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名探偵ポワロ「エンドハウスの怪事件」視聴

名探偵ポワロ 全巻DVD-SET

今回はドラマシリーズ初の長編作。

 

「エンドハウスの怪事件」(『邪悪の家』)

邪悪の家 (クリスティー文庫)エンド・ハウスの怪事件 (創元推理文庫 105-24)

原作の邦題は早川書房版では『邪悪の家』創元推理文庫版はドラマと同じ『エンド・ハウスの怪事件』として発売されている。早川版の邦題は作中でポワロがエンドハウスのことを「邪悪の家」と呼ぶ場面からとったものだが、原題「Peril at End House(エンドハウスの危難)」と比べると、物語の内容に即したタイトルとは言い難く、一族内で起こる連続殺人事件モノという誤解を与えかねない。

本作は『邪悪の家』というタイトルから連想されるような閉鎖性やおどろおどろしい雰囲気はなく、イギリス南部海岸を舞台とした比較的開放的なリゾート地で起こる事件。その地に居を構える女性が何者かに何度も命を狙われ、ポワロの面前で4度目の襲撃が起こる。休暇中だったポワロはヘイスティングスと共に襲撃者を突き止める…という話。

原作が発表された1932年はクリスティが考古学者マックス・マローワンと再婚してから2年ほど経過した頃。26年の失踪事件や母親の死、28年のアーチボルドとの離婚といった不幸事からようやく立ち直った時期で、作品の質もこの時期から少しづつ高まっていく。本作はまだ発展途上期のため駄作でもなければ傑作でもない、ミステリとして丁度良い驚きと伏線が配置された良作となっている。

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

 

個人的注目ポイント

・「無人島にね」

消息不明のマイケル・シートンについて、ヘイスティングスは「太平洋の小島に不時着しているかもしれない」と言い、ポワロは「無人島にね」と返す。ボーイを呼んでいるのになかなか来ないため、イラついていたが故の応答だ。

実は日本語吹き替えでの「無人島にね」という返しはかなり穏当な形で改変されたもので、原語だと「Cannibals (人食い人種)」と言っている。この返しは原作とほぼ同じだが、ドラマと原作ではニュアンスが若干異なる。

「(前略)みんな希望を捨ててはいないぞ。太平洋の信託統治諸島のどこかに不時着しているかもしれないし」

ソロモン諸島には、いまだに人食い人種がいるんじゃないか?」ポアロは冗談めかして言った。

早川書房版から引用)

あくまでも原作はジョークとしての返しで、別段イラついていた訳ではなかったのだ。

 

・ニックというニックネーム

劇中でも述べられているが、ニックは祖父が悪魔(オールド・ニック)と呼ばれていたため、対比的な意味合いも込めてヤング・ニックと呼ばれていた。ちなみにニック(Nick)という単語そのものに悪魔の意味はない。本名のマグダラは「マグダラのマリア」でお馴染みイスラエルの都市名であるが、聖女にちなんだ名前が一族に何人もいることが、一族に連綿と受け継がれる悪魔的性格の糊塗みたいに思えるのは考え過ぎか?

 

・降霊術師、レモン

原作には登場しないが、今回ミス・レモンもセント・ルーに赴きポワロたちの調査に協力している。特に終盤の見せ場である降霊術の場面は原作だとヘイスティングスがやらされる羽目になっていたが、ドラマではより役柄として相応しげなレモンがそれを担っている。原作の、目を閉じいびきに近い呼吸音を立てていただけのヘイスティングスとは違って、ドラマのレモンは霊に対する問いかけをしており、なかなか堂に入っている。

 

・国内のあの名作に影響を与えたのか?

何度も命を狙われながらも危機を逃れている女性。そんな女性が登場するミステリ作品といえば、国内に超有名な作品がある。野々宮珠世が登場する横溝正史犬神家の一族だ。『犬神家の一族』は1950年に発表された作品だから、当然クリスティの方が元祖なのだが、「珠世の度重なる奇禍」の元ネタが本作だったかどうかは不明。ただ、加害者が被害者を装い殺人事件の容疑者から逃れるという、本作の要となるトリックに触れて珠世も容疑者として外せないことを作中で金田一に語らせていることから察するに、横溝先生は『邪悪の家』以上のトリックと意外な犯人を演出しようとしていたことは間違いなさそうだ。