タリホーです。

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名探偵ポワロ「海上の悲劇」視聴

名探偵ポワロ 全巻DVD-SET

海外旅行に憧れはないが船旅には憧れがあるタリホーです。

 

海上の悲劇」(「船上の怪事件」)

黄色いアイリス (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

原作は『黄色いアイリス』所収の「船上の怪事件」。アレキサンドリアに向かう船上で起こった殺人事件の謎をポワロが解く物語。

ja.wikipedia.org

ドラマではヘイスティングスが登場するが、原作には登場しない。また、原作でポワロはエジプト旅行は初めてと言っているため、これは同じくエジプトを舞台にした『ナイルに死す』や短編「エジプト墳墓の謎」以前の事件だと思われる。

原題は「Problem at Sea」。直訳すると「海上の問題」となるが、「at sea」には「途方に暮れて」という意味もある。

ejje.weblio.jp

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

 

個人的注目ポイント

 ・クラパトン夫人は何故機嫌を悪くしたのか?

序盤、クラパトン夫人とポワロとの会話で「いきいきしていなかったらどうなります?」という夫人の問いにポワロが「死にますね」と返し、それに夫人は機嫌を損ねてデッキの方へ向かう場面がある。

イマイチ機嫌を悪くした理由がわかりにくいが、原作ではその受け答えが「気に入らない受け答え」であり、「わたしの話を冗談にしようとしている」と夫人が思ったからだと記されている。ぞんざいな応答が気に食わなかったということだろうが、その女王様然とした性格が命を縮めることになった。

 

・名を与えられた容疑者たち

ドラマ版では原作で名前のついていない人物に名が与えられている。例えばクラパトン夫人・フォーブズ将軍とブリッジをしたトリバー夫妻は、原作だと「タカのように目の鋭い夫婦」としか書かれていない。また、クラパトン夫人を見て殺してやりたいと思っていたラッセという老人は、原作だと「“あの古手の茶栽培業者”と呼ばれている老人」と書かれている。残りのモーガン姉妹と姪のイズメニ、ベイツとスキナーはドラマオリジナルの登場人物である。

 

・事件について

本作はミステリとしてはかなり小粒。トリックも腹話術を用いたアリバイトリックなので目新しさも斬新さもない。

犯行動機について、ドラマではミス・ヘンダーソンが「原因はわたしじゃありません。あの子たちの若さよ。それがあの人を駆り立てたのよ。手遅れにならないうちに自由になりたかったんだわ」と述べているが、これはキティやパメラに触発されて「こんなオールドミスといるより若い女の子と一緒にいたい」と思って殺害に至ったという意味ではない。若い娘の自由闊達ぶりが犯人の隷属的境遇を浮き彫りにし、それが元で妻から解放されたいがために殺害に至った、というのが原作では明言されている。くれぐれも誤解なきように。

 

ポワロが犯人に対して仕掛けた人形のトリックをミス・ヘンダーソン「残酷で卑劣なトリック」と糾弾しているが、原作では犯人が心臓に持病があることをポワロが知っていながら心理的圧迫をかけて死亡させたことに対する糾弾であって、ドラマのような自白に追い込んだがための糾弾ではない。そのせいか、ドラマでの糾弾はポワロに対してやや厳しいものになってしまっている。

ポワロが本作でこのように犯人にショックを与えるようなトリック返しの手法をとったのは、これが立証不可能な犯罪だからである。腹話術によるアリバイトリックが用いられたとしても、犯人がそれをやった証拠もなければ証明する手立てもない。「出来る」からといって「やった」ことは証明出来ない。証明出来ない以上司直は手を出せないし、あのままだと逮捕されることなく逃げられていただろう。

しかし、ポワロは殺人者を野放しにする危険性を知っていた。一度人殺しで益を受けた者は、また邪魔者が現れた時にも殺人という手段を用いる。クリスティ作品ではこれを「殺人は癖になる」という言葉でまとめているが、今回の場合腹話術トリックによる殺人が立証不可能なことに味をしめて、犯人がまたそのトリックで人を殺す危険性があることをポワロはわかっていた。それは、法で裁けぬ殺人者を野放しにするも同然。それを防ぐためにとった手段があの人形芝居だ。

そういう訳で、犯人の持病持ちの設定をカットしたドラマ版はポワロの殺人者に対する厳格さを弱める結果にしてしまった。原作通りやろうと思えば出来たはずだがな~。

 

 

次週は「なぞの盗難事件」。ポワロシリーズの盗難ものはあまり印象に残りにくいんだな。