タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

ワケありの村で人狼探し【アンデッドガール・マーダーファルス #09】

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

舞台代わって第三章、ドイツ人狼」編スタートです!

今更気付いたけど、モリアーティ教授の声って映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズに登場するベケット卿の吹き替えと同じ声優さんだったんだね。

 

人狼

アンデッドガール・マーダーファルス 3 (講談社タイガ)

第三章「人狼」編は原作3巻のエピソード。実は原作3巻が発売されたのは2021年でつい2年前のこと。原作2巻が発売されたのは2016年だから、当時原作を追っていたファンはその間約5年もお預けをくらっていたのだ。当時の読者にとって3巻は正に待望の新作であり、分量も約480頁の一大長編。質量共にお腹いっぱいになれる一作となっている。

 

大都市ロンドンから舞台はドイツの片田舎、ホイレンドルフ(遠吠え村)へと移るが、この村の周辺には人狼の隠れ里、ヴォルフィンヘーレ(狼の棲家)があると噂されており、第三章では人間の村と人狼の村、二箇所の集落で起こった不可解な事件に〈鳥籠使い〉一行は挑むことになる。

そんな訳で三章は一章の吸血鬼殺害事件で見られた本格ミステリ要素もありながら、二章の異能バトル要素も取り入れているので、バランス的には丁度良い一作となっている。今回もロイスのエージェントが人狼狩りのため物語に介入してくるし、〈夜宴〉もキメラ製造としてサンプル採集のため人狼を狙っているのだから、その二勢力を相手にしながら〈鳥籠使い〉は事件の謎解きをすることになるのだ。

 

そういや前回の感想記事でダイヤモンド〈最後から二番目の夜〉に刻まれた詩の意味を解説してなかったのでここで解説しておこう。

夜明けは血のような赤

日没は死体のような紫

夜の月に照らされる

醜い私をどうか見ないで

私の中には狼がいるから

「夜明けは血のような」「日没は死体のような」という二つの文が意味するのは赤から始まって紫で終わるもの、つまり虹の七色であり、「夜の月に照らされる」ことから紫の後にくる光、すなわち紫外線がダイヤに隠された人狼の居所を照らし出すというのが答えだったのだ。

こうしてダイヤに紫外線を当てて〈牙の森〉という手がかりを入手した〈鳥籠使い〉はドイツのホイレンドルフへと辿り着いた訳である。

 

人狼の基礎知識 ~人狼は何故残虐な怪物になったのか~

9話は原作の8頁から91頁(挿話1から第6節「人狼講義」)までを映像化。とはいえ約80頁分をまるまる映像化したのではなく、〈鳥籠使い〉一行が村へ向かう途中の列車で出くわした一騒動(第1節「旅行先でのよくある出来事」)や、ロイスのエージェントとシャーロック・ホームズが対面する下り(第3節「業務提携」)は丸ごとカットされている。今回映像化されたのは母子の人狼が村人によって焼き討ちに遭った8年前の事件(挿話1)と第4節「ホイレンドルフ」以降の内容なので、実質映像化したのは45頁くらいの分量だ。

今回は「人狼」編のスタートなので、発端と思しき8年前の事件・4ヶ月周期で起こる人狼による連続殺人事件・猟師グスタフの娘ルイーゼがさらわれた事件の概要と現場検証。そしてアンファルにおける人狼の特性について語られた。

 

一応今回説明された人狼の特性をおさらいしておくと、

1.人狼【人】【獣人】【狼】の三種類の形態に変化出来る

2.毛皮をまとった【獣人】【狼】時は皮膚が硬くなり、刃物や銃弾を含めていかなる攻撃も通用しない

3.【獣人】時は【人】の時に比べて体格が熊のように大きくなり、牙や爪も大きくなる(攻撃・戦闘に適した体格)

4.【人】の時は人間と同様の筋力であり、普通に刃物や銃でダメージを与えられる

5.五感が発達しているため不意討ちは通用せず、逃げても嗅覚を頼りにどこまでも追って来る

五感が発達しているのは吸血鬼と同じだが特筆すべきは毛皮の防御力。鬼の力はあくまでも再生能力を打ち消す攻撃なので、恐らく人狼の皮膚にも津軽の攻撃が通らないと思われるが、弱点が全くない訳ではなく、人間態の時には普通に殺せるし、冒頭で焼き討ちに遭った人狼の親子の様子を見る限りだと火で燃やすと焼け死ぬのだろう。

実はあともう一つ弱点があるのだけど、それは次回以降語られると思うしその弱点は人間にとっても同じなので特に変わった弱点という訳ではないよ。

 

さて、吸血鬼・フランケンシュタインの怪物と並んで人狼は西洋を代表する怪物であり、「怪物くん」やハリー・ポッターシリーズといった創作において様々な形で描かれているが、大体の作品において人狼は普段は人間のフリをしているが、満月の晩になると狼に変化し、無防備な村人を襲って食い殺すというのが一般的なイメージである。

実際、ドイツのケルン近郊のベットブルクという場所では1589年に人狼による連続殺人事件があったという記録が残っており、村の農夫のペーターという男性が人狼として疑われ厳しい拷問の末に自白し、同年10月31日に処刑されたという。

 

では、人狼はいつから歴史の中で語られるようになったのか。この人狼の起源については実を言うとハッキリとしたルーツはない。ギリシャ神話でゼウスの怒りを買って狼の姿にされた王様リュカオーンをルーツとする説や、北欧神話の戦士ベルセルクが軍神オーディンに仕える狼の力にあやかるため、野獣の毛皮を身にまとい戦闘していたのがルーツだとする説もあるが、いずれも人と狼の間を行き来するという訳ではないので人狼の起源だと断定するには至っていない。

 

人と狼の間で変身する人狼が記されるようになったのは12世紀前後のこと。フランスのオーベルニュ地方では狼に変化した騎士が木こりに片足を切り落とされて人間に戻ったという話があり、同じくフランスのリュック城近辺に住む男が新月の晩に服を脱ぎ捨て狼になったという話も残っている。

ただ、12世紀頃に語られた人狼には今現在語られるような人を襲って喰らうといった人狼の恐ろしさ・残虐性はほとんど無い。12世紀は温暖な気候に伴い食料の生産量が上昇しヨーロッパの人口も増加、それによって人間が開拓によって自然界へと進出した時期であり人間が狼を目撃する機会が増えたのも恐らくはその頃からだと思われる。人類が文化と自然を行き来するようになった時代において、狼は家畜となる羊を襲う恐ろしい存在である一方、自然が持つたくましさや雄大さを象徴する存在でもあり、そういった畏敬の念人狼という形で反映されたのではないかと考えられている。

 

人狼が今のような残虐な怪物として伝わるようになったのは16世紀頃。この時期には先述したドイツのベットブルクにおける人狼事件の他にも、1521年にフランスで羊飼いのピエールが悪魔からもらった軟膏を使って狼と化し、大勢の少女を襲ったという記録がある。

何故数百年の間で人狼の性格が変化したのか。これは、地球の環境が関係していると言われている。14世紀、氷期という異常気象の影響でヨーロッパ各地で飢饉が発生。またペストの流行や戦争によって多くの死者が出たり、戦禍で人の住む街や村だけでなく森も焼かれて狼をはじめとする動物は住処を奪われることになった。そして、飢饉や流行病・戦争によって打ち捨てられた死体を狼が口にすることで狼が人間の血肉の味を覚えてしまい、それによって狼が人を襲う事件が出て来た。

人間界と自然界の均衡が崩れたことによって狼が畏敬の存在から排除すべき危険な存在へと変わり、これが人狼の凶悪化につながったと考えられているが、もう一つは自然崇拝・原始宗教からキリスト教に移行したことで、人間が狼になるのは悪魔の仕業であると解釈されるようになったことも原因として挙げられる。フランスの法学者ジャン・ボダンが1580年に出版した『魔術師の悪魔憑き妄想』では、人間が桜の木にバラを咲かせたり、鉄を鋼に変え人工石を作る能力があるのだから、悪魔にだって人を狼に変える能力はあるはずだと論じている。勿論ボダンが論じたことは神の全能性を否定することなので反対論も当然あった訳だが、人間の技術が悪魔の存在を証明することになっているのは何とも皮肉な話である。

 

19世紀になると科学技術の発達・啓蒙主義が広まることで人狼が迷信として排斥されるようになったのは吸血鬼と同じ流れである。また、居住地や農地の開拓で自然の領域はどんどん減少し、狼も人間によって組織的に駆除されていったことでヨーロッパから姿を消していった。こうして人狼伝説は過去のものとなり、創作の世界で語られることになるという流れも吸血鬼と同じである。

 

さいごに

今回は「人狼」編の始まりのパートなので、人狼が恐ろしい怪物になるに至った歴史的背景を語った方が物語を眺める上で深みが出て来るかなと思ったので紹介することにした。内容についてはNHKBSプレミアムで放送された番組、ダークサイドミステリー「変身!よみがえる人狼伝説 ~あなたの身近にひそむ野獣~」(2021年7月22日放送)からの引用となる。

アニメ本編に関して言及すると、前回前々回と暗闇でのバトルがメインだったから久々に日の照った場面が多くて新鮮味があったね。それに舞台は車や馬車では行けない田舎の村ということで、ジャンルとしては横溝正史の『八つ墓村』や『悪魔の手毬唄』といった農村ミステリに当てはまるから、そういったミステリとしての分析や解説も次回以降出来たら良いなと考えている。

 

ところで、ルイーゼがさらわれた事件現場を見て違和感を覚えた方がいたと思うが、実は今回の段階で推理によって導き出せることが一つだけある。現段階ではその推理から事件の全てを解くことは出来ないし、矛盾点もあるため正解かどうかわからないだろうが、もしも「これは〇〇ではないか?」という考えがあるのなら、捨てずにとっておいた方が良いかもしれないと、原作既読者として言っておこう。