タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

【4年ぶりの復活】秀逸なクリスティ・オマージュ!【アリバイ崩し承りますスペシャル】

どうも、タリホーです。

当ブログで4年前にレビューしたドラマ「アリバイ崩し承ります」のスペシャルドラマが先日放送されたけど、いや、正直続編が放送されるなんて期待していなかったからスペシャル番組として放送されると聞いて普通に嬉しかったわ。

 

tariho10281.hatenablog.com

以前のレビューはこちら(↑)にまとめているが、連ドラが放送された時点では原作エピソードのほぼ全てを映像化した状態だったし、続編をやるとなると原作者の大山誠一郎氏が新作を量産するのを待つしかなく、実現するとしても1エピソードの執筆にかかる時間から考えて最低でも5年以上はかかるんじゃないかと思っていたので、スペシャルドラマ放送決定の報は正に寝耳に水の嬉しい予想外だった。

しかも本シリーズは短編エピソードだから続編をやるにしても連ドラのシーズン2になると思っていたので、単発のスペシャルドラマ、それも2時間ドラマとして放送されたことも意外だったわ。

 

さて、今回の新作スペシャルだけど、もう既にドラマ本編を見た方ならご存じの通り、アガサ・クリスティの作品をオマージュしたエピソードなのでクリスティのファンとして若干のネタバレをしながら感想を語っていきたいと思う。

 

(以下、ドラマ本編とアガサ・クリスティ『エッジウェア卿の死』について一部ネタバレあり)

 

「時計屋探偵と一族のアリバイ」

時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2

今回映像化されたエピソードは原作『時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2』所収の「時計屋探偵と一族のアリバイ」。資産家の男性が自宅で刺殺され、その甥と姪たちが容疑者として浮上するものの、3人の甥と姪にはアリバイがあって…というのがざっくりとしたあらすじである。

あらすじだけを聞くといわゆる犯人当て(フーダニット)形式の内容だと思うが、すぐに犯人は一人にしぼられてその人物のアリバイ崩しを時乃は行うことに。しかし、そのアリバイ崩しがまさかの失敗!?という形で物語は意外な展開へ向かっていく。

 

このエピソードは2020年6月に『Webジェイ・ノベル』というサイトに初掲載され、私もその時に読んで内容やトリックは知っていたものの、何せ4年近く前に読んだ作品なのでほとんど覚えておらず、実質初見に近い新鮮な気分での視聴となった。

原作は短編のため結構アッサリと解決するのだが、ドラマはテレビ局の密着取材というオリジナルの展開が追加されたり、時乃の高校時代の先輩で現在は医学生として彼女の前に現れる葉加瀬裕次郎というオリジナルキャラを登場させることで尺をのばしている。とはいえ物語としては全然冗長になっていないし、今はすっかり廃れてしまった2時間サスペンスのようにお気軽に見られて、なおかつ本格推理が楽しめるという、なかなか優れた脚本になっていたと素直に評価したい。

 

『エッジウェア卿の死』

エッジウェア卿の死 (クリスティー文庫)

個人的に一番感心したのがドラマ本編でも登場したアガサ・クリスティの長編『エッジウェア卿の死』を絡めた物語の改変だ。

一応『エッジウェア卿の死』を読んだことがない人もいると思うのでこの小説について簡単に解説すると、本作は1933年に発表された作品で、ポアロシリーズとしては7作目の長編に相当する。この時期のクリスティは母親の死や最初の夫アーチボルド・クリスティとの離婚といったトラブルを乗り越え、考古学者であるマックス・マローワンと再婚して約3年経っていた。

私生活が安定したこともあってか、ミステリ作家として勢いづいてきたクリスティはこの翌年の1934年に歴史的名作『オリエント急行の殺人』を発表する。そんな時期に生まれた作品ということもあって、この『エッジウェア卿の死』もなかなかどうして良く出来た秀逸ミステリなのだ。勿論、世間の認知度から考えるとマイナー寄りだし、物語も『アクロイド殺し』や『ABC殺人事件』といった名作群と比べると派手さはないし意外性も正直弱いかな?と感じる所はあるが、クリスティのミスリードの巧みさが遺憾なく発揮された作品なので是非読んでもらいたい。

 

…え?「ドラマでトリックがネタバレされてたから正直読む必要がない」だと?

まぁ確かに〇〇トリックってネタバレはあったけど個人的にはあれはネタバレだけどネタバレじゃないんだよね。というのも『エッジウェア卿の死』は最初の殺人で事件概要がわかった段階で読者は「ああ、これって明らかに〇〇トリックじゃん!」って予想することを見越して作者であるクリスティが更に一段階上の騙しを仕掛けてくる作品なので、別に〇〇トリックだと事前に知っていても問題ないし、むしろその先入観があれば気持ちよく騙される体験が出来るんじゃないかな?

そうそう、Wikipedia ではこの『エッジウェア卿の死』のあらすじが真犯人とトリックを含めて全部ネタバレされているので、未読の方は要注意で!

 

さて、ドラマ本編に話を戻すと、今回のエピソードで用いられたトリックは確かに『エッジウェア卿の死』を彷彿とさせるものだったが、正直原作を読んだ段階ではこのトリックが『エッジウェア卿の死』と同等・同質のものだと気付かなかったので、今回のドラマでクリスティのこの作品を持ち出してきたことに関して、私はハッキリ言って脱帽したというか、脚本家の方がミステリ作品を映像化するにあたってちゃんと勉強しているということが伝わって本当に感心したわ。

 

いや~私もクリスティの作品は結構読み漁って来たから大抵ミステリ小説を読むと「あ、ここはクリスティの『〇〇』をオマージュしたな」という具合にオマージュ要素を見抜くスキルが身に着いているのだけど、今回のドラマを見たらまだまだそのスキルは磨く余地があるなと思ったし、日本のミステリドラマに携わる人の中にも志の高い人がいるとわかって何だか安心したよ。

 

オマージュは一作だけではない!

今回のスペシャルドラマが『エッジウェア卿の死』をリスペクトした作品だということは述べたが、実を言うと今回のドラマにおけるオマージュは『エッジウェア卿の死』だけではない。『エッジウェア卿の死』に加えてもう一作、クリスティの某有名作がオマージュされて今回の物語のトリックとして組み込まれているのだ。

しかし、その作品のタイトルを言ってしまうと間接的にその作品のトリックをネタバレすることになってしまうので、オブラートに包むような形でそのオマージュ要素について言及したい。

 

ミステリ作品において作者は様々なテクニックで読者をミスリードさせるが、そのミスリードの一つに動機のミスリードがある。犯人は自分が疑われないように特定の人物に疑いの目を向ける偽装工作をするというのがよく見られるパターンだが、その中でも自身の犯行動機をカモフラージュするために猟奇殺人鬼の仕業に見せかけたり、わざと連続殺人にして本当のターゲットをわからなくするといった手段が用いられる。今回のドラマでもそういった犯人の真の犯行動機をカモフラージュするための殺人トリックが仕掛けられているのだが、この騙しのテクニックがクリスティの某作品を彷彿とさせるのだ。

その某作品では序盤から登場人物の会話を通して読者に強烈な先入観を植え付けた上で殺人を発生させることで、犯人の真の犯行動機をカモフラージュするという斬新なミスリードがとられていたが、今回のドラマでもその某作品と同様の手法が用いられている。資産家殺しというごくありふれたプロット、これがミスリードに一役買っているのと同時に、その上で犯人の動機につながる情報がさらっと挿入されているのだから実に隙がないし、ミステリとしてもフェアだと感じたのだ。

 

さいごに

以上、今回のスペシャルドラマはクリスティ作品をオマージュした内容になっていて原作以上に面白い出来栄えになっていて素直に感心&満足したし、原作だと途中で存在がかすんでしまった残り二人の容疑者が、ドラマではテレビ局の密着取材のオチ要員として有効活用されていたのも見逃せないポイントだ。短編作品になるとどうしてもトリックがメインになって一部登場人物(容疑者)の扱いや描写が雑になってしまう作品があるけど、そんな「捨て駒」的な容疑者を物語のオチとして改変して利用したのは良かったと思う。まぁ、実際にあんなことが起こったら那野市民どころか、日本全体が大騒ぎになる一大スキャンダルだからオチとしてはリアリティに欠けるのだけど…ww。

 

ところで、今回のドラマは主演の浜辺美波さんのツイートによると2年半前に撮影されたらしいが、そんな前に撮影が済んでいるのに何故今頃になって放送されたのか、気になって仕方がない。今回のドラマのラストの展開から考えると、恐らくテレ朝は連ドラとしてシーズン2を放送する計画があって、その放送の前に今回のスペシャルドラマをやるつもりだったのかもしれないが、思いのほかに原作のストックが貯まらず連ドラの計画がお流れとなり、このままだとスペシャルドラマがお蔵入りになってしまう恐れがあったから、やむなく今になって放送を決意したのかな?と考えてしまった。

個人的にはシーズン2なんて贅沢なことは言わないから、今回のドラマみたいに定期的に単発ドラマを放送して、息の長ーいシリーズになってほしいなと願うばかりだ。