タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

セルフオマージュをオマージュした、啄木鳥探偵處 第九首「仕遂げしこと」視聴

啄木鳥探偵處 (創元推理文庫)

案の定、乱歩の「〇〇」でしたね。

tariho10281.hatenablog.com

正直そこまで乱歩ネタにこだわらんでも…と思うのだが、それはまた後ほど。

 

(以下、アニメのネタバレあり)

 

「仕遂げしこと」

まずは前回のおさらい。興行主・園部三郎が犯した人身売買を告発した軽業師の鑑武実が不審死を遂げて以降、自宅に届く脅迫状。園部の妻・環は男装の麗人として石川啄木に事件解決の依頼を要請する。脅迫状は鑑の弟が復讐の目的で送ったものと思われ、鑑が住んでいた家からは弟のものと思しきシャツが見つかる。脅迫状には園部と環の自宅での行動が詳細に書かれており、監視されていることは間違いないが窓の外はすぐ川になっているため窓外からの監視は不可能。そして啄木は屋根裏に目を付ける…とここまでが前回のお話。

 

今回は屋根裏から鑑の弟のシャツに付いていたボタンが見つかり、鑑の弟の疑惑がますます深まるなか、遂に園部が自宅で襲撃され川に突き落とされる事件が発生する。

前回は意図的に伏せていたが、今回全て見終えてみるとやはり乱歩の某作をなぞったものであることが判明した(エンディングの「参考」でタイトルが明かされている)。ということで、以下は事件のネタバレありの感想。

 

(以下、事件および江戸川乱歩陰獣」のネタバレ)

 

今回の登場人物と乱歩の某作の登場人物は以下の通りに相当する。

園部=小山田六郎

環=静子

鑑の弟=大江春泥

 元ネタとなる乱歩の方で小山田は死亡しているが、今回は社会正義と法の裁きの問題を扱っているため、小山田に相当する園部は死なない形となった。

ボタンによる矛盾から犯人が特定される下りや犯人死亡エンドは乱歩の作品と同じ。ただ、乱歩の方は変装による一人二役トリックもあるため、よりミステリらしい作品となっている。

 

元々乱歩の某作は、「屋根裏の散歩者」「二銭銅貨」といった自作のセルフオマージュを散りばめた作品であり、そこが面白さの一つなのだが、そんなセルフオマージュ的作品をオマージュし、そこに啄木が晩年傾倒した社会主義要素を取り入れているため、結果として調和がとれていないというか、全体的にちぐはぐな印象を受けるというのが個人的な感想だ。

乱歩作品未読の視聴者には特別差しさわりみたいなものは無かったと思うが、なまじ元ネタを知っている側としては社会主義とか正義を描くのに、乱歩のこの作品をチョイスした意味ある…?」という思いを抱かざるを得ない。元の原作がエンターテイメント寄りなだけに、この社会派的動機がどうもそぐわないというか、取ってつけた感じがするのだ。

 

また、前回懸念していた「忍冬」と同じ依頼人が犯人」というパターンになっていたのも構成として難あり。間に「紳士盗賊」が挟んであるとはいえ、結末に重複する所があるのは連続もののミステリとしてはあんまり良くない。せめてミステリ部分が充実していれば気にならないのだが、「忍冬」は大改悪を施してしまったし、今回の「仕遂げしこと」はミステリ部分を半ば放棄し法で裁けぬ悪を罰するプロットに重きを置いているため、粗が余計に目立った感じがした。

 

物語として難があるのはもう一点あって、それは環が啄木に事件の依頼をした点なのだが、元ネタの方は春泥と語り手の作家(作中における探偵役)がライバル関係にあり、一連の計画はターゲットの殺害だけでなく自分の作品を非難してきた相手を実際に騙すことで仕返しをするという目的もあったのに対し、今回のアニメの方は犯人にとって探偵の啄木を依頼するのはデメリットの面が大きかったはず。

男装の麗人が成功し、啄木が見抜けなかったから「これならイケる」と思って計画の実行に移ったのかもしれないが、変装術が成功したからといって殺人のトリックも見破られないという考えは環の聡明なキャラ設定とは合わない気がするが…。

 

ということで、今回は前々回の「二銭銅貨」オマージュ回と比べるとオマージュとしてあまり上手くなかった。病気により虚無的な方向に陥っていた啄木に社会主義という生き甲斐を与えた環の死によって、次週啄木が自暴自棄の闇に落ちるようだが、残り3話でそれも描くとなると原作消化はしなさそう。

今回の鑑が軽業師の設定になっていたのは、原作「鳥人」が出来ない分、申し訳程度に「鳥人」要素(軽業師の不審死)を入れた結果なのかもしれないが、もしそうだとすると原作既読勢に対して火に油をかける結果になりやしないか?

物語後半になってやけに乱歩のオマージュが目立ち、原作のミステリ要素が蔑ろにされているアニメの方針、声優オタやキャラ萌え勢はともかくプロット重視の私としてはちょっと見過ごせない領域に来ている。元々原作自体シリーズものとして綺麗に完結した短編集ではないが、さてはて残り3話でどういった幕引きをするのか。