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闇の三位一体、猿神の調伏【ダークギャザリング #15】

(前略)『悪魔のいけにえ』で有名になったレザー・フェイス(顔皮マスク)を造る時は、まず頭を万力で固定し、顎の下に切れ目を入れる。次いでナイフで筋組織と皮膚の接着部分を切り離しながら、徐々に皮膚を"脱がせるようにして"剥いでいく。

 この際、最も重要なのは鼻と眼球の部分で、滑らかなカーブを処理する高度なテクニックが必要で、皮膚を引っ張り過ぎて穴を開けてしまわないようにするのがひと苦労だったとゲインは言う。

平山夢明『異常快楽殺人』「人体標本を作る男 エドワード・ゲイン」より

ゲインもこう述べているのだから、皮剥ぎを斧で、しかも生きた被害者を固定せずにやっていた旧旧Fトンネルの悪霊のテクニックは人間離れの技だったということになるね。

 

「旧旧Fトンネル」

今回は原作の18話「旧旧Fトンネル」から20話「物件」の序盤までの内容。詠子が旧旧Fトンネル内にさらわれてしまったので序盤は彼女の奪還を描き、中盤はトンネル内からおびき出した殺人鬼の悪霊と夜宵が所持する卒業生「殉國禁獄鬼軍曹」(以下「軍曹」と呼ぶ)との一騎打ちが描かれた。

 

この「軍曹」の霊にはモデルとなった人物がいるようで、その人物は第二次世界大戦の際、生きて帰れない玉砕の島・アンガウル島で米軍との壮絶な戦いを繰り広げた舩坂弘である。

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彼の当時の活躍と地獄のような戦況については上に載せた記事や船坂自身が記した『英霊の絶叫―玉砕島アンガウル戦記』で知ることが出来る。元から強靭な肉体の持ち主だったとはいえ、生きて帰れたことが本当に不思議であり奇跡的だったことがわかるだろう。

 

「殉國禁獄鬼軍曹」とイエス・キリスト

Ⓒ近藤憲一/集英社・ダークギャザリング製作委員会

「軍曹」はこれまでの霊とは異なり善霊ではあるものの、彼自身の不死身の特性と彼にまとわりつく戦死者たちの亡霊によって悪霊以上に厄介な存在となっている。死んでもなお修羅のような世界から抜け出せず、自らを完全に殺してくれる者を求めて祈っている。その祈りが「軍曹」の武器であり、さしもの旧旧Fトンネルの悪霊も戦争の苦しみ(飢え・渇き・疲労・睡魔)を凌駕することは出来なかったようだ。

 

「軍曹」の祈りは三段階までその強さ・範囲が拡大し、その陣は目の形からそれを囲む三角形、そしてそれを囲む丸という形で変化していったが、ところでこの陣形に何か見覚えがないだろうか?

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あの陣形はキリスト教の意匠であるプロビデンスの目と非常によく似ているが、プロビデンスの目とは全能の神である神の目を中心に、同じくキリスト教の教えである三位一体を象徴する三角形で囲んだデザインを指す。秘密結社フリーメイソンのモチーフとして陰謀論と結び付けられることも多いが、教会建築の意匠として古くから用いられてきたデザインなので、このデザイン=陰謀論と判断するのは違うし、今回の物語におけるプロビデンスの目も別にフリーメイソンとは関係がないと思う。

 

では何故日本の軍人である「軍曹」の霊の祈りに、西洋のキリスト教を象徴とするプロビデンスの目が現れたのか?それを考察する上で重要となるのが、さきほど挙げた三位一体と、イエス・キリストである。

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言うまでもなくイエス・キリストキリスト教の始祖となる人物で、33年という短い生涯の中で数々の伝説を残している。特に有名なのが、十字架に磔になって処刑され、その死から復活したというエピソードだ。このキリストの復活によって弟子たちは死の恐怖を克服してキリスト教の教えを布教して回ったと言われているが、イエス・キリストの死と復活には人類の罪を背負うという側面もある。

 

旧約聖書『創世記』では、人類の始祖であるアダムとイヴが禁じられた果実(知恵の実)を食べたことで神の楽園から追放され、このことから人類は生まれながらに罪を抱えていると信じられてきた。その罪は神に生贄を捧げることで赦されると言われているが、ここで登場するのがイエス・キリストであり、キリスト自らが生贄となって血を流し死ぬことでこの世の全ての人類の罪を肩代わりし取り去ったと言われている。彼が神の子としてこの世に降り立ったのは、全人類の罪を背負い取り去るためであり、イエスの贖いを信じる者こそ神と和解して神のいる天界へとのぼることが出来るというのがキリスト教の教えなのだ。

 

Ⓒ近藤憲一/集英社・ダークギャザリング製作委員会

さて、以上のイエス・キリストの役目を踏まえた上で「軍曹」を分析すると、「軍曹」はどうも本人が望んでいないのにイエス・キリストと同じ役目を負わされているような気がしてならない

原作を読んだ当初はプロビデンスの目に対して「あ~、キリスト教を信奉する米兵を殺したから、その米兵たちの呪いでプロビデンスの目が現れたのかな?」と思ったけど、それでは「軍曹」の不死性との関連が見出せない。「軍曹」の不死身の回復力と結び付けるには、「軍曹」がキリストと同様に全人類の罪を背負っていると考えた方が自然だし、その罪というのは戦争ということになる。戦争は他の生物・動物にはない、人類ならではの罪であり、この世から戦争がなくならない限り、「軍曹」の贖罪の役目は永遠に終わらないというのが私の推察だ。彼が死ねないのも、その罪を贖う必要あってのことだろう。

 

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キリスト教における三位一体は父なる神・神の子・聖霊の三つにより構成される。では今回のプロビデンスの目から三位一体を考えると、言うまでもなく神の子に相当するのは「軍曹」で、神というのは「軍曹」に不死身の回復力を与えた存在を指す。そして聖霊に相当するのは、「軍曹」にまとわりつく戦死者たちの霊だと解釈出来るのだ。

 

不死の肉体を与えた神・その神の子である「軍曹」・「軍曹」にまとわりつく戦死者たちの霊。この闇の三位一体によって「殉國禁獄鬼軍曹」という修羅の神霊が構成されていると言えよう。そして「軍曹」を殺すということは、この世の全ての戦争における罪を肩代わりすることを意味しており、「軍曹」の祈りを受けることは、戦争という大罪を肩代わりすることだと言い換えることが出来る。そんな大罪を、快楽で人をなぶり殺している殺人鬼の霊に背負い込めるはずなどなく、結果旧旧Fトンネルの霊は夜宵の手に落ちることとなった。

 

猿と犬 ―― 昔話との意外なつながり

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Ⓒ近藤憲一/集英社・ダークギャザリング製作委員会

前回・今回の旧Fトンネルにおける戦いは快楽として大量に殺人を犯した者結果的に大量殺人を犯した英霊との二者の戦いを描いており、「軍曹」が犬のぬいぐるみに収容されているのも、彼がかつて国家の犬として隷属的に人を殺めたことを象徴している。犬のぬいぐるみには首に唐草模様の風呂敷包みが結ばれていたが、唐草模様の風呂敷と言えば古典的な泥棒のアイテムであり、「泥棒=奪う者」だと考えれば、ぬいぐるみに結び付けられた風呂敷には「命を奪った者」という意味が込められていると読み取ることが出来るだろう。

 

では、旧旧Fトンネルの霊が猿のぬいぐるみに収容されたことをどう解釈するか?狂暴な殺人鬼の霊と猿にどのような関連性があるのだろうか?と一応考えてはみたが、なかなか上手く結び付かず、特に意味はないのだろうかと一時はあきらめかけたのだが、「軍曹」の犬とセットで考えた時に、私の中でとある昔話が浮かび上がった。

その昔話とは、平安時代末期の説話集『今昔物語集』に収録されており、全国に同様の言い伝えがある「猿神退治」だ。

 

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「猿神退治」は神の名を騙って村の娘を生贄として喰らう怪物を、遠方からやって来た霊犬が退治するという物語で、地方によってこの犬の名は「早太郎」(長野県)、「しっぺい太郎」(滋賀県)と異なる呼び名で伝わっている。具体的なストーリーについては上に載せた記事の中で詳しく紹介されているのでここでは割愛するが、どうだろう、今回の物語とリンクするポイントがいくつもあると思わないだろうか?

「猿神退治」では狒々の化け物が神の名を騙って生贄を求めていたが、旧旧Fトンネルの霊も女性の顔を被った狂暴な殺人鬼として登場しており、表面上は無害或いは神聖な者を装ってその実は狂暴なケダモノという点が共通している。そしてそんな怪物を退治するのがただの犬ではない霊犬というのも「軍曹」の特殊性とつながっている。

 

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Ⓒ近藤憲一/集英社・ダークギャザリング製作委員会

昔話だと猿神が退治されてめでたしめでたしと話が終わってしまうが、本作ではある種の生贄として殺された被害者たちも実は道連れとなる生贄を求めていたという所まで踏み込んで描いているのが面白い所。昔話の方では、猿神と戦った霊犬がその後亡くなり寺で丁重に葬られたという英雄サイドの物語は語られているが、生贄として喰われた娘たちの供養はどうなったのかとか、そういった被害者サイドの物語は省かれてしまう。その点「ダークギャザリング」では被害者となった人々の霊も描いており、そこに本作の独自性というか、単なるバトルだけで終わらない物語としての深みがあると思っている。

そもそも「ダークギャザリング」は極端な話、被害者の物語でもある。夜宵や螢太朗・詠子は両親を失う、霊障で引きこもりになるといった被害を受けているし、これまで登場した霊たちも(全面的に加害者側の霊もいたけど)何らかの被害を受けて霊になった者もいるのだから、加害者側の物語と被害者側の物語、その両面を描いているからあまりモヤモヤが生じないのかなと考えた次第である。

 

※唐草模様には長寿・延命・子孫繁栄といった意味も込められている。

 

さいごに

ということで夜宵たちは旧Fトンネルを何とかクリアし、次回は小休憩のエピソードとなる模様。心の整理をするために詠子はあの首塚に向かうようだが、それに関しては次回言及したい。

 

では、前回と今回の旧Fトンネル戦を最後にまとめておくと、当初は和服の女の霊が出るといった他の心霊スポットでも聞く怪奇現象しか情報として提示されておらず、「ランクSの心霊スポットだから、まぁSトンネルより強い霊かな~?」と思って見ていたら、実際は想像以上に狂暴な殺人鬼の霊で、殺した相手の顔の皮をはぎ取ってコレクションしているという、スプラッター・ホラー的展開になって視聴者(読者)の大半は度肝を抜かれたのではないだろうか。

殺人鬼の霊という予想だにしていなかった霊の登場、そして当初の予想とは違い武器による攻撃ではなく相手を衰弱化させるデバフ攻撃をメインとする「軍曹」の戦闘方法など色々な面でこちらの予想を上回ってきたが、前回と今回の物語を分析して、この旧Fトンネル戦は多層的な面白さがあることを私は発見した。表層となる舞台や霊は日本のモノなのに、中身を調べていくと海外の猟奇殺人鬼や西洋のキリスト教をモチーフにした要素が散見され、更に深く掘れば物語の構図に昔話の「猿神退治」が見出されるといった具合に、掘れば掘るほど味わいの異なるアイテムや解釈があって、何というかデザートのパフェを食べるような感覚で前回と今回は楽しめた。

(ただ本作はホラーなので私のイメージするパフェはどす黒いパフェなのだけどね)