タリホーです。

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「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を更に楽しむための深読み解説(ネタバレあり)

映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」がアマゾンプライムで遂に配信がスタートしましたね!

鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎

私は既に購入配信で何回も堪能させてもらったが、見放題配信はつい先日の昭和の日に始まって、世はゴールデンウィークに突入。YouTube の方ではこの機会にとVTuber の方々が同時視聴会を企画し、公開当時映画館に行けなかった方の新鮮なリアクションやコメントも見させていただいた。太秦映画村とのコラボ企画や水木しげる記念館のリニューアルオープンなど、「ゲ謎熱」は未だ衰え知らずの勢いを見せており、ファンとしても幸福の至りである。

 

tariho10281.hatenablog.com

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当ブログでも過去二回、映画本編の感想や解説、劇中のモチーフやアイテムに関する考察を披露してきたが、ディティールにこだわった作品だけあって実を言うとまだ語り切れていない小ネタやマニアックな情報があるので、「ゲ謎」を視聴する人が増えている今、三度目の感想・解説を行っていきたい。

 

(以下、映画のネタバレあり)

 

龍賀一族を襖絵から読み解く

遺言状公開の場と言えば、やはり目を引くのが金色の襖。これは市川崑監督の「犬神家の一族」でもこだわって撮影された意匠なのだが、今回の映画でもよく見ると襖絵に唐獅子や虎、鬼に錦鯉といった動物や怪物がダイナミックに描かれており、龍賀一族の財力を象徴するデザインとなっている。

唐獅子と聞いて美術史を専門とする方は恐らく狩野永徳「唐獅子図屏風」を連想したはずだが、襖絵のデザインには尾形光琳紅白梅図屏風の流水を模倣した部分もあって、戦国時代の桃山文化と江戸時代の元禄文化がミックスされている所が実に興味深い。

 

bunka.nii.ac.jp

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桃山文化は言うまでもなく戦争がメインとなった時代だが、元禄文化と言えば本草学や農学・医学といった様々な学問が発展した時期でもあり、特に山脇東洋の『蔵志』は日本で初めて人体解剖を行い図式化したことで知られている有名な著書だ。

ここで『蔵志』を持ち出したのは、当時人体解剖が禁止されていた、つまりその当時のタブーを破ったことで日本の医学に貢献したという点が今回の映画とリンクするからである。龍賀一族の富の源泉となる血液製剤「M」は異種族の血を人間に輸血するという人体実験を経て生まれた薬であり、つまるところ医学・薬学というのはある種の禁忌を破って発展した学問だ。

そんな訳で、龍賀一族はタブーを破って薬学を発展させた一族であり、それが日清・日露の戦争で大きな貢献を果たしたことは本編で描かれた通りなのだが、序盤の襖絵からも(間接的ではあるが)龍賀家が戦争と禁忌による薬学発展で繁栄した一族であることが読み取れるようになっているのがわかるだろう。

 

襖絵に関してもう一つ。克典と時麿が座っていた後ろの壁に大きな龍が描かれていたのはご存じだと思うが、克典の後ろにちょうど龍の口が位置しており、まるで克典が龍に喰われるような形になっていることに気づいた方はいるだろうか?会社を実際に経営する立場の人間とはいえ、龍賀一族から見れば克典は搾取・利用される側の人間であるということがここでも象徴されていると見てとれる。

 

術者としての長田と時貞

映画の中で呪術を使っていたのは村長の長田と時貞の二人だけ。この二人の術者としての能力は言うまでもなく時貞が上で長田が龍賀一族に仕えるのも納得だがこの二人の術について言及しよう。

 

裏鬼道のグループは外道とはいえ術者としての実力は本編を見た感じ、長田以外は術の使えない武力要員という感じで、肝心の長田にしても狂骨の使役にはだいぶ骨を折ったことがうかがえる。それは本編で彼が召喚した狂骨を見ればわかるのだが、狂骨の顔は梵字をモチーフにした印が入った目隠しで覆われ、手には鎖、身体の至る所に五寸釘が打ち込まれている。この様子から見ても調教するまでに相当の手間がかかったと思われるし、一方の時貞が使役する狂骨にはそういった調教による痕跡がないのだから、術者としての格の違いは歴然としている。

 

この違いは本人の持つ霊力といった資質の違いもあるだろうが、使用する髑髏の違いも関係していると私は考えている。

長田と時貞が用いたあの髑髏は外法頭(げほうがしら)と呼ばれるもので、古くは奈良時代に外法頭を使って厭魅(えんみ)と呼ばれる呪法が行われた記録が残っている。政治的ライバルを呪う際にこの外法頭が用いられ、特に頭が大きく高貴な身分の頭蓋骨であれば、その術は強くなると言われている。それを踏まえて長田と時貞の用いた髑髏を見れば、長田の髑髏は比較的新しく普通のサイズだったのに対し、時貞の髑髏は大きく古いものだった。

あの髑髏の古さから考えると、時貞が発見したというよりは代々龍賀一族に受け継がれたものと考えるのが自然だと思うし、血桜の下に隠されていた無数の髑髏による封印から推察するに、これまで狩って来た幽霊族の中から厳選した髑髏を外法頭として使用したということになる。そうやって長年龍賀一族は外法頭による厭魅の呪術で政敵を倒し、犠牲となった幽霊族の怨念を呪詛返しで封じ込め、狂骨を兵器として利用していたのだから、何回地獄に落ちても清算されない業を龍賀一族は抱えていたことがわかるだろう。

 

時貞が用いた術と言えばもう一つ、魂(マブイ)移しの外法も忘れてはならない。本編では詳しく言及されていないが「マブイ」という言葉からお察しの通り、元は沖縄で言い伝えられている招魂儀礼の一種で水木しげる先生の『日本妖怪大全』(講談社文庫)では「マブイコメ」(魂篭め)の項で紹介されている。

 沖縄ではマブイを落とすということがあり、生きている者が落とす霊が生ちマブイ、死んだ人から離れる霊は死にマブイという。死後、日の浅い死にマブイは危険な存在とされている。

水木しげる『決定版 日本妖怪大全 妖怪・あの世・神様』より引用

特に子供は転んだり驚いた拍子に魂が抜けてしまうことがあったようで、その時はユタと呼ばれる霊媒師によって「マブイツケ」が行われたそうだ。こういった魂を元の身体に戻す儀式は沖縄だけでなく、鹿児島では「マブリヨセ」(霊寄せ)、福島県では「マスウチ」(枡打ち)と呼ばれる術があったという記録がある。

魂を呼び戻す儀礼は魂が抜けてしまった人を助けるための救命措置であり、子供は身体が弱く病気がちになりやすいことから、魂が身体に定着していない=魂が抜けやすいと考えられていたことになる。つまり、本来の魂移しは子供や身体の弱い人を助けるための術だからこそ、時貞のやったことはそれとは正反対の外法として邪悪さが際立つのだ。

 

※時貞は沙代の死亡を誰かに聞いた訳でもないのに知っていたことから見ても、霊的直感がかなり鋭かったことが推察される。

 

インディ・ジョーンズ的、惨殺演出

映画オタクの人は気づいたと思うが、地下工場で裏鬼道の連中が惨殺されるシーンはインディ・ジョーンズの映画を彷彿とさせるものがある。

 

注意:ここからインディ・ジョーンズシリーズの「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」と「魔宮の伝説」について少しネタバレします。

 

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シリーズ1作目の「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」では物語の終盤、考古学者のベロックとナチスドイツの兵隊たちが聖櫃を開けるという場面があるのだが、上に載せた動画を見れば一目瞭然、電球が壊れる下り・精霊を見ないようインディが目を閉じる仕草・その後の精霊による大虐殺は、今回の映画でも同じ演出になっていることがわかる。

 

更に細かい指摘をすると長田の部下の中に斧を持った大男がいたけど、あんな感じのパワー系の敵キャラはインディ・ジョーンズシリーズでも定番であり、1作目の「レイダース」ではドイツ兵の整備士、2作目の「魔宮の伝説」では鞭で少年奴隷に強制労働をさせる監視役という形で登場する。

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どちらも最終的には飛行機のプロペラでズタズタになったり、砕石機に巻き込まれるといったエグい死に方をしているので、今回の裏鬼道の斧男もこういった往年のアクション映画における悪役の死に様を継承しているなと思った次第である。

(こういう過去作のオマージュを見つけるのも映画鑑賞の楽しみ方の一つですよね!)

 

鍾乳洞内の千本鳥居

地下の工場から窖へと続く道に連なっていた千本鳥居は終盤の印象的なシーンの一つだが、他の方の感想や解説を見てもこの鳥居に関しては具体的な考察がなかったので私なりにこの千本鳥居が意味する所を考えていきたい。

 

souda-kyoto.jp

千本鳥居と言えばやはり連想するのは京都の伏見稲荷大社である。上の記事によると千本鳥居は願いごとを祈った人やそれが叶った人が奉納していったもので、江戸時代から始まったものだそうだ。

仮に劇中の千本鳥居も伏見稲荷大社に倣っていたと考えると、あの鳥居は龍賀一族に何らかの祈願をした人々が奉納したものだと考えられる。例えば、血液製剤「M」の効能によって大きな戦果を挙げた当時の軍部がお礼の形として奉納したという可能性もあるし、「M」が製造される前に奉納されたものだとしたら龍賀一族は呪いの代行業みたいなことも裏でやっていたのではないだろうか?

 

先述したように、外法頭は政敵を呪い殺すことに使われた道具だから、時貞が生まれる前の龍賀家が一部の権力者から呪いの代行を請け負っていたことは完全には否定出来ないし、そういった経緯で政財界に影響を及ぼすことになり、時貞が発明した「M」が後押しとなってより強い繋がりが生まれた、という風にも考えられるのだ。

伏見稲荷大社の朱塗りの千本鳥居は神聖なものに対して、哭倉村の地下の千本鳥居は権力争いや欲の果てに犠牲となった人々の多さを表している。そう考えれば鳥居の赤さも何だか禍々しいものとして映るような気が…。

 

水木を守ったのは…

ゲゲ郎が幽霊族の先祖の霊毛を編んだ組紐というお守りアイテムがあったのに対して水木にはそういった守りの象徴が見られないな~と思っていたら、エンディングの直前で思わぬ発見があった。

近くの村の消防団が駆けつけた場面で水木が「何でこんなに悲しいんだ…」とつぶやく下り、ちょうど白髪頭の水木の顔が映った画面の左上の地面をよーく見てもらいたい。半透明でわかりづらいが、日本軍の兵士がかぶっていた擬装網付きの鉄帽が映ってスーッと消えるのが確認出来るのだ。

 

大日本帝国 日本軍 90式 鉄帽 ヘルメット 擬装網付 複製 九〇式 九零式 鉄兜 日本陸軍

(↑ これがその鉄帽です)

水木がちゃんちゃんこをゲゲ郎の妻に着せていたため本来なら水木は狂骨にやられていたはずだが、記憶を失う程度で済んだのは彼に取り憑いていた同朋の戦死者たちが守ってくれていたということだ。この映画では隠れ妖怪といった趣向を通して目に見えないものの存在を描いている所が素晴らしく、私も何回も見て隠れ妖怪を発見して喜んでいたが、この鉄帽に関してはつい昨日気づいたばかりで正直驚いたよ。

そういや序盤の村に向かう夜行列車の場面で水木の後ろに大勢の戦死者が憑いていたことはハッキリと描写されていたけど、この時は単なるホラー演出程度に思っていたから、それが終盤で水木が助かったことに繋がるとは思っていなかった。お見事である。

 

さて、水木が戦死者の霊に守られていたと考えると、時貞に斧で向かっていったあの最高の場面、あの時の水木の怒りって私はこれまで水木単独の怒りだと思ってたのだが、あれはもしかすると水木だけではなくその背後にいた戦死者たちの怒りも彼を動かしたのではないかと考え直さないといけない。

今回の映画は水木先生の戦争体験が物語に反映されているのは大半の人が知っていることだけど、その戦争体験に基づく漫画『総員玉砕せよ!』のあとがきで先生はこのように記している。

(前略)ぼくは戦記物をかくとわけのわからない怒りがこみ上げてきて仕方がない。多分戦死者の霊がそうさせるのではないかと思う。

水木が露わにした怒りは別に「この爺を野放しにしたら今後もっと犠牲者が出る」というような理路整然とした怒りではなく、「お前の生き方が気に入らない!」という私怨に近い怒りという感じだ。とあるレビュー動画ではこの怒りを一種のヤケクソと評していたが、玉砕や特攻によって死んでいった人たちも整然とした感情の中で死んだなんてことはまずあり得ないと思うし、ヤケクソ・破れかぶれな感情の中で突撃したというのが感情表現としては正確だろう。そんな理性を無視した怒りが水木に伝染し彼を突き動かしたと思うのだ。

(そうでなかったら、「時貞を倒した後の狂骨をどう始末するか」という点で迷いが生じたはず)

 

の供出

第二次世界大戦下の日本では戦局の激化に伴い金属が不足したため、1941年に金属類回収令が施行され、寺の釣り鐘や校門の柵といったあらゆる金属が武器の材料として供出された。これは横溝正史の『獄門島』でも物語やトリックに関わる重要な出来事であり、今回の鬼太郎の映画においても鉄の供出は重要なテーマの一つとして挙げられる。

 

戦後の日本の復興は表向きは生活の向上が見られて国は豊かになった一方、映画冒頭でも描かれたように貧困・生活苦によって金に困った人々が売血目的で血液銀行に並んでいるという、そういう光景もあったのだ。

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1964年の新聞記事によると400cc の採血で1200円、現在の価格に換算すると約1万円ほどになるのだから、決して安い金額ではないし貧しい人が利用するのも当然である。しかし、変装や偽名を使って規定の回数以上の売血を行う人が続出し、その結果「黄色い血」と呼ばれる赤血球が不足した不良血液や肝炎といった感染症を引き起こす血液が輸血され社会問題となった。

 

そういう訳で現在は「献血」という無償形式に変わった訳だが、血液には赤血球にヘモグロビンが含まれており、その成分は鉄分とタンパク質だ。

ここまで言えば私が何を言いたいのか薄々わかった人もいるだろう。そう、戦時中の日本では鉄の供出が行われ、戦後の日本では血液という「目に見えない鉄」が民間から供出されていたのだ。劇中で血液銀行の社長が「戦争はまだ終わっていない」と言っていたのも納得で、鉄の供出、血の供出、そして現在は血を保有した人間、すなわち労働力の供出という形で転換され、それがブラック企業や過労死という現代の社会問題を生み出す温床となったのではないだろうか?

特に今だと海外から技能実習生を集めて製造業といった仕事に就かせている企業も多いし、日本のみならず海外からも労働力を供出させている状況を思うと、果たして日本は豊かな国になったと言えるのだろうか、甚だ疑問である。

 

さいごに

これで映画の解説・考察は以上となる。この他にも哭倉村の所在地が〇〇県であるという情報が見つかったり、公式ビジュアルブックでは水木が持っていたタバコに関する新たな情報が明かされたりと、「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」は掘れば掘るほど新たな発見があって、そういう点でもディズニーランドのアトラクションに乗った時のような楽しさがあるのが本作の魅力の一つと言えるだろう。

 

コミック昭和史(1)関東大震災~満州事変 (講談社文庫)

今回改めて考察するにあたって水木先生の『コミック昭和史』(全8巻)にもざっと目を通してみたのだが、昭和は金融恐慌から始まり、政治的・社会的不安が蔓延する中で当時の軍部による暴走、それによる軍国主義の横行、そして太平洋戦争へと移る過程がわかりやすく説明されていた。昭和の歴史を大きく動かしたのは希望や願いといったポジティブなものよりも、怒りや怨み、欲と屁理屈といったネガティブな感情が動かしていたこともわかったような気がする。そして本作においてはそういった昭和の歴史の背景が龍賀一族と狂骨という形で上手い具合に物語に落とし込めていた点も評価に値する部分だ。

 

こんな感じで、本作はエンタメ作品としての面白さもさることながら、知識欲を満たしてくれるという点でも本当に最高の映画だったが、最後にいくつか映画に関連する書籍を紹介しておきたい。

 

文庫版 狂骨の夢 (講談社文庫)

京極夏彦狂骨の夢

百鬼夜行シリーズの第三作目の長編だが、別にこの話から読んでも全然問題はない。映画でも登場した狂骨をテーマにしたミステリ小説で、龍賀一族が用いた外法を考察する上でも大変参考となった。

 

冴えてる一言 水木しげるマンガの深淵をのぞくと「生きること」がラクになる

久坂部羊『冴えてる一言 ~水木しげるマンガの深淵をのぞくと「生きること」がラクになる~』

映画切っ掛けで水木作品に興味を抱いたけど、何を読んだら良いのかわからない…という方におススメしたいのがこちら。医者であり小説家の著者が一人の水木信者として水木作品の名台詞をまとめた本だが、これ一冊でも水木先生の思想・価値観が十分わかると思うし、そういった思想が映画の至る所に反映されている。そして、ゲゲ郎と水木が水木しげる先生の分身的存在であることにも気づくはずだ。

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