タリホーです。

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倒叙ミステリの面白さと難しさ(invert 城塚翡翠 倒叙集 #1)

前回、ではなく先週の最終話の感想記事で言ったけど、今回からは原作未読の状態で感想を書いていこうと思います。

 

(以下、ドラマのネタバレあり)

 

「雲上の晴れ間」

invert 城塚翡翠倒叙集

原作は昨年の7月に刊行された同名小説で3話収録されているが、今回映像化されたのは「雲上の晴れ間」という一編。

ITエンジニアの狛木繁人が、自分のプロジェクトの手柄を横取りしようとした同会社社長の吉田直政を風呂場での転倒事故に見せかけて殺害。自身は会社で仕事をしていたと偽のアリバイをでっち上げ容疑を免れようとする…。これが本作のあらすじだ。

 

冒頭の狛木の犯行の一部始終はAmazonのサイトで試し読みが可能なので一応そこは読んだ上で今回ドラマを視聴したが、1話にまとめたということもあってか翡翠が事件に介入する経緯が少々強引に感じた。原作ではもっと丁寧にこの辺りの様子を描いているのかもしれないが、ドラマだと狛木が翡翠にデレデレしなければ最悪事件現場を検証されずに済んだのでは?と思ってしまう。

 

倒叙集の一作目ということもあって、さほど大きな謎は仕掛けられておらず、狛木が仕掛けたアリバイトリックにしても、種を明かせば拍子抜けしてしまう類のものだったが、今回の評価ポイントは吉田の部屋にあった炭酸飲料のペットボトルと、デスクに残っていたCの形をした濡れジミ。特にペットボトルを巡る翡翠と狛木とのやり取りは、古畑任三郎の「動く死体」における懐中電灯の下りを彷彿とさせるものがあって個人的には面白かったよ。

 

Cの形の濡れジミに関してはアリバイ工作のために置いたパソコンによって生じたものだと述べられていたが、濡れジミそのものは犯行当日についたものかどうか証明出来ないというネックがある。そこを事件前日に処方が変わったばかり漢方薬という情報で言い逃れ出来ないようカバーしているのが本作の巧妙なポイントと言えるだろう。漢方薬が何かしら決め手にはなるかな~?とは思っていたものの、「昨日処方を変えてもらった」という吉田の言葉をスルーしていたのでこれは一本とられました。(狛木の服に漢方薬のニオイが付いていたとかそれくらいの想像しか出来なかった私)

 

倒叙ミステリが普通の犯人当てミステリより少ないのは何故か?

ドラマ冒頭で翡翠が述べたように、倒叙ミステリは物語の始めに犯人を明かし、犯行の一部始終を見せた上で、探偵役がいかにして犯人を追い詰めるのかを見所にしたミステリだ。ドラマだと刑事コロンボ古畑任三郎が二大巨頭といえる存在であり、小説だと福家警部補シリーズや、クロフツの『クロイドン発12時30分』、倉知淳の『皇帝と拳銃と』、江戸川乱歩の「心理試験」「屋根裏の散歩者」などが挙げられる。

とはいえ、やはり一般的な犯人当てを主軸においたミステリと比べるとその数は少ない。何故少ないのか個人的に考えたが、これは単純に倒叙ミステリは書くのが難しいというのが最大の理由ではないだろうか。

 

何故なら、最初に犯人や犯行の模様を明かしているため、一般的な犯人当てミステリのように途中で新しい手がかりを追加したり、そもそも犯人自体を変更してしまうといった軌道修正が出来ない(或いはやりにくい)のが難しさの一つとして挙げられる。これが連続殺人ならまだしも、基本的に倒叙ミステリでは連続殺人に発展するケースはあまりないし、探偵役が登場した時点で犯人の目的はほぼ達成されている状態なので、それも軌道修正のしにくさに影響していると考えられる。

また、犯行を明かしている以上手がかりや決め手は読者(視聴者)の盲点を突いたものでないといけないし、犯人に言い逃れする余地を与えてはいけないため追い詰めるにしても論理性は必要だ。

何より、手がかりにしろ決め手にしろそれは読者(視聴者)にとってフェアでないといけない。今回の場合ペットボトルの蓋が開いていたのは狛木の犯行の場面でハッキリ映っていたし、この後の警察の現場検証の際に撮影された写真にも冷蔵庫に戻したペットボトルが映っていたから間違いなくフェアだった。Cの形の濡れジミにしても、翡翠と真とのやり取りの中でヒントが提示されていたので視聴者も十分狛木を追い詰めることが可能になっていたと言えるだろう。

 

以上、倒叙ミステリの難しさを挙げてみたが勿論例外となる作品はあるし、倒叙ミステリの形式を逆手にとって思わぬサプライズを仕掛けた作品もいくつかある。これから放送される城塚翡翠倒叙集はどういう趣向・バリエーションで来るか、そこは未読のためわからないが、翡翠は(コロンボや古畑と違い)刑事ではなく霊媒を装った探偵のため、犯人へのアプローチが従来の倒叙ミステリにはないユニークさがあると思った次第だ。