タリホーです。

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仲直りの一大トリック、啄木鳥探偵處 第七首「紳士盗賊」視聴

啄木鳥探偵處 (創元推理文庫)

私の中で怪盗ものと言えばアルセーヌ・ルパンよりもニック・ヴェルヴェットとかS79号の方なんだよね。う~む、マニアック。

 

(以下、アニメのネタバレあり)

 

「紳士盗賊」

今回はアニメオリジナル回。新聞記者になりすまし会社から大金を盗んだ紳士盗賊と行方知れずになった大金五千円の行方を追う物語だが、一捻り加えた趣向が本作のキモとなった。

 

「紳士盗賊」というワードは江戸川乱歩の作品「黄金仮面」で用いられており、アルセーヌ・ルパンのことを「フランスの紳士盗賊、一代の侠盗」と記している。

黄金仮面

紳士盗賊というからには、盗んだ金を貧しい人々のために分け与えるつもりだったのだろうが、今回の話では紳士盗賊が盗んだ金をどうするつもりだったかまでは描かれていない。あくまでも金を盗んだ手口の鮮やかさと鉱毒事件・疑獄事件に伴った大企業に対する人々の不信感がこの度の盗賊を義賊たらしめているに過ぎない、というのが私の印象だ。

乱歩ネタはこれだけではない。紳士盗賊逮捕の決め手となった「FIGARO」という銘柄のタバコは、エジプトのキリアジ社の葉巻タバコで、探偵・明智小五郎が好んで吸ったタバコ。これも、乱歩作品ネタのオマージュの一つとして数えられる。

 

当時の五千円を現在の貨幣価値に置き換えるのは難しいが、明治27年頃の公務員の初任給が五十円だったことから推察するに、現在の貨幣価値に置き換えると数千万円レベルの大金であったことは間違いないだろう。

manabow.com

 

行方知れずの大金と同様に、前々回でこじれてしまった啄木と京助の関係が引き続き描かれているが、今回はこじれの原因となった女郎・おえんの身請け話に京助が怒った点を芥川龍之介「同病相憐れむ」と評し「金田一さんは我知らずご自分の気持ちを重ねている」と推測した。

「同病相憐れむ」とは「同じ病気や悩み苦しみを持つ者は、互いの辛さがわかるので助け合い同情するものだ」ということを指したことわざだが、前々回の感想記事ではそういった視点での考察はしていなかった。

tariho10281.hatenablog.com

そのため、芥川の評がイマイチどういうことを言っているのかピンとこなかったが、改めて考えてみると、これは「男女関係のこじらせ」を指していたのではないだろうか?

 

京助と女郎のおえんは、職業こそ違え、こじらせの原因は社会的地位にある。社会的地位が恋路の邪魔をするのはよくある話だが、自分と違って啄木は社会的地位に縛られない歌人という立場であり、それがおえんに対する同情と啄木への糾弾につながったのではないかと思っている。

要は「僕と違って融通のきく立場にいるのに、おえんを袖にして身請けの仲介をして金を得るとは何事か!」というのが京助の思いであり、無意識に自分の価値観を投影して啄木を糾弾したのではないだろうか。

 

こういった推測を聞いた啄木が仲直りの切っ掛けとして利用したのが、例の行方知れずとなった五千円。

既にアニメを見た方ならばご承知の通り、啄木が京助に渡したタバコの釣り銭の二銭銅貨から五千円(小道具の偽札)発見の流れは全て啄木のお膳立てによるもの。冷静に考えれば、行き違いで暗号が京助の手に渡るなど偶然にしては出来過ぎているのだが、明治という時代にはそういった出来事が起こり得る空気というかロマンが今以上にあったはずだし、宝探しは少年心をくすぐるものがあるからね。

 

平井少年が啄木の計画に加担していたかどうか、劇中では明言されていなかったものの、暗号を見て「僕ならもう少し手の込んだ暗号にするけどなぁ」と言っていたことから考えると、平井少年が啄木に抱き込まれていた可能性は低い

加担していたとしたら暗号を複雑なものにしただろうし、京助が暗号のことを尋ねてきた際、京助自身に解かせるよう促したのではないかと思う(自分で自分の暗号を解くなんてそんなバカげた無粋な行為はミステリ好きならばしない…はず)。

二銭銅貨の中に暗号が隠されていたから、二文字とばしで読めば読める、というのは些か飛躍した推理ではあるが、基本的に暗号といえばせいぜい五十音・アルファベット・モールス信号に置き換えるか、文字をとばして読む、といったものが相場なので、まぁ目くじらを立てることではない。そもそも暗号はカタカナで記されていたのだから、別の言語に置き換えた可能性は低いしね。

 

平井少年が啄木に抱き込まれていなかったと考える理由はもう一つあって、それは今回の啄木の計画が乱歩の「二銭銅貨」のプロットとほとんど同じという点。もし啄木の計画を知っていたのならば、その計画をコピーしたようなプロットを作品として公表するのは作家としてどうかと思うし、「小説の参考」というのは一部の利用であってプロットの丸写しではない。それは最早「参考」の域から出ていることになるのだから、私は平井少年の言を信用し、「二銭銅貨」のプロットと今回の物語との一致は虚構が真実を射抜くという脚本の趣向であったと考えている。

 

という訳で、今回はアニメオリジナル回と前述したが、実質二銭銅貨」のオマージュ回。通常なら面白かったと素直に喜ぶべき所だが、「高塔奇譚」「忍冬」の改悪のせいで素直に喜べないんだよな~。その熱量をもうちょっと原作の方に注げなかったのですかね~、出来たはずなんですがね~。

 

ところで、啄木は小道具の偽札の注文資金として五百円を費やした。ミルクホールでその情報が明かされた時点では、啄木が紳士盗賊の隠し金を見つけて報酬をもらい、その金をこの酔狂に利用したのでは…?という風に見せかけているが、この後の京助との会話を聞く限り、五百円の出どころは身請け仲介の礼金だろう。本当に紳士盗賊の金を見つけて報酬をもらっていたら新聞沙汰になっていたはずだからね(新聞社に勤めていたから、公にしないよう頼むことも出来たかもしれないが)。

ここで身請け仲介の礼金が用いられたのは当然京助と仲直りするため。己の私利私欲のために身請け仲介をしたと京助が思っている以上、金は自分のためには使えない。ならば京助のために使おう。しかし、そのまま京助に渡すのも芸がないので、世間を騒がせている紳士盗賊を利用してサプライズを送ろうとしたのではないだろうか。

おえんが幸せに暮らしていることを語ったのはダメ押しだろうが、結果的に京助のわだかまりは解消され、関係も修復した。

 

が、啄木は既に例の病気に罹っていた。皮肉にも関係が修復したここから、啄木と京助の別れのカウントダウンが始まる。

 

蛇足

・今回引用された啄木の句は「いつしかに 情をいつはること知りぬ 髭を立てしもその頃なりけむ」。教科書に載っている啄木の写真に髭は映っていないが、この句を詠んでいる以上、髭を生やした時期があったのは明らか。この句は1909年の1月に生まれたようなので、1908年以前の時期に髭を生やしていたのだろう。

啄木は他にも「わが髭の 下向く癖がいきどほろし このごろ憎き男に似たれば」という句を詠んでいる。髭の向く癖が憎いと思っている男の髭の癖と似ていてイライラすることを詠んでいるが、イライラの中にもユーモアが感じられる句で私は好きだな。

 

・今回も大企業の不祥事を殺人事件によって明るみにする「告発者X」の存在が語られていたが、これが最終回での「告発者X」との対決につながるのだろうか…。