タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

モヤモヤポイント満載の「白蛇蔵殺人事件」はどう料理されたか?(五代目「金田一少年の事件簿」#4)

白蛇村はイモトアヤコが絶対に行きたくない村、第一位だと思う。

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

※白蛇村の所在地に関することを加筆しました。(2022.05.29)

 

File.3「白蛇蔵殺人事件」

金田一少年の事件簿R(11) (週刊少年マガジンコミックス)

今回のエピソードは2016年の6月から9月にかけて連載された「白蛇蔵殺人事件」。原作では「聖恋島」の前に起こった事件として描かれており、老舗酒造会社の「白神屋白蛇酒造」を舞台に連続殺人が勃発する。

頭巾で顔を隠した男や酒造タンクで発見される死体など、随所に横溝正史のテイスト(『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』etc.)があり、そういった点から同著者の「飛騨からくり屋敷殺人事件」を思い出した方もいたのではないかと思う。今回も「飛騨からくり屋敷」と同様、仮面の男の正体について疑念が湧いて出たり、酒造経営に関する白神一族内の諍いが事件の重要なポイントとなってくるが、それは事件解説の項で詳しく述べるとして、まずは原作の登場人物をおさらいしつつ、簡単に改変ポイント・注目ポイントを挙げていこう。

 

〇登場人物一覧(括弧内は年齢)

〈白蛇旅館〉(白蛇酒造が経営する旅館)

姫小路鏡花(42):旅館の女将。音松とは内縁関係。

姫小路蒼葉(17):鏡花の娘で仲居。

 

〈白神家〉

白神音松(65):「白神屋白蛇酒造」社長。鏡花とは内縁関係。

白神左紺(38):「白神屋白蛇酒造」杜氏。音松の長男で前妻・天音との間に出来た子。

白神蓮月(?):5年前の火事で死亡したと思われた音松の次男。頭巾を被っている。後妻・鞠乃との間に出来た子。

白神黄介(?):音松の三男で後妻・鞠乃との間に出来た子。5年前の火事以来行方不明。

白神天音:音松の一番目の妻。蛇毒が原因で病死。

白神鞠乃:音松の二番目の妻。酒造所で事故死。

 

〈白神屋白蛇酒造〉

鷺森弦(28):若き杜氏見習い。

黒鷹銀三(52):ベテラン社員。

 

鬼門影臣(?):逃走中の殺人犯

 

原作は逃亡中の殺人犯を追って剣持と(捜査協力で付いて来た)はじめ・美雪が白蛇村を訪れる所から始まるが、ドラマのはじめと美雪は家族ぐるみの旅行で白蛇村を訪れていた所、たまたま殺人犯を追っていた剣持と遭遇するという流れになっている。流石にドラマの剣持は二度しか出会ってない高校生二人と一緒に殺人犯を追ってもらうという暴挙には出なかったがそれはともかく。

ドラマは1話完結の物語ということもあって、鏡花の娘・蒼葉※1と音松の後妻・鞠乃がカットされており、音松の息子たちが腹違いの兄弟でなくなっている。そして死亡した前妻・天音が琴音という名に変更されているが、これは出演者の中に岡山天音※2さんがいるため、混乱を避けるべく改名したと考えるべきだろう。

 

横溝の『犬神家』の要素を元々含んだ原作ではあるが、ドラマは更に『犬神家』のテイストが強くなっており、〈蓮月〉が白い頭巾ではなく黒いゴムマスクをしていることや、白神家を原作では「しらかみ」と読むのに対しドラマは「しらがみ」と濁っていることからもそれはうかがえる。白蛇信仰という本作の設定は原作の『犬神家』に同様のものはないが、市川崑監督の映画では松子夫人が犬神を信仰している場面があるため、個人的にはそういった面でも本作は『犬神家』とリンクする所があって面白さを感じられる。

他にも、ドラマでは屋号が「白神屋」から「白神屋」に変更している等の違いがある。白蛇村の所在地は原作・ドラマ共に不明だが、劇中で黒鷹ら酒造会社の社員が唄っていた「庭に松竹 白蛇様も 黄金銚子は…」という唄の内容から見て、ドラマ版の白蛇村は秋田県にあるのではないかと思われる、というのも秋田県の民謡・喜代節には「庭に松竹 鶴と亀」「黄金銚子に 泉酒」といった歌詞があり、今回のドラマで唄われた歌詞と符号する部分があるからだ。勿論、ドラマ版の民謡はオリジナル曲ではあるが、喜代節を意識していることは間違いなさそうだし、秋田県は有数の米どころなのだから、ドラマ制作陣が白蛇村の所在地に秋田県を選んだとしてもおかしくない。

 

そして公式HPを見た原作既読者ならわかると思うが、原作で用いられた「あるトリック」が果たして可能なのか?と放送前の時点で疑問を抱いた方がいたのではないかと思う。この「あるトリック」については後ほど詳しく解説していくが、原作を読んだ時ですら無理ではないかと思ったトリックを、ドラマはどう映像化するのか、或いは全く違うアプローチで魅せてくるのか、ここが放送前の注目ポイントだった。

 

※1:Twitterの方では蒼葉のカットに対して不満の声が多数上がったが、蒼葉のモデルは『艦これ』の青葉と言われており、それを考えるとドラマで出すには色々厄介なような気が…(単に尺の問題でカットしただけかもしれんが)。

※2:ちなみに岡山さんは四代目・山田版の連ドラ初回「銀幕の殺人鬼」で第一の被害者・泉谷シゲキを演じている。この回は遊佐チエミを演じた上白石萌歌さんも出演しており、鷺森を演じた岡山さんと美雪を演じた上白石さんは約8年ぶりの共演を果たしたことになる。

 

原作の事件解説(難あり・モヤモヤありの事件)

Who:長男と三男の相似、鞄の持ち方、鞠乃の事故現場、完璧すぎる片付け

How:左紺との入れ替わり・二重底の酒造タンクによるアリバイトリック

Why:「白蛇酒造」存続の障害となる人物の抹殺と復讐

本作は頭巾で顔を隠した男〈蓮月〉がいることで、否応にも(過去作の真相も踏まえて)仮面の中の人間の入れ替わり、つまり被害者と加害者の入れ替わりを疑ってしまうが、〈蓮月〉に注目させておいて実際は左紺と鷺森が入れ替わっていたというのが今回の事件の重要ポイント。特に本作では逃亡中の殺人犯・鬼門や行方不明の三男・黄介といった入れ替わり可能な人物が配置されていることもあって、より頭巾の男の方にミスリードされやすい作りになっているのがミステリとしてうまい手と言えるだろう。

しかし、左紺と鷺森(=黄介)の入れ替わりに関しては正直無理があるように見え、あまり良い意味で騙された気がしないのも確か。作中では4話の黒鷹との会話で左紺と黄介が「若い頃の音松さんにそっくり」と言われていることから、長男と三男が似ていた※3ということは一応手がかりとして提示されてはいるものの、一卵性双生児でもないし腹違いの兄弟なのだから(体格や背格好はまだしも)声質まで同じというのは流石にあり得ないと思うし、黄介は整形手術で鷺森に化けていたことから考えて目元も当然左紺と違っていたはずだから、眼鏡を外したくらいでベテラン社員の黒鷹を騙せるとは到底思えないのだ。剣持は「顔形が似てれば声帯とかの形も似てくる場合もある」と言っているが、二人の生育環境(特に行方不明後の黄介の境遇)が違っていることを加味するとちょっとこの剣持の意見は作者の自己弁護のように聞こえてしまう。

酒蔵で作業するための白色の作業服・帽子・マスクを着用していることもあって、パッと見にはわからなかったとしても、声の抑揚や歩き方といった些細な点一つ違うだけで違和感は出て来るし、特に入れ替わり後に鷺森は左紺のふりをしながら黒鷹と会話をしているため、よっぽど演技力がないと成功しないと思われる。これはあくまで私個人のトリックとしての好みもあるので客観的に評価出来ない部分もあることは承知の上で言わせてもらうが、やはり本作の入れ替わりトリックには無理があるという評価を下さざるを得ない。

 

※3:ここの相似の下りは横溝正史悪魔が来りて笛を吹く』の代数の定理「a=x,b=x,すなわち a=b」を彷彿とさせる。

 

入れ替わりトリックはともかく、アリバイ作りのため酒米貯蔵用の桶の蓋を利用して酒造タンクを二重底にするトリックは面白いしユニークな出来栄えだと思う。特にもろみ酒が桶の蓋のカモフラージュとして作用していることや、酒造会社の特性を活かして他のタンク(=左紺が隠されたタンク)を調べさせないよう状況が作られているのが秀逸な部分ではないだろうか。

ただ、左紺をタンクに入れて蓋をし、上からカモフラージュ用のもろみ酒を入れたとなると、プラスチック製のタンク内は空気穴のない密閉空間だった訳であり、いくら昏睡状態とはいえ左紺は酸素欠乏症を発症し窒息死していたのではないかという疑問が出て来る。すぐに溺死させた〈蓮月〉はともかく、約半日もの間左紺はタンク内で眠っていたのだからどうしてもそこは気になる点だ。

www.suvtech.kohal.net

上の記事で酸素欠乏症に至るまでの目安時間(体重・呼吸量・部屋の空気の体積等)が言及されているので、それを読んでいただければより明確にわかると思うが、仮にタンクの容量を7000リットル※4と見積もっても、酸素欠乏症にならない時間はせいぜい6時間程度だ。左紺がタンクに入れられたのは殺害前日の午後7時45分~午後8時45分の間なので、翌日の午前3時以降には間違いなく酸素欠乏症の徴候が出ていたはずだ。そして、死亡推定時刻が死体発見の1時間~2時間前(5話)という検死結果と4話の黒鷹の言葉――「朝には(酒が)ちゃんと入って」いた(=朝の時点ではまだ隠されていた)――を合わせて考えれば、折れた櫂棒で左紺を刺した時には少なくとも酸素欠乏症で瀕死かあるいは死亡していなければおかしい。当然死体を検めれば窒息の状況等はすぐにわかってしまうので、やはり死因や検死結果に矛盾が生じてしまう。

前述した左紺との入れ替わりトリックも含めて、フィクションとしては面白いし成り立っているものの、現実的に突き詰めて考えていくとおかしい点や無理が生じるのが本作「白蛇蔵」のトリックの難点と言えるだろう。

 

※4:酒蔵にあるタンクの中はどうなっている?─ 現役蔵人が潜入してみました! | 日本酒専門WEBメディア「SAKETIMES」を参照。

 

〇犯人特定の3つの手がかり

はじめが左紺と鷺森の入れ替わり、そして鷺森=黄介を見抜いたポイントは3つあると言っていたが、その一つ目となるのが一番蔵に入る時と出た時の左紺の鞄の持ち方の違い。剣持曰く「フォー・スタンス理論」の観点から見ても、握り方の違いで別人か同一人物か判断するのは可能とのことだが、一応この理論について調べてみた。

ameblo.jp

ameblo.jp

(色々調べてみて ↑ のブログ記事が今回の内容的に一番しっくりきたので紹介しておきます)

 

「フォー・スタンス理論」はスポーツ、特にゴルフなどで用いられるスポーツ理論で、自分に合った体の使い方でスポーツを上達させるのに有用だとされている。電車やバスの吊り革の握り方でも、指だけでゆるく握る人はAタイプ、手のひらでしっかり握る人はBタイプといった具合に分類が可能なようなので、一応説得力ある理論であることは間違いないようだ。

ただ、かなり専門的な知識なので、これを犯人当てミステリの手がかりとして提示したのは少々アンフェアな気がしないでもない。まぁ、問題編(7話)で鞄の持ち手の部分がハッキリ映っていることや、はじめと剣持の会話(「ワイドショーでちらっと観た覚えがある」「警察の中ではよく知られた話」「監視カメラの映像の分析に使われる」)でこの監視カメラの映像が手がかりであることが強調されているため、一応フェアにはなっていると判断して良いが、う~ん…。この手がかりのフェア性については他の方の意見もちょっと聞きたい所ではあるな。

 

二つ目の手がかりは鞠乃の事故現場について。蒼葉や他の従業員は事故現場がタンクの洗浄場であると誤解している、或いは全く知らないのどちらかなのに対し、事故のことを詳しく知らないはずの鷺森が正しい事故現場(取水場)を知っていた。これにより、はじめは鷺森が白神家の身内が化けた者と見抜いたが、この手がかりについて詳しく述べていきたい。

6話の黒鷹の証言から、鞠乃の事故死を直に知っているのは音松・黒鷹・鏡花の三人であり、蒼葉は母親からその事件のことを聞いているため、一見すると蒼葉が言った「事故現場はタンクの洗浄場」という情報の方が正しいように思ってしまうが、実は5話で音松が事故のことを話しており、それによると「警察の見解は水に濡れた渡り廊下から足を滑らせ、咄嗟に掴んだホースが運悪く首に巻きついて首吊り状態になった」と述べている。それを踏まえた上で6話を見ると、事故現場と思しきタンクの洗浄場には手すりがあるのに対し、取水場は手すりがなく「階段が急で渡り廊下が滑る」という状況に加えて鷺森の「昔あそこで人が亡くなる事故」があったという発言まである。

この三者の発言と現場の状況を照らし合わせれば、蒼葉の情報の方が間違いで、音松・鷺森の情報こそが正しい=「実際の事故現場は取水場」と論理的に推理することが可能なのだ。特に音松が言った「水に濡れた渡り廊下」が重要となってくるが、作中でさらっと言われていることもあって、この手がかりはなかなか気づきにくいのではないだろうか。仮に蒼葉と鷺森の矛盾がわかっても、音松の証言と合わせて考えないとこの二つ目の手がかりはアンフェアと判断してしまいそうになる(実際初読の段階ではアンフェアだと思ってました…汗)

 

そして三つ目の手がかりは6話で音松が自宅の居間で暴れた出来事が関わってくる。この時、鷺森は音松が荒らした居間の片付けをしていたが、白神家全員が揃った家族写真と全く同じ状態に家具や調度類が元通り片付けられていた。この完璧すぎる片付けが三つ目にして最大の手がかりだ。

実際記憶だけを頼りに写真の通り家具・調度類を元通り戻せるかというと正直無理ではないかと思うが、身内でない第三者なら尚更トロフィーの位置や帽子がかかっていた場所など知っているはずがないので、この三つ目の手がかりは二つ目以上に鷺森が身内の人間であることを示す手がかりになっている。

この手がかりについて、割と簡単にわかった人もいたと思うが、片付けられた居間と写真を間違い探しのように見てしまうと逆にそれが盲点となってわからなくなってしまうという点では実に絶妙な手がかりではないだろうか?(実は私、その見方をしてまんまと作者の術中にハマってしまいました…orz)

 

以上、3つの手がかりについて言及したが、この3つの手がかりでわかるのは「左紺と犯人の入れ替わり」「鷺森が白神家の人間=蓮月か黄介」の二つであり、ここから「鷺森=黄介」まで推理を進めるとなると、前述した左紺と黄介の相似を材料にしなければならない。が、肝心の入れ替わりトリックに無理があるため、鮮やかな推理としてまとめにくいのが本作のフーダニットとして惜しい点だ。

 

〇犯人の動機と「黒幕」の思惑

本作の犯行動機が左紺への復讐という点についてはこれまでの犯人たちと大体同じだが、鬼門や(この後言及する)黒幕の殺害も含めると「白蛇酒造」存続の障害となる人物の抹殺という、シリーズ中でも珍しい犯行動機となる。特に今回の事件は事業経営の采配による一族内の確執が原因のため、その点から見てもこれまでの事件とは異質な犯行動機だ。これは音松が依怙贔屓的な采配をせず左紺と蓮月の共同経営という形で継がせていれば丸く収まっていた可能性が高かったのだから、そういう意味で本作は旧弊的な一子相伝が仇となった事件と言えるだろう。

 

事件の謎解きは鷺森(黄介)の逮捕という形で終わるが、それで物語は終わらず黒幕の正体とその死が描かれているのが本作のまた異質な所。蓮月・黄介の母親である鞠乃の事故死に関わり、左紺の蓮月殺害を焚きつけたのは姫小路鏡花という「毒蛇」だと明かされる。

蒼葉に嘘の事故現場を教えたことや、最終回前の10話で左紺しか知らないはずの殺害方法――「自分の弟を生きたま火炙り」――を口走っていることから見ても、彼女が黒幕であることはまず間違いないが、問題は彼女の動機。作中では左紺を含めた白神家の跡取り息子三人を排除することが目的とはじめは推測をたてているが、排除して彼女にどういった利益があるかまでは触れられないまま終わったため、その結末にモヤモヤとさせられた読者も多かったのではないかと思う。

 

ここからは鏡花の動機について考えていきたいが、まず白蛇酒造の乗っ取りはあり得ない。経営面に関して口出しは出来たとしても、肝心の酒作りを担う杜氏や後継者が全滅している以上、乗っ取った所で経営が傾くのは必至なので、別の動機があると思う。

個人的に一番有力だと思うのは白神家の財産を狙ったという動機だ。これならば相続の対象となる音松の息子たちを排除したことにも納得がいくし、いわゆる「後妻業の女」として、音松を骨抜きにして殺した挙句遺産を奪い取り、経営が傾いた白蛇酒造は用済みとばかりに切り捨てバイバイキーン…という筋書きが成り立つ。勿論、財産に関しては作中で一切語られていないのであくまでも私タリホーの勝手な推測に過ぎないが、しっくりくる仮説を立てるとしたら、やはり白神家の財産狙いの犯行と考えるべきだろう。

 

鏡花の件以外にも作中で言及されていない謎はもう一つある。他でもない本物の蓮月の死体の行方だ。結局白神家に戻ってきた頭巾の男は蓮月になりすました逃亡中の殺人犯・鬼門であり、火事のあと死体が見つかっていなかったから、蓮月が戻ってきたことを音松が受け入れたとすると、誰が蓮月の遺体を秘密裡に処理したのかが問題となる(火葬場じゃあるまいし、普通遺体は残ってなきゃおかしいよね?)。当然黄介は左紺に殴られた後は全身やけど&記憶喪失でそのまま病院送りとなっているため遺体の処理は不可能だし、左紺は死体を隠す理由がないので彼も除外。音松は尚更隠す必要がないし、従業員の黒鷹も同様の理由であり得ない。となると、やはり怪しくなってくるのは黒幕・鏡花なのだが、彼女に蓮月の死体を隠すことで何かメリットはあるのだろうか?

 

前述したように、蓮月殺害を焚きつけたのは鏡花であり、蓮月が「生きたまま火炙り」になったことも彼女は知っている。左紺がわざわざ蓮月の殺害状況まで鏡花に報告したとは考えにくいので、恐らく事件当時現場には鏡花がいたのではないかと推理するが、さてそうなると鏡花にとって一番困ることは何だろうか?

それは当然左紺の裏切りだろう。罪悪感に駆られた左紺が殺害を自白し、鏡花に殺害を教唆されたことまでゲロってしまわれたら、それこそ白神家追放どころでは済まなくなる。となると、少なくとも殺害したという最大の証拠=蓮月の死体を自分が隠しておけば、仮に自白されたとしても証拠となる死体は出てこないし、その死体を脅迫材料として左紺を操縦することも可能なのだから、私は蓮月の死体を隠したのは鏡花だという推理を推していきたい。

 

以上のように作中で語られず読者に想像を委ねた点はいくつもあって、ある程度論理的・合理的に仮説を立てられる部分はあるものの、それでも釈然としない点もある。それは鏡花を毒殺するため蒼葉のペットである白蛇をシャワールームに放ったという殺害計画※5のこともあるし、そもそも血清が無い毒蛇をどうやって鏡花が入手し飼育してきたのかも気になる所だ。

 

※5:鏡花を狙ったとしたらシャワールームが彼女専用でない限り、他の人(特に蒼葉)が噛まれて死亡する危険性も十分あったはずで、そうなった場合ターゲットの鏡花が死亡せず鷺森の目論見は失敗に終わってしまう。それに、基本的に蛇は臆病な性格でいきなり人に噛みつかず、まずは威嚇してくるはずだから、蛇を放った所でそもそも噛みついてくれる可能性の方が圧倒的に低い。まぁ、シャワーの水を攻撃と受け取って噛みついてくる可能性はあるかもしれないが、それでも確実性に欠ける。

…っていうか、そもそも鷺森はいつ鏡花が黒幕だと気づいたのだろう。白蛇を仕込むにしてもはじめの解決前じゃないと無理だし…。

 

ドラマの事件解説

ドラマの批評に移る前に、今一度原作のモヤモヤポイントをリストアップしておきたい。

【原作のモヤモヤポイント】

①入れ替わりトリックの問題(実際あれだけうまく入れ替われるのか?)

②「二重底のタンク」トリックにおける酸素欠乏症の問題

③「鷺森=黄介」を推理する材料の脆弱性

④鏡花の思惑・真意は何か?

⑤鏡花殺しのトリックの不確実性

⑥本物の蓮月の死体の行方

④や⑥のように推測がある程度成り立つモヤモヤポイントもあるが、それでも推測の域を出ないため、上記の6つをドラマはどう処理したのかが問題となってくる。

 

まず、左紺との入れ替わりトリックについて。ドラマでは元蔵(原作の一番蔵)が鍵で厳重に管理されておらず、比較的誰でも入りやすい状況※6になっているため、原作よりも「左紺が蓮月と揉めた末の犯行」という仮説が弱まっており、「第三者が鍵を奪い蓮月&左紺を殺害した」仮説に至っては消滅しているのが改変のポイントの一つだ。これは他の関係者も侵入可能にしたことで容疑者の幅を原作以上に広げるねらいがあると思われる。

そして肝心の入れ替わりだが、公式HPの人物相関図を見てもわかるように、ドラマは長男と三男の相似はないため、原作と全く同じ形で左紺になりすまして蔵から出ていくことは当然不可能。そこでドラマは〈蓮月〉の黒マスクを入れ替わりの道具に使っており、最初は〈蓮月〉として侵入し、出る時は左紺の振りをしてそそくさと出ている。当然原作のように黒鷹と会話はしていないため、入れ替わりトリックが現実的に十分可能な出来になっていた。この改変は実にグッドと言えるだろう。

 

そして二点目の二重底の酒造タンクの酸素欠乏症の問題は、プラスチック製のタンクから木桶に変わったことで一応完全な密閉空間になっていないという点ではクリアしているが、蓋も木製(しかも半月状の二枚板)になったので、〈蓮月〉は良いとして左紺に関しては酒が漏れて底に流れ落ちなかったのか気になる所ではある…。まぁ、そこはミリ単位の隙間も許さぬ桶職人の技が凄かったってことで(おいっ)。

酸素欠乏症の問題は木桶に変えただけでなく左紺の殺害方法にもあり、折れた櫂棒による刺殺から首吊りに変えたのは、仮に酸素欠乏症の徴候が殺害直前に出ていても、首吊りによる絞殺である程度はカモフラージュ可能だと犯人が判断したからだろう。

 

以上のように、原作のハウダニットに関してはかなり現実的なトリックとして改変されており、そこは良かったと言えるが、ただドラマは犯人が仕掛けたトリックが何のためのトリックなのかイマイチピンと来ない作りになっていたのが残念。

原作では一番蔵の出入りの状況や死体の死亡推定時刻などから各人物のアリバイが検証されているので、本作のトリックがアリバイトリックだとわかるのだが、ドラマは死亡推定時刻の検証もないし、左紺の失踪もあまり強調されていない、なおかつ元蔵には誰でも出入り可能だったので、アリバイトリックとしてあまり効果的じゃない感じになっていたのが実に勿体ない。これでは何のために仕掛けたトリックなのかわからないし、折角良い形で改変しても結局は相殺されてパァではないかと思うのだ。

せめて〈蓮月〉の死亡推定時刻を言及し、その時刻に元蔵に隠すのが不可能であることを劇中で述べておけば、アリバイトリックとしてトリックの種明かしも効果的なものになったのだが。

 

※6:何せ私服姿のはじめ達が侵入出来るくらいだからね!ちなみに今回はセットだから良かったものの、私服姿で酒蔵に入るなど言語道断酵母の問題以前に異物混入の原因になるよ。

 

原作における犯人特定の3つの手がかりは、鞠乃がカットされたことで二つ目の「事故死の現場」という手がかりもカットされている。一つ目と三つ目は原作と同じだが、一つ目の「鞄の持ち方」の手がかりは監視カメラの映像が引きの映像ということもあって正直わかりにくい。ただ、その分はじめが事件関係者全員に鞄を持ってもらいその姿を撮影してまわる場面が追加されたことで、一応手がかりとして提示された作りにはなっている。

「鷺森=黄介」の推理材料の脆弱性については、長男と三男の相似という設定がなくなったので尚更推理が無理なはずだが、ドラマでは何故か「鷺森=黄介」という推理をはじめはしている。改めて言うが蓮月の生死は不明であり、仮面の男が鬼門であるとわかった以上、鷺森を蓮月か黄介のどちらかだと推理するのは可能だが、彼を黄介と断定する材料は全くない訳で、それをガン無視であれほど断定的に鷺森を黄介と言い切ることは出来ないと思うのだ。

もしかしたら杜氏見習いという彼の職業的状況からはじめは黄介だと推理(杜氏の才がある蓮月が鷺森に化けているのなら、黒鷹や他の社員が彼の才能を見抜いている)したのかもしれないが、入って半年の新人な上に才能は隠そうと思えば隠せるので、正直これでも「鷺森=黄介」と推理するには弱すぎる。

 

そして原作で多くの読者をモヤモヤさせたであろう鏡花の一件に関してはドラマは蛇に噛まれて死亡することなく、過去に起こした連続保険金殺人がバレて逮捕という形で改変された。この「後妻業」設定※7は原作からでも読み取れる設定だし、白蛇を放って殺すという不確実なトリックを描く必要もなくなったので改変としては良かったのだが、モヤモヤポイントの最後の一つ「本物の蓮月の死体の行方」は放置されたまま終わっているので結局キレイにモヤモヤを全滅出来ていないのは詰めが甘いなと思わされる。

しかも鏡花が一連の事件の黒幕として原作で描かれていたからこそ、鏡花が蓮月の死体を隠したという推測が成り立ったのに、ドラマは黒幕として描かれていないため原作でかろうじて推測出来た死体の行方も推測出来ない。この点に関しては原作よりも余計悪いことになっていると言わざるを得ない。

 

※7:原作と比べるとやや唐突な形で明かされた部分ではあるが、問題編の段階で音松と結婚しようと思っていたことは示されているし、〈蓮月〉と左紺が死亡しているのにも関わらず鼻歌交じりで生け花をしていた(はじめが鞄の持ち方の手がかりを集めていた時)ことから、後妻業で音松に取り入っていたと推測は出来る。

 

さいごに

以上、原作のモヤモヤポイントを挙げてドラマの評価を進めたが、モヤモヤポイントの①・②・④・⑤は改良された一方で、③・⑥は逆にその改変の影響で原作以上にマズいことになっており、総合的に見るとモヤモヤ度は原作とあまり変わらない結果になったのが何かな~。

特に今回は1話完結で描く必要があったから「ご苦労様でした」と脚本の苦労を労いたいのだが、「あちらが立てばこちらが立たぬ」という具合に改良した点が別の部分を改悪させているので、非常にジレンマに近いもどかしさがある。原作がもっとモヤモヤポイントを解消しておけばこうはならなかったのだから、今回はドラマ制作陣だけの問題でないということをハッキリ言った上で、ドラマ版「白蛇蔵」は微妙だったと評価を下そう。

 

 

次回はトイレの花子さん殺人事件」。原作は短編「亡霊学校殺人事件」なのだが、流石に短編は予想外だし盲点だったわ。