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補ってなお余りある改変の妙技【ノッキンオン・ロックドドア #02・03】

先週は感想をお休みしました。ドラマを見た方ならご承知の通り、2話以降は前後編の形式になるため、流石に1話分だけで感想を書くよりも2話分、つまり1エピソード分で感想を書いた方がまとまりが良いなと判断しました。そんな訳で、ノキドアの感想は隔週更新ということで、よろしくお願いします。

 

(以下、原作を含むドラマのネタバレあり)

 

「限りなく確実な毒殺」

ノッキンオン・ロックドドア (徳間文庫)

ドラマ2・3話のエピソードは原作1巻最後のエピソードとなる「限りなく確実な毒殺」。政治家のパーティーで主役となる元衆議院議員の外様寛三(ドラマは南雲弘伸)がスピーチの途中で苦しみ出し、搬送先の病院で死亡。スピーチの直前に飲んだシャンパンから毒が検出され、政治家を狙った毒殺事件と断定されたが、シャンパンに毒が仕込まれた様子はなく、またシャンパンのグラスは被害者自身が無作為に選んだものだった。

 

ということで今回は、

〈How〉犯人はどのような方法でシャンパンに毒を入れ、被害者に毒入りグラスを選ばせたのか?

が謎となり、不可能専門の倒理がそれに挑むことになる。

また今回の事件には倒理・氷雨・穿地と同じ大学の元ゼミ生だった糸切美影が裏で犯人に毒殺トリックを提供したということで、探偵 VS トリックメーカーの対決形式になっているのが特徴として挙げられる。とはいえ、この美影はモリアーティ教授や金田一少年の〈地獄の傀儡師〉といった従来の探偵モノにおける探偵にとっての因縁の宿敵という感じではなく、6年前の事件が切っ掛けで犯罪者側になったという訳アリの男性であり、氷雨が倒理や穿地には内緒で美影と接触をしている様子から見ても、単なる対立関係ではないことがうかがえる。

 

美影は犯人に依頼して事件現場に自分の痕跡、つまり自分がトリックを提供したことを倒理・氷雨・穿地にアピールするためのアイテムを残してもらうことをお約束としているが、そのアイテムというのが彼お気に入りのバンド「チープ・トリック」の楽曲の歌詞が書かれた紙であり、原作ではこの「チープ・トリック」が美影の象徴として用いられている。

しかしドラマでは著作権の都合からか落語の演目に変更されており、今回の場合だと原作ではバステッド(破滅・逮捕を意味するスラングという楽曲の一節が記された紙だったのに対し、ドラマは落語の「死神」の一場面が記された紙に変更されている。

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バンドの楽曲から落語に変えたこともあって趣は原作とだいぶ異なってしまったが、これが改悪かというと全然そんなことはなく、むしろ改変として面白い効果を発揮することになった。それについてはまた後ほど詳しく解説する。

 

原作を先に読んでいたので最初は「美影が落語好きっていうのは何か違和感あるな~」と思っていたが、2話の穿地の回想シーンで自分に感情が欠落していることを美影自らが穿地に告白しており、その場面をふまえて考えるとドラマ版美影の落語好きは、彼が少しでも人間の心の機微を知ろうとしたことが切っ掛けではないかと推測が立てられるし、そういう解釈が出来るという意味でこの改変はアリだなと思った。

 

死神は動かない

今回改変に用いられた落語の「死神」は、金に目がくらんで自分の寿命を瀕死の病人に与えてしまった男を描いており、その男と南雲を重ねて被害者を皮肉っている。これだけなら単に原作の「バステッド」と同じ使い方止まりの改変になるのだが、実はこの「死神」が今回の毒殺トリックのヒントになっていたことに気付いた人はいるだろうか?

 

ドラマの3話冒頭、美影がイヤホンで「死神」を聞いている場面。そこでは「死神が足元に座っている病人は命が助かる」という死神の説明がなされていたが、この「死神」の物語を聞いたことがある方ならご承知の通り、男は病人の家から大金を得るために枕元に座っている死神が足元に来るよう病人の寝床を180度回転させ、呪文を唱えて死神を退散させるという手段をとった。

この「死神」の物語をふまえた上で今回の毒殺トリックを説明すると、「被害者がシャンパンに入った毒を飲んだ」と考えれば不可能状況が生まれるが、被害者がスピーチの前に毒を飲み、事件直後にシャンパンに毒が入れられたと考えれば説明がつく。ミステリ小説でお馴染み「困難は分割せよ」という訳である。

そして、シャンパンに毒が入れられたのではなく毒の塗られた床にシャンパン入りグラスが落ちて来たという逆転の発想で毒をシャンパンに混入させたトリックが本作の面白い所であり、それがいくつもの状況設定によって「限りなく確実」になっているのもユニークであると言えよう。

 

さて、ここまで言えばもうわかるだろう。本作のトリックは「枕元の死神」を「足元の死神」にする手段とリンクしているのである。死神は一歩も動かず人間自身が動くというのは、スピーチ台の床に塗られていた毒に被害者がやって来るという今回の事件と状況的に似ている部分があると思うし、そこに気付いたら原作未読でもトリック解明に辿り着けたのではないだろうか?

 

寿命をとっかえひっかえ

今回の「死神」の使い方はトリック(手段)だけではなく、動機面にもリンクさせているのが凄い所。原作の犯人の動機は裏金疑惑の罪を被害者に押し付けられそうになったことに対する恨みからという至極シンプルな動機だが、ドラマでは贖罪の連鎖というテーマで犯人だけでなく秘書の浦和やクレーン事故の加害者にもスポットライトを当てている。

今回の事件の被害者である南雲、犯人である堀田をクレーン事故の原因となった違法労働を指示した人間指示に従い被害を出した人間というわかりやすい関係で描いても問題はなかったのだが、実は工事を早めるよう南雲に進言したのは秘書であり、堀田も事故を起こした本人ではなく別の作業員にクレーン操縦を押し付けていたことが明らかとなった。

もし真実が明かされていたら、違法労働を後押しした浦和が殺され、殺すのも事故の加害者か被害者遺族になるべき所を、贖罪の精神から遺族に代わって堀田は南雲を殺害し、浦和も自分が原因で起こった事故・殺人だとわかっていたから堀田が犯人であることを誰にも言わなかった。本来なら殺されていたかもしれない浦和、本来ならばクレーン事故で死んでいたはずの堀田。二人とも消えてしまうはずのロウソクだったからこそ、贖罪の思いが生まれたということなのだろう。この物語のひねり方が寿命を取り替えて命を縮めてしまった「死神」の男の物語とリンクしていると感じた。本来死ぬべきものが生き、生きるべきものが死ぬという逆転。己の愚かな選択が命を伸ばしも縮めもするということを示したドラマ版のプロットは実に秀逸だったと評価する。

 

さいごに

ということで「限りなく確実な毒殺」、ドラマ版は著作権の都合から美影の「チープ・トリック」を落語にするという改変をとったとはいえ、決して安易な改変ではなく

①不正献金疑惑を起こした被害者への痛烈な皮肉

②トリック解明のヒント

③「寿命を取り替えて生き残ってしまった男」という元の話とは逆の結果から生じた犯行動機

という具合に落語の「死神」を今回の事件と徹底的にリンクさせているのが素晴らしいポイントで、倒理が原作以上に危ない橋を渡るキャラであることや、氷雨が内緒で美影と会っているという点から見ても、本作を(原作を活かすのは当然ながら)単なる謎解きドラマで終わらせないという気概が脚本から感じられて、今後の映像化にも期待が持てる内容になっていたと言っておこう。

強いて文句を言うなら、やはり30分ではなく1時間枠のドラマとして放送してほしかったね!オシドラサタデー枠ではなく金曜深夜枠の方が良かったと思うんだけどな。