タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

“脆弱なアリバイ”が映し出すものは…「アリバイ崩し承ります」5話(ネタバレあり)

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

 いきなり来週の話をするのもどうかと思うけど、明朝布団の中で速報を見た時思わず「まじか」と口にしたほどの事なので言うね。

 

間宮祥太朗さんがゲスト出演するってよ!!

( ≧∀≦)ノ<ワーーイ!!!

 いや~、ハムラアキラの時も嬉しかったけどさ、やっぱオリジナルキャラではなく原作に登場するキャラとして出演してくれるのが一番ありがたい(活躍の度合いは圧倒的にハムラアキラの方が上なのだがね)。実質チョイ役に近いが、気になるファンの方は是非原作(「時計屋探偵と凶器のアリバイ」)を読んでみて欲しい。が、原作は間宮さんと全然違うビジュアル・階級なのでびっくりするよ。

 

(以下、原作・ドラマのネタバレあり)

 

「時計屋探偵とダウンロードのアリバイ」

今回は原作の7話、つまり文庫本では最終話にあたる「時計屋探偵とダウンロードのアリバイ」が映像化された。事件概要はほぼ原作通りで、事件の起こった日付くらいしか相違点はない(原作は12月6日)ので割愛して、本作のメインテーマとなる脆弱なアリバイについて解説していこう。

 

これまでドラマで披露されたアリバイは計画的にせよ偶然にせよ、いくつもの物的証拠や証言・解剖結果による裏付けによって構築されたアリバイだったが、今回のアリバイを裏付けるのは11月20日の午前0時から24時間限定で配信された《キャッスル・オブ・サンド》と容疑者・和田英介の友人・古川桔平の証言。たった2つだけなのだ。

ダウンロード配信曲は動かしがたい事実だからともかく、古川の証言は3ヶ月以上も前の記憶をもとにした証言で、実質彼の証言でこのアリバイは支えられているようなものだ。

現実の警察はおそらく和田を問い詰めて自白に持っていかせる方針で捜査を進めるかもしれないが、この『アリバイ崩し承ります』の刑事の皆さんはちゃんとした倫理観のある方々ばかりなので、勿論そんな締め上げをしないで論理的にアリバイを崩そうとする。とはいえ、古川の証言が嘘か或いは間違っていることを証明する手立ては一見すると何もなく、何か特別なトリックを弄したような矛盾点も見当たらない。

脆弱である一方、明確な矛盾謎を解く上で軸となる絶対的な事実がごくわずかしかないために崩すのが難しくなっているのが、今回の“脆弱なアリバイ”の最大の特徴である。

 

ドラマでは初っ端から時乃が和田に目を付け、直接本人を訪ねて聞き込みをするという対決形式になっており、更に富岡殺しは牧村警部が担当をしていた事件ということもあって、察時の立ち位置は今回に限って非常に居心地の悪いことになったと思う。和田には時乃から真相を聞いていたことを見透かされるわ、牧村には「ズルは良くない」(あんだけ渡海をヨイショしておいてどの口が言うか)と心がチクチクするようなことを言われるわで、今まで時乃に頼ってきたツケが思わぬ形で回った結果になった。

時乃はアリバイ崩しが出来て5000円もらえるから良いとして、察時は身銭をきって管理官としての体面を保っていることを思うと、原作の新人刑事である〈僕〉以上にバレた時の代償が大きくなりそうで大変だと思うが、このまま時乃との関係がバレないでドラマが終わるとは思えないので、次回以降の動向が気になる。

 

さて肝心のアリバイトリックだが、トリック自体は自宅とスマホの時計を15分ほど遅らせておくだけという至極シンプルなもの。ただこれだけでは意味がなく、時間経過によって記憶が曖昧になる人間の性質を利用しているのが最大のポイント。これによって《キャッスル・オブ・サンド》を11月19日夜11時46分にダウンロードしたと当日の時点では古川に思い込ませ、それから3ヶ月以上たってアリバイ確認がなされた時に、《キャッスル・オブ・サンド》が11月20日限定の配信曲だという情報を明かし、古川の記憶を丸一日ズラして11月20日夜11時46分の出来事だと誤認させた、ということになる。

 

11月19日の時点で古川に時計のズレに気づかれれば殺害を中止することが出来るという点で融通のきいたトリックであり、捜査の手が自分に及ぶまで事件発覚から数ヶ月は要することを見越した所に和田の周到さが窺える一方、自分のアリバイを証明してくれるのは古川一人で、もし彼に11月19日に記憶に残るような特別な出来事があった場合は折角のアリバイトリックも意味を成さないのだから、やはり脆弱であることに変わりはない。

 

多分だけどね、和田だったらもっと強固なアリバイを作る方法がいくらでも思いついたと思うのだよ。なのに彼が用いたアリバイトリックは周到だけど脆弱な代物だった、という所に彼の倫理観が見えてくるのだよな。

富岡を殺すことは、父親が殺されている以上同じ報いを受けるべきだと思って何のためらいもなかった。しかし、母親を悲しませたくないために彼女の死後実行に移したこと、そして唯一の友人に出来るだけ迷惑をかけないように熟慮した結果、迂遠で脆弱なアリバイトリックを用いたこと。こういった所に和田の健全性というか天才としての矜持みたいなものが垣間見えて、「あ、面白いじゃん」ってなった。

 

本格ミステリは凝りに凝ったトリックも勿論面白いのだけど、(一部伏せ字)東野圭吾の『聖女の救済』(伏せ字ここまで)みたいな犯人の性格や身分・心情・倫理観が反映されたトリックもまた趣があって良い。この面白さがわかるとミステリを読むのが格段に楽しくなるよ。

 

最後に蛇足ながら今回のキャストについて。被害者の富岡を演じた田窪一世さんは、月9ドラマ鍵のかかった部屋の5話でも被害者役を演じている。今回のアリバイ工作はダウンロード配信曲という21世紀的なツールを用いたものだったが、「鍵のかかった部屋」の5話は違法建築によって歪んだ部屋を利用した密室殺人という、これまた現代ならではの舞台が用いられているので、是非見てもらいたい。面白さは保証するよ。

 

「アリバイ崩し」ミステリの紹介(脆弱なアリバイ)

アリバイ崩しミステリに限らず、ミステリ小説は一種のクイズ問題であり、現実では実行して成功する可能性の低いトリックだとしても、描き方一つで魅力的な作品になる。今回紹介するアリバイ崩しも、一見すると強固なアリバイに見えるが、“ある質問”を証人にしてしまえば一気に崩れてしまう脆弱なものだ。

 

下り“はつかり"―鮎川哲也短編傑作選〈2〉 (創元推理文庫)

鮎川哲也「碑文谷事件」(『下り“はつかり”―鮎川哲也短編傑作選〈2〉』所収)

タイトル通り、東京の碑文谷で音楽家の山下小夜子が自宅で殺される所から事件は始まる。事件当夜、山下家に泊まっていた小夜子の友人・竹島ユリは、犯人が持っていた鞄のイニシャルを目撃しており、鬼貫警部はそこから小夜子の夫・一郎が犯人ではないかと疑う。

 

しかし一郎にはアリバイがあった。犯行時刻は3月25日の朝6時半頃だが、彼は24日に福岡の門司で観光をしており、その日の22時45分発の準急列車で帰途についていたと主張。つまり、犯行時刻に列車は広島の西条辺りを通過しており、事件現場から860キロ離れていたから犯行は不可能だと言うのだ。

勿論、それを裏付ける証拠がある。24日に行われていた先帝祭の遊女行列の写真が第一の証拠。そして第二の証拠は、準急列車に同席していた客の証言と一郎が書いた狂句。客の証言が確かならば、一郎は25日の深夜2時46分過ぎには山口の島田辺りにいたことになるし、その際彼自身の手で書いた狂句という物的証拠もあるのだから、彼のアリバイに疑問の余地はない。そのうえ、彼には小夜子を殺す動機がないのだ。

 

捜査陣は事件現場にいたユリに疑惑を向け遂に逮捕するが、鬼貫は一郎のアリバイを崩すべく奮闘する。

 

今回のダウンロードのアリバイと比べると強固に思えるが、第一の証拠となる写真のトリックは写っている遊女本人に尋ねたら一発でバレてしまうもので、ハッキリ言ってトリックとは呼べないレベル。なので、メインとなるアリバイトリックは第二の証拠の方。

第二の証拠の方のアリバイトリックはある共通点を利用したもので、上述したように質問一つで一気に崩れてしまう脆弱なトリックなのだ。

はっきり言って私はこのトリックで一作書こうとは思わないし、ボツネタとして捨ててしまうだろう。しかし、鮎川先生はこのトリックを活かすために犯人に色んな細工をやらせ、トリックが一発でバレてしまう「ある質問」をさせないよう鬼貫を誘導している。この技巧に私は惚れ惚れとしてしまうのだ。

脆弱なアリバイトリックだからといって侮るなかれ。