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吸血鬼は利用される哀れな「こぎつね」【アンデッドガール・マーダーファルス #02】

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© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

今回から本格的に物語が動く。ということで第一章「吸血鬼」編の始まり始まり。

 

「吸血鬼」

アンデッドガール・マーダーファルス 1 (講談社タイガ)

「吸血鬼」編は原作1巻所収のエピソード。〈鳥籠使い〉一行はこの時点で既にヨーロッパ各地で何件か怪物絡みの事件を解決しており、ある程度は名の知れた探偵として活躍している模様。アニメでは「ノルウェー人魚にかけられた殺人容疑を晴らした」「ベルギーで人造人間事件を解明」とその実績の一部が紹介されていたが、人造人間の事件は原作だとこの「吸血鬼」事件の後に起こったエピソードとして同じ1巻に収録されている。このような改変をしたのは、おそらく1クールで描くには尺が足りないためやむなく「人造人間」事件をカットしたという事情があるだろうし、実は「人造人間」のエピソードは首無し死体というアニメ化するには少々グロい要素が散見される物語なので、そういった事情ならカットも仕方ないかな。

ちなみにこの「人造人間」のエピソードは漫画版でもカットされているので、気になる方は是非原作を読んでいただきたい。私が当ブログで度々言及しているあの人が登場するエピソードという点でもおススメだよ。

 

アンデッドガール・マーダーファルス 4 (講談社タイガ)

もう一つのノルウェーの人魚のエピソードは、本日14日に発売される原作4巻(↑)に収録されているそうなので、気になる方はこちらも。ちなみに原作4巻はエピソード0的な位置づけの短編集で、〈鳥籠使い〉結成前の鴉夜・津軽・静句のエピソードや、結成直後に関わった事件が収録されている。

 

「人類親和派」の裏にある人間側の本音

前置きが長くなったがここからはアニメ本編の感想・解説に移ろう。

人類親和派として人間の生き血を吸わないことを誓約し、人権・市民権を獲得したゴダール一族の屋敷でゴダール卿の妻・ハンナが殺害される。現場の状況からヴァンパイアハンターによる犯行かと思われたが…という訳で、今回から物語は本格ミステリとして展開されていくのだが、まずは「人類親和派」というこのワードについて少し語りたい。

 

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一見すると人類が怪物との共存の道を与えたという点で前回の感想で言及した明治政府の解放令のような人道的・平和的な政策にも思えるが、実際の所は「私の国は怪物を受け入れるほど寛容で近代的思想を持った国家・民族である」ということをアピールしたいという国家・民族としてのエゴが垣間見える政策だ。つまり、諸外国に我々の方が民族として優れていることをアピールしたいという政治的意図を読み取らないといけない。そしてそのアピールは自国の領土拡大、つまりは侵略行為(侵略戦争)の正当化にもつながる。これは過去の歴史をさかのぼれば容易に読み取れることだ。

そもそも明治政府の解放令にしても、別に穢多・非人の差別や苦しみを取り除いてあげようとかそういう慈善目的ではなく、近代国家として欧米諸国と肩を並べたいから旧来の階級制度を撤廃したという近代国家としてのポーズに過ぎないと思っている。

だから吸血鬼はどこの国も滅ぼしたいし別に仲良くしたいとは思っていないはずだ。武力で殲滅する手段はいくらでもあるが、共存の道を与えて人類側の支配下におくことが出来れば、怪物の廃絶だけでなく怪物の同化政策にも成功したという点で国家・民族として諸外国から頭一つ抜き出ることが出来るのだから、そういう政治的な意図を無視して本作を語らない訳にはいかない。

 

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© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

ゴダール卿は人間が使う猟銃を狩りに使用することで人類に歩み寄るアピールをしていたが、それは人間側とて同じ。吸血鬼もまた国家・民族の優位性のアピールという名目で利用されているということなのだ。

 

童謡「こぎつね」が暗示するもの

今回映像化されたのは事件発生から事件現場の検証まで。原作だと17頁~78頁(第1節~第5節)までに相当する。

内容に関してはほぼ原作通りだが、原作ではまだこの時点で鴉夜はゴダール一族に顔をお披露目しておらず、解決パートでようやく己が生首であることをお披露目する。これはアニメと違い原作では鴉夜が生首であることをこの段階で読者にも提示していないため、ゴダール一族+読者へのサプライズとして伏せられているが、御承知の通りアニメは前回で鴉夜が生首であることを視聴者に見せているので、到着早々のお披露目という形で改変されたということになる。

この改変はストーリー上の都合なので別に大したことではないが、この改変とは別に、原作では具体的に描写されなかった末娘・シャルロッテがメイドのジゼルと歌っていた童謡が妙に引っかかった。どこかで聞いたことがあるぞ、と。

 

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その正体についてはEDクレジットを見てようやくわかったのだが、シャルロッテとジゼルが歌っていたのは童謡「こぎつね」で、日本でも1947年に文部省唱歌として音楽の教科書に収録された、かなりポピュラーな童謡である。

 

詩人の勝承夫によってつけられた歌詞は、子ぎつねを人間の女の子のように可愛らしく表現しているが、実は日本の歌ではなく原曲は1824年にドイツで制作されたものだ。ただ、原曲版の歌詞はかなり物騒なことになっている。

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〈原曲「こぎつね」歌詞の日本語訳〉

ガチョウを返すんだ
ガチョウを返すんだ
さもないと猟銃で
撃たれる羽目になるぞ?

 

大きくて長い鉄砲で
お前に向かって散弾を撃ったら
お前は真っ赤に染まり
やがてお前は死ぬだろう

 

かわいいキツネよ
忠告しておくよ
頼むから泥棒に
ならないでおくれ

お前はガチョウのローストを
食べる必要はない
ねずみで我慢しなさい

原曲版のキツネは可愛い子ぎつねではなく、猟師が獲ったガチョウを横取りしたずるいキツネであり、そのキツネに対して猟師が「返さないと鉄砲で撃ち殺すぞ」と脅している様を歌詞にしている。これだけでも十分物騒だが、「お前はガチョウのローストを食べる必要はない、ねずみで我慢しなさい」と、まるで身の程をわきまえろと言っているような最後の一節が強く印象に残る。

 

さて、今回のアニメ本編でシャルロッテとジゼルが歌う童謡に「こぎつね」が採用されたのは決して偶然とか何となくでチョイスされたとはとても思えない。歌詞はフランス語で歌われていたが、時系列的に考えて恐らく原曲版を二人は歌っていただろう。

原曲「こぎつね」は身の程をわきまえず人間の食糧を横取りしたキツネを歌ったものだ。これは今回の事件の様相を暗示しているように見える。怪物のくせに身の程もわきまえず人権・市民権を得た吸血鬼は、童謡「こぎつね」のキツネのように撃ち殺されて死ぬべき存在だと。

 

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© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

そしてそれを示すかの如くハンナ・ゴダールは杭を打たれて殺された。母親の悲劇的な運命を暗示する歌を何も知らず歌っていたのは皮肉にもその娘だったというのだから、これもある種(ブラックユーモアとしての)笑劇なのかもしれない。

 

こぎつね 歌詞の意味 原曲 ドイツを参照。

 

さいごに

これで今回の感想・解説は以上となる。実は原作既読者として語りたいテーマがあったのだが、童謡「こぎつね」を調べたら私も想像していないレベルで本編に関わる要素を見つけてしまったので、予定していたテーマについてはまた次回語らせていただく。

それにしてもこのアニメの制作陣のセンスはホント素晴らしいね。別に子供が歌う歌なんて何でも良いのに、その歌にまで含みを持たせるなんてゾッとするくらい気が利いているよ。前回の猫の下りも流石やな~とは思っていたけど、今回で完全にこの制作陣の力量を信用しても良いと思うくらい、評価が私の中でうなぎ上りになっている。

 

あ、そうだ。原作未読者のために一言いっておくと、今回鴉夜が現場検証をして見つけた七つの疑問点、五つ目までは内部犯の可能性を示唆する程度でさほど重要ではないけど、実は六つ目以降が事件を解明する上で非常に重要になってくるので、余裕がある方は是非考えてみてはいかがだろうか。ただ、今回の情報だけでは犯人を特定出来ないのでそこは次回をお楽しみに。