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鍵のかかった部屋(特別編)エピソード5「犬のみぞ知る」視聴

狐火の家 「防犯探偵・榎本」シリーズ (角川文庫)

特別編の放送予定が決定した模様。連ドラの3~7話は放送せずに8~11話までが放送される。今回はその8話ですよ。

 

「犬のみぞ知る」(特別編)

原作は『狐火の家』所収の「犬のみぞ知る」。ドラマは被害者が漫画家で容疑者はそのアシスタントだが、原作は長編『硝子のハンマー』で登場した松本さやかが所属している劇団「土性骨」の団長が殺害され、劇団員が容疑者となる。

さて、原作とドラマの最大の違いは作風。原作は登場人物名や立ち居振る舞いがフザケている、言ってみれば脱力系なミステリ(≒バカミス。人一人死んでいるのに他人事みたいに事件の話をして爆笑しているという、読んでいるこっちも笑える類のバカミスではなく不謹慎な笑いが本作のポイント。本作ともう一つ「密室劇場」(『鍵のかかった部屋』所収)が「土性骨」が登場するバカミスとして描かれている。

 

バカミスに振り切っているものの、被害者の飼い犬が密室の侵入を阻む監視員を果たしているという、密室ものとしては少々特殊な設定が本作の見所で、容疑者二人のうち一人は犬に嫌われていて侵入すれば犬に吠えられ近所にばれてしまい、もう一人は犬に好かれていて侵入は容易だが犬アレルギーのため、犯行を犯せば身体にアレルギー反応の痕跡が残る。

二人のうちどちらかはこの問題をクリアしたことになるが、実質最重要容疑者は一人に絞られており、トリックも大したことはない。が、ドラマは犬に用いたトリックに加えて犯人特定のロジックが徹底しており、またその伏線の張り方も実に秀逸で、本格ミステリの改変としてこれ以上ない完璧さを誇っている。そのため、原作とドラマはほぼ別物と言って良い。

 

(ここからネタバレ感想)まず、事故か他殺かを判断する材料として、玄関の補助錠だけでなく作業場リビングにあった缶ビールを持ち出したのが評価ポイント。一人で飲んでいたなら当日の昼間に届いた缶ビールを飲むはずで、わざわざ夕方コンビニで同種の缶ビールを買うというのは不自然なので、殺害時刻に誰かがいたことは確か。なおかつ缶ビールの配達を知らなかった人物が犯人という特定材料にもなっている。

犬に餌付けをして懐柔させ、後にK9キャンセラーを使って信頼関係を崩した、というのは原作と同じネタだが、犬を鍵に見立てることで「懐柔=開錠」「信頼関係の崩壊=施錠」という構図がより分かり易くなっているのが良いポイント。更に、トリックの要となる信頼関係が被害者と容疑者にも関係しており、橘のデマ一つで10年の信頼関係を崩してしまった安西の愚かさと哀れな姿が描かれている所も物語としての巧さだ。

これだけでもミステリとして成立しており、話も面白いものになっているが、更にここからK9キャンセラーの使用時刻に基づく犯人に対する容赦なき追い詰めが展開されるのが凄い所。犯行時刻に止まった時計というオカルト要素が犯人特定の手がかりになるのは古畑任三郎でもあったネタだが、個人的には(犬が事件の鍵になったせいか)G・K・チェスタトン「犬のお告げ」に通じる所があって、古典ミステリの換骨奪胎が原作以上に為されたと感じている。そして止めとして犬の声が聞こえない119番通報が芹沢によって提示されるという徹底ぶりに感服。

トリックに比重を置いたシリーズ中、唯一ロジックで犯人を追い詰めた回にした脚本の手腕は称賛に値する。(ネタバレ感想ここまで)