タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

うさぎたちは何処へ消えた?「ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~」6話

悪いうさぎ (文春文庫)

早いもので来週事件のクライマックスと共にドラマは最終回を迎える。原作既読勢の一人として今回のドラマの掘り下げ方は非常に好感の持てるものがあったので、終わってしまうのが惜しまれるな。

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

 

「悪いうさぎ Y」注目ポイント

今回は原作(文春文庫版)の188頁~307頁(前半戦、第8節から中盤戦、第9節まで)までの内容。基本的に原作では葉村一人で新聞社に出向いたり、同業者の調査員に尋ねて情報収集をしているが、ドラマではMURDER BEAR BOOKSHOPの常連客仲間が情報収集をしてくれるし、本筋と関係のないストーカーとか結婚詐欺師を追いかける必要もないので、ドラマの葉村は(今のところ)心身共にだいぶ楽な方である

 

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では、先週書いた記事の注目ポイントを振り返りながら、今回のポイントをおさえていこう。

 

・平家の悲劇

ミチルが親の前でカツラを外してショートカットの姿で、そして男っぽい服装をしていたのには訳があった。ミチルが生まれる前、平家には満(ミツル)という男の子がいたが、営利誘拐に巻き込まれて殺されていたのだ。その後に生まれたのがミチルだが、母親の貴美子は満の死を受け入れられず、娘のミチルを「息子の満」として扱うようになった。これがミチルと両親の間の確執となり、親元から離れたがるミチルの心理的要因となっている。

ドラマではあまり深く描かれなかったが、原作で葉村は父親の義光を「重荷を背負ってよろよろと坂を登っている巡礼」だと評する場面がある。ミチルに満の役目を負わせていることに対して負い目がありながらも、貴美子に現実を教える酷な真似もしたくないという葛藤を抱えた不憫な父親なのだ。

 

平家の悲劇は親と子、もっと広く言えば「家」「個人」の間に生まれる確執の一つを描いたに過ぎないが、ドラマではそんな「家」から断絶した女性たちを主人公の葉村や常連客のアケミも合わせて描いているのが地味に凄い

断絶の事情は人それぞれだが、拠り所を失くして「保護する者(≒神待ち)」を求める者や、それを良しとしない感情を持つ者。そして保護される側から保護する側にまわった者の思い(弱者を根本的に救済出来ない悩み)、善なる保護者(葉村やアケミ、富山店長)悪なる保護者…。救済者と被救済者の両面を深掘りした点は原作以上に評価すべきである。

 

・水地佳奈

葉村が行方を追っていたカナなる女性は、実は滝沢家の元家政婦・明石佳代(原作は香代)の娘の水地佳奈だと判明。美和と佳奈は主人の娘と使用人の娘の関係だったことになる。美和は佳奈の母親を(佳代に事情があるとはいえ)取ってしまったことに対する贖罪として経済的援助を続けていたが、佳奈は自分より年下の高校生から援助を受けることを良しと思わず、母親の葬式代200万は自分で稼いだ金ですませたいと考えていたようだ。これが前回美和のコートから見つかったハガキに書かれていた「三日で全額払えるくらい」ワリの良いバイトにつながる。

 

原作を読んだ時、美和の印象は「父親に似合わず正義感の強い子だな」というものだったが、前回と今回の美和の姿を見ていると、彼女はノブレス・オブリージュ、つまり富裕層としての務めを果たそうとしていたのではないだろうか?父親の権力と金を使って、友人の綾とヤクを回していた小島とのつながりを断ったり、佳奈の窮状に報いようとしていたが、そのために美和は首を突っ込み過ぎて失踪したということになる。

佳奈の荷物を引き取りにきた“叔父さん”と称した男と、佳奈を追ってアパートに来ていた美和の失踪。嫌な予感しかしないね。

 

・68会

前回、滝沢喜代志・平義光・野中則夫・山辺秀太郎には共通項があると言及したが、今回MURDER BEAR BOOKSHOPの常連・柿崎がもたらした情報でそれが明らかとなった。滝沢たちは同じ年に生まれたエリート仲間、通称「68会」(原作は二八会)のメンバーだったのだ。

 

68会といっても、仕事的な集まりではなく趣味としての集まりだったようで、ミチルが言うには狩猟をよくしていたのだとか。ただ、義光は何故かこの話になると激昂し態度を硬化させた。何故だろうかね…?(ほとんどの人は察しがつくと思うが)

そして、今回の終盤。ミチルによって山辺秀太郎が岡田警視の実の父親だということが明かされた。前回はまさかそこまで深いつながりがあったとは思わなかっただけに少々面食らった所はあるが、こうなってくると次回が楽しみだ。

というのも、この事実によって岡田警視が滝沢美和と水地佳奈の両方の面を併せ持つ人物だということになり、なおかつ事件とかなり密接に関わる人物でもあるからだ。

前回「エリートだと思われているけどそうでもない。生まれ持った知性・品格がそうさせた」的なことを仄めかしていたのは、エリートの親に生まれたものの、離婚して母方の姓を名乗っている伏線だったのだね。

さーて、そうなってくると“あの真相”に対して岡田警視が最後にどういった方向に転ぶのかが気になってくる。今まで葉村の味方側として物語に介入してきたオリジナルキャラクターだが、間宮さんが過去に演じてきた役柄が役柄なだけに大きく裏切ってくる展開も完全否定できないから、ファンとしては非常に楽しみですね、うふふっ。

 

・小島のリスト

あ、蛇足ながら小島が持っていたリストについて触れておくと、あれは小島の顧客リストではなく、ミチルが綾にあげたアドレス帳の一部。小島は綾から金を巻き上げた時にこのリストを取っただけにすぎない。ということで、事件とは無関係。

 

書籍紹介

今回劇中に登場した3冊のうち2冊は未読。ミステリマニアとはいえ、やはり海外は未履修の作品が多くて勉強不足だと思い知らされる。

 

アガサ・クリスティー『復讐の女神』

復讐の女神 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

アケミがミス・マープルは凄い」と思った作品。正直言うと私はこれよりも『ポケットにライ麦を』のマープルの方が凄いと思ったのだが、感じ方は人それぞれなので置いておこう。

本作はカリブ海の秘密』でマープルと共に殺人犯を追った大富豪・ラフィール老人の死から始まる。マープルは、生前ラフィール翁が遺した依頼を解決するために、彼が用意した「英国庭園バスツアー」に参加する。ラフィールが依頼した「過去の殺人の真相解明」に乗り出したとはいえ、そもそも誰が殺されて誰が捕まったのか事態が不明瞭になっているのが本作最大の特徴であり、それがサスペンスを盛り上げている。

ちなみに、タイトルの「復讐の女神」とはネメシスを指す。

ja.wikipedia.org

ネメシスの行う復讐は神罰であり、義憤からくるものだ。ここに来て劇中でこの作品を入れてきたということは、次回の葉村が「復讐の女神」として真相を暴き立てることを予感させる。

 

〇マーサ・グライムズ『「悶える者を救え」亭の復讐』

「悶える者を救え」亭の復讐 (文春文庫)

原作未読のため簡潔に紹介。「リチャード・ジュリー警視」シリーズの一作で、舞台はドイルが著した『バスカヴィル家の犬』と同じダートムア。そこで起こった子供の連続惨殺事件を追ってジュリー警視とサム・スペード気取りの刑事が火花を散らす物語らしい。

 

〇コリン・デクスター『キドリントンから消えた娘』

キドリントンから消えた娘 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

こちらも原作未読のため簡潔に紹介。「モース警部」シリーズの長編二作目。行方不明になった女子高生から両親に手紙が届くが、モース警部はこの手紙は偽装されたものであり、女子高生は死んでいると直感して捜査を進める物語。女子高生の失踪を扱った所は今回の原作『悪いうさぎ』と共通している。