タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

ゲゲゲの鬼太郎(6期)第73話「欲望のヤマタノオロチ」視聴

願いが叶っても幸せになるとは限らないよ~という話。

 

呼子

山で「やっほー」と叫ぶと向こうから「やっほー」と呼び返す声が聞こえる。現代では山に声が反響して聞こえることが科学的に説明付けられているこの現象を、昔の人は山彦の仕業と受け止めていた。

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呼子はそんな山彦の怪異の一種であり、鳥取県に伝わる妖怪。

原作では鬼太郎の仲間であり「山こぞう」「山びこ」という名称で登場するが、登場する話によって一つ目だったり二つ目だったりと不統一であり、やまびこの能力も活かされない地味目なモブ妖怪なのだ。

アニメでは1期以降登場しているが、やはり著しい活躍を見せたのは5期。準レギュラーとして鬼太郎をサポートする回があったり、妖怪四十七士の鳥取県代表に選ばれたりと、今思い返してもなかなかに目まぐるしい活躍だったのではないだろうか。

 

やまたのおろち

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古事記』『日本書紀』にも記載されている神話レベルの妖怪。かつて島根県仁多郡船通山の地下深くから地中を通って斐伊川の天ヶ淵に出現したという言い伝えがある。

アニメでは2・3・4期に登場。2・3期は後述する原作やまたのおろちをベースにした回だが、4期は完全オリジナル回であり、ぬらりひょんの陰謀によってやまたのおろちが復活する話になっている。

 

原作「やまたのおろち

今回の原作は2・3期と同じ鬼太郎が登場しない原作やまたのおろち」が元になっているが、原作のストーリーは以下の通り。

やまたのおろち」の遺跡を探しにひい川の上流を歩いていた正太は何も見つけられずに帰ろうとしていた。しかし帰途につく途中、田舎のじいさんに「この山には“呼子”がおる」と言われ興味を持った正太はじいさんの忠告を聞かずに深山へと足を踏み入れ、遂に正太は呼子に出会った。

呼子は正太にダイヤモンドを渡した。正太がダイヤモンドを手にしたその時、身体が吸い込まれて正太はダイヤモンドの中に入っていた。すると謎の妖怪に捕まえられて正太は「おろちさま」のもとへ連れて行かれる。ダイヤモンドの中に入った人間は「おろちさま」=「やまたのおろち」に喰われるのだ。襲い掛かるやまたのおろちから正太は逃げようとするが、ダイヤモンドの外へ出ることは出来ない。ダイヤモンドの外からは呼子が笑っている。

正太「出してくれーっ」

呼子「おらあのいうこときくか」

正太「なんでもきく、早く出してくれ」

呼子「それには条件がある」

正太「なんでもいうことをきく、早く出してくれ」

呼子「じゃ、おらあの体と代わってくれ」

気が付くと正太は呼子の体になっていた。呼子の体は足元が木の根になっており、動くことが出来ない。そして目の前には正太の体になった呼子の顔があった。呼子は例のダイヤモンドを渡す。このダイヤモンドは解放石といい、この石を使って肉体をすりかえたのだ。そのために、呼子は代わりの人間を待っていたのである。呼子となってしまった正太は、代わりの人間が来ることを願って、子供の呼びかけに応えるのだった…。

 

因果律と「猿の手

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©水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション

先述した通り、2・3期は「やまたのおろち」が原作。2期は呼子と入れ替わってしまったねずみ男を助けるために、鬼太郎がやまたのおろちを退治する。3期ではやまたのおろちの生贄にされるユメコの友人を助けに鬼太郎が登場。特に3期で鬼太郎が呼子と偽呼子の術によって8体に分身し、やまたのおろちと戦う場面は見応えがあって良い。

そして今期、導入部と結末は大体原作と同じ展開だが、「8つの願いを叶えるやまたのおろちというオリジナル展開がある。これまでのやまたのおろちは解放石の中に入った人間を喰う存在であり、直接的に生命の危機を脅かしていたが、今期は精神的に追い詰めて来るやまたのおろちだ。

願いを叶えるとはいっても、ランプの魔人ジーニーの如く「無から有を生ずる」のではなく、因果律を歪めて願いを叶えるのが6期やまたのおろちの特徴。

 

【斎藤の願い事一覧】

①ダイヤモンドの世界から出してくれ

②3億円欲しい(→斎藤の父親が病死。保険金3億円を受け取る)

③山吹さやかと結婚させてくれ(→斎藤の金目当てで結婚を承諾する)

④山吹さやかと別れさせてくれ(→飛行機事故に巻き込まれて山吹死亡)

⑤お前なんか壊れちまえ

⑥お前を殺せるやつを連れてきてくれ(→鬼太郎が来る)

⑦鬼太郎を殺してくれ

⑧もう願いなんか捨てたい(→呼子になる)

 願いを叶えることは、本来の運命を変えることであり、そうなればそれ相応の代償・犠牲が伴うことを示した今回のプロットは、W・W・ジェイコブズの短編小説猿の手にも通ずる。ちなみに、水木先生の貸本漫画時代の短編で「猿の手」を日本風にアレンジした「魔石」なる作品がある。

水木しげる 貸本・短編名作選 魍魎 地獄・地底の足音 (ホーム社漫画文庫)

猿の手」も「魔石」も、願い事が叶ったがそれと引き換えに大事な一人息子が死んでしまう夫妻の悲劇を描いている。これは「願いが叶うからと言って必ずしも幸福になるとは限らない」という教訓話でもある。そういや、因果律を歪めることで生じる弊害は33話の白山坊の回で既に示されていたな。

tariho10281.hatenablog.com

 

鬼太郎シビア過ぎ問題

鬼太郎が登場しない原作をアニメ化する際は、鬼太郎が事件に介入する動機が必要になるのが決まりとも言える。今回の場合は猫娘から「願いを叶えるやまたのおろち」の噂を聞いた鬼太郎が調査したところ、斎藤が解放石を所持していることを突き止め使用を中止するよう忠告するという役回り。

そしてこれまでのアニメ化と異なり、原作通り斎藤が呼子になってしまうオチにしたせいか、いつも以上に鬼太郎が人間に対してシビアになっているように映った。そのため話として大きな瑕疵は無いものの、何となく居心地の悪い感覚が残ってしまった。

確かに斎藤は願い事で安易に幸福をつかもうとした。その点は確かに浅はかである。でも、劇中のあのタイミングで忠告して斎藤に気づいてもらおうとするのはちょっと無理があるし、酷な気がする。

何故なら二つ目の願いによって斎藤はギャンブル目的で金をせびるダメ父から解放され尚且つ大金を手に入れられた。そして三つ目の願いで好きな人と結婚出来るようになった(ただしこの時点では相手の真意を知らない)。この時点で解放石を手放すよう説得しても無駄だろうし、因果律を歪めることの危険性などわかる筈もないだろう。

その先の展開にしても、やまたのおろちの強制的な「願い事の義務」によって正しい選択が出来ない精神状態になっていたと思うので情状酌量の余地はあった。

斎藤は仏教で言う所の「三毒」(貪瞋痴)を絵に描いたような人物である。

・山吹さやかに対する執着心(貪)←盗撮してたのはアカンけど…。

・ギャンブル目的に金をせびる父・不幸続きな自分に対する怒りの心(瞋)

・願い事によって生じる代償に気づかず、目先の状況だけで判断する愚かさ(痴)

 三毒は苦しみの原因であって罪ではない。鬼太郎に助ける義務は無いにせよ、「もうちょっと何とかならなかったのかな~」と思ってしまうのだ。

 

※…でも7つ目の願いを鬼太郎が聞いていたか、やまたのおろちに攻撃されたことでそれを察したとしたら、あの様にシビアな対応になったのも頷けるか。

(2019.10.07追記)

 

やまたのおろちの目的

 劇中で「何故やまたのおろちは人間の願いを叶えるのか?」と疑問に思った方がいたのではないだろうか。アニメオリジナル展開ゆえ推測するしかないが、やはり願いを叶えるために犠牲となる人間を糧にすることが目的ではないかと思う。元々の伝説や原作含めてやまたのおろちは生贄を目的とした妖怪だから、願いを叶える代償として間接的に生贄を得ていたと考えるべきだろう。今回の場合は斎藤の父親と山吹が願い事の代償となる生贄としてやまたのおろちに“喰われた”のかもしれない。そして斎藤は呼子という形で山に監禁されてしまったが、あれも直接命を奪われるのではなく、精神的に心身を削られるという点で緩やかな生贄としてやまたのおろちの餌食になったと言えるのではないだろうか?

 

 

次回は地獄の四将最後の一体、九尾の狐・玉藻前がお出まし。

放送予定では前後編になるようだし、伝承通りの設定ならば国家を揺るがす強敵となるが…。