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逆転する幽世の遊廓【ダークギャザリング #19】

花魁について知りたいのであれば、専門書を読むのも良いけど、個人的には三津田信三『幽女の如き怨むもの』という小説がおススメですよ。

 

「登楼」

今回は原作24話「登楼」と25話「縁」の映像化。次の心霊スポット攻略を旧I水門に決めた夜宵たち一行は、そのための戦力として卒業生の回収へ向かう。今度の卒業生は、生前にその美貌で多くの人の心を乱した花魁の悪霊。その花魁の霊を回収するため、彼女が保管されている廃ラブホテルへと一行は向かう。

ということで今回は13話と同様に卒業生の回収がメインとなるお話だが、舞台となった廃ラブホテルは調べた感じだと実在の心霊スポットではなく「受胎告知の家」と同じオリジナルの心霊スポットのようだ。オリジナルとはいえ廃ラブホテル自体は全国に幾つもあるし、「廃墟 ラブホテル」で検索すれば廃ラブホテルの写真が見られる。あまりお目にかかれないラブホテルの内装を知ることが出来たけど、やはりベッドとか風呂場は通常のホテルよりも派手になっていて、廃墟でなくともラブホテル自体が一つの異界になっていると、そんな印象を受けた。

 

非日常的空間であるラブホテルが花魁の霊を保管したことで疑似遊廓と化しより異様な空間となったこの廃ラブホテルについて今回は語っていこうと思うが、その前に今回螢太朗が体験した「なり代わり」について軽く紹介しておく。これは本作で次回以降大きく関わってくる現象であり、自分の肉体が別の霊魂によって乗っ取られる、或いは肉体を入れ替えられ、入れ替わった霊が自分のフリをして活動することを指す。例えば「ゲゲゲの鬼太郎」だと「火車」のエピソードで鬼太郎と火車の魂が入れ替わってしまうのだが、怪異を題材にした漫画や小説ではよくある話で、詠子が今回紹介した山の怪異に憑かれた子供の話もちゃんと元ネタがある。

 

Ⓒ近藤憲一/集英社・ダークギャザリング製作委員会

nazolog.com

その話は「ヤマノケ」というタイトルで2007年2月5日に2ちゃんねるオカルト板の「死ぬ程洒落にならない怖い話集めてみない?157」スレッドに書き込まれている。原作とアニメ本編では息子に憑いたとされていたが、元の話によるとヤマノケは女性に取り憑く怪異であり、女に憑くのは「山だから」というよくわからない理由が記されている。

これは私の推測だが、女に憑くというのは多分日本の妖怪である玃(やまこ)と関係があるのではないかと思っている。「やまこ」はメスが存在しないため、人間の女性と関係を持って子供を産ませようとすると伝えられているのだが、この伝承から派生したのが「ヤマノケ」だろう。※1

 

※1:「やまこ」と同様の怪異は中国では玃猿(かくえん)という名で『本草綱目』に記されている。→(玃猿 - Wikipedia

 

あの世は逆さまの世界

Ⓒ近藤憲一/集英社・ダークギャザリング製作委員会

今回の舞台となった廃ラブホテルは元は暴力団が所有するホテルで、そこで凌辱の末に殺害された女性たちの霊が逃げ場を求めて徘徊する場所だったが、花魁の霊を保管したことで「疑似遊廓」という異空間に変化したと語られている。実際、螢太朗が入り込んだ幽世の廃ラブホテルは外がお堀で囲まれた廓町の様な作りに変わっており、本来ならば花魁が足抜け(脱走)しないためのお堀が男を逃がさないためのお堀になっているという点に、今回の物語の鍵となる「逆転」が見出せる。

 

「逆転」はあの世を語る上では外せないワードで、特に葬送儀礼では普段と違う非日常のイベントであることや、死体に魔物が入り込まないよう魔除けの意味を込めて、死体周辺にあらゆる仕掛けを施す。枕もとの屏風を上下逆に立て(逆さ屏風)、死者の上にかぶせる着物は襟元が足にくるようにかぶせる(逆さ着物)。こうして普段とは逆の施しをすることで死体に入り込もうとする魔物を混乱させ、死体の胸元に鎌や脇差を置いて死体への侵入を防ぐ。今回夜宵は、卒業生の保管場所である「秘密の部屋」に行くために部屋番号を逆順にして、霊の逃げ道を「秘密の部屋」に向かうルートへ逆転させているが、これも普段とは逆のことをするという点で、葬送儀礼の作法とリンクしていると言えるだろう。

 

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Ⓒ近藤憲一/集英社・ダークギャザリング製作委員会

もちろん全てが逆転、あべこべになるという訳ではなく、廃ラブホテルの被害者の女性の霊は生前と同様の苦しみを繰り返し味わっているのだが、螢太朗が霊のルートを逆転させている作業の中で現れたカサカサと動く無数の人影壁一面の目にはこのラブホテルで凌辱と暴行を繰り返した男たちを象徴しているなと私は感じたね。特に原作ではこの人影や目について言及はないのでもしかしたら単なる恐怖演出かもしれないけど、私なりに解釈するとあの壁に映った無数の目は、後ろめたいことをしているがゆえに「誰かに見られてやしないか」という意識が具現化したもの※2だと思うし、あの壁を蠢く人影もそういった男たちの思念が表現されていると読み取れる。ただ人の形をしているとはいえ、その動きはまるでヤモリとかゴキブリといった爬虫類や虫のような感じであり、理性のない本能むき出しの性欲は人ではなく獣や虫といったレベルにまで堕ちることが表現されていて、そこも廃ラブホテルの禍々しさに一役買っているポイントだ。

 

※2:「地獄先生ぬ~べ~」の百々目鬼(どどめき)のエピソードでは、百々目鬼は罪を犯した人間が「誰かに見られたのではないか」といった後ろめたい感情を抱いた際に取り憑く妖怪だと説明されており、その感情が目となって体中に現れるとされている。今回の壁の目もそういった罪への後ろめたさが反映されていると思うのだ。

 

「安い女」発言にブチ切れた訳

Ⓒ近藤憲一/集英社・ダークギャザリング製作委員会

霊の逃げ道を「秘密の部屋」へとルートを逆転させたことで螢太朗は「花魁」が保管された「秘密の部屋」へと到着する。そこでは詠子に化けた「花魁」が自分の封印を解かせようと色仕掛けや部屋の炎上、更には自分の病を感染させるといった手練手管で螢太朗を苦しめた。

詠子に化けて淫らな女として振舞う「花魁」に対して、「詠子を侮辱するな!!そんな安い女の子じゃないんだよ…っ!!!」とさすがの螢太朗も怒りを露わにし、それに対して「花魁」もブチ切れて封印を妨害しようとする一幕があったが、この螢太朗の「安い女」発言に「花魁」があそこまで激高したのは、もちろん自分が侮辱されたことに対する怒りなのだけど、そこには花魁としてのより具体的な背景が込められているのだ。

 

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原作「ダークギャザリング」第24話「登楼」より引用

アニメ本編では描かれなかったが、実は原作だと「秘密の部屋」のドアプレート※3にこのような(↑)紋が描かれている。これは入り山形に二つ星というマークで、江戸時代の遊女の名簿である「細見(さいけん)」では、遊女の位と値段をマークで示していたと言われている。「花魁」は遊女の中でも高級クラスの遊女を指す言葉だが、特に「昼三」と呼ばれる遊女は昼間だけで揚げ代(遊女や芸者を呼んで遊ぶときの代金。「玉代」とも呼ぶ)を三分(現在価格で約9万円)稼ぐ高級遊女で、そんな昼三の中でも更に高級クラスの遊女は「呼び出し」と言って、昼夜で一両一分(現在価格で約15万円)稼ぐ。この「呼び出し」を表すのが入り山形に二つ星のマークなのだ。つまり、あの花魁の霊は生前は高級遊女である「呼び出し」として活躍しており、当然一般的な遊女とは違い禿や振袖新造などを引き連れて客を迎えに行く魁道もこなしていた、正に花形中の花形だったのである。※4

 

そんな実力・実績共に最高級クラスの「花魁」が「安い女」呼ばわりされたのだから、そりゃ激高するのも無理はない。しかし、ここは現世の遊廓ではなく幽世の遊廓。ここでは現世で使っていた手練手管のまやかしが通用しないのだから、そういう意味ではこの「花魁」の地位も現世の最高級クラスとは逆の最底辺の安い売女になってしまう。だから螢太朗の「安い女」発言は詠子に対する侮辱から来るものだったけど、実は「花魁」の真実を射抜いていた部分もあったのではないだろうか?

よくよく考えれば螢太朗に封印を解かせる手練手管もこれまでの霊に比べると稚拙で直接的な脅し方だし、詠子に化けたのに肝心な所で性的なアプローチをし過ぎてアッサリ偽者だと見破られる始末だから、花魁として客を喜ばせ機嫌を取ることにかけては一流だったのかもしれないけど、それ以外の細かい心理的な駆け引きとなると己の浅い所が露呈してしまっているという感じだ。これは一種の職業病とも言えるので、この一連の場面に「花魁」の本質的性格が露わになっていると断定するまでには至らないが、ともかく幽世の世界は現世とは逆、すなわち現世で隠し誤魔化していた部分があの世では露わになってしまうということが示されていたと私は思う。

 

「逆転」でもう一つ忘れてはならないのは、詠子の手が幽世にいる螢太朗の身体を掴み「花魁」の封印を手助けしたあの場面だ。通常では霊障として螢太朗と詠子を蝕んでいた手の呪いが、この場面では二人を結ぶ絆となってプラスに作用している。これもまた一つの逆転、あの世ではあらゆることがひっくり返るということを表す出来事だったと言えるだろう。

 

※3:ちなみにアニメ本編で映ったドアプレートの「404」という数字は、インターネットで存在しないページをクリックした際に表示される404 not foundからとられた数字ではないかという意見がある。→(【コンプラ】ラブホ〇ルも【ダークギャザリング】にかかれば恐怖の心霊スポットと化す!地獄の卒業生奪還作戦!! 第19話反応集&個人的感想【感想/アニメ/反応/考察】【#ダークギャザリング】【#日笠陽子】 - YouTube

※4:江戸時代「吉原の最高位の遊女」と過ごすためには、いくら必要だったのか? 驚きの値段(田中 優子) | 現代新書 | 講談社(1/3)を参照。

 

さいごに

今回は「逆転」をキーワードに異界化した廃ラブホテルについて言及したが、現世と同じ部分もある一方で、優位な立場で女性たちを凌辱したヤクザ共がクローゼットに詰められて復讐されていたり、かつては客を迎えに花魁道中をしていた遊女の霊が、ただひたすら男が来るのを待ち構えるだけの存在になったりと、あらゆる所に力関係や立場の逆転が見出され、その逆転によって隠されていたものが露わになった話だったのではないだろうか。

 

そして今回新たに登場した卒業生が「花魁」だったので、彼女の生前の花魁としてのランクについても言及したが、一応断っておくとあの「花魁」の霊は元からあんな淫乱な性格だったとは思わないし、職業差別にもつながるのでこの辺りのことは念のために詳しく触れておこうと思う。

基本的に花魁を含む遊女は実家の借金返済のため「人買い」と呼ばれる職業の人によって遊廓へ連れて行かれ、そこで遊女としてお下働きを務める。当然ながら性風俗なので複数の男性に身体を弄ばれることになるし、それが嫌だからと言って脱走しようものなら激しい折檻の末に更に借金を負わされ、脱走前よりも過酷なお下働きをする羽目になる。迂闊にも妊娠してしまったらそれこそ心身ともに辛い堕胎を強いられるのだ。

そういう環境下で生きることを余儀なくされた花魁が出来ることと言えば、一生懸命お下働きを務めて借金を完済するか、或いは身請けをしてくれるような金持ちの男性に期待するか、折檻は覚悟の上で脱走(足抜け)するかといったごく限られた選択肢しかない。だからあの「花魁」の霊の淫乱な手練手管は一種の生存戦略として身に着いたものであって、そのため私は「『花魁』の本質的性格が露わになっていると断定するまでには至らない」と上で述べたのだ。彼女が最高ランクの花魁になれたのも、そこに至るまでの痛み・苦しみ・不安を越えたからであり、その過程では手段を選ばない非道徳的行動もあったかもしれないが、個人の性格として彼女の言動を読み解くのではなく、「花魁」という特殊な職業を考慮に入れて読み解く必要があると私は考えている。

 

さて、そんな最高ランクの「花魁」が何故このような悪霊となったのか。それについては次回以降の旧I水門の戦いで明らかとなるので今回はこの辺でおしまい。この前の旧Fトンネルは残忍なスプラッター的恐怖だったけど、次なる舞台の恐怖はそれに比べるとより日本の現実に根差した恐怖…という感じだろうか。