タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

アニメで語れぬ妖怪奇譚、『小説 ゲゲゲの鬼太郎 ~蒼の刻~』読了

小説 ゲゲゲの鬼太郎 ~蒼の刻~ (講談社キャラクター文庫)

一昨日読了。東映のオンラインショップで注文したからか、送料が割高でまさかの1800円超え。本体価格の倍以上も金が掛かってしまった。

とはいえ、そんなことは別に何ともない。要は中身の問題なのだから、小説として面白ければ良い。払った分の金がアニメの方に貢献されれば良いのだ。

 

ということで、簡単に各話の紹介とネタバレ感想を(ネタバレ感想は一応伏せ字で)。

 

「骨女」(山田瑞季

妖怪ポストに手紙が届いた。その手紙には「夜道を歩いていたら、美女に身体の長さ、正確には骨の長さを測られた」という奇妙な出来事が綴られていた…。

(ネタバレ感想)骨女と言えば、原作では赤舌や大首といった大物妖怪に仕える悪党妖怪。ただ本作の骨女は骨に造詣が深い妖怪で、理想の骨を持つ男性に恋をするピュアな妖怪という設定。

内容は恋愛モノ。「いきなり骨を測る女」という導入部は独創的だったが、押しかけ女房的な骨女のおかげで変わる男性、二人の恋路を邪魔する心のねじれた女、障害を乗り越え遂にゴールインする二人という展開は何ともベタである。話としては別に問題ないが、原作や過去のアニメを見ている自分としては正直な所、ねずみ男を唆して悪だくみをする骨女の方が好き。(ネタバレ感想ここまで)

 

「貝稚児」(井上亜樹子)

犬山まなのクラスに転入生の北原律が来た。平凡で大人しめの北原は次第にクラスメイトと打ち解け始めるが、ある日クラスの男子を殴りつける事件を起こす。その日の放課後、まなは北原に事情を聞く。どうやら自分の弟のことを悪く言われたと思って殴ったらしいが、これを切っ掛けにまなは北原家の異様な家庭事情を知ることになる…。

(ネタバレ感想)ハートフルな脚本でお馴染みの井上氏のことだから、本作も何だかんだ色々あって最終的には丸く収まるハッピーエンドの話かと思っていたら、全然そんなことはなかった。アニメの方は単に朝9時だからマイルドにしているだけなのだと気づかされた。

児童虐待を受ける弟を救いたい少年」から「親殺しのサイコパス少年」へとひっくり返る展開もさることながら、子を想う母の念が妖怪化した貝稚児の歪んだ愛情が何とも言えぬ余韻を引き立てる。6期の「妖怪より人間の方が恐ろしい」というテイストにも合致しており、収録作の中で白眉と言って良いかも。(ネタバレ感想ここまで)

 

「ぬりかべ」(永富大地)

富士の裾野で鬼太郎は人間に災いをもたらす悪鬼、赤悪鬼と戦っていた。ぬりかべのアシストもあって見事赤悪鬼は退治されたが、「鬼太郎のイヌが……」という赤悪鬼の言葉にぬりかべは懊悩する。そんな折、赤悪鬼よりも強い黒悪鬼が鬼太郎たちを襲い始め…。

(ネタバレ感想)鬼太郎の仲間の中でも、比較的感情が読み取りにくいキャラクターであるぬりかべにスポットを当てた話。5期は仲間妖怪のメイン回がある一方、6期はあまり仲間妖怪にスポットを当てた回が無かったので、こういう形でぬりかべにスポットライトが当たるのは良いことだと思う。

ところで鬼太郎ファンならとっくにわかっていると思うが、ぬりかべは別に鬼太郎のイヌではない。むしろ3期では鬼太郎に刃向かう回とかあった位だし、今期にしてもまなの学校の七不思議になったり、テニスのコーチをしたりと、フリーで活動していることもしばしば。

ちょっと意外だったのが、ぬりかべと子泣き爺が喧嘩をするという展開。特に喧嘩しなさそうな二人だから余計そう思うのだが、それに加えて子泣きが過去を独白するというのも意外だった。子泣きもぬりかべも原作「妖怪大戦争」で初登場するため、それ以前に鬼太郎と接触があったと思わなかったからだ。

それにしても子泣きと鬼太郎の出会いの下り、「悪い奴が更生して正義の味方になる」というバトル漫画あるあるな話だったが、悪妖怪の首領として君臨していた子泣きの姿って全然想像がつかないな…ww。(ネタバレ感想ここまで)

 

「3.11の獏」(大野木寛)

ある日鬼太郎は母と出会う夢を見た。ただ、その夢の中で母と会った時、鬼太郎はブルーシートで覆われているという奇妙な状況だった。一方人間界では悪夢を見る人間が続出するようになり、妖怪ポストにも同様の内容が書かれた手紙が届くようになった。鬼太郎は事件解決のため、夢に詳しい「あの妖怪」の元へ向かう…。

(ネタバレ感想)もうタイトルからわかると思うが、本作で扱われているのは東日本大震災。記録にも記憶にも残る未曾有の大災害ではあるが、未だにあのような惨事が起こったことが信じられない。当時私は中学の卒業式から帰って来たばかりで、テレビをつけて東北や関東の方で震災があったことを知った。その時の気分は(言い方は悪いが)対岸の火事とでも言うべき気分だった。余りにも非現実的な景色がそこにあったからかもしれない。どす黒い波が防波堤を越えて街中へ入っていく様、何十台もの車がいとも簡単に押し流されていき家屋が卵の殻のようにグシャグシャに潰れる様、倒壊した家屋が巻き起こす土煙…。テレビで見ていたからまだしも、実際あの瞬間あの場所にいた人たちは相当怖かっただろう。こればかりは幾ら想像しても実体験した被災者の方には及ばない。

そんな大震災をネタにするのだから、これは安易に書けなかったはずだ。現に文末では参考文献が記載されている。本作における獏の叫びは震災の傷が完全に癒えぬ被災者の叫び、風評被害に苦しんだ福島の怒りが表れている。ACジャパンのCMが震災を思い起こす引き金となる場面も印象深かった。

アニメ化する意義はあると思うが、PTSDに苦しむ被災者にとって震災を思い出させる話をテレビで流すのはむしろ拷問になりかねないので、小説として発表したのは英断ではないだろうか。

また今回は夢の話ということで14話に登場した枕返しが登場。相変わらずまなに利用される上に、まなチョップをお見舞いされるとは…ww。ネタバレ感想ここまで)

 

「妖怪おとろし」(大野木寛)

香里奈は毎晩自分の身体の上にのしかかる「おとろし」に悩まされていた。周りにも相談出来ずに耐え忍ぶ毎日を送っていたが、まなが妖怪の話をしているのを聞いた香里奈はまなに相談し鬼太郎に手紙を送った。しかし…。

(ネタバレ感想)「貝稚児」同様、アニメ化するにはあまりにもヘビーなネタを扱った作品。常に能面をしている母、香里奈の男性蔑視、父親の容貌が伏線として効果的に機能しているのがポイント。性的虐待を妖怪に置き換え現実から目を背ける香里奈の痛ましさ、それを無いことの様に振舞う母親の残酷さに心が重くなってしまったが、救いのある結末で良かった…。(ネタバレ感想ここまで)

 

「みかん」(大野木寛)

鬼太郎の家にこたつが導入された。鬼太郎と共にこたつを囲む猫娘砂かけ婆・子泣き爺、そしてこたつ板の上で茶碗風呂につかる目玉おやじ。こたつ板の上にはみかんが十個あり残りは一個。その一個のみかんをめぐって、鬼太郎たちの心理戦が始まった…。

(ネタバレ感想)あまりにもヘビーな内容の物語が続いていたため、最後にほっこりする話を持ってきてくれたのは読者として有難い次第。最初から最後まで微笑ましい思いで読むことが出来た。でも房分けにした所でまた新たな心理戦を起こしそうだな…ww。(ネタバレ感想ここまで)

 

「名無しの詩」(大野木寛)

6期1年目で物語の黒幕としてうごめいていた名無し。アニメとは異なる完全オリジナルの詩「闇の獣」「われは名無し」「腐れる夜」「虚ろな現」「金魚」「ぃぃああ おおうぅ ぇえいおぅ」「死の朝」を収録。銀河万丈さんの声を脳内再生して読めば間違いなく精神のどこかしらが削れるでしょう(笑)。

それにしても去年の今頃には名無し=「ラップおじさん」という認識がすっかり定着していたな。既にちょっと懐かしい位だ。