タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

『世界推理短編傑作集』を読む(その2)

先月読了した1巻からの続き感想。行ってみよ~。

tariho10281.hatenablog.com

 

ざっくり感想(2巻)

世界推理短編傑作集2【新版】 (創元推理文庫)

・ロバート・バー「放心家組合」

ユウゼーヌ・ヴァルモンを主人公とする『ウジェーヌ・ヴァルモンの勝利』に収録されたうちの一作らしいが、本作以外の作品はまだ読んだことがない。

シャーロック・ホームズを生み出したコナン・ドイルとの親交があったということもあり、本作もややホームズ譚の「アレ」の影響を受けている感じがする。が、こちらは“奇妙な味”と呼ばれるジャンルの初期短編ということもあり、結末は(今では大したことがないものの)捻くれたものになっている。最初は銀貨の贋造という詐欺事件を追っていたのに別の詐欺事件に移行している部分も捻くれていると言えるだろう。初読時はこの捻くれ具合がイマイチ好きになれず記憶に残らなかったが、再読してみてまぁまぁ面白く読めたと思う。

奇妙な味 - Wikipedia

“奇妙な味”とよく言うが、このジャンルの定義って正直難しい。スッキリ解決するような話はまず該当しないが、かといってモヤモヤしたものを残す話全てが“奇妙な味”になるかというとそうでもない。人によって意見が分かれる作品もあると思うのだけど、米澤穂信儚い羊たちの祝宴は間違いなく“奇妙な味”の短編集だと思う。

それにしても、夏目漱石が「吾輩は猫である」で本作について言及していたとは。ミステリの好事家でないと、こんな情報一生入ってこないわ。

 

・バルドゥイン・グロラー「奇妙な跡」

探偵ダゴベルトを主人公とした一作で、ヴァン・ダインのアンソロジーにも収録された作品。森林管理人の殺人を描いた掌編(わずか10頁ちょっと!)で、犯人像が強烈な点が本作の見所と言えるだろうか。

掌編なので犯人が見え見えなのは仕方ないとして、探偵が真相を述べる段階で現場に残った手がかりについてベラベラと言及するのはアンフェアでしょ(犯人当てとして書いてないから別にいいけどさ…)。

解説で某ミステリ作家の長編が本作にインスパイアされたのではないかと述べていたが、多分「アレ」だな…(読んだことあるやつ)。

 

・G・K・チェスタトン「奇妙な足音」

個人的に海外ミステリ作家の中でも読みにくい文の印象が強いのがこのチェスタトン(クリスチアナ・ブランドもまぁまぁ読みにくい)。まだブラウン神父とかは読みやすい方に入るのだけど、『詩人と狂人たち』は苦行だったな~と今でも思う。

本作は『ブラウン神父の童心』にも収録されている。ヴァーノン・ホテルで年に一度行われる「真正十二漁師クラブ」の晩餐会で起こった奇妙な事件。初読時は漁師さんの集まりだと思っていたけどよく読んだら全然違ったわww。タイトル通り一人の人物が何故二種類の奇妙な調子の足音をたてているかが謎になるが、序盤でヒントが大胆な形で提示されているのがニクい。

 

モーリス・ルブラン「赤い絹の肩かけ」

有名な怪盗で名探偵としての才もあるアルセーヌ・ルパン(作中では「リュパン」表記)シリーズの一作。ルパンものは全然読めていなくて本作しか読んでいないが、評判を聞くと他にもよく出来た作品があるらしいので、積読を消化させてから挑もうと思っている。

本作は川に捨てられた物品からルパンがシャーロック・ホームズばりの推理をする場面も凄いが、警部を呼び出して推理を披露した理由が後の展開につながっているのも巧い。また、警部を呼び出す方法も読者を惹きつける演出が為されていて、初めから終わりまで飽きさせないストーリーテリングの妙が光る。

 

オースチン・フリーマン「オスカー・ブロズキー事件」

科学捜査を専門とするソーンダイク博士シリーズの一作。例によってこのシリーズも読んだのは本作のみ。

倒叙推理の先駆けともいえるシリーズで、初めに犯人と犯行の一部始終を明かし、その後に探偵の捜査によって犯人と読者が見逃していた「犯行のしくじり」が判明していくのが倒叙推理の面白い所と言えるだろう。

本作は倒叙推理ではあるが、「刑事コロンボ」「古畑任三郎」とは異なり心理的矛盾から犯人を辿っていくのではなく、科学捜査で犯人に近づいていく物語なので、どちらかというと科捜研の女のテイストに近い。そのため、犯人との駆け引きみたいな展開はないが、科学捜査で犯行の足跡がボロボロと露わになる展開で快感に近い感覚を得られた。

現代において「科学捜査で犯人を捕まえる」というのは当たり前だが、突発的かつ被害者と加害者につながりがない事件で科学捜査がいかに重要かということを示した、当時としては啓蒙的な作品であったに違いない。

 

・V・L・ホワイトチャーチ「ギルバート・マレル卿の絵」

菜食主義者で愛書家で撮り鉄の探偵という、中禅寺秋彦並みに設定を盛り込んだソープ・ヘイズルの探偵譚のうちの一つ。

絵画を載せていた貨物列車の貨車が盗まれる、とそれだけ聞くと不思議ではないが、絵画が載っていた貨車は端ではなく中央部に連結されており、その真ん中の貨車だけ盗まれるという謎が本作の魅力。初読時はヘイズルがこのトリックを見抜くとばかり思っていたが、トリックは実行者本人の口から語られる。そのため、本作におけるヘイズルは探偵というよりは交渉人の側面が強い。

本邦で鉄道モノのミステリと言えば大阪圭吉のとむらい機関車」「気狂い機関車」を思い出すが、一般的には時刻表トリックがメインで鉄道そのものをトリックに利用している作品は限られているような印象がある。生憎鉄道ミステリは詳しくないので何とも言えないが。

 

・アーネスト・ブラマ「ブルックベンド荘の悲劇」

盲人探偵のマックス・カラドスが登場するシリーズの一作。身体的ハンディキャップを抱えた探偵といえば、悲劇四部作でお馴染みのドルリー・レーン氏が有名だが、日本だと誰がいるだろうか。私が知っている中では天藤真『遠きに目ありて』に出て来る岩井信一少年くらいしか思いつかない。京極夏彦百鬼夜行シリーズに登場する榎木津礼次郎も閃光弾で目をやられているから勘定に入れても良かったかなとは思うが、それ以上のアドバンテージを取得しているので、やはり違うな。

本文の前の紹介文で安楽椅子探偵の極致」と記されているが、この作品は安楽椅子探偵ものでなく、カラドスは現場に赴いて調査をしている。代表作とはいえ、盲人としての利点が活かされた作品は他になかったのだろうか?と少々疑問に思うがそれはともかく。

本作はホリヤー大尉の依頼で、姉を殺そうとする姉の夫の計画を阻止するためにカラドスが調査に乗り出すというもの。以前読んだはずなのに内容を覚えていなかったが、それもそのはず。面白くなかったからである。「妻を殺そうとする夫」というありふれたネタに加えて、本作で使用されたトリックが陳腐で面白みに欠けるのだ。当時としては物珍しさがあったのかもしれないが、令和の読者にこれが傑作として通用するとは思えない。物語の普遍性という点ではこの先の世でも通用するのかもしれないが、ミステリとしては凡庸だろう。同じトリックを用いた作品で密室ものだった(一応伏せ字)『チベットから来た男』(伏せ字ここまで)の方がまだ面白かったし印象に残っている。

 

・M・D・ポースト「ズームドルフ事件」

カーの『三つの棺』の密室講義の章で作品名を挙げてネタバレ紹介されていたのがこの「ズームドルフ事件」。アブナー伯父シリーズもこれまた同様、本作しか読んでいないのだが、アメリカの開拓民がいる土地の空気感が感じられる点はイギリスのミステリとは一線を画した趣があって良い。

迷信を否定し合理的解決をもたらすのが推理小説の決まりだが、本作では合理的解決と迷信(神の御業)が両立した極めて珍しいケースと言えるだろう。

それにしても、昔は酒が人を悪い方向に向かわせるという論説がまかり通っていたけど、今は酒が人の悪い部分を明らかにしてしまうという論の方が説得力がある気がする。

 

・F・W・クロフツ「急行列車内の謎」

有栖川有栖の密室大図鑑』で紹介された、走行中の急行列車で起こった密室殺人事件。クロフツの代表作『樽』はアリバイ崩しものだが、密室ものは長編『二つの密室』と本作しかなかったはず。

日本の鉄道車両と勝手が違うためイメージしにくい部分はあるが、現在ではハリー・ポッターシリーズに出て来るホグワーツ急行とか、その他海外のドラマや映画(ミステリ作品だとクリスティの『パディントン発4時50分』など)でイギリスの鉄道車両の様子が映像化されているから、比較的昔よりも今の方が分かり易い作品かもしれない。

鉄道技師だったクロフツの知識が反映されているのが評価ポイントとはいえ、トリック解明部はやや専門的な部分に触れるので、肝心な場面がイメージしにくいのが玉に瑕(やっていることはわかるが画として具体的に想像しにくい感じ)。

 

 

以上、2巻はクロフツを除いた8作品がシリーズ探偵ものの一作から選ばれた。シリーズものは一作きりで探偵の魅力を理解するのは難しいので、最低限ソーンダイク博士とルパンとアブナー伯父のシリーズは履修しておきたい。