タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

名探偵ポワロ「24羽の黒つぐみ」視聴

名探偵ポワロ 全巻DVD-SET

子供の頃に比べると苦みに対しては強くなったと思うが(コーヒーも昔に比べて飲めるようになった)、生のトマトの味だけは一向に慣れないタリホーです。

 

「24羽の黒つぐみ」(「二十四羽の黒つぐみ」)

クリスマス・プディングの冒険 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

原作は『クリスマス・プディングの冒険』所収の「二十四羽の黒つぐみ」。『クリスマス・プディングの冒険』はクリスティが「クリスマスのご馳走の本」と称した短編集で、本作はデザートに相当する(メインは表題作と「スペイン櫃の秘密」)。

タイトルの二十四羽の黒つぐみは6ペンスの唄の一節。これはミス・マープルが登場する『ポケットにライ麦を』でも引用された有名なマザー・グースだ。

6ペンスの唄を歌おう
ポケットにはライ麦がいっぱい
24羽の黒ツグミ
パイの中で焼き込められた

Wikipedia からの引用)

本作では黒いちごが、パイの中で焼き込められた黒つぐみに相当する。そしてこれが事件の重要なカギとなったのだ。

物語は普段レストランで食事をとる老人が急にいつもと違うメニューを注文するところから始まる。霜月蒼氏の『アガサ・クリスティー完全攻略』では本作を「『日常の謎』のはしりのような魅力がある。」と評価している。厳密に言うと本作は犯罪が絡むため「日常の謎」形式のミステリではないが、何気ないところから犯罪を暴き立てる手腕は「料理人の失踪」でもあった。ただ、「料理人の失踪」と違って心理的に興味深い謎だったため、ポワロは誰にも依頼されていないのに調査をする。

過去にNHKでアニメ化された本作だが、ドラマの方は50分の尺をもたせるために色々と改変を施している。今回はその点について言及していこう。

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

 

個人的注目ポイント

・貧乏画家から有名画家へ

原作ではヘンリー・ガスコイン貧乏で風変わりな老人画家として描かれていたが、ドラマではそれなりに有名な画家という設定に変更されている。これは、原作通りにやると50分ももたないため、有名画家にすることで別の動機――絵画を狙った犯行の可能性を浮上させ、ガスコインのモデルやエージェントに容疑を向けさせている。あくまで尺稼ぎとしての追加設定なので、特別うまい改変ということもないが、改悪という程でもない。

 

・医師から劇場支配人へ

設定が変わったのはガスコインだけでなく、甥のジョージ・ロリマーも同様。原作では医師だったが、ドラマでは劇場支配人に改変されており、その役職が本作のトリックと結びついていることになっている。そして、余ってしまった医師という役職は、原作で職業不明だったポワロの友人のボニントンに割り振られている。

 

・ポワロ、習わぬクリケットを語る

本筋の事件とは別に並行して描かれたのはヘイスティングスとポワロのクリケットの下り。クリケットについては詳しくないので、Wikipedia の記事を貼って割愛させていただく。

ja.wikipedia.org

最後にポワロが「門前の小僧習わぬ経を読む」よろしく、クリケットの試合について語り、ヘイスティングスジャップ警部、ボニントン氏がそれを見て思わず笑みをこぼすという微笑ましいシーンで締めくくられる。

名探偵ポワロ」シリーズでは、こういったポワロの微笑ましい一面もドラマの魅力となっている。

 

・「ビーフステーキ」と「キドニー・プディング」ではない

原作とドラマでは偽のガスコインが「トマトのポタージュ」「ビーフステーキ」「キドニー・プディング」「黒いちごのタルト」の計4品を注文したことになっているが、正しくは3品なのだ。

「え、どういうこと?」と思うかもしれないが、これはイギリス料理を知らない人が失敗しやすい翻訳ミスで、それが「ビーフステーキ」と「キドニー・プディング」の部分。

この部分は原語だと「steak and kidney pudding」と書かれているが、これは牛の肉や腎臓を煮たものをパイ生地で包み焼きしたイギリスの伝統料理で、ステーキとプディングが別個になっている訳ではないのだ。

en.wikipedia.org

 

・変装を出発点としたドラマ版

さて、本作は被害者の胃の中の消化物という動かせない事実を軸に利用して、手紙と変装でアリバイ工作を行ったというのがポイントだが、ドラマでは犯人が劇場支配人であり、常日頃目にしている変装劇から計画をたてていったような描かれ方をしている。

原作では医師という役職だから胃の中の消化物を軸にしたアリバイトリックを思いついたことも腑に落ちるし、ガスコインが貧乏画家だったことが隠れ蓑となって殺害動機が見えにくくなっているのが巧いと思ったのだが、ドラマは出発点を変装に置いてしまったせいで色々不自然に感じてしまう。

私みたいなミステリマニアならば胃の中の消化物が死亡推定時刻につながることはわかるけど、劇場支配人にそんな知識があるとは思えないし(医者に通っていたらさりげなく聞き出せることも出来るかもしれないが…)、あったとしても確実性に欠けると思うのだ。

それに、ガスコインが有名な画家に改変されているのも問題があって、貧乏画家ならば人が数日寄り付かないという状況にも納得がいくのだが、有名な画家で3日以上も人が来ない状況ってあるのだろうか?と思ってしまう。有名な画家ならば人もそれだけ自宅兼アトリエに来る頻度が高いと思うし、もし発見が早まっていれば、そもそもアリバイトリックが成立しなくなるからだ。

(しかも、「殺しても金銭的利益がない」という原作の隠れ蓑が通用しないのだからこれは痛い)

いや、わからないよ、有名画家が3日の間にどれだけ人と出会うかとかその手の職業に就いたことないからね。でも、やはり説得力の点では原作に負けるな、と感じたのだ。

 

 

次週は「4階の部屋」。あ~、これ原作未読でしたわ…。