タリホーです。

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社会派ミステリ × 算段の平兵衛【ノッキンオン・ロックドドア #07・08】

次回が最終回とかやだー!!

もっと見たいよー!

 

「チープ・トリック」

ノッキンオン・ロックドドア (徳間文庫)

7・8話は原作1巻の4つ目のエピソード「チープ・トリック」。大手の通信教育会社「花輪ゼミ」の重役・湯橋甚太郎が自宅で何者かに射殺された。現場の状況から外からライフルで狙撃されたことが判明しているが、被害者は事件の起こる前から狙撃を恐れて窓には近づかなかった上に、事件現場の窓には遮光カーテンが引かれていて外から被害者の姿を見ることは不可能だった。にもかかわらず犯人は室内にいた被害者を的確に撃ち殺している。

 

ということで今回は、

〈How〉犯人はどうやって見えないターゲットを的確に射殺したのか?

という不可能狙撃が謎として提示されている。しかも、死体が倒れていたのは窓際であることから、

〈Why〉何故被害者は狙撃を恐れていたのに窓に近づいたのか?

という不可解な謎も出てきているのが注目すべきポイントだ。

 

この「チープ・トリック」はトリックメーカーである糸切美影が初めて登場するエピソードで、原作ではここで美影の人となりや氷雨との関係について描写されている。

今回もまた例によって色々と改変されているので改変ポイントを拾っていくが、まずは事件関係者。原作の被害者に相当する大手企業の重役・湯橋は、ドラマでは検察官の片桐道隆に変更されている。ドラマでは片桐が担当した「料亭放火殺人事件」が犯人の殺害動機に関わってくるという展開になっており、放火殺人の再審請求やNPO法人の代表者の死なども絡んで、単なる謎解きミステリではなく社会派ミステリとなっているのがドラマ版の改変の注目ポイントの一つである。

道隆の他にも、湯橋の妻・佳代子の役割がドラマでは道隆の父親で東京高検の検事長である浩介がそれを担っており、ドラマ版の佳代子は原作における家政婦の近衛という女性の役割を担うという形で置き換えられることとなった。

 

そして2・3話の時と同様、今回も美影のシンボルとなるチープ・トリックの楽曲が落語の演目に改変されており、原作では「今夜は帰さない」(原曲のタイトルは「Clock Strikes Ten」)という曲の歌詞の一節だったのに対し、ドラマは「算段の平兵衛」という落語を用いている。

www.youtube.com

 

ja.wikipedia.org

「算段の平兵衛」のストーリーについては後ほどドラマの内容と併せて解説する。

 

あ、蛇足かもしれないがもう一つ注目ポイントを。7話冒頭の事務所での動画撮影の下りはドラマオリジナルの演出ではなく原作2巻の「穴の開いた密室」で描かれている。原作とドラマで違いを見比べてみるのも面白いかもしれない。

 

(以下、ドラマのネタバレあり)

 

平兵衛の「算段」が失敗した世界線

今回美影が持ち出した「算段の平兵衛」は落語としてはちょっと異質。元々この落語はストーリーが一種の完全犯罪モノであり、内容自体あまり可笑しさがないということもあって廃れていたのだが、三代目桂米朝が先人たちから聞き集めた断片的な情報をつなぎ合わせて復刻させたそうである。

 

ドラマについて言及する前に、まず「算段の平兵衛」のストーリーを簡単に紹介しよう。

とある村の庄屋はお花という妾を囲っていたが、嫉妬深い庄屋の妻がお花の存在を知って怒り、お花と手を切れと庄屋に迫る。仕方なく庄屋はお花を平兵衛の元へ嫁がせる。この平兵衛という男は就農はせず、人間関係や金銭の問題を二者の間に入って仲裁することを生業としていた。そんな男だから真面目に働く訳もなく、庄屋がお花に持たせた手切れ金を博打で使い果たし、お花の着物やかんざしまで質に入れてしまう。それでも金が足りなくなった平兵衛はお花に美人局をやれと指示を出し、何とお花を囲っていた庄屋から金をふんだくろうとする。計画通り庄屋はお花の所へやって来て、お花に手を出した所を平兵衛は「間男見つけた!そこ動くな!」と庄屋を殴りつけるが、当たりどころが悪かったのか庄屋はそのまま死んでしまう。

以上が「算段の平兵衛」の前半のあらすじである。ここから平兵衛は庄屋の死体を利用して、庄屋の妻と隣村で盆踊りの練習をしていた若衆を騙して金を巻き上げるというのが後半のお話になる。ここは文で説明するよりも上に載せた米朝の語りを聞いた方がわかりやすいし面白いので是非聞いてもらいたい。

 

※動画が削除されたのでストーリーについては新たに貼り直したWikipediaの記事を参照してもらいたい。

(2023.10.25 追記)

 

では、「算段の平兵衛」が今回のドラマではどのように関わってくるのかという話になるが、言うまでもなくドラマにおいて平兵衛に相当するのは検事の道隆である。自分の過ちを隠して冤罪を生み出し、真犯人を見逃して第二の被害者を出しているのだから、落語の平兵衛と同じく悪を栄えさせていると言って良いだろう。

そんな平兵衛は落語の終盤、盲目の按摩師である徳という男から金の無心に迫られる。徳は平兵衛の悪事を知っていて金をせびりに来たのかそれはわからないけど、平兵衛も後ろ暗い所があるので金をやる。その様を見て「盲(めくら)ヘエベエに怖じず」(「盲蛇に怖じず」のダジャレ)と言って落語は終わる。

この盲目の按摩師に相当するのが、NPO団体に所属する上野美貴だ。彼女は検事が再審請求を拒んだ上に団体の設立者である宍戸を死なせたという検事の弱みを握っている。なおかつ上野は宍戸と同級生であり、宍戸に対して恋愛感情を抱いていたとすると「恋は盲目」という言葉が彼女には当てはまり、正に「算段の平兵衛」における按摩師に相当する訳だ。遮光カーテンが引かれていて姿が見えない検事を撃ったという部分も「検事が見えない=盲目」という形でリンクしていると考えて良いだろう。

そして、検事の妻である佳代子は、平兵衛の妻であり庄屋の妾だったお花に相当する。落語ではお花はそれほど重要な役どころではないが、やりたくもない美人局をやらされたり自分の着物を質に入れられたりと、そういう点では彼女も平兵衛の被害者の一人だと言えるし、ドラマでも佳代子は夫や義父から家庭内でモラハラを受けていたことが描写されている。

 

さて、このことを踏まえると、今回のドラマは「算段の平兵衛」ではあまり重要ではない盲目の按摩師とお花にスポットライトを当てて、もし按摩師が平兵衛を殺して、お花がその犯行を隠蔽したら…という「算段の平兵衛」の後日談的なストーリーになっているのが興味深いポイントだ。

正直な所、盲目の按摩師は最後のダジャレオチのためだけに登場する人物であり、お花も庄屋が死んだ後は物語に一切出て来ないので、「算段の平兵衛」は落語としてはクオリティのあまり高くない作品だと私は思う。だが、物語として不完全で隙のある話だからこそ膨らむ部分があるというもので、お花は(指示されてやったとはいえ)美人局が原因で庄屋を死なせてしまったのだから、もし平兵衛が殺されて役人が彼の最近の行動を調べたら、自分が美人局をしたということが何かの拍子でバレるかもしれないし、それを恐れて偽装工作をしたというパラレルワールドとしての物語があっても良いのではないだろうか。

今回の検事射殺事件は、そんな「算段の平兵衛」の算段が失敗してしまう物語と解釈することが可能であり、「算段の平兵衛」における脇役にスポットライトを当てて、不正は必ず暴かれるという正義の物語に反転しているのも、原典と言うべき「算段の平兵衛」に対するアンサーソングみたいになっていて面白い改変の方法だなと思った。

 

原作では穿地は特にピンチになることはなく犯人を逮捕し、被害者の不正を暴き立てたが、ドラマでは美影との過去の交際関係が問題となり、結果彼女は週刊誌にその情報を売る代わりに検察の不正を大々的に暴くこととなった。正に「肉を切らせて骨を断つ」という感じで、穿地のハードボイルドさがよく表現されていたし物語のオチとしても丁度良かったと思う。

 

さいごに

ということで7・8話の感想・解説は以上の通り。原作ではチープ・トリックの「今夜は帰さない」の歌詞が事件の謎を解く手がかりになっていたのに対し、今回の「算段の平兵衛」は落語の内容が謎解きのヒントにはなっていない。そこは2・3話の「死神」で上手くやっていたと思うが、今回の場合はドラマの登場人物と落語の登場人物をリンクさせて原作にはなかったテーマを生み出しているのが評価ポイント。原作はあくまでも不可能狙撃をメインにした話なので、検察の不正や再審請求といった社会正義に関するテーマ性みたいなものはそもそも盛り込まれていない。

今回のドラマの改変を分析するなら、まず不可能狙撃という原作のトリックが軸となり、そこに検察による不正や再審請求・NPO法人といった社会派ミステリ要素が肉付けされた。そして、チープ・トリックの代替となる落語「算段の平兵衛」が物語の骨組みとして機能したことで、物語として非常に充実度が高く(良い意味で)ツッコミ所のない安定した仕上がりになったのではないだろうか。

いや、2・3話も凄かったけど今回も古典落語の換骨奪胎のさせ方がホントに見事だったね。特に今回の「算段の平兵衛」は「死神」と比べるとマイナーな上に落語としてはイマイチな部分もある話だから、それを現代の物語にリンクさせるというのはそれなりの技術や発想が必要になってくる。普通にドラマを眺めていたらわからないけど、凄く高度な仕事をしてますよ

 

そんなクオリティの高い物語も名残惜しいが次回で最終回。最終回は原作2巻の最後のエピソード。倒理・氷雨・穿地・美影、四人がそれぞれの道を歩む切っ掛けとなった未解決事件の謎が遂に解かれる。もう私は原作を読んだから真相を知っているのだけど、なかなかに深いというかほろ苦い話です。原作未読の方々の反応が楽しみですね。