タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

ホラーの美味しいトコ取りモキュメンタリー『近畿地方のある場所について』

近畿地方のある場所について

今日買い物で書店に寄った時、書棚に『近畿地方のある場所について』が置いてあった。

 

近畿地方のある場所について』は小説投稿サイト「カクヨム」で今年の1月から4月にかけて連載されたノンフィクションの体裁で書かれたフィクション、つまりはモキュメンタリー形式のホラー小説である。

kakuyomu.jp

そういやTwitterで話題になっていたしフォロワーの方も読んでいたけど、私はブックマークしたまま放置していたので、良い機会だと思い読み始めた。(手持ちがなかったので本は買えなかった)

 

(以下、一部小説のネタバレあり)

 

結論から言うと、本作は上質なホラーである。内容は先行作品の美味しいトコ取りって感じで、断片的な情報をかき集めて一作の物語にしている形式はホラーミステリ作家の三津田信三氏の著作にも見受けられる趣向だし、作中に出て来る怪異や恐怖体験はネット掲示板を賑わせた都市伝説・現代怪異を連想させる。実際、作者の背筋氏はそういったホラー小説やゲームが大好きであり、読み手に考察をしてもらうタイプのホラーが書きたいと思って生まれたのが本作になる。

nlab.itmedia.co.jp

背筋氏のインタビュー記事を読むと、水木しげる作品も大好きみたいで個人的にシンパシーを感じる方だと思ったがそれはさておき、本作は断片的な情報(テープの文字起こし、ネット掲示板の書き込み、出版社に送られた怪文書、月刊誌の短編記事など)を一つの作品としてまとめた体裁になっているが、何と言ってもこの情報の出し方というか構成が巧い。

 

物語は「某月刊誌別冊 2017年7月発行掲載 短編『おかしな書き込み』」という月刊誌に載せられた記事から始まる。投稿者がアダルトサイトのコメント欄で見つけた奇妙な書き込みが異界の入り口になっているこの導入が実に見事で、正に日常に侵食した怪異といった感じだ。確かに動画投稿サイトでは動画の内容と関係のないコメントが投稿されているのを度々見かけるし、イタズラにしてはやけに執拗だなと思うくらい同じことを書き込むユーザーもいるので、物語の掴みとして抜群というか、よくぞそこに目を付けたなと言いたい。

 

そこからは近畿地方の某所に関連があると思しき怪異やそれにまつわる事件の描写が続き、いわゆる地方の土着信仰を題材にしたホラーだなと読者に勘付かせ、ある程度怪異の法則性みたいなものがわかった所で、別の怪異「ジャンプする赤い女」や都内各所で貼られる不気味なシールといった質の異なるホラーが飛び出すのが面白い所。一見すると物語の序盤で語られた土着信仰的な怪異との関連が見出せないため、これがどうつながるのか、つながらないにしてもこの後どうなっていくのかという具合に興味をかきたてる筋運びになっている。

 

ちなみに、作中の不気味なシールの話を読んで思い出したことがある。それは1992年3月20日放送の探偵ナイトスクープという番組で東大阪市の視聴者から調査依頼があった「謎のビニール紐」事件のことだ。

www.youtube.com

この当時探偵として在籍していたトミーズの雅さんがこの調査を請け負った訳だが、内容については上の動画を参照してもらえばわかるだろう。至る所にビニール紐をくくりつけるという不可解な犯行が、本作のシール事件における不可解さと気持ち悪さにリンクしており、多分著者の背筋氏もこれを元ネタにしたんじゃないかな?と私は考えている。

 

そして物語は3月末に掲載された「『近畿地方のある場所について』 4」で失踪した編集者の情報を求むという形で唐突に終わる。が、一旦終わらせておいてそこからまた物語が紡がれる。

構成としては、唐突に終わった時点までの物語はミステリ小説で例えるなら問題編に相当し、それ以降は解決編、つまり本作における怪異の元凶について明かされる内容となっている。勿論これはホラーなのでただ元凶を明かして終わるはずもなく、この解決パートで背筋氏は第四の壁を壊して私たち読者の側に怪異を侵食させるという試みをやってのけた。

この趣向自体は先行作品、例えば先ほど挙げた三津田氏の著作でも見られるし、小野不由美氏の残穢もそういった類のホラーなので特別珍しい訳ではないが、一旦幕引きをしておいて結局元凶を語ったという所に抗いがたき怪異の存在を仄めかせているのが巧く、こういったホラーに慣れていない読者には後引く怖さとして効果的な演出になっていると評価したい。

(私はもう読み慣れているので、面白いとは思っても怖いまでには至ってない感じです。深夜に読んでたらもっとゾクゾクしたかもしれないけど)

 

先日、NHKBSプレミアムで放送されたダークサイドミステリー「怖いウワサの新時代"ネット怪談"誕生秘話 ~杉沢村伝説・くねくね・きさらぎ駅~」において、2000年代にピークに達したネット怪談は、今後は短い怪談は誕生するものの従来のような長文の怪談は語られなくなるだろうと専門家による推測が立てられていた。その専門家の意見を踏まえると本作『近畿地方のある場所について』がバズったのは短い怪談話の寄せ集めであるというのが重要なポイントではないかと思う。

勿論作品としては長編になるけど、一つ一つは短い寄稿文や記事なので読むのにそんなに時間がかからないし、また本作に出て来る怪異も従来の都市伝説をモチーフにしたもので100%オリジナルではないから、怪異を理解し脳内で咀嚼する苦労があまりない。だからこそ取っつき易いというか、読むのにカロリーをそんなに消費しない。でもホラーとしてはちゃんと怖いという正に理想的なホラー小説であり、考察という深掘り要素もあるため、じっくり作品を楽しむ人にもあっさり物語を追いかける人にも適した構成・内容になっているのも本作の優れた所だろう。