タリホーです。

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実は決め手になってなかった!?(invert 城塚翡翠 倒叙集 #2)

そういや食べられるシャボン玉ってありませんでしたっけ?確か子供の時に売っていて祖父の家の庭でそれを使って遊んでいたような…。

 

(以下、ドラマのネタバレあり)

 

「泡沫の審判」

invert 城塚翡翠倒叙集

今回のお話は倒叙集の第二作目「泡沫の審判」。小学校教諭の末崎絵里が元校務員の田草明夫を殴打。転落による事故死に見せかけ、自身は校内の防犯システムを利用してアリバイ工作を謀るが、スクールカウンセラーとして潜入してきた城塚翡翠によって追い詰められていく…というのが本作のあらすじだ。

 

学校の先生が犯人というのは、古畑任三郎沢口靖子さんが犯人役を演じた「笑わない女」を思い出すが、本作の末崎は「笑わない女」の宇佐美先生とは違い、子供を守るために殺人を犯すという視聴者が比較的共感しやすい犯人として描かれているのが特徴として挙げられる。(「笑わない女」の犯行動機もわかるっちゃわかるんだけどね)

いわゆる共感型の犯人とはいえ、翡翠の追い詰め方や煽っているとしか思えない振る舞いは従来の共感型の犯人を軸とした倒叙ミステリにはあまりない感じがする。基本的に共感型の犯人に対しては刑事(或いは探偵)も相応の敬意をもって接するというのが従来のプロットに多いのだが、今回の翡翠は学校の職員にしてはちょっと華美な服装だし、あまりにもあざといおっちょこちょいぶりを見せて末崎先生を呆れさせ、イラつかせる。これは相手を油断させボロを出させるための翡翠の常套手段であるが、一方でいかなる理由でも殺人は赦さないし、だからこそ容赦なく犯人は追い詰めるという翡翠の探偵としての矜持が今回の物語から感じ取れるだろう。共感型の犯人でありながらプロットは対決形式になっているのが個人的にはユニークだと思った。

 

肝心の倒叙ミステリの部分、つまり犯人を追い詰める手段や決め手などについて言及していくが、カメラの下りは前回の「雲上の晴れ間」の感想記事で言及した時と同様、やはり古畑の「動く死体」における懐中電灯の下りを彷彿とさせる。ただ共感型の犯人に対してあのように意地悪な罠を張る辺り、ホントに翡翠は容赦ないな…ww。

 

そして決め手となった先生お手製のシャボン玉の液体だが、実は物語冒頭でそれと思しき液体が映っている場面がある。

これが恐らく生徒(大地君)が零してしまったシャボン玉液だろうと思うが、解決編で翡翠シャボン玉液をどこに零したかまで言及していないため、田草が落とされた現場に零れていたと誤解した視聴者もいたはずだ。

 

あとこれは脚本協力した原作者本人も Twitter で言及しているが、実はドラマだとこの決め手は厳密には決め手になっていない。ドラマではシャボン玉液は家で作ったものを事件当日の朝に先生が持ってきたと言っている。田草の靴下に付いたのだから当然これは田草が学校に来る前ということになるが、これでわかるのは田草は理科室から転落する前に末崎先生の教室にいた、という点だけであって先生が教室にいた時刻に田草も教室にいたことを証明してはいない。

この辺り、原作だとどのようなロジックで追い詰めたのだろうかと思い調べたら、どうやら原作では田草が20時40分まで生きていたこと、末崎先生が20時40分から退勤時刻の21時まで教室にいたことが作中で提示されていたようなので、それとシャボン玉液の手がかりが合わさってようやく末崎先生を犯人と特定出来るよう構成されていたようだ。

 

以上をふまえると今回のドラマ化は倒叙ミステリとしては失敗したと言えるのだろうが、子供を喜ばせるために工夫をしたシャボン玉液が自分を追い詰める決め手となったという皮肉なオチ自体は物語としてうまい落とし所であるし、末崎の学校の先生としての矜持と翡翠の探偵としての矜持の衝突が最も強く出た最後の二人の場面は多くの視聴者の印象に残ったのではないだろうか。現実の世界では子供を守る立場の保育士が子供を虐待するという痛ましい事件が起こっているだけに、尚更今回の物語には色々思うことがあった次第である。