タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

“別解潰し”の不徹底さに不満が残る「アリバイ崩し承ります」1話(ネタバレあり)

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

8年ほど前に、フジテレビの月9で密室殺人専門のミステリドラマ鍵のかかった部屋が放送された。

そして今年、テレビ朝日の深夜枠でアリバイ崩し専門のミステリドラマ「アリバイ崩し承ります」が放送されると聞いた時は、「鍵のかかった部屋」と双璧をなすミステリドラマになるやもしれぬと仄かな期待を抱いていた。

 

初回の感想をTLで見ていると、結構評判は良かったが、個人的には不満が残る所があって手放しに褒められないのが正直な感想。

後程この不満点について言及するが、これだけ周りが高評価だと自分の不満が自身の狭量さから来るような気がして少々いたたまれない。そもそも月9枠と深夜枠を比較するのは酷な話だし、予算面から言って再現出来る度合いも変わるのだから、比較対象として持ち出す自分が馬鹿だったとは思う。

とはいえ、より洗練された謎解きにハマってしまっている私としては、今回の構成に納得がいかない所もあるので、一応批判も覚悟の上で不満を述べたい。

 

(以下、原作・ドラマのネタバレあり)

 

原作『アリバイ崩し承ります』について

原作は大山誠一郎氏による短編集。物語の始まりは以下の通り。

那野市の鯉川商店街にある美谷時計店では時計修理や電池交換だけでなく、アリバイ崩しをしてくれるという不思議なサービスを行っていた。たまたま時計の電池交換のためにそこを訪れた新米刑事の〈僕〉は、店に貼られた「アリバイ崩し承ります」を見て、店主の美谷時乃にかねてから刑事たちの頭を悩ませている殺人事件のアリバイ崩しの依頼をした…。

 

現在は短編集として発売された7編に加えて、ネットで公開されている第二シリーズの2編の計9編を読むことが出来る。

j-nbooks.jp

※公開は終了してます。第二短編集は単行本で読むことが出来ます。

(2024.03.12 追記)

 

物語の形式としては至極単純で、どの話も基本「〈僕〉が時乃にアリバイ崩しを依頼→〈僕〉による事件の概要説明→時乃による真相解明」で進む。また、この短編集はアリバイ崩しに特化した短編集のため、メインは謎解きの面白さにある。そのため主人公である〈僕〉の名前は不明であり、性格も特別クセがない。探偵役の時乃にしてもわかっているのは二十代半ばの女性でウサギを思わせる雰囲気があり、祖父の衣鉢を継いでアリバイ崩しを含めた時計屋稼業を担っているというくらいの情報。つまり、キャラクターの面白さで読ませるようなミステリ小説ではないということだ。

 

あ、一応「アリバイ崩し」形式のミステリが何かピンときていない方のために、いわゆる「犯人探し」形式のミステリとの違いを説明しておくと、まず前提として容疑者候補が限定されており、犯行動機もはっきりしている点が挙げられる。犯人当てや動機をメインとしたミステリは、基本容疑者たちのアリバイは曖昧であったり、被害者を殺す動機が不明(逆に誰もが被害者を殺す動機がある場合も)なので、死体や現場の状況・人間関係を捜査していくことで犯人を追い詰める。

ただ、「アリバイ崩し」形式のミステリは、死体や現場の状況・人間関係を捜査していく点は同じだが、早々に容疑者が絞られ犯行動機も明らかとなる。ただし、容疑者には被害者が死亡した時刻に別場所にいた、或いは殺害に要する条件を満たさない状況下にいたことが明らかとなる。

「どう考えても犯人はコイツなのに、犯行が不可能なんて、そんなはずがない」という登場人物の思いが物語に出てきたら、それは「アリバイ崩し」形式のミステリと思ってまず間違いない。

ただし、注意しておくが「アリバイ崩し」形式のミステリと「犯人探し」「動機探し」形式のミステリは別ジャンルではない。「アリバイ崩し」は「犯人は誰か?」という広いミステリ小説の枠内に収まっており、「アリバイ崩し」形式の作品でも「犯人探し」「動機探し」形式のミステリを作ることは出来るのだから。

 

「時計屋探偵と死者のアリバイ」

ドラマの1話に相当するのは、原作の3話「時計屋探偵と死者のアリバイ」。なぜ原作の1話ではなく3話を初回に選んだのだろうかと思ったが、これは本作が一般視聴者が思うようなアリバイ崩しものではないことをアピールするためにこの話をチョイスしたのではないかと思っている。

 

偏見になったら申し訳ないが、大体「アリバイ崩し」形式のミステリに明るくない一般視聴者にとってアリバイ崩しは「列車の時刻表を突き合わせて、分単位のアリバイを検証するような、辛気臭い上に情報処理だけで脳がヘトヘトになるシロモノ」だと思われている向きがあると思うし、かつての私も「アリバイ崩しものはトリックが地味で意外性に欠けるから特別読みたくはない」と思っていた時期があった。

勿論現在はアリバイ崩しにも数々の名作があることを知っているのでそんな偏見はなくなっているものの、やはりアリバイ崩しをミステリ初心者に、それもドラマ限定でオススメするとなると、コレといった作品が頭に浮かばない。

 

そんな訳で、この度『アリバイ崩し承ります』がドラマ化することを聞き、初回に原作の3話を持ってきたことについて、私は本格ミステリに興味を持ってくれる人を増やす意義があるという点で評価したい。また、原作は探偵役の時乃が店から一歩も出ずに事件概要を聞くだけで真相を暴く、安楽椅子探偵形式の物語なのだが、流石にドラマだと画面に動きがなく地味になってしまうきらいがあるため、時乃を活発的なキャラに改変し、刑事もキャリアの管理官国会議員の息子といったオリジナリティ溢れるキャラにしている。この改変で「動的なミステリ」として今後良い形で作用していくだろうと期待している。

 

ちなみに、本作の主人公・時乃を演じる浜辺美波さんは映画「屍人荘の殺人」でも探偵役を演じている。「屍人荘の殺人」でミステリに興味を持った人もいるだろうから、浜辺さんがこの作品に出演することは、ミステリに興味を持った「顧客」を更なるミステリの沼へ引きずり込むことに貢献していると思っている。

 

不徹底な「別解潰し」

前置きが長くなったが、ここでようやく今回の物語について解説。

今回特筆すべき点は何といっても「犯人(と思しき人物)の奥山新一郎がいきなり刑事の面前で死亡する」点だろう。本来アリバイ崩しものにおいて犯人は最後まで生き残っているのが定石なのだが、本作では奥山が事故という奇禍に遭い、殺人の告白をして死亡。告白通り被害者が見つかり犯行動機も明らかなのだが、奥山にはアリバイがあることが判明。奥山を叩いてボロを出させようにも、死人に口なし。後に残ったアリバイをどう崩すかが今回のポイント。この時点で従来のアリバイ崩しものとは違うってことがわかるよね。

事件の構図についてはほぼ原作通りなのでここでは深く言及しない。違う所といえば、奥山が事故に遭ったのが原作だと夜8時なのに対し、ドラマでは夕方4時に変更されているくらいだろうか。それに伴って宅配便の到着時刻や香澄の死亡推定時刻もズレている

謎解きのプロセスもほぼ原作通り。奥山と察時の会話における違和感から誤解と偶然によるアリバイを導き出す過程は鮮やかだし、それが意外な犯人の出現につながるのも巧い。そのため、事件と解決方法に問題はないのだが、ここで序盤に述べた「不満」が出てくる。

 

その「不満」についてだが、元々原作では解決に移る前に刑事たちの間で奥山のアリバイを検証する場面がある。「事故に遭遇した時刻に狂いはなかったのか?」「死体の死亡推定時刻が偽装されたのではないか?」「死体を移動させた可能性は?」「共犯者がいれば可能なのでは?」という具合に様々な可能性が検討されるが、奥山の左頬の傷・死体発見現場の状況・事故という「偶然」によってその可能性は悉く否定される。

こうして「別解」が潰されていくことで、奥山のアリバイがいかに強固で崩しがたいものなのかが強調されると同時に、謎が解けた時のカタルシスがより爽快なものとなる。しかしドラマにおける奥山のアリバイ検証は「共犯者説」と「車移動にかかる所要時間の実験」程度に留まったため、アリバイ検証が不十分な上に「別解潰し」が徹底していない。そのため、原作と同程度のカタルシスを味わうことは出来なかった。

まぁ、これに関しては原作未読者がドラマを見て、CMの間に別解を考える余地を与えるため、あえて劇中で検証をしなかったと好意的に解釈することも出来るので厳しく批判はしない。ただ、不満点はこれだけではない。

 

原作におけるサプライズは「アリバイトリックなど存在せず、誤解と偶然によってアリバイが生じてしまった」点に集約されるが、そのメインのサプライズの核となるのが「奥山の耳の障害」である。

原作の時乃は「奥山さんのアリバイは、崩れました」と言った後に、奥山と刑事の会話の違和感から「奥山は耳が不自由だった」と推理する。このファースト・サプライズから派生して明らかになる真相、そのサプライズの連鎖が心地よかった。

しかし、ドラマの時乃は「奥山さんのアリバイは、崩れました」と言う前に、奥山のかかりつけ医院で彼に耳の障害があったことを明らかにしてしまう

つまり、解決部に至る前に「耳の障害」というサプライズを明かしてしまったことで、サプライズの連鎖が分断されてしまったことが、私には何だか勿体なく感じられたのだ。また尺の都合とはいえ、奥山が耳の障害を隠していた理由がカットされたのも残念。

他にも被害者の行動に対する疑問が原作では説明づけられているのだが、それもカットされている。こういった細々とした不満が結晶となり大きな不満となってしまったのだが、気にならない人は気にならないだろうし原作を読めば良いだけの話なので、こういうことをイチイチ指摘するのは狭量なのだろうか…と思う自分がいる。

 

※アリバイ検証の材料となる死亡推定時刻、その他諸々の時刻については以下の通り。

・原作

香澄の死亡推定時刻…19:30~20:00

奥山が事故に遭った時刻…20:00

奥山宅→香澄のマンション…車で片道20分(往復40分)

奥山宅に宅配便が到着…19:20

事故現場…奥山宅近くの路上

タイムオーバー…5分

 

 ・ドラマ

香澄の死亡推定時刻…15:30~16:30

奥山が事故に遭った時刻…16:02

奥山宅→香澄のマンション…車で片道30分

香澄のマンション→事故現場…車で片道30分

奥山宅に宅配便が到着…15:20

事故現場→奥山宅…目と鼻の先

タイムオーバー…23分

原作では5分というタイムオーバーによってアリバイが成立してしまっているが、5分だと誤差の範囲だと突っ込まれる恐れがあったのか、それとも奥山に犯行が不可能だということをわかりやすくするためか、ドラマではタイムオーバーの時間を大幅にとっている。

 

「アリバイ崩し」ミステリの紹介(トリッキーなアリバイ崩し)

当ブログは少しでも多くの方にミステリの面白さを知ってもらいたいと思って、これまでにミステリ小説やドラマの感想記事をいくつかアップしている。このドラマはアリバイ崩しがメインなので、それに倣って私がこれまでに読んだオススメの「アリバイ崩し」ミステリを紹介していきたい

ドラマ1話の原作「時計屋探偵と死者のアリバイ」は実にトリッキーなアリバイ崩しだったから、今回紹介するのもトリッキーなあのお方の作品にするとしよう。

 

貴族探偵 (集英社文庫)

麻耶雄嵩「トリッチ・トラッチ・ポルカ」(『貴族探偵』所収)

本格推理でありながら、待ち受ける真相はとびっきりにイカれている。そんなトリッキーな物語を繰り出す麻耶先生の作品からこちらをチョイス。2017年に相葉雅紀さん主演で月9ドラマ化された作品だから、ミステリ初心者に関わらず聞いたことがある作品のはず。

ドラマの方はアリバイ崩しの形式で物語が進まなかったが、原作はれっきとしたアリバイ崩しの形式で話が進む。知らない人のためにあらすじをざっと説明すると以下の通り。

東北地方の小都市の廃倉庫で女性の他殺死体が発見された。死体は頭と腕を切断されており、警察は身元不明の死体として捜査を開始することになったが、しばらくして河原に埋められた被害者の頭部と腕が発見され、被害者の身元が特定される。更に事件の重要容疑者として高校教諭の浜村が浮上する。彼は河原に被害者の頭部と腕を埋めた所を目撃されており、被害者から恐喝されていたのだ。しかし浜村には被害者の死亡推定時刻にアリバイがあった…。

ここから先は二人の刑事によるアリバイ検証となる。勿論、浜村のアリバイが崩れて事件解決!…なんて分かりきった展開にはならないのでそこは御安心を。

ちなみに題名にもある貴族探偵探偵にもかかわらず推理をしません。なんじゃそりゃって思うかもしないが、まぁとりあえず読んでみそ。