助との会話を聞く限り、五百円の出どころは身請け仲介の礼金だろう。本当に紳士盗賊の金を見つけて報酬をもらっていたら新聞沙汰になっていたはずだからね(新聞社に勤めていたから、公にしないよう頼むことも出来たかもしれないが)。

ここで身請け仲介の礼金が用いられたのは当然京助と仲直りするため。己の私利私欲のために身請け仲介をしたと京助が思っている以上、金は自分のためには使えない。ならば京助のために使おう。しかし、そのまま京助に渡すのも芸がないので、世間を騒がせている紳士盗賊を利用してサプライズを送ろうとしたのではないだろうか。

おえんが幸せに暮らしていることを語ったのはダメ押しだろうが、結果的に京助のわだかまりは解消され、関係も修復した。

 

が、啄木は既に例の病気に罹っていた。皮肉にも関係が修復したここから、啄木と京助の別れのカウントダウンが始まる。

 

蛇足

・今回引用された啄木の句は「いつしかに 情をいつはること知りぬ 髭を立てしもその頃なりけむ」。教科書に載っている啄木の写真に髭は映っていないが、この句を詠んでいる以上、髭を生やした時期があったのは明らか。この句は1909年の1月に生まれたようなので、1908年以前の時期に髭を生やしていたのだろう。

啄木は他にも「わが髭の 下向く癖がいきどほろし このごろ憎き男に似たれば」という句を詠んでいる。髭の向く癖が憎いと思っている男の髭の癖と似ていてイライラすることを詠んでいるが、イライラの中にもユーモアが感じられる句で私は好きだな。

 

・今回も大企業の不祥事を殺人事件によって明るみにする「告発者X」の存在が語られていたが、これが最終回での「告発者X」との対決につながるのだろうか…。

鍵のかかった部屋(特別編)エピソード3「移動する穴」視聴

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順当に連ドラの3話が放送されると思っていたら、まさかスペシャル回を放送するとはね。ちょっと予想外だった。

 

「移動する穴」(特別編)

ミステリークロック

今回は2014年に放送された鍵のかかった部屋SP」の再編集版。2時間のスペシャルドラマを前後編に分け、今回は前編にあたる部分が放送された。

原作は『ミステリークロック』所収の「鏡の国の殺人」と、小説として発表されていない仮作品の「二つの密室」。ドラマではこの二作をミックスして、都合三件の密室事件が扱われるという贅沢さが売りになっているが、再編集されるにあたって三件のうちの一つ「密室“活人”事件」が全てカットされる形となった。

カットされた「密室“活人”事件」の真相はさほどのものではないが、密室で倒れていた老人の救急要請を誰がしたのか?という部分がユニークで、ドラマの導入部分としては非常に魅力的であり、連ドラの最終回で海外へ行った榎本が青砥と再会する切っ掛けになった事件なので、やはりカットされたことには寂しさを感じた。

 

再編集されるにあたって月9ドラマ「SUITS」の弁護士・蟹江貢が登場するコラボ展開が新たに追加されている。正直「SUITS」の方は全く見ていないので、このコラボの必然性は無いしいらなかったと思うが、ここでちょっとマニアックな話を一つ。

実は蟹江を演じる小手伸也さんは過去に密室殺人が絡んだミステリドラマに出演しており、その作品というのが、前回の「鍵のかかった部屋」で紹介した安楽椅子探偵とUFOの夜」

綾辻行人・有栖川有栖からの挑戦状(4)安楽椅子探偵とUFOの夜 [DVD]

小手さんは江戸川雷太という刑事を演じているが、ただの刑事ではなくミステリオタクの刑事で、同じミステリオタクの刑事たちと推理談義をたたかわせていた。そして何と、劇中で起こった目張り密室のトリックを刑事仲間と共にアッサリ解決してしまうのだ!

ただし、解決したのはあくまで密室トリック。本作は視聴者参加型の懸賞金付き推理ドラマのため、犯人が誰かという謎は安楽椅子探偵という別の探偵役によって解き明かされるのだ。有名な役者を使っていない、かなりマイナーな作風だが、本職のミステリ作家が考えた犯人当てのロジックが素晴らしい作品なので、気になる方はDVDを購入してその謎に挑んでみてはいかが?

 

さて、今回の密室は次週放送される密室殺人と絡んだ事件で、絵画コレクションを所有していた証券会社の会長が何者かに殺害される。殺害現場は密室であり、そこに侵入した空き巣に殺人容疑がかかるが、その空き巣の依頼により密室トリックの解明と真犯人を捜す、というのが今回のあらすじ。

今回の密室はあくまでもメインとなる次週の密室の前哨戦的位置づけで、トリックも古典的な部類のものだが、ひと手間加えたことによって映像的な面白みが出ているのがポイントだろう。また、事件と並行して描かれる芹沢のストーカー事件が密室トリック解明のヒントになっているのが面白い。

 

(ここからネタバレ感想)トリック自体は紐を用いた施錠で、それだけ見れば陳腐な代物だが、扉を施錠するために開けた窓を別の窓から施錠し、またその窓を別の窓から施錠し、更にその窓を…という「穴をズラしていく」手法に思わず苦笑。「困難は分割せよ」とは言え、ここまで手間暇のかかるトリックを作っておきながら犯人の思惑通りにならなかったというのがある意味犯人に対する「天罰」になっているのかも。

これだけでも十分面白いが、この手間のかかるトリックが後に出て来る「虚実入り混じる遺書」の虚の部分を明かす材料となっているのが秀逸で、榎本のロジカルな推理によって遺書の矛盾点が明かされる下りはホント良かったな~と思う。これは映像作品だから説得力があるのであって、小説で「あのトリックを用いるのに三時間かかる」と言われてもピンと来ないと思うのだ。(ネタバレ感想ここまで)

名探偵ポワロ「なぞの盗難事件」視聴

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登場人物の一人が滅茶苦茶アルミホイルみたいなドレスを着ていた件。

 

「なぞの盗難事件」(「謎の盗難事件」)

死人の鏡 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

原作は『死人の鏡』所収の「謎の盗難事件」。軍事的に重要な爆撃機の設計図が盗まれ、深夜の変事にも関わらずポワロは呼び出されることになる。原作ではジョージ・キャリントン卿がポワロを呼んだのだが、ドラマではメイフィールド夫人(原作に登場しないオリジナルキャラ)によって事件が起こる前に呼ばれている。また、「ミューズ街の殺人」同様原型作品を膨らませたもので、原型の方は「潜水艦の設計図」として『教会で死んだ男』に収録されている。

 

教会で死んだ男(短編集) (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

例によってドラマはミス・レモンやヘイスティングスジャップ警部を登場させることで展開に盛り上がりをつけユーモラスなやり取りを増やしているが、原作はメイフィールド卿、キャリントン卿一家、ヴァンダリン夫人、マキャッタ夫人、メイドのレオニーそれぞれに焦点があてられている。ちなみに、ドラマではマキャッタ夫人とレオニーは登場せず、その分事件も複雑さがやや薄まっている。

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

 

個人的注目ポイント

・メイフィールド卿のスキャンダル

メイフィールド卿は事件の五年ほど前「当時わが国の選挙民にひどく受けの悪かったヨーロッパのある強国」とつながりがあったのではないかと疑われていた…と原作では記されている。ドラマではこの部分を上海事変絡みのスキャンダルとして改変した。

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上海事変は1932年と37年に起こっているが、原作が発表された時期から推測するに前者の第一次上海事変の方ではないかと思う。当時のイギリスは上海に租界を持っており、大日本帝国の侵攻はその土地の利権を脅かす問題だった。その上海事変においてメイフィールド卿が日本に渡した武器が使用されたとなると、当然スキャンダルになるわな。

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・カーチェイスいらなかった気がする問題

ドラマでは終盤、ヴァンダリン夫人の行先をポワロとヘイスティングスが追うカーチェイス展開が用意されているが、勿論こんなものは原作にはない。

ドラマではカットされているが、原作ではメイドのレオニーの「幽霊騒ぎ」が事件を複雑なものにしており、その関係で屋敷にいた人間全員にポワロは尋問をしている。「幽霊騒ぎ」自体の真相は大したことがないものの、それが登場人物たちに疑惑を向けさせる効果的な演出になっており、盗難の動機の幅を広げているのが巧い点だと言える。

設計図は重要機密だから、敵国に売りつければ金になる。また、メイフィールド卿は過去にスキャンダル疑惑がある人物だから、今度の盗難による不祥事で失墜するかもしれない。金銭目当ての犯行か、卿の失墜を狙った犯行か。それを読者は考えさせられるのだ。

しかし、ドラマはレオニーをカットしてしまったことで、原作で真相とは別の方向に読者の疑惑を向けさせる役割を果たしたレジーとキャリントン卿夫人の影が薄くなってしまった。特にキャリントン卿夫人は、ドラマだとただのブリッジ狂でパートナーとして組むには最悪の人物、という程度の情報しかない。

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ブリッジは日本で馴染みのないゲームのため、一応Wikipedia の記事を貼っておくが、個人戦ではなく2対2で行うゲームであり、パートナーが下手くそだと自分も損をするゲームなのだ。

 

キャリントン卿夫人のブリッジによるギャンブル癖が原作における盗難の疑惑の素になったが、ドラマはそちらの方に舵取りは為されていない。あくまでヴァンダリン夫人が疑惑のメインであり、アルミホイルみたいなドレスも含めて視聴者に強い印象を与えるキャラとして描かれている。最後のカーチェイスもそのためだろうが、やはり物語としては原作が上だと私は思う。

 

 

次週は「クラブのキング」。これもどんな話だったか全然覚えてないや。

ゲゲゲの鬼太郎(6期)第9話「河童の働き方改革」〈再放送〉視聴

やってほしかったな~。

 

河童

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日本を代表する妖怪の一体である河童、河童の三平シリーズでメインになった一方、ゲゲゲの鬼太郎の原作では意外なことにメインとして登場した話はない。アニメでは3期から河童をメインにした回が生産されるが、いずれの回もアニメオリジナルだったり、元々登場しない原作話に挿入される形となっている。

劇中で河童が相手から抜き取る尻子玉は、肛門の近くにあると信じられた想像上の内臓を指す。3期の磯女の回では、悪徳なリゾート開発を目論んだ人間を懲らしめるため鬼太郎に呼ばれた河童たちが彼らの尻子玉を抜いている。その際尻子玉を抜かれた人間たちは顔を真っ青にして尻を押さえて悶え苦しみながら逃げて行った(後に返された)。今期の場合は尻子玉を抜かれると腑抜けになるという設定になっている。

 

いそがし

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元々は絵巻に名前と姿が描かれているだけで、どういうことをする妖怪なのかは不明だが、水木先生の妖怪図鑑では人に取り憑く妖怪で、これに憑かれると落ち着きがなくなり、忙しくしていると安心感が得られるが、何もしないと罪悪感に駆られてしまうと記されている。

水木先生は、この妖怪が江戸時代に描かれたものであることから、人々は江戸時代の頃にこの「いそがし」を認知しはじめたのではないかと考えていた。つまり、忙しいという感覚が異常なことに人々が気づいたのは、戦乱が過ぎ去り治平が整った江戸時代からではないか、ということになる。

原作の鬼太郎シリーズには登場しない(『妖怪博士の朝食2』所収の「貧乏神」には登場している)が、アニメでは5期から登場。ちなみに、5期のいそがしの声を担当したのは、今期で一反木綿役をしている山口勝平さん。

 

そもそも「働き方改革」って何だ?

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今回は1年目でギャグ回を主に担当した横谷昌宏氏の代表作とでも言うべき回だが、そもそも巷間で言われている働き方改革って何だろうか。

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少子高齢化に伴う労働者人口の低下によって生産力が低下するのを防ぐため、働き手を増やし、出生率を上げ、労働生産性を向上させる。これが「働き方改革」の目的で、2019年4月から働き方改革関連法」が順次施行されているようだ。

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働く人々が個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方が「選択」出来るようにするための改革、という名目だが、要は経済発展と生産力アップが求められるということ。勿論、長時間労働の解消、正規・非正規雇用格差是正、高齢者の就労促進といった改善をすすめ、人間らしい「働き方」を推進する姿勢は立派だが、生産性の向上と人間らしい「働き方」の両立は今のところ実現するのは難しいんじゃないかな~というのが個人的な意見。

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生産性の向上とは、物理的にサービスの量を増加させる(製造業の場合作る量を増やす)訳であり、労働者人口が少ない現在において長時間労働を解消したところで、生産しなければいけない量は決まっているし、最終的に労働者にそのしわ寄せがくる。かといって労働者の数を増やしたとしても、これまでと同じレベルの利益では労働者への分配も少なくなるし、会社の利益自体が下がってしまう恐れがある。

つまり、すぐ実行したからと言って効果が出るほど「働き方改革」は甘くないのだ。今の状況で労働環境を改善すると、確かに精神的には楽になるかもしれないが、利益や生産性は低下するだろう。出生率を上げるにしても子育て・教育には金がかかるし、高齢者の雇用にしても出来ることが限られてくる。

 

しかも、現代は性の多様化が進んでいる。ゲイ・レズビアンカップルだけに限らず「子供を産まない」生き方をする人々も尊重しなければならない今、出生率を上げ生産性を向上させることはより難しくなっていると言えるだろう。

こうなってくると、「働き方改革」は個人レベルでどうこう出来る問題ではないし、物質的な利益を上げながら精神的な充足を満たせる社会を作るなど、今の日本では到底不可能なのではないか、と絶望的な結論になってしまう。

 

「働く」行為はあくまで手段

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話を鬼太郎に戻そう。今回河童はきゅうり三本という給料につられて人間の会社で働くことになったが、劇中で次郎丸が言ったように、きゅうりはあくまでも嗜好品でそれが河童の全てではない。ということは、きゅうりを獲得するための労働も河童の全てではなく一部であるべきなのだ。それにも関わらず、河童たちの大部分を占めていた「のんびりとした時間」はその一部のために犠牲となり、本末転倒の結果となってしまった。

本作ではそんな河童の姿が「手段が人生の全て」になってしまった現代社を風刺していると言えるだろう。

 

社会レベルで金銭は経済活動発展の要みたいな存在だが、個人レベルでは欲求を満たし安寧を得るための道具でしかない。そして金銭という道具を得るための活動が「労働」となる。人によっては「労働」で物理的・精神的欲求を満たす人もいるだろうが、あくまで「労働」は金を得るための手段であり、これの逆、「働くために金を得る」状況は絶対起こらない。

 

にも関わらず、金を得る手段のために人は人生の多くを費やす。人生は労働の大半に費やされ、金は生活を賄うために用いられ、余暇はほんのちょっと。人生の一部だった仕事が大部分を占めることに対して、天職に就けた人は「好きな仕事に生涯を捧げられて幸せだ」と思うかもしれないが、仕事に喜びとか幸せを見いだせない人には不幸なことこのうえない。そしてその不幸を拭い去るために私たちは「社会貢献」といった労働の美徳を持ち出して精神の均衡を保っているのでは…というのが個人的な意見だ。

 

本来労働は金銭という対価を得る手段でそれ以上でもそれ以下でもないのだが、(一度先進国になったこともあってか)必要以上に労働に付加価値をつけ、成長する姿勢や意識の高さを求める。怠けることは悪徳とされ、アクセクしていないといけない空気を生み出してしまった。

これは別に私個人の勝手な意見ではない。「怠けることは悪徳」云々は『妖怪博士の朝食2』所収の「一生街」という短編で語られているのだ。

妖怪博士の朝食 (2) (小学館文庫)

水木先生の名言で「怠け者になりなさい」という言葉があるが、これは単に怠けろという意味だけではなく「“怠ける努力”をせよ」という意味も含まれているのではないかというのが個人的な意見だ。水木先生が晩年好きなことが出来たのは若い頃の激務があってこそであり、それが怠けられる基礎を作った。

そして怠けるというのは精神的余裕があってこその怠け。水木先生は『水木サンの幸福論 』において、若い時は怠けてはならないが、中年を過ぎたら愉快に怠けるクセをつけるべきだと提唱している。「四十にして惑わず」と孔子が言ったように、中年を過ぎれば大体世の中の道理や勝手はわかるようになるから、自然と精神的ゆとりが生まれやすい(「抜け道」みたいなモノがわかってくるというべきか?)ということだろうが、それが出来ている四十代は私の身近にはいなかったな。

 

まぁいずれにせよ、労働に人生全てを費やすのは勿体ないというのが水木作品を読んできた私の総意である。また、生産性を上げることにこだわらず生活水準をちょっと下げれば心理的余裕は生まれるかもしれないが、人間は欲が深いのでそれが出来ない。今回の物語の終盤、郷原社長が家族を自給自足生活に連れ出し失敗している所から見ても明らかだ。それに、幸福はどんなに論を重ねても主観的なもので、絶対的な幸福はあり得ないのだから。

 

働き方改革」によって日本人全員が幸福になるとは思えないが、金を得る目的だけで働いても良いという風潮がもっと広まってほしいというのが私の望みだ。酒席の付き合いとか、人間的成長とか、社会貢献とか、そういう「オマケ」を労働の本義にして欲しくないものである。

原作の大幅改変に困惑、啄木鳥探偵處 第六首「忍冬」視聴

啄木鳥探偵處 (創元推理文庫)

アニメもちょうど中盤に差し掛かり、来週からは後半戦。本来ならば大いに盛り上がるはずだったが、今回は非常に困惑している

その理由はブログの記事タイトルに既に示しているが、今回の大幅改変の是非を判断するには原作の事件と比較し、詳細に検証しなければならない。そのため、いつも以上にネタバレが激しいので原作未読の方は要注意。

 

(以下、アニメと原作のネタバレあり)

 

「忍冬」

今回は原作の2話にあたる「忍冬」。忍冬(ニンドウ)とはスイカズラの中国植物名。

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作中では見世物の活人形「金銀花」の着物の模様としてスイカズラがあしらわれている。

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ちなみに、「金銀花」もスイカズラの別名で、その蕾は生薬として利用される。

 

原作は啄木と京助のコンビで季久から依頼された「活人形による殺人事件」の真相解明にあたるが、前回京助の絶交宣言というアニメオリジナルの展開があったため、今回は吉井勇が啄木の相棒として登場。想い人の季久の窮状を救い、あわよくば深い仲になろうと不純な動機で調査に乗り出す。

また、吉井だけでなく平井少年も事件の調査に関わることになるが、これは江戸川乱歩「人でなしの恋」でも描かれた人形に恋する男が作中で出て来ることによる影響。

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原作に平井少年は登場しないし、登場させる必然性は正直なかったが、やはり「人でなしの恋」とリンクしているから登場させたくなるのは、物書きの性なのだろう。

 

さて、原作「忍冬」は活人形が男の喉に噛みついて殺したとしか思えない殺害現場に加えて、市中で活人形が歩いていたという目撃証言も相まって奇怪な様相を呈しているが、事件は合理的に解明され、関係者それぞれの思惑が絡まった複雑な事件だったことが明かされる。

本作の事件関係者は、被害者の橘屋乙次郎、容疑者の結城泉若、容疑者の恋人で依頼人横山季久、活人形を展示している傀儡館の館主・加藤小介、傀儡館のお抱え人形師・佐々新吉、「金銀花」を制作した人形師の田村鶴八

以上の六人が原作の事件に関わるのだが、アニメでは人形師の新吉と鶴八がカットされており、それによって事件の構図が大幅に改変されている。

 

(以下、事件のネタバレ)

 

上でも述べたように、今回の事件は関係者それぞれの思惑が絡まる複雑な事件のため、ここで原作の関係者のプロフィールを整理しておきたい。

 

橘屋乙次郎:千羽座の看板役者。性的倒錯者であり、女形の泉若と男色関係を持っていたが、活人形「金銀花」に恋をする。殺害される直前には「二人の金づる」がいた。


結城泉若:千羽座の女形自身の出世のために看板役者の乙次郎との関係を容認していたが、本人に男色の気はなし。乙次郎が「金銀花」に恋をして関係が解消され、出世の道が断たれることを恐れていた。


田村鶴八:自身が作った「金銀花」が、かつて愛した女の顔そっくりになってしまい、至高の思い出が大衆に晒されることを嫌がって、引き渡しの延期を傀儡館館主にお願いしていた。が、それがかなわず「ある行動」に出る。


加藤小介:見世物の看板となる「金銀花」の引き渡しの延期を願う鶴八の意志をはねつけ、無理やり持ち出し展示した。


横山季久:泉若を愛している一方、「ある事実」だけは知られたくなかった。


佐々新吉:「ある事情」から、「金銀花」の代わりの首を制作。加藤の使いで乙次郎に金を送っていた。

赤字部分は事件の真相に非常に重要なポイントとなるためここでは伏せたが、次は時系列で事件の真相を整理する。

 

(事件前)

・乙次郎、「金銀花」に恋をする。

→関係解消を恐れた泉若、「金銀花」に変装しそれを防ごうとする。

・鶴八、熟慮の末に展示された「金銀花」の顔に墨を塗って汚す

→これに激高した加藤、鶴八を殺害する。

→加藤、汚された「金銀花」の首の代わりを新吉に作らせる。

→乙次郎、「金銀花」の顔が代わっていることに気づく、またその場にいた季久の左目が義眼であることを見抜く。

→乙次郎、加藤と季久を強請る(二人の金づる)。

 

(事件当日)

・乙次郎、季久を自宅に呼び出す。

→危険を感じた季久、泉若に乙次郎宅付近で活人形が出没していることを騙る。(季久は乙次郎と泉若の関係を知っており、別の女の存在を匂わせることで乙次郎宅に関係の解消を恐れた泉若が近づき、ちょうどそこにいる自分を救助してくれることを望んでいた)

・乙次郎宅を訪れた季久、乙次郎から金だけでなく体を求められ、拒絶の末殺害

→泉若、大雪により予定より遅い時刻に乙次郎宅へ到着。死体に刺さっていた懐剣から季久の犯行と悟る。彼女を庇うため凶器を持ち出す。

・新吉、加藤の使いで乙次郎宅に金を届ける。

→乙次郎の死体発見、鶴八の「金銀花」の首を持って引き返し、乙次郎の血を首に擦り付ける(乙次郎に首入れ替えがバレてしまった不手際に対する償い、鶴八殺害の隠蔽、傀儡館の話題作りに貢献し加藤に貸しを作る目的のため)

 

こうやって関係者のプロフィールと時系列を整理すると、複雑で入り組んだ事件なのがよくわかる。

乙次郎なんか、強請をするだけでなく、女を手籠めにしようとするわ男色関係を結ぶわ人形に恋をするわと、相当ヤバい人物だったと改めて思ったし、新吉の一石三鳥の事後工作には脱帽するばかりだ。

季久が義眼を泉若に秘密にしており知られたくなかったというのは、現代の観点からだとイマイチよくわからない部分だが、当時は身体的障害者に対する差別も今以上に激しかっただろうし、結婚するにしても健全な女性が求められるのは当然だっただろうから、季久が義眼を秘密にして乙次郎がそれを強請りのネタにするのは、まぁ理解出来る。現代ではこれで強請は到底無理だけどね。

 

以上、原作の真相をおさらいしたが、アニメでは人形師のカットに伴い事件の構図が大幅に改変され簡素なものとなった。

まず、乙次郎と泉若の男色関係はカットされ、乙次郎は人形=作り物の人体に性的興奮を覚える人物として描かれている。それに伴って泉若の女形設定もなくなり、「金銀花」の運搬役という別の役目を負わされることになった。そして、人形の変装は傀儡館館主による話題作りのための仕業という形に変えられている。

また、乙次郎は季久を強請っていた訳ではなく、義眼という作り物の人体に惹かれて彼女を肉体を以て篭絡しようとした。その結果、返り討ちに遭ったというのがアニメの真相。

 

季久が義眼だというのは映像表現による伏線が張られている(瞳の色が右目と違う、を右目だけで流す)とはいえ、乙次郎がいつ季久の義眼に気づいたのか、その辺りの経緯が一切語られていないのが残念。

また、泉若に「金銀花」を運ばせていたというのも、よく考えると不自然。どれだけの金を積まれたのかは知らないが、一番の売りである「金銀花」を一個人に貸し出して壊されてしまっては元も子もない。そんなリスクを犯してまで館主が人形を貸し出すとは思えないし、人形とのエクスタシーに興じたいのであれば、乙次郎自身が傀儡館に赴き貸し切り状態でやれば良いのだ(自宅でやるから意味があるのかもしれないが…)。

もし百歩譲って、館主が人形を壊されるリスクを補うに余りある金を乙次郎から貰っていたと仮定しても、「金銀花」の変装をして話題作りをしたという不自然さが残る。「金銀花」自体に大衆を引き付ける魅力があるのならば話題作りをする必要はないし、金も自然と館主に集まる。それがないから話題作りをするのであって、既に多額の金が支払われているのに、わざわざ話題作りの変装をしていたというのは人間心理としておかしいのだ。

 

アニメの方が真相としてはわかりやすいのかもしれないが、原作のような「美しいものなら男でも女でも人形でもイケる」乙次郎の異常さに比べると見劣りがするし、映像による義眼の伏線だけでは新吉の一石三鳥の企みには到底及ばないしカバーにもならない。また、上で述べた通り改変によって不自然な描写が生じているのも問題で、総合的に見て今回の改変は改悪と言わざるを得ない。

ミステリ部分もそうだが、事件関係者の描き方も正直浅いし、相棒を吉井勇に変える必然性も希薄だった。脚本としては、絶交は宣言しても何だかんだ啄木のことが気になる京助の健気さを描きたかったのかもしれないが、それしきのことでキャラ萌えするほど私は甘くない。次回もどうやらアニメオリジナル回らしいが、原作のミステリ要素をしっかり映像化してからオリジナルに挑めよ、と言いたい。

 

蛇足

・「人形への恋」つながりとして今回平井少年が登場したが、もし本当にこんな事件があって平井少年がその全貌を知っていたとしたら、「人でなしの恋」は(ミステリ好きの彼のことだから)もっと複雑で怪奇な物語になっていたはずで、「主人が愛していたのは実は人形でした~」というだけのオチにはならなかったと思う。これも(余計な足し算をしたという意味で)改悪と言えるだろう。

ちなみに、「人でなしの恋」は当時編集者や読者のウケが悪かったが、乱歩自身は気に入っていた一作だと本人が述べている。

 

若山牧水「山死にき 海また死にて音もなし 若かりし日の恋のあめつち」は前回の「山を見よ~」と同じ女性に対する思いを詠んだ句。この句は愛していた女性(小枝子)が実は人妻だったというショックが元で生まれたもの。「山を見よ~」の時は恋の絶頂だった牧水が、この時点では苦悩のどん底にいたことが窺える。アニメでは、小枝子を季久に置き換えた形で引用されることになった。

 

吉井勇の短歌が漏れていたので公式ツイートから紹介。

 (2020.05.21追記)

 

・啄木の「何か、かう、書いてみたくなりて、ペンを取りぬ ―― 花活の花あたらしき朝。」『悲しき玩具』に収録された句。

www.aozora.gr.jp『悲しき玩具』は啄木の死後出版されたもので、句読点の入った表記や、口語と文語が入り混じる等の特徴がある。

鍵のかかった部屋(特別編)エピソード2「鍵のかかった部屋」視聴

鍵のかかった部屋 (角川文庫)

今回は私一押しの回。

 

鍵のかかった部屋」(特別編)

2話は『鍵のかかった部屋』所収の表題作。前回は死体が扉の鍵の役目を果たすという、やや変則的な密室だったのに対して、今回はテープによる目張りと補助錠による二重の密室となっている。

 

目張り密室はミステリの中でも比較的難易度の高い部類で、目張り密室の元祖とでも言うべきカーター・ディクスン(ジョン・ディクスン・カー)の『爬虫類館の殺人』を筆頭に、クレイトン・ロースン「この世の外から」、法月綸太郎『密閉教室』、有栖川有栖『マレー鉄道の謎』などがある。映像作品では綾辻行人有栖川有栖原案の「安楽椅子探偵とUFOの夜」が挙げられる。

 

実は私も目張り密室を扱った作品はあまり読めておらず、上記の中だと『マレー鉄道の謎』と「安楽椅子探偵とUFOの夜」しか履修していない。なので、今回のドラマ以上の目張り密室のトリックがあるかもしれないと思うが、今のところ鍵のかかった部屋」が個人的な目張り密室のベスト

ただ、本作は目張りだけでなく補助錠もある。目張り密室のトリックだけならば、目張り密室ミステリという限定された中でのベストに止まっていたが、補助錠の方のトリックとの合わせ技が秀逸で、トリックだけで言えばオールタイム・ベスト級だと断言しても良い気がする。

 

榎本シリーズは密室トリック、つまりハウダニットがミステリとしてのメインになっているため、犯人の目星は作中(劇中)で早いうちから明らかになっている場合が多い。

そもそも、密室殺人は意外な犯人の案出とは非常に相性が悪い。何故なら、密室トリックは咄嗟の機転で実行可能なタイプのトリックではないし、密室の現場となる部屋の勝手を知っておかなければならない。

つまり、密室殺人が起こった場合はその現場の勝手を知っている人物が犯人というのが定石で、特にそれが家屋だった場合は家に住む人間か頻繁に出入りしている人物が怪しい。

そういう訳で、榎本シリーズも犯人の意外性は放棄して密室トリックに重きを置いている。その分、榎本VS犯人の構図になり倒叙ミステリのような味わいが出て来るのがシリーズの魅力と言えるだろう。

 

前回はトリックが犯人の傲慢な性格を裏付けることになったのに対して、今回はトリックに犯人の性格は特別反映されてはいない。そのため原作ではカラスやホームレスを通して犯人のサイコパス的性格を語っている。ドラマではそのエピソードがカットされているが、犯人役を演じた高嶋政宏さんの怪演によって視聴者にも伝わっているから、これは良かった。

原作者の貴志祐介氏は本作だけでなく『黒い家』『悪の教典においてもサイコパスを扱っている。『悪の教典』は原作も映画も未履修だが、『黒い家』は原作も映画も履修済み。映画は大竹しのぶさんの圧倒的狂演と内野聖陽さんの小さすぎる声量(通常時)が印象に残る。

 

中村獅童さん演じる会田愛一郎。作者の貴志氏はおサルのアイアイの方からつけたのだろうが、この名はミステリ作家・泡坂妻夫が生み出した素人探偵・亜愛一郎(あ・あいいちろう)と近い名前になっている。見た目も性格も全然別物なので単なる偶然だろうが、ミステリファンとして無視出来ないポイントだった。

ちなみに、ドラマで会田は補助錠を開錠する際に工具箱の金属棒を曲げて開錠しているが、原作では「アイアイの中指」という専用の泥棒道具を用いている。

 

被害者である高澤大樹の直接の死因は一酸化炭素中毒だが、睡眠薬を事前に飲まされており、原作では フルニトラゼパムという薬品が用いられているが、ドラマではレンデム錠」という薬品に改変されている。どちらも不眠症の治療に用いられる薬品だが、レンデム錠は医療事故防止のため現在は販売名をブロチゾラム錠」に変更されている。

http://med.sawai.co.jp/file/pr13_285_12.pdf

 

(ここからネタバレ感想)静電気によるテープの貼り付けだけならば、凡庸止まりのトリックなのだが、ここに気圧の後押しが働いて完璧な目張りになっているのが秀逸。更に気圧差がドアに鍵がかかっていると思わせるトリックとして用いられているのが凄い。ここで、「鍵のかかった部屋」という何の捻りもないタイトルが実はミスリード(=部屋に駆け付けた時点で補助錠が施錠されていたと誤誘導)の役割を果たしていたことに気づきハッとした。

これだけでも凄いのに、「開けるフリをして施錠する」紙テープのトリックが合わせ技として用意されている贅沢さ。ドリルで穴を空ける作業一つで気圧差密室の解放と補助錠の施錠という二つの目的を達成している点も巧妙だが、会田に開錠役を担わせることで、手品における「あらため」をさせているのもお見事。

物理的トリックと心理的トリックのコラボレーションが光る、文句なしのトリック。まだ本作に出会っていない人はある意味羨ましい限りだ。(ネタバレ感想ここまで)

名探偵ポワロ「海上の悲劇」視聴

名探偵ポワロ 全巻DVD-SET

海外旅行に憧れはないが船旅には憧れがあるタリホーです。

 

海上の悲劇」(「船上の怪事件」)

黄色いアイリス (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

原作は『黄色いアイリス』所収の「船上の怪事件」。アレキサンドリアに向かう船上で起こった殺人事件の謎をポワロが解く物語。

ja.wikipedia.org

ドラマではヘイスティングスが登場するが、原作には登場しない。また、原作でポワロはエジプト旅行は初めてと言っているため、これは同じくエジプトを舞台にした『ナイルに死す』や短編「エジプト墳墓の謎」以前の事件だと思われる。

原題は「Problem at Sea」。直訳すると「海上の問題」となるが、「at sea」には「途方に暮れて」という意味もある。

ejje.weblio.jp

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

 

個人的注目ポイント

 ・クラパトン夫人は何故機嫌を悪くしたのか?

序盤、クラパトン夫人とポワロとの会話で「いきいきしていなかったらどうなります?」という夫人の問いにポワロが「死にますね」と返し、それに夫人は機嫌を損ねてデッキの方へ向かう場面がある。

イマイチ機嫌を悪くした理由がわかりにくいが、原作ではその受け答えが「気に入らない受け答え」であり、「わたしの話を冗談にしようとしている」と夫人が思ったからだと記されている。ぞんざいな応答が気に食わなかったということだろうが、その女王様然とした性格が命を縮めることになった。

 

・名を与えられた容疑者たち

ドラマ版では原作で名前のついていない人物に名が与えられている。例えばクラパトン夫人・フォーブズ将軍とブリッジをしたトリバー夫妻は、原作だと「タカのように目の鋭い夫婦」としか書かれていない。また、クラパトン夫人を見て殺してやりたいと思っていたラッセという老人は、原作だと「“あの古手の茶栽培業者”と呼ばれている老人」と書かれている。残りのモーガン姉妹と姪のイズメニ、ベイツとスキナーはドラマオリジナルの登場人物である。

 

・事件について

本作はミステリとしてはかなり小粒。トリックも腹話術を用いたアリバイトリックなので目新しさも斬新さもない。

犯行動機について、ドラマではミス・ヘンダーソンが「原因はわたしじゃありません。あの子たちの若さよ。それがあの人を駆り立てたのよ。手遅れにならないうちに自由になりたかったんだわ」と述べているが、これはキティやパメラに触発されて「こんなオールドミスといるより若い女の子と一緒にいたい」と思って殺害に至ったという意味ではない。若い娘の自由闊達ぶりが犯人の隷属的境遇を浮き彫りにし、それが元で妻から解放されたいがために殺害に至った、というのが原作では明言されている。くれぐれも誤解なきように。

 

ポワロが犯人に対して仕掛けた人形のトリックをミス・ヘンダーソン「残酷で卑劣なトリック」と糾弾しているが、原作では犯人が心臓に持病があることをポワロが知っていながら心理的圧迫をかけて死亡させたことに対する糾弾であって、ドラマのような自白に追い込んだがための糾弾ではない。そのせいか、ドラマでの糾弾はポワロに対してやや厳しいものになってしまっている。

ポワロが本作でこのように犯人にショックを与えるようなトリック返しの手法をとったのは、これが立証不可能な犯罪だからである。腹話術によるアリバイトリックが用いられたとしても、犯人がそれをやった証拠もなければ証明する手立てもない。「出来る」からといって「やった」ことは証明出来ない。証明出来ない以上司直は手を出せないし、あのままだと逮捕されることなく逃げられていただろう。

しかし、ポワロは殺人者を野放しにする危険性を知っていた。一度人殺しで益を受けた者は、また邪魔者が現れた時にも殺人という手段を用いる。クリスティ作品ではこれを「殺人は癖になる」という言葉でまとめているが、今回の場合腹話術トリックによる殺人が立証不可能なことに味をしめて、犯人がまたそのトリックで人を殺す危険性があることをポワロはわかっていた。それは、法で裁けぬ殺人者を野放しにするも同然。それを防ぐためにとった手段があの人形芝居だ。

そういう訳で、犯人の持病持ちの設定をカットしたドラマ版はポワロの殺人者に対する厳格さを弱める結果にしてしまった。原作通りやろうと思えば出来たはずだがな~。

 

 

次週は「なぞの盗難事件」。ポワロシリーズの盗難ものはあまり印象に残りにくいんだな。