タリホーです。

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名探偵ポワロ「戦勝舞踏会事件」視聴

名探偵ポワロ 全巻DVD-SET

コココのコートニー。

(言ってみたかっただけで特に意味はない)

 

「戦勝舞踏会事件」(「戦勝記念舞踏会事件」)

教会で死んだ男 (クリスティー文庫)

今回のエピソードは『教会で死んだ男』所収の「戦勝記念舞踏会事件」。第一次世界大戦での戦勝を記念した舞踏会で起こった殺人事件を扱った本作は、1923年に発表された短編であり、ポワロシリーズ初の短編でもある。1923年といえばポワロシリーズの長編第二作目である『ゴルフ場殺人事件』が刊行された年であり、本作は『ゴルフ場』より前に発表されものだ。

シリーズ初の短編ということもあり、物語はポワロの助手・ヘイスティングスの語りで始まり、スタイルズ荘での事件以降ポワロが解決してみせた事件群から選んだ事件として読者に提示したのがこの「戦勝記念舞踏会事件」という訳だ。

40ページにも満たない短編で物語としてもミステリとしても正直凡庸な出来なのは否めないが、それに関してはまた後ほど言及することにしよう。

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

 

個人的注目ポイント

コメディア・デラルテ

被害者のクロンショー子爵を含めた事件関係者6名が仮装していたのはイタリア発祥の即興演劇であるコメディア・デラルテに登場するキャラクター。

ja.wikipedia.org

コメディア・デラルテについてはWikipediaに説明が載っているので割愛するが、子爵が扮したアルレッキーノは英語だとハーレクインと読む。ハーレクインと言えばクリスティの短編集『謎のクィン氏』に登場するハーリ・クィンのモデルと言われている。

 

ハーリ・クィンはクリスティ作品に登場する探偵役でも特に謎に包まれた存在であり、神出鬼没で自分から事件の謎をすすんで解くことはなく、物語の語り手であるサタースウェイト氏にヒントを与えて解決へと導く。モデルとなったハーレクイン(アルレッキーノ)も演劇においてはトリックスター、つまり物語を展開させるための触媒となる存在らしいから、やはりクリスティはハーレクインを意識してクィン氏を作り上げたのだろう。

 

クリスティは本作や『謎のクィン氏』以外にも演劇要素を作品に取り込んでおり、『アガサ・クリスティー完全攻略』を著した霜月蒼氏も「クリスティーは演劇である」とクリスティの作家性を評している。それをふまえると、本作「戦勝記念舞踏会事件」はクリスティが初めて演劇的要素をダイレクトに盛り込んだ作品と言って良いのかもしれない。

 

・敬称の間違い

ポワロとヘイスティングスがユースタスを訪ねた際にマラビー夫人は執事に「子爵さまはいらっしゃるの、サミュエルソン?」と聞き、執事は「はい、子爵さまは居間においででございます」と答えている。

日本語吹き替えではわからない部分だが、実はこの時マラビー夫人は「His Highness (殿下) 」と誤った敬称を使い、執事に「 His Lordship (閣下)」と訂正されていたのだ。アメリカ人のマラビー夫人はイギリスの階級に疎かったゆえこのような間違いをしたのだが、言うまでもなく殿下は王族・皇族に対する敬称で前回登場したバカ王子のファールークに使う場合は正確だが、ただの貴族であるユースタスに使うのは間違いだ。

 

・ラジオ局での謎解き

原作でポワロは容疑者を事務所に呼び、そこで犯人が使ったトリックを明かしたことで事件は解決へ向かうのだが、ドラマはラジオ局に容疑者を呼び、特別番組として生放送で犯人を暴くというのがドラマ版ならではの見所となっている。

とはいえ、今回の事件は仮装用の衣装を利用した一人二役トリックとビジュアル面による所が大きいので正直ラジオで放送するには向かない事件だったと素人目で見てもわかるし、それを外国訛りの強いポワロが説明したのだからそりゃ苦情も来るわ。普通は放送前に打ち合わせとかあるだろうから現実だとこんなミスは起こらないだろうけどね。

 

あとドラマは原作にはない決め手として、犯人がミスリードとして現場に残した手帳とそれを書いていた偽のクロンショー卿(犯人)の目撃証言を合わせて左利きのデビッドソンを犯人と指摘しているが、これもあくまで状況証拠に過ぎないから決め手としては弱いと言えば弱い(原作でトリックを明かされただけで犯人が逃げたことを思えばだいぶマシな改変だけど)。それにこの決め手の場面も映像ならともかくラジオで聞いている人からしたら何のこっちゃとなるだろう。

 

一応原作についても触れておくと、原作ではクロンショー卿が最後に目撃されてから10分後に殺されたにもかかわらず死体に不自然な死後硬直があったと言及されている。ドラマではこの死後硬直に関する言及はカットされ、死体が握っていた緑の丸い房をポワロが発見する下りで何となく死後硬直の不自然さが仄めかされている程度だ。

しかしよくよく考えると検視官も警察も目撃証言と一致しない死後硬直という絶対的事実があるのに最後に目撃されたクロンショー卿が偽物だと疑わないのは捜査のプロとしていかがなものかと思うが…。まぁ昔の、それもシリーズ初期の短編なのでそこは作者の技量がまだ至らなかったと言わざるを得ない。