タリホーです。

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議員のアリバイにズームイン!!「アリバイ崩し承ります」7話(ネタバレあり)

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

早いものでもう最終回。もっと見たい、続編希望と思っている方もいるだろうが、原作のストックは現在残り1話分しかなく、スペシャルドラマとして映像化するには小粒過ぎる内容。テレ朝がドラマオリジナルの脚本に挑戦するならそれも構わないが、原作と同じクオリティのアリバイ崩しを書くのはかなり難しいぞ~。

 

(ちなみに、原作の1話が2014年10月号の『月刊ジェイ・ノベル』に発表され、7編収録された単行本として発売されたのが2018年9月。そしてシーズン2の1話が2019年10月にネット公開され最新話の「多すぎる証人のアリバイ」が同年12月に公開された。つまり、9編書くだけでも5年以上の歳月がかかっており、それだけ巧緻なアリバイ崩しものを書くのは時間がかかるという訳だ)

 

連ドラとして復活して欲しいのならば、テレ朝に続編希望の意見を送るだけでなく、原作を買って読んで原作者の大山誠一郎先生を応援しよう。そして気長に待とう。

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(以下、原作・ドラマのネタバレあり)

 

「時計屋探偵と多すぎる証人のアリバイ」

最終回を飾る原作は、シーズン2の2話「時計屋探偵と多すぎる証人のアリバイ」。現在ネットで無料公開されているので、復習として読んでみるのも一興。

※2023年現在はネット公開が終了しており、昨年3月に発売された『時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2』で読むことが出来ます。

 

ドラマの放送決定の際、国会議員の息子・渡海雄馬がオリジナルキャラとして登場すると聞いた時に、この「多すぎる証人のアリバイ」が最終回に来るだろうとは思っていた。やはり最終回にラスボス級の事件を用意するとなると、犯人が政治家というのが相応しいし、シリーズ初の連続殺人だから物語のサスペンス性にも富んでいてピッタリだからね。※

ただ、その最有力容疑者が德光和夫さん演じる渡海一成で、雄馬父親という設定は予想外だった。てっきり私は渡海議員のライバル議員が犯人であり、その議員のアリバイを崩すため、父の名にかけて雄馬が奮闘するといった展開になると思っていた。まさか最終回に来ていきなり雄馬にそんな「父親が殺人犯かもしれない」という不穏な疑惑をぶつけるとは思わないもの。

 

※3月21日放送のインターネットラジオ番組「我孫子武丸 presents たけまるランド」Vol.20にて、原作者の大山先生が「テレビ局から先にシチュエーション(政治家が登場し、パーティー会場にいたというアリバイ)の要請があって書いた原作」だと言及した。

(2020.03.21追記)

 

事件概要については原作とほぼ同じだが、今回は今までで一番改変の多かった回。まず原作の戸村政一は渡海一成となり、新たに藤枝ミホという女性秘書が追加されている。そして犯人と犯行動機もそれに伴って改変されることになった。

 

アリバイトリックについては原作と同じで、原作の「ストーカーのアリバイ」と「失われたアリバイ」をミックスさせた応用編とでも言えば良いだろうか。

被害者自身がアリバイ工作に加担した点は「ストーカーのアリバイ」と「失われたアリバイ」、食物を食べる時間をズラすことで犯行時刻を偽装するのは「ストーカーのアリバイ」と同じだが、問題は①被害者がいつどうやって食べる時刻をズラしたか②被害者自身にどうやってアリバイ工作を行わせるよう説得したのか、の二点。

 

①については一人二役トリックでその問題が解決されているのがポイントで、このトリックを成立させるために、後援会とは一切関係のない安本が生贄として利用されている所に本格ミステリにおける「ロジックを成立させるための容赦のなさ」が見えて面白い。

本格ミステリの初心者は知らないだろうが、本格ミステリにおける犯人は自分のアリバイ作りのためなら死体の首を切ったり、死体を紐で結んでロープウェイのように別地点にぶっ飛ばすことを厭わないのだ。

 

そして②について。これは原作とドラマで犯人が異なるので詳しく述べると、犯人が「安本が議員の弱みを握っているため口封じに殺さなければならない。だからアリバイ工作に協力してくれ」と要請する点は同じなのだが、名越がその要請に乗る動機が原作とドラマでは異なっている

原作では、名越は既に犯人である議員の弱みを握っていたが、「ここで殺人の共犯になっておけば後々戸村議員を脅す“材料”が増え有利になる」と思って共犯に加担する。

一方ドラマでは、犯人である藤枝が名越に要請することになっており、名越も「安本によって渡海議員が失墜すれば、かねてより約束されていた議員の地盤を受け継ぐ予定も水の泡になる」ことを危惧して加担することになった。

個人的には原作よりドラマの方が共犯に加担する動機としては自然かなと思っている。ちょっと原作の動機は無理くり辻褄を合わせた感じがあってあまり上手くないけど、ドラマの方は渡海議員に対する忠義立てかつ自分の利益を守るための動機だから、こちらの方がしっくりくる。

 

藤枝というオリジナルキャラが犯人になったため、原作で刑事が疑う切っ掛けになる議員の「灯油」失言をどう処理するのだろうかと思っていたが、これは藤枝が渡海に対して「灯油で焼かれた」という情報を植え付けた、というだけだった。

“だけだった”とはいえ、これによって渡海議員に捜査の目を向けさせ仮にアリバイトリックがバレたとしても自分に疑惑が向かないよう誘導していたのだから、大した悪女である。

 

以上、原作とは別の犯人を用意したことで、原作既読者に罠を仕掛け、未読者には「渡海議員が犯人だったらジュニアである彼はどうなるのか…」と少しドキドキさせる展開作りになっていたと思う。

良かったねジュニア、原作通りだったら君立ち直れない所だったぞ。

当初は鼻につくキャラだと思ったが、回を進めるごとに割とちゃんとした倫理観の持ち主だとわかってきたし、友人思いで少々間抜け、お風呂に興奮して鼻血を出すなど可愛げな面もある良キャラだったな。

それによくよく考えれば鼻についたのはジュニアよりも彼をヨイショする牧村や綿貫の方だったわ。原作の二人はしっかりとしたキャラだったから、まぁ情けないというかみっともないというか。ここだけの話、ちょっと乱暴なことを言うと「いちいち拍手すんじゃねえよ」と思ってたよ。

 

基本的には褒められる改変だったが、ミステリとして一点だけ改悪になった所を挙げたい。

原作では被害者の名越の一人二役トリックを見破る材料となったのは、彼の胃で未消化の状態にあったリゾットで、このリゾットが犯行時刻特定につながったため、アリバイトリックとして犯人がリゾットを会場からテイクアウトして被害者に食べさせた可能性が検討されている。しかし、会場は脅迫電話を受けた影響から手荷物の持ち込みが禁止され、リゾットを入れる容器すら所持出来ない状況だったためその可能性が否定されている。

そこから時乃は、リゾットが被害者の方に向かったのではなく、被害者がリゾットの方へ向かったと推理して、一人二役トリックを暴く。そこにミステリにおけるロジカルな面白さがあったのだが、今回のドラマでは捜査資料に添付された名越と安本の写真を見た時乃がその容貌に似通った所があることに気づき、一人二役を見抜くという展開だったため、原作に比べると謎解きとしての面白さが薄まってしまったきらいがある。

ある意味映像化らしい改変といえるけど、真相を語る前に二人が似ていることを明言してしまっているから、その点も含めて甘さを感じた。

 

原作とドラマのエピソード順について

これにてドラマは幕を閉じるが、最後に原作とドラマのエピソード順の違いについて考えてみたい。

原作

1話「ストーカーのアリバイ」

2話「凶器のアリバイ」

3話「死者のアリバイ」

4話「失われたアリバイ」

5話「お祖父さんのアリバイ」

6話「山荘のアリバイ」

7話「ダウンロードのアリバイ」

2-1話「沈める車のアリバイ」※未映像化

2-2話「多すぎる証人のアリバイ」

原作は1話にオーソドックスでありながら意外性のあるアリバイ崩しを持ってきて、2話にオーソドックスかつ複雑なアリバイトリックの話を配置。そして3・4話で定型から外れたアリバイものを持ってきて、5話にスピンオフ的な話を配置。6話で語り手の〈僕〉自身が事件に巻き込まれるフーダニットものになって、最後の7話は定型通りである一方ちょっと異質なアリバイものという話で締めくくられる。そしてシーズン2では1話にこれまでなかった溺死体を扱ったアリバイものがきて、2話で初の連続殺人という凶悪性の高いアリバイものになる。

 

ドラマ

1話「死者のアリバイ」

2話「ストーカーのアリバイ」

3話「失われたアリバイ」

4話「山荘のアリバイ」

5話「ダウンロードのアリバイ」

6話「凶器のアリバイ」

7話「多すぎる証人のアリバイ」

配信ドラマ「お祖父さんのアリバイ」

ドラマはというと、まず1話は視聴者に見てもらわなければ意味がないので、定型的なアリバイものではなく、導入部にインパクトのある「死者のアリバイ」、2話は視聴継続かどうかを視聴者が決めるポイントになりやすい所なので、物語性の高い「ストーカーのアリバイ」。そして3話は原作同様定型から外れた「失われたアリバイ」。4・5話は中弛み感を防ぐため雪景色で雰囲気をガラッと変えた「山荘のアリバイ」対決形式の「ダウンロードのアリバイ」がくる。セミファイナルとなる6話には複雑かつ危険な薫りのする「凶器のアリバイ」がきて、最終回の7話にラスボス級の容疑者が出る「多すぎる証人のアリバイ」がくる。で、スピンオフ的な「お祖父さんのアリバイ」が配信ドラマになった…と考えれば結構理にかなったエピソード順に改変されたと思う。

 

「アリバイ崩し」ミステリの紹介(衆人環視のアリバイ)

今回は殺害時刻に多数の人に存在を見られていたという衆人環視型のアリバイ。パーティーの席上のような多数の客が集まっている状況下のアリバイ崩しミステリを探そうと、これまで読んだミステリ小説を色々思い返していたが、ドラマと同じ政治的パーティーを舞台にした「限りなく確実な毒殺」(青崎有吾『ノッキンオン・ロックドドア』所収)はアリバイ崩しものじゃないし、他に同様の趣向のアリバイ崩しをテーマにした作品が見当たらないので、お茶を濁してこの作品を紹介しようかと思ったが、そんな時ふと思った。

「待てよ、死亡時刻に容疑者と被害者が同じ場所にいても、容疑者が被害者に手を触れていない状況で、なおかつそれを証明してくれる多数の人がいたら、それも立派な衆人環視型のアリバイじゃないか?」

そう思った瞬間、これまでアリバイ崩しに関係ないと判断して除外していたあるドラマを思い出した。ということで、今回は映像作品からこちらを紹介。

 

TRICK 新作スペシャル (角川文庫)

堤幸彦(演出)/林誠人(脚本)「TRICK 新作スペシャル」

映画「ミッドサマー」が公開されて、何故か久しぶりに話題に上った国民的ドラマ。自称天才マジシャン・山田奈緒子と物理学者の上田次郎が自称霊能力者のトリックや村に伝わる因習の謎を解いていくシリーズで、そんな中でも本作は放送時24.7%の高視聴率を記録し、全エピソード中認知度が比較的高い部類に入る。どんな話かというと以下の通り。

 

ヒット本を多数出版する売れっ子占星術師、緑川祥子。その占い師が生放送の番組で上田次郎ら大学教授4人と対決することに。その放送中に加藤という男が緑川祥子に騙されたと因縁を付けてきた。そこで緑川祥子は占星術でその男を占った所、その男は番組中に寿命が終わり死ぬと予言し、緑川祥子の予言通りに加藤は番組中に心臓発作で死ぬことになる。それを目撃し困った上田と大学教授らは緑川祥子の記念館がある富市山村(とみいちやまむら)で緑川祥子と対決することに。奈緒子は一度は上田の誘いを断るも、アパートから家賃滞納を理由に追い出され、結局上田の誘いに乗り同行する。

Wikipedia から引用)

 

物語の最初に起こる心臓発作による死亡事件は正に衆人環視型のアリバイ。舞台は生放送中のワイドショー番組、スタジオには観客やスタッフといった多数の人間がおり、更に被害者の姿を一台のカメラがずっと映していた。死を占った緑川は勿論、誰一人として被害者の男に手を出すことは不可能だし、道具を使えば間違いなくカメラに映る。一体誰がどうやって被害者に緑川の占い通りの死をもたらしたのかが謎となる。

ただこの最初の事件はあくまで発端であり、メインは富市山村で起こる三人の大学教授殺し。こちらでもアリバイが問題となる謎が出てきたり、不可解な溺死密室に毒殺とバリエーション豊かな謎とトリックで楽しませる。

最初の生放送中の死亡事件は、映像に映った手掛かりをもとに推理出来るが、トリック自体は他愛ないもので、特別ユニークでも凝ったものでもない。それでも物語全体の事件の引き金として重要なことは確かだし、それを“占った”緑川の心境を思うとなかなかに辛いものがある。

 

この脚本を担当した林氏は同シリーズで他にも「パントマイムで人を殺す女」(シーズン1の6・7話)「絶対死なない老人ホーム」(シーズン3の5・6話)を執筆しているが、どちらも後味の悪い結末が印象に残る。特に監禁・監視の状況下で別場所にいる三人の男を殺す霊能力者が登場する「パントマイムで人を殺す女」は、新作スペシャルとは趣を異にしたアリバイ崩しものなので是非見てもらいたい。一応ノベライズになっているが、圧倒的に映像の方が面白く、そして怖い

TRICK トリック the novel (角川文庫)

 

さいごに ~パズル的ミステリは心の機微を描いたミステリより劣っているのか問題~

たまたま上記の岩嵜氏のツイートを見つけたので、この際だから言っておきたいことがある。

 

一口にミステリと言っても、人間関係の綾や犯罪に至る心理に重きを置いた作品があれば、奇想天外なトリックで読者(視聴者)をアッといわせたりロジカルな推理で犯人を暴くことを重視した作品もある。ただ、どうもそれがドラマとなると人間関係とか犯罪心理を重視したミステリドラマばかりが褒めそやされて、トリックやロジックを重視したパズル的なミステリドラマはそれより劣ったものという認識をしている方が多い気がする。特にドラマ評論家と言われる方々が各シーズンで放送されるドラマを論ずる際、トリック・ロジック重視型のミステリドラマをコケにするような論調があると以前「貴族探偵」のドラマ化の際に感じていた。

で、そうやって「人間心理が描けてないからこのドラマはダメだ」って言っている方に毎度言ってやりたいんだよ。ドラマに限らず創作物は何を売りにしているかがポイントであって、その売りがちゃんと成立しているどうかで評価するのが正しいということをね。

 

だから、トリック・ロジック重視型のミステリドラマに「人間ドラマが描けてない」とケチをつける奴は、リンゴを食べて「これはミカンの味がしないからダメだ」って言ってるくらい的外れで滑稽なんだよ。自分が求めているものがそのドラマにないだけであって、別の人にとっては求めるものがあって面白さを感じているのだから、そこを理解しない論評は創作物の可能性をかえって狭めてしまい、決まりきった面白さばかりを流布してしまう結果になってしまう。

故に、岩嵜氏のツイートでこの「アリバイ崩し承ります」が“論外”と書かれていたことに対して危機感のようなものを覚えたのだ。

 

この「アリバイ崩し承ります」は主演の浜辺さんの可愛さも売りになっているが、メインとなる売りはアリバイトリックの面白さとそのトリックを成立させるパズルとしての巧緻さや、謎解きとしての確かさがある。この主軸がちゃんと成り立っているかどうかが肝心で、それが成り立っているのならば、別に時乃が毎回風呂に入ろうが、渡海がヨイショされようが構わないのだ。

しかし、その主軸となる部分が成立していない場合は問題であり、それ故私は初回の出来について、パズルを構成させる諸要素が不徹底な所について苦言を呈したのだ。

 

かつて「新本格ミステリ」と呼ばれた作品群も、時代に逆行してトリックやロジックを重視する作風が批判の対象になったものだが、現在はトリック・ロジックの面白さだけでも作品として成立し評価を得たミステリ小説が多数出版されている。ドラマ業界も日々視聴者獲得のため試行錯誤の連続だろうが、そちらの業界でもトリックの面白さやロジックの鮮やかさを売りにしたミステリドラマが輩出され、視聴者にその面白さが広く浸透することを願うばかりだ。