高層建築に昇って景色を眺めるなら、やはり夜に限る。高校の時、研修旅行で行った東京スカイツリーからの夜景が今の所自分の中のベスト。
(以下、アニメと原作のネタバレあり)
「高塔奇譚」
今回は原作の1話にあたる「高塔奇譚」。第3回創元推理短編賞受賞作で、選考委員の評によると、石川啄木を探偵役におきながらその個性が活かされていない不満点はあるものの、ミステリとしての仕掛けや文章運びが優れていると評価している。
事件の舞台となった浅草の凌雲閣は1890年に竣工された、当時日本で最も高い建築物として有名。しかし、関東大震災の影響を受け1923年に解体、僅か33年の栄華であった。何とも儚いものだが、そこも魅力に映る。
小説でも題材として取り入れられており、私が知っている所だと江戸川乱歩の「押絵と旅する男」や島田荘司の「舞踏病」(『御手洗潔のダンス』所収)で浅草凌雲閣が出て来る(島荘の方は凌雲閣はそんなに事件と絡まないのだがな)。
事件の方は明治期ということもあって、少々聞き慣れない職業や用語が出て来る。事件関係者の一人、澤山六郎は「エンコの六郎」と呼ばれているが、エンコは公苑を指すようだ。作中では職業的な意味で使われているが、具体的にどういった職業の人間なのか一応「公苑」「エンコ」の両方で調べてみたがわからなかった。書かれ方から推察するに浅草の場所代を取り締まるヤクザ者だと思うが…。
※公式がご親切にも用語解説をしてくださった。別に職業を意味する用語じゃないのね。
【用語解説處 其の四】
— アニメ「啄木鳥探偵處」公式 (@kitsutsuki_DO) 2020年5月5日
第四首ご視聴ありがとうございました。
「エンコの六郎さんと言えば浅草の顔で」という啄木のセリフから。
・・・エンコって何?
エンコ=浅草公園
公園を逆さにしてできた言葉。
明治のパイセンの方々にも、名詞を逆さにする風習はあったんですね!(・0・)#啄木鳥探偵處 pic.twitter.com/iYppTFmPtU
(2020.05.05追記)
そして、もう一つは幻燈。
これも今は映写機に取って代わられた道具で、画像を幕に投影する機械を指している。
今回の事件は凌雲閣に現れた幽霊とそれに絡んだ殺人事件の謎解き。
幽霊自体のトリックは大きなネタバレではないのでここで明かすが、幻燈が凌雲閣に現れた幽霊の正体であり、今で言うプロジェクションマッピングの手法で凌雲閣に姿を映していたのだ。
問題は「どうやって幽霊を凌雲閣に出現させたか」ではなく、「何故幽霊を凌雲閣に出現させたか」がポイント。ミステリ小説で動機を謎においたものをホワイダニットものと呼ぶが本作は正にホワイダニットとしてよく出来た作品だと言える。
(以下、事件のネタバレ)
アニメではぼかされてしまっているが、女性(山岡の恋人)は凌辱の末に殺害されている。それが山岡の怒りとなり、そして幽霊騒ぎを起こした動機となる喉元を確かめるために繋がるのだが、その辺りの事情をぼかしてしまったため、あれだけのことをする必然性が弱まってしまい、悪手になってしまった。
更に言えば、原作では偶然現れた幽霊と必然で現れた幽霊に言及しており、その「偶然現れた幽霊」の下りをカットしたのも不満が残る。この偶然現れた幽霊(=山岡が別の目的で凌雲閣に映したあるモノ)こそ、その後山岡が仕掛ける必然の幽霊を生み出す切っ掛けとなった事象であり、なお且つ犯人への怒りを増強させる要素になっているのだが、これをカットしてしまったため、前回のおたきと比べると山岡の動機はイマイチ感情移入しにくいものになってしまった。相思相愛の相手が非業の死を遂げた点は同情出来るが、アニメの情報だけではあれだけのことをやるに至ったプロセスがピンと来ないのだ。
そういうことで、今回はあんまり褒めた出来ではない。「魔窟の女」は2回に分けて放送された分、情緒的な面の細やかさが巧いと思ったが、今回は1回にまとめてしまった結果、改悪になってしまったと言わざるを得ない。「魔窟の女」をあれだけ巧く改変出来たのだから、今回の話も丁寧にやろうと思えば出来ると思っていたのだがな~。
蛇足
・「浅草の 凌雲閣の いただきに 腕組みし日の 長き日記かな」は「一握の砂」に収録された短歌。「長き日記」が前回・前々回で出て来たローマ字日記のことかどうかは不明(ローマ字日記に凌雲閣に昇った記述なし)。ただ、この歌が「一握の砂」初出の1910年に詠まれたことや、「腕組み」というワードが出て来ていることから、当時の困窮ぶりをローマ字日記に記していたことを詠んだのではないかと言われている。
歌人啄木も(当時)日本一の高層建築に昇ったからとて、気が紛れることはなかったに違いない。
・エンコはヤクザ用語で「指」を意味する。そして、反省・仲裁といった目的で指を切り落とす慣習を「指詰め」(エンコ詰め)と呼ぶ。
山岡とその恋人が小指につけた爪紅のおまじない。そのおまじないを非情にも破ったのはエンコの六郎だ。その六郎が最後に山岡に殺される結末は文字通り「エンコ詰め」だと言えるが、これは原作者も狙ってやった趣向だと思う。生憎鬼籍に入っているので聞けないのがもどかしいが。