タリホーです。

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全体的に湿っぽいドラマ化【なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?】

さて、昨年末に予告していた通り、ドラマ「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」をレビューしようと思う。

 

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ドラマは昨年の11月に放送済みだが、来月にNHK総合で放送されるみたいなので、未視聴の方に配慮して出来るだけネタバレ控えめで感想を語っていきたい。

 

作品概要

なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ドラマの原作はアガサ・クリスティが1934年に発表した同名小説。元海軍勤めのお人好しの青年ボビイがゴルフのラウンド中に崖下で転落した男性の瀕死体を発見する所から物語は始まる。瀕死の男性が死ぬ間際に遺した「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」という謎の一言を軸にした事件で、ボビイの幼馴染みで伯爵令嬢のフランキーと共に事件を捜査していく、冒険活劇ミステリだ。

 

若い二人の男女が探偵活動をするというのはクリスティの代表作の一つであるトミー&タペンスシリーズと同じ趣向であり、本作が発表された年はトミー&タペンスものの短編集『おしどり探偵』(1929年)と長編『NかMか』(1941年)の中間に位置する。『アガサ・クリスティー完全攻略』の霜月蒼氏の批評でもこの点については指摘されており、傑作『NかMか』が発表されるまでの間に生み出された、「神経のゆきとどいた秀作」として評されている。

確かに本作は『NかMか』における秀逸なミスリード・意外な犯人といったサプライズ要素は薄いし、事件の真相がやや雑然とした印象を与える作品だ。とはいえ決して面白くない訳ではないし、霜月氏が指摘したようにキチンと伏線が張られていたり犯人につながる手がかりが実にさり気なく配置されている。また、フランキーを伯爵令嬢という設定にしたことで、トミー&タペンスでは出来なかった金と人脈に物を言わせた捜査手法がとれるようになっているのも本作の見所の一つであり、物語中盤でフランキーがバッシントン-フレンチ家に潜入する作戦を読んだ時は思わず笑ってしまったよ。余りにも豪快過ぎて。

 

な~んか全体的に湿っぽい

原作は過去に三度映像化されており、そのうちの一回は2011年にミス・マープルものとして改変され映像化している。過去作は未視聴なので今回のドラマだけにしぼったレビューとなるが、率直に言うと今回のドラマ、原作を読んだ際のカラっとした感じの作風ではなく、全体的にしっとりとした湿っぽい感じの演出・脚本になっているなと思った。内容自体は原作で死ななかったとある人物が追加で殺害されていることと、エンジェルという名のいかにも怪しい男が暗躍するという点をのぞけば大体原作通りなので、別に大幅な原作改変によって湿っぽい作品になったという訳ではない。原作におけるスリラー要素を強調したことや、初回で描写されたボビイとフランキーのちょっと複雑な恋愛関係が湿っぽさに影響しているのだろう。原作でもお互い身分が違うということが原因で一歩踏み込めない関係を保っていたのだが、今回のドラマでもその辺りの関係性は描写されている。

 

また、親を愛している一方でうっとうしく思う若者の心理も原作ではボビイと彼の父親である牧師との関係を通じて描かれているが、今回のドラマではどちらかというとフランキーの方にその要素を強く感じた。というのも、ドラマでは原作に登場しないエマ・トンプソン演じる伯爵夫人(フランキーの母)が登場しており、娘がドレスを勝手に持ち出したことにキレてガミガミ文句を言うめんどくさい母親として描かれている。当初は正直言って余計な追加人物だなと思ったが、最後まで見ると本作のミステリ的な部分に関わってくることがわかる。この追加要素は個人的には感心したポイントだ。

 

とはいえ、全体的にはミステリというよりもスリラー・サスペンス要素の方が強く、視聴者も一緒に謎解きが楽しめるという感じのドラマではない。原作で犯人がうっかりやらかしたミスが今回のドラマではカットされているため、論理的にこの人が犯人だと指摘するのは無理だし、物語の軸となる「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」というダイイングメッセージにしても、物語終盤でようやく意味が分かる代物なので、「ここに気づいていたら犯人や真相がわかる!」というタイプの作品ではない。

 

全体的にはまずまずの映像化という感じで大きな不満はないけれど、やはり私は原作のカラっとした作風の方が好きだし、ボビイが毒を盛られて病院送りになった下りとか、エヴァンズの正体がわかった場面におけるボビイとフランキーのコミカルなやり取りが気に入っていたので、そういったコミカル要素が抜けてシリアス寄りになっていたのがちょっと勿体なく思えた。もしかすると過去作との差別化を図って敢えてシリアス路線にしたのかもしれないが、何だろう、「見ているこっちがワクワクするような探偵モノ」という原作から感じられた探偵活劇としての面白さが抜けてしまった感じが否めないんだよね。

言うまでもなく、ボビイとフランキーが事件を捜査する動機って正義感ではなく好奇心・野次馬根性から始まっているのだから、多少不謹慎かもしれないけどワクワクしている感じをもっと出して欲しかった(特にフランキーは!)し、コミカルとシリアスのメリハリをきかせた演出・脚本だったら面白かったと素直に評価出来たかな?