タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

『毒薬の輪舞』は泡坂版『盲目の理髪師』である

久しぶりの読書感想記事。紹介するのはこちら。

 

毒薬の輪舞 (河出文庫)

遠藤憲一さんがカバー表紙になっているけど、別にドラマ化する訳ではない。でも本作の主人公である海方刑事をやるとしたら、まぁエンケンさんが妥当だとは思う。

ただ、本作は精神科病棟が舞台なので、今の時代はどう転んでもドラマ化することはないだろう。あったとしてもネット配信止まりで地上波TV放送は無理。なので読みましょう。これはトリックが凄いとか以前に話が面白い。登場人物の会話を読むだけでも面白いのだ。

 

本作のあらすじは以下の通り。

鳴らないはずの鐘楼の音が聞こえたとき、事件がおきたーー。

夢遊病者、拒食症、自称億万長者の妄想患者、狂信者、不潔恐怖症、休日恐怖症のサラリーマン、誰も姿を見たことがないという特別室の入院患者など、怪しすぎる人物が集う精神科病院で続発する毒物混入事件。そして遂に犠牲者が……!

犯人は? 使用された毒物は?

病棟に潜入した海方と小湊は事件を解決できるか?

海方シリーズ第2弾!

(裏表紙を引用)

 海方刑事は一応シリーズもので、本作と前作『死者の輪舞』がある。別に前作を読まなくても本作は十分面白く読めるようになっているのでそこは御安心を。

 

実は上記に引用したあらすじの中で「続発する毒物混入事件」とあるが、これはちょっと誇張した書き方で本の内容に即していない。正しく言うのなら「続発する異物混入事件」。毒物が混入されたのは実質2回ほどで、その前に3回ほど水に強い苦味のある薬品が混入する事件が起こっているのだ。更には何も細工された形跡のない缶に、表示内容と別の飲料が入っていた事件もあるから、それもカウントすると都合6件の異物混入事件が本作で起こる。

メインは異物混入事件だが、他にも病院内では目の光る幽霊が目撃されたり、過去に未知の毒物開発が行なわれていた噂があったりと、事件に関係あるのかないのかわからない出来事がいくつもあるのだ。

 

この何が起こっているのかわからないほど大量の情報が読者に提供される展開に既視感を覚えたのだが、その既視感の正体は以前読んだジョン・ディクスン・カーの『盲目の理髪師』だった。

盲目の理髪師【新訳版】 (創元推理文庫)

『盲目の理髪師』も豪華客船という限定的な舞台上で政治スキャンダルを巻き起こすフィルムが盗難に遭ったり、エメラルドの象が盗まれたり、瀕死の女性が消失したり、酩酊者のドタバタ劇があったりと、際限なく色んな出来事が起こるんだよな。

だから、『毒薬の輪舞』は泡坂版『盲目の理髪師』だ、と言って良いのかもしれないが、『盲目の理髪師』ほどとっ散らかっている訳ではない。異物混入というメインの事件がある分、こちらの方がまだ頭の中で整理がつくというものだ。

また、『毒薬の輪舞』では各章に必ず一つ以上、薬品や毒物、化学物質に関するウンチクが入っており、それも物語に統一感を与えていると言える。このウンチクだけでも読み物として十分に面白いのでオススメである。

 

謎解きの部分は海方刑事が関係者を一同に集めて行う古典的なスタイル。そこで明かされる事実は事件と直接関係のないものまで含まれ、これまで描かれていたアレコレが全て伏線となって押し寄せて来る。特に事件関係者の“とある関係”がひっくり返る真相は圧巻モノだ。

 

 

最後に、ネタバレ感想を伏せ字で書いておく。読む場合はドラッグ反転してね(薬品を扱う作品だけにドラッグ、なんてね ♪)。

(ここからネタバレ感想)メインの毒殺事件は、言ってみれば「偶然の収束」によって起こったものであり、それ自体は特別凄い訳ではないが、事件の根底にある「入院患者全員が佯狂で、医者や看護師がむしろ病を抱えていた」という真相は驚き。正常が異常で異常が正常というどんでん返しのために、意味ありげな数式や規則性のあるホラ、小湊が目撃したものに関する矛盾点などが各所に配置されているのが最大の評価ポイントだ。

全員の嘘によって一人の子供が死んでしまったのだから、悲劇であることに変わりはないが、そんな感じがしないのは、やはり海方刑事のキャラクターと小気味よい台詞回しのおかげだと思う。っていうか、最初の缶の小細工はアンタの仕業だったんかい!(ネタバレ感想ここまで)