タリホーです。

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ドラマ備忘録:「信長のシェフ」 ~原作との違いや発見などを語る~

信長のシェフ 1巻 (芳文社コミックス)

10年前は過去に放送されていたドラマの配信など一部有料サイトを除いてほとんどなく、改めてドラマを再見して振り返るという機会はほとんどなかったが、ここ数年でネット上での無料の見逃し配信や再配信の普及によって、昔見ていた懐かしのドラマを振り返ることが気軽に出来るようになった。ということで、今回は私が高校生の頃放送していたドラマ信長のシェフについて語りたい。

 

このドラマを取り上げようとした理由は、このドラマのおかげで高校の日本史の期末テストで高得点をとれたからであり、そういう思い出も込みで私の記憶に強く残っていたからだ。

一応言っておくと私は歴史モノは比較的興味がない人間であり(にもかかわらず大学では日本史学を専攻していたけど)、興味があったのは文化史とか民俗学といった方面で卒業論文も古代の葬制について書いた。人物史や政治史といったジャンルは、元々顔がよくわからない人の名前や年号を覚える必要があるし、特に武士が活躍した時代は名前の一部を受け継ぐ伝統があったせいで似たような名前の人物が沢山いて、人間関係も入り組んでいたりと複雑なばかりで面白みが感じられなかったんだよね。

だから大河ドラマとかも敬遠しちゃうタイプで、人物が多いと頭に入って来ないというか、狭い人間関係で展開される物語の方が私の好みなのだ。本来ならこの「信長のシェフ」も歴史モノとしてスルーしていたはずだったが、ちょうどこのドラマが放送されていた時間帯が深夜枠で、関西圏ではこのドラマの前に探偵ナイトスクープが放送されていたのだ。最近はつまらないから見なくなったが、当時探偵ナイトスクープを毎週見ていた私はそのまま惰性で「信長のシェフ」を視聴し、その結果ドラマにハマってしまったという訳だ。

 

物語は平成の料理人・ケンが戦国時代にタイムスリップ、記憶喪失の状態で織田信長の料理人として召し抱えられるというのが大まかなあらすじで、料理人としての知識や技術を駆使して様々な難題・窮地に挑んでいくのが本作最大の見所となる。ある意味こういうタイムスリップ系の物語は近年ライトノベルや漫画などで散見される異世界転生モノの先駆けと言える存在で、職種・時代は違うが「JIN-仁-」も該当作品として挙げられるだろう。

「戦国時代×料理」という風変わりな歴史モノではあるが、単なるエンタメ作品ではなく、戦国期の食糧事情や食文化なども描かれており、文化史に興味のある私がハマったのにはこういった描写が丁寧に描かれていることが一番の理由だったと思う。人物描写や戦の流れも当然大切だが、私は誰と誰がいがみ合って戦をやっているのかという点にはあまり関心がなく、やはり知的好奇心をくすぐる文化的要素が根底にないと歴史モノは視聴する気にならないのだ。

 

ドラマは深夜枠に放送されたシーズン1と、シーズン1の評判を受けてゴールデンタイムに放送されたシーズン2があるが、正直シーズン2はどういう内容だったかあまり記憶に残ってない。これに関してはおいおい詳しく語っていくが、ファーストインパクトが強かったシーズン1と比べるとシーズン2は内容的に失速した感が否めず、山場というか印象に残る場面がなかった気がする。シーズン2で何故か辛うじて覚えているのは高嶋政伸さん演じる武田信玄が言った「勝頼、失望させてくれるな!」という台詞くらいで、肝心の物語が思い出せないのだ。

そこで、記憶をよみがえらせるために原作漫画を読んでみたのだが、ここからは原作の情報もふまえてシーズン1・シーズン2の内容を振り返りたいと思う。当然ながらネタバレありなのでそこは容赦願いたい。

 

原作のケンと夏の関係は遠距離恋愛

原作を読んでわかったことだが、ドラマの夏は鍛冶職人でありながらケンの料理の手伝い役として常に側にいる存在だったのに対し、原作の夏は反対に鍛冶職人としての役割に徹しており、ケンの側にいるのは同じ料理番である三人の男性だった。そういうこともあって原作のケンと夏の関係は遠距離恋愛に近い。この遠距離恋愛的関係は原作だと武田信玄のエピソードでより明確に描かれることになるが、ドラマでは瑤子が早々にケンと接触していることや、夏がケンの側に常にいることもあって、原作のような遠距離恋愛とは違う関係性になっている気がした。

別にこれは改悪ではない。ドラマ化に即してレギュラーメンバーを決めておき、夏をケンの助手兼想い人の役割にするのは(大河ドラマならともかく)深夜ドラマとしては至極合理的だと思う。ケン役を原作のイメージと違うジャニーズの玉森さんにしたのも、ある意味作品世界に視聴者がとっつきやすい空気感にするためのキャスティングだと評価したい。というのも、原作のケンは比較的感情が表に出ないタイプで、漫画ならともかくドラマの場合視聴者が感情移入しにくいきらいがある。だから原作通りのケンではなく戦国の世に翻弄されながらも必死に機転をきかせて生き抜くケンを普段アイドルとして活動している人に演じさせることで、原作のケンの内にある感情を豊かに表現しようとしたのではないか…と勝手ながら推測した次第だ。

 

ところで、ドラマで毎回ケンが決め台詞として言っている「いざ参らん、戦国のキュイジーヌ!」は当然ながらドラマオリジナルの台詞。ドラマをリアルタイムで視聴していた当時は主人公の名前がケンということもあって、「キュイジーヌ」をずっと「給仕犬(きゅうじいぬ)」と勘違いしており、料理人なのに給仕?と一人で頭を悩ませていた。

 

血腥い面も描いた原作の「姉川の戦い

シーズン1は原作の1~6巻のエピソードを映像化しており、一部エピソードや登場人物がカットされている。とはいえ内容は大よそ原作通りで特にシーズン1で印象に残ったのは6話の姉川の戦いだ。義兄弟同士の戦という両者の心のすれ違いが招いた戦争を描いたエピソードだが、個人的には戦場で焼肉の匂いを敵方(浅井・朝倉軍)に送ることで興奮状態の軍を弱体化させるという信長の奇策に感銘したというか、「料理をこういう方面に用いるのか!」と感心させられた。

ドラマは信長の奇策をメインに物語は描かれていたが、原作では戦の血腥さも容赦なく描いている。信長の首をとるために死んだ仲間の武将の首を切り落とし、織田軍の武士のふりをしながら首実検として相手の陣地に乗り込んだ武将が原作では描かれているが、実はこの出来事がドラマの4話で登場した相島一之さん演じる新吾と関係しており、生と死の対比として印象的な場面だった。

ドラマは尺の都合や内容のグロさから恐らくカットされた部分だが、これは姉川のエピソードだけでなくドラマ全体にも言える話で、大河ドラマのように長大な物語として前後の繋がりを意識した原作の物語を、ドラマは原作の要点を押さえてコンパクトに仕立て上げている。そういうこともあって、原作に比べると各エピソード・登場人物の繋がりがやや弱まっている所はあるものの、主人公ケンの機転や料理の腕にスポットライトがしっかり当たっており、散漫になっていないという点でドラマの見せ方としては最適だったのではないだろうか。

 

ドラマではゲストキャラ止まりのあの人が大活躍

6話と言えばゲストキャラに千宗易こと千利休が登場したが、原作では様々な場面で登場し活躍する重要人物で、ドラマの好々爺的な利休と違いストイックで厳しさが感じられる人物として描かれている。

ドラマでは森可成の死を看取ったのはケンと夏だったが、原作ではこの千が夏に代わり看取る役割を果たしているし、宗教者でありながら時の権力者である信長に楯突く石山本願寺顕如にも臆さず批判的な言葉を投げかけていた。

 

キャラ設定と言えば信長の家臣・明智光秀も原作とドラマでは大きく異なっている。原作の光秀はあくまでも織田家の家臣の一人という立場でそこまでクセのある人物ではないのだが、ドラマは稲垣吾郎さんが演じたことや、後に本能寺の変で信長を殺す人物という情報もあいまってか、当初からタイムスリップで戦国時代に来たというケンの来歴に関心を示し、信長に重用されるケンを快く思っていない人物として描かれている。そういう訳で原作と比べると一癖ある光秀になっているが、このキャラ改変もドラマならではの理由あってのことだろう。

ドラマは基本1シーズンで一旦完結する必要があり、本作でも黄泉の祠という原作にはない設定を追加してケンが現代に戻れるチャンスを与えている。となるとタイムスリップのことをある程度理解する存在が必要な訳であって、明智光秀にその役割を振ったのは実に自然な改変だったと思う。秀吉や他の武将はケンを現代に戻す方向に誘導する人物としてはちょっと適さないというか、ケンを現代に戻して利がある人物じゃないと改変として通用しないからね。

 

原作の顕如はあの俳優にそっくり!?

これは完全に余談というかファンの贔屓目と思われるかもしれない話だが、原作の顕如サントリー THE STRONG のCMの間宮祥太朗さんにめちゃくちゃソックリなのだ。

画像

(画像はコミックトレイル公式Twitter からの引用。顕如は下段左)

 

 

www.youtube.com

比較として原作とCMメイキング動画を挙げておくが、この眉の凛々しさと整った面立ちは客観的に見ても似ていると言って良いのではないだろうか?ドラマは市川猿之助さんが顕如を演じたが、間宮さんがあと10年ほど早く生まれていたらもしかするとキャスティングされていたのでは…と思わずにはいられない。

 

シーズン2失速の理由

シーズン1は現在TVer で配信されているがシーズン2は配信されていないので、記憶を呼び覚ますために原作の7~12巻まで読み進めた。それでシーズン2のドラマの内容も大体は思い出すことは出来たが、記事の冒頭でも言った通りシーズン2で失速したのは物語そのものがシーズン1と比べて地味だからである。

Wikipedia ではゴールデンタイムに進出したことで裏番組に視聴者を持っていかれ、それが原因で視聴率低下に繋がったと記されているしその影響も確かにあると言えるだろうが、シーズン1は信長との出会い・将軍と「照り焼き」・姉川の奇策・御前試合でのケンの機転等々、要所要所に見所というかアッと言わせる展開やアイデアが盛り込まれていたのに対し、シーズン2は1と比べるとケンの料理人としての機転があまり発揮される内容ではなかった。

 

シーズン2と言えばやはり武田信玄とのエピソードが核となるが、このエピソードでケンが作った料理は、機転というよりは命を賭けた覚悟・誠実さで窮地を脱したというのが正直な所で、アイデア・奇策で難を乗り切ったシーズン1と比べると華がないと感じてしまうのは否めない。とはいえつまらないという訳ではなく、ある意味人間ドラマとして舵を切ったというか、革新的な信長と対極に位置する信玄の保守的な人物像が描かれたり、ケンの料理が結果的に信玄の上洛を鼓舞し、圧倒的な父の威光に気圧されて次期当主として自信をなくしていた勝頼を覚醒させるといった効果をあげているので、そういう点では実に上質な物語と言えるだろう。

 

ただ、やはりシーズン1でケンの手の内をある程度知っている身としては、このシーズン2で放送されたエピソードは正直ゴールデンタイム向けとは思えないし、視聴率が良かったからと言って調子に乗らず引き続き深夜枠でやっていたら、もしかしたら息の長いシリーズとして続いていたかもしれないと少し残念に思う。

エピソードの選択にしても、ドラマは浅井・朝倉氏との決着を最終エピソードに持ってきているが、個人的には原作10巻の改元に至る山科言継とのエピソードの方が映像面として、そして過去のゲストキャラの再登場という点でも相応しかったのではないかと思ってしまう。

 

 

以上が原作をふまえてのドラマの備忘録となる。原作は現在も連載中の作品なので引き続き12巻以降の内容を追っていく予定だ。流石にもうドラマの続編はキャストの年齢も込みで無理だし森蘭丸役の永瀬廉さんなんか今や立派な大人になってしかも他局で信長のクローン役を演じたからね!)、時代劇自体もう最近の民放の連続ドラマでやらなくなって久しいので、続編の映像化ではなく原作の展開とジェネリック間宮としての顕如を楽しみに物語を追っていく。