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名探偵ポワロ「スタイルズ荘の怪事件」視聴

名探偵ポワロ 全巻DVD-SET

サボっていた分の記事。ただ、今回は長編作でしかもクリスティの処女作なので解説はキッチリやらねば。

 

「スタイルズ荘の怪事件」

スタイルズ荘の怪事件 ポアロシリーズ (クリスティー文庫)

原作は1920年に発表。田舎町スタイルズ・セント・メリーで起こる金持ちの女主人の毒殺事件を描いた本作は、クリスティが第一次世界大戦中に薬剤師として勤めた経験を活かした作品であり、作中で用いられた毒殺トリックもそれによるもの。また、本作で初登場するポワロも、大戦中にクリスティの故郷トーキーへ亡命してきたベルギー人がモデルとなっている。

ドラマはクリスティ生誕100周年の1990年に放送された。

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

 

個人的注目ポイント

・1917年の事件

ドラマシリーズは1930年代を舞台に置いているが、今回は原作通り1917年の事件として描いている。そのため、照明も電気ではなくランプだったり、車も馬車が使われているなどよりノスタルジックな風景描写になっている。ヘイスティングスもこの時点では大尉ではなく中尉であり、当然ポワロも事務所を構えているような状況ではなかった。ただ、ジャップ警部に関してはこれまでの回との違いはほぼ無い。

 

・人間関係について

ほぼ原作通りの映像化になった本作でも人間関係について一部改変が見られる。原作で登場したバウアスタイン博士は尺の都合上カットされている。またジョン及びローレンスとイングルソープ夫人の続柄だが、原作では義理の親子で直接の血の繋がりはないのに対し、ドラマ版は実の親子として描かれている。そのため、アルフレッドとの再婚による遺産の行方についても、原作とドラマではニュアンスが異なるし、容疑者としての疑惑度合いも原作よりやや乏しく感じられる。いくら不倫で愛人に金を渡す目的があったとしても、実の母親を毒殺するというのはサイコパスが過ぎるというものである(そもそも犯人だったらポワロに事件調査の依頼なんかしないしね)。

ちなみに、ジョンの妻メアリは「西洋の星の盗難事件」で登場したヤードリー夫人と交流があり、彼女にポワロを紹介したのがメアリだったのだ。

 

・無駄のない事件構成

アガサ・クリスティー完全攻略』の霜月氏の評では、本作は磁器のように美しくミニマルな作品と述べている。この『スタイルズ荘の怪事件』以前のミステリは伝奇要素や通俗的サスペンスによる飾りつけによって事件を彩らせるタイプのものが多く、事件そのものの面白さで牽引するタイプのミステリはこの『スタイルズ荘の怪事件』辺りから発展を遂げたとされている。

確かに、年の差結婚や不倫ネタという通俗的なスキャンダルが本作では見受けられるが、それは決して装飾的な意味ではなく、事件を複雑化させ容疑者を増やすために有機的に用いられている。決して「なくても問題ない」題材ではない、ミステリとして意味のある装飾なのだ。これは登場人物にしても同様で、一人として「この人いらなかったな」と思うような人がいない。

 

・真相について

処女作は作家の個性というか、作家が書きたいことが如実に表れるものと思っており、本作における毒殺トリックも、薬剤師の知識をミステリに活かしたいというクリスティの思いがあってのことだろう。犬猿の仲の人物が共犯関係を結んでいたという真相も後年の「アレ」を彷彿とさせ興味深い(勿論この時点ではミステリとしては凡庸な出来であるのは否めないが)。

 

ローレンスが言っていた何故毒の効果が遅く表れたのかという謎について、劇中ではハッキリと述べられず誤魔化されてしまっているが、これはメアリがイングルソープ夫人が書類ケースにしまった(夫の不貞に関することが書かれていると思い込んだ)紙を捜すため、ココアに睡眠薬を入れたから。この情報がカットされているため、ドラマではストリキニーネが沈殿した強壮剤を飲んだせいと受け取れる内容になっているが、強壮剤として調合されているとはいえ、最後の一回分は沈殿している分ストリキニーネの濃度は濃くなっているはずだし、食後すぐ休むと言っていた夫人の発言も合わせて考えると、強壮剤だけで効果が遅れるというのはちょっと考えにくいと思う。

 

またアルフレッドがイビーに宛てた手紙について、原作だと夫人の死が予定より1日遅れたことを報せて相手を安心させるために書かれたという目的があったのに対し、ドラマでは予定通りに殺害は成功しており、「重大な瞬間にあなたに手紙を書かずにはいられないほどあなたを愛していた」という理由にされてしまっている。視聴当初は特に何も思わなかったが、よく考えると余りにも軽率な動機に改変されたものである。

 

細かい点でツッコミはあるものの、あとはほとんど原作通りのため十分おススメ出来るドラマ化と言えるだろう。地味ながらもポワロが手紙を見つける切っ掛けはユニークだと思うし、事件当日のイングルソープ夫人の発言にも巧妙な騙しのテクニックが用いられている(1回目と2回目で語っている相手の男がジョンからアルフレッドに変わっていた下り)。