タリホーです。

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仕込み仕込まれ前哨戦【アンデッドガール・マーダーファルス #06】

アニメ本編とは関係ないけど青崎氏原作の新作漫画「ガス灯野良犬探偵団」が発表されたようです。

舞台はアンファルと同じ19世紀末のロンドンだけど世界線は同じではないようで、こちらの漫画はイカー・ストリート・イレギュラーズ(ベイカー街遊撃隊)を主人公とした推理モノっぽい。読んだ感じ、なかなかヒリヒリとした展開でこれはこれで違う面白さがあるかも。

 

「怪盗と探偵」

今回は原作の84頁から161頁(第6~10節)までの内容。「ダイヤ争奪」編としてはちょうど前半部分を終えて次回から後半に入るのだが、今回は位置づけ的には前哨戦といった感じでメインの戦いは次回以降に本格的に始まる。前哨戦と言っても物語としての尺を伸ばそうとルパンとホームズを対面させたり鳥籠を巡るドタバタ劇が描かれた訳ではなく、ちゃんと後半に活きてくる仕込みという点でこの前哨戦も重要になってくるので、今回起こった出来事は頭の隅に置いておいた方が良いと提言しておく。

 

さて、今回はゲストとしてマイクロフト・ホームズガニマール警部が登場したが、マイクロフトは言うまでもなくシャーロックの七歳上の兄で推理力は弟を上回るものの探偵活動を億劫に感じるため会計検査という公務員を本業としている。ディオゲネス・クラブという非社交的なクラブのメンバーに入っており、自宅と職場とこのクラブだけが彼の活動範囲という点から見ても弟とは対照的な、でも変人という意味では兄弟としてつながりを感じさせる男である。そんなマイクロフトが初登場したのがギリシャ語通訳」という短編で、それ以降は「最後の事件」「空き家の冒険」「ブルースパーティントン設計書」に登場する。

そしてガニマール警部はルパンシリーズのレギュラー的存在で、デビュー作からルパンを追い続けている警部だ。このガニマールこそルパン三世における銭形警部の元祖であり、ルパン逮捕に執念を燃やし独力で追い続けるという銭形のキャラ設定もこのガニマールから継承されている。

 

きな臭い「ロイス」

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© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

四つ巴の争奪戦となる第二章の一勢力として保険機構ロイスが前回から登場したが、ロイスは実在の企業「ロイズ・オブ・ロンドン」がモデルであり、17世紀末のコーヒー・ハウスがその始まりとなっている。

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ロイズは様々なフィクション作品に登場し、ルパン三世のTVアニメでも「ロイド保険」として登場するくらいに有名なのだが、アンファルにおけるロイズは狂信的な怪物廃絶主義の企業であり、本来の企業趣旨である顧客の財産を守る行為を逸脱し、怪物を狩ることまでしているというヤバい企業として描写されている。そんな描き方をしているため、アニメでは実在の企業名ではなく「ロイス」として名前が変更されたのだろう。

 

当然ながら本作におけるロイスの諮問警備部というのもオリジナルの部署だが、白づくめの服装といい、怪物廃絶主義という排他的で差別的な感じがアメリカの白人至上主義団体のKKKクー・クラックス・クランを連想させる。ロイスに不穏なものを感じるのはKKKの影響も多少は関係しているというのが個人的な意見である。

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ちなみにKKKは19世紀末の段階ではまだ組織として確立されておらず、テロ集団的な扱いを受けていた。組織として大きくなったのは1915年以降の話で、この辺りから白づくめの集団というイメージが定着する。

 

ロイスの諮問警備部は七人のエージェントによる少数精鋭によって構成されていることは前回ルパンが語っていたが、ロイスの思惑はダイヤの情報から人狼の隠れ里を特定すること、つまりは人狼狩りを目的として今回の騒ぎに介入したというのがマイクロフトがシャーロックに対して忠告したことであり、シャーロックや視聴者が考えている以上にきな臭い組織であるということが今回で明かされている。

ロイスの構成員は二章の「ダイヤ争奪」編の後にもレイノルドやファティマとは違う、また別の構成員が登場するのだが、これは大きなネタバレにならないので先に言っておくと、諮問警備部のエージェントはそれぞれ怪物を忌み嫌う理由を持っており、それが彼らの怪物を倒す原動力になっているのが特徴だ。なので組織ではあるものの集団戦ではなく個人戦を得意としており、その強さもエゴイスティックな強さであるということはこの段階で言っておいても差支えないだろう。

 

取り違えたり、取って代わったり、取り合わせたり(笑劇を支えるトライアングル)

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© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

それにしても今回の前哨戦は津軽が鳥籠を取り違え、ホームズだと思っていたら実はルパンの変装だったという取って代わられた状況、探偵に仕えるメイドと怪盗・怪人が同じ車に乗っているという奇妙な取り合わせと、正に「取り」尽くしの笑劇めいた展開だった。この前哨戦はルパン&ファントム、〈鳥籠使い〉、ホームズ&ワトソンの三点からなるトライアングルによってもたらされた笑劇ではあるが、この笑劇を支えた裏の功労者とでも言うべきトライアングルも忘れてはならない。

裏のトライアングル、すなわちレース付きの鳥籠を持って来たおじいさん(原作ではマシューという名がある)、新聞記者のアニー・ケルベル、そして鴉夜をサーカスに売り飛ばそうとしたビングリー兄弟の三組である。彼らは脇役ではあるが、誰一人欠けてもこのドタバタ劇は成立しなかった。マシューじいさんが鳥籠を持って来なければ取り違いは起こらなかったし、ビングリー兄弟が鴉夜をさらわなければあのように派手な追跡劇も見られなかったのだからね。

 

え、アニーが笑劇としてどういう役割を果たしたかって?

あ~…それは今言うとネタバレになるのですよ。一体どういう役割を果たしたかはちょっと考えてみてはいかがだろうか?今回彼女が登場した場面をよ~く見たら「アレ?」と思うポイントを見つけられるはずだ。

 

名探偵のしくじり

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© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

名探偵シャーロック・ホームズと怪盗紳士ルパンの前哨戦、すなわちベイカー街で両者が対面した場面の結果は、いざ本番のフォッグ邸を舞台にした戦いにおいてルパンの心理誘導にまんまと引っかかり、ホームズ側の黒星で始まることに。

ホームズは「鍵という道具が持つ最大の特徴は何か?」というルパンの問いかけから始まる一連の会話を怪盗紳士としてのフェアプレイの精神から余罪の間の扉の鍵を開錠して侵入するという宣言だと解釈し、銃で鍵を破壊。しかし実際は通気口経由でお堀の水を余罪の間に流し込むという全く違う手段をとってきたのだから、完全に裏をかかれたというか、ルパンの罠にはまってしまったという訳である。

 

このホームズのしくじりについて「ホームズらしい」しくじりだと思うかどうか、ここはシャーロキアンの意見を聞いてみたい所だが、実を言うとホームズも決して完全無欠の名探偵という訳ではなく、過去に推理を外した経験があるのだ。

「ワトスン君、僕はチェスの国際試合に挑むような心境だよ。シャーロック・ホームズが英国代表で、アルセーヌ・ルパンがフランス代表。お互い戦うのは初めてだが、棋譜をもとに指し手を推理することは可能だ……。そう、勝負は対峙の前にはもう決している。互いの戦略を読み合って、より上を行ったほうが勝つ。これは二人の偉大なる頭脳のぶつかり合いなんだ。……ああ、奴もかわいそうに。こちらが準備万端整えているとは思っていまい……」

『ノーバリ』を思い出させるべきかな」

 悪癖の自信過剰が出ているようだったので、ワトスンはさりげなく言ってやった。(後略)

引用した一節は原作2巻、つまり今回映像化された部分の台詞なのだが、アニメ本編では尺の都合で「ノーバリ」の部分はカットされている。この「ノーバリ」は「黄色い顔」というエピソードで出て来る地名(角川文庫版では「ノーベリ」)であり、この事件でホームズは推理(というか推測に近いけど)を外してしまったのだ。それを反省してワトソンに「今後自己過信したり事件に骨惜しみする態度をとったら『ノーバリ』と耳打ちしてくれ」と頼んでいる。

www.aozora.gr.jp

ホームズがしくじった「黄色い顔」がどういう事件だったのか、それは是非原典(↑)を読んで確かめてもらいたい。私が読んだ感想を一応言っておくと「これホームズ介入しなくても遅かれ早かれ解決したんじゃないの…?」という感じの事件です。

 

さいごに

ダイヤ争奪戦の前半は怪盗ルパンが優勢で探偵側は劣勢に回るという結果になったが、これは話の展開上、探偵が事件を未然に防いでしまったら話として面白くないので致し方ない所。またアニメでは前述した「ノーバリ」も含めて細かい場面・台詞描写がカットされているので、アニメから入った方は原作も是非チェックしてもらいたい。(個人的にはファントムがフォッグ邸に侵入した下りがカットされたのが少し残念)

後半はホームズと〈鳥籠使い〉がルパンにどう対抗するか、そしてまだ大きな動きを見せていないロイスと〈夜宴〉がどう出て来るか、そこが注目ポイントである。

 

さて、ルパンがとった余罪の間に水を流し込むという手段。実はこれこそ今回のダイヤならびに金庫盗難のメインとなる手段なのだが、ここからどうやって盗み出すのか見ものである。一見すると扉の鍵は銃弾で壊れた上にお堀の水まで入り込んで現場は水中密室とでも言うべき状況になってより盗み出すのが不可能なのではと思われるが…?