タリホーです。

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事件解説&家族という絶望【アンデッドガール・マーダーファルス #04】

さぁ今回は吸血鬼殺害事件の解決編。皆さんの推理は当たりましたか~?

 

「真打登場」

今回は原作の124頁~184頁(第8節~第13節)まで。何度も言うように吸血鬼編の解決パートとなる。

原作では第8節で輪堂鴉夜が生首であること、第11節で旅の目的(アニメの1話で描写)がようやく明かされるという手法をとっているが、アニメは前半を鴉夜による謎解き、後半を津軽による犯人の処刑という構成にしている。この津軽による処刑及び戦闘シーンを原作者及び一部の読者は「暴パート」と呼んでいるが、これはギャンブル漫画嘘喰いで用いられる用語であり、原作者の青崎氏も「嘘喰い」のアイデアをミステリとして活かしていることを述べている。※1

 

名探偵がどれだけ鮮やかな推理で犯人を指摘しても、犯人が逆上して探偵を含む事件関係者を皆殺しにしてしまったら無意味というもので、ほとんどのミステリにおいては犯人はあっさりと観念して警察に連行されるのだが、一部の犯人は逆上して強硬手段を取る場合もある。※2特に本作のシリーズでは怪物が出て来るので、怪物が犯人だった場合人間の力ではどうしようもない。怪物には法律も刑務所も、そして絞首台だって役に立たないのだから。(今回の舞台はフランスなので、厳密には絞首台ではなく断頭台だけど)

そこで登場するのが真打津軽であり、彼は探偵の助手でありながら鴉夜を楽しませる道化の役と怪物が暴れた時にその暴走を抑えたり処刑をする役を担っている。そこが本作のユニークなポイントの一つであり魅力と言えるだろう。

 

※1:2018年2月19日の青崎氏のツイートを参照。

青崎有吾 on Twitter: "『嘘喰い』の登場人物は基本的に、めっちゃ頭がいい頭脳派とそいつをあらゆる暴力から守る肉体派という二人一組で行動するんですが、これはミステリにおける探偵と助手の関係性にも落とし込めると思ってまして、そのあたりの根っこの部分で自分はものすごく影響を受けています。これからも受け続けます" / Twitter

※2:作品名は伏せますが、金田一少年の初期作品で正にそういう犯人がいたのですよね…ww。

 

(以下、原作・漫画版を含めた事件のネタバレあり)

 

事件解説

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© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

ここからは本編で語られた鴉夜の推理をより詳細に解説していこう。ちなみに、アニメ感想をまとめたファンサイト「あにこ便」では、視聴者の犯人予想で一番得票数が多かったのが執事のアルフレッドである。※3

 

ロジックを重視した犯人当てミステリにおいて動機は一旦無視して推理をすすめるというのが定石で、動機を考慮に入れなかった場合、1時以降にアリバイがなく銀に触れても何の問題もないアルフレッドが犯人であるとまずは推理出来る。

しかしそこで問題となるのは死体の状況。ハンナ夫人は眠っている所を杭で心臓を貫かれほぼ即死。ということは、徐々に杭が刺さったのではなく一撃で心臓を貫かれ心肺停止に陥ったという訳だから、これはどうも人間業ではあり得ない。つまり常人離れした身体能力を持つ吸血鬼※4の犯行だということになる。では、アルフレッドと同じ時間にアリバイがない長男のクロードが犯人かというと、今度は銀に触ると火傷をするという吸血鬼の特性が問題となるので、どちらが犯人であっても矛盾する要素が出て来るのがこの事件の難しい所である。

勿論、アルフレッドが杭を持ってクロードが打ち込んだ、つまりは二人の共犯と考えれば上記の矛盾は一挙に解消されるのだが、二人とも1時以降のアリバイがないというのが不自然。共犯ならばゴダール卿が探偵を呼ぶと決めた時点でアリバイ確保のための口裏合わせをする時間はいくらでもあったし、客観的にアリバイが証明出来なくても最低限その時刻に誰かが外部から侵入したことを仄めかすことは可能なので、それすらしていないというのは彼らが犯人ではないことを間接的に証明していると言えるだろう。※5

 

ここからは本編で語られた鴉夜の推理と同じ流れになるが、鴉夜が指摘する7つの疑問点、つまり

1.ハンナ夫人が目覚めなかった

2.襲撃が夜中に行われた

3.犯人が瓶を置いていった

4.犯人が城の内情に詳しかった

5.犯人が銀の杭をわざわざ倉庫に戻した

6.杭打ちの音がしなかった

7.瓶の内側にホコリが付いていた

が事件解明において重要となってくる。特に重要なのが6つ目と7つ目であり、この二つが犯人特定に関わってくるので2話の段階で明かさなかったというのも、真相を聞いた後だと納得出来る。

6つ目の疑問〈杭打ちの音がしなかった〉は、画面にも映らず容疑者の証言を聞いただけでは見つからないネガティブな手がかりのため、これ自体に気付くのが難しいのと同時に、(クロードが言ったように)音が聞こえたら犯行がバレる・犯行時刻を特定されることを恐れた犯人がこっそりやったというもっともらしい仮説が立てられるので、一見すると重要に思えない疑問なのが手がかりとして巧妙なポイントだ。この仮説は4つ目の疑問〈犯人が城の内情に詳しかった〉こととハンナ夫人の趣味が日曜大工であるという二点によって完全に潰され、杭の音を立てても全く問題がないのに音がしなかったことから、杭がハンマーで打つと壊れる素材で出来ていた。つまりもう一つの杭の存在を導き出せるようになっているのが本作のロジックとして優れたポイントである。

 

そしてここから、もう一つの杭が聖水を凍らせた氷の杭であることを示す手がかりとして7つ目の疑問〈瓶の内側にホコリが付いていた〉が重要になる。聖水が身体全体ではなく胸部を中心にかかっていたこともヒントではあるが、このささいな疑問が別の形で聖水が持ち込まれたことを示す手がかりになっているのも見逃せない。

この氷の凶器のトリックを成立させるために吸血鬼の特性が利用されているのがまた面白い所で、銀や聖水に触れると火傷をする、つまり吸血鬼の身体に触れた銀や聖水は高温を発することが凶器の消失を可能にしているのが巧いし、それは2話の冒頭で銀の杭に付いていた吸血鬼の血液が沸き立っていたことから見ても十分推理は可能なのだ。

また、氷の杭を作る型となった革のケースについては3話で登場したヴァンパイアハンターのヨーゼフが証言しているし、フーゴが襲撃した際に杭をむき出しで持っていたこと、後に銀の杭を回収したのがアルフレッドであったことから、この時点で革のケースが犯人によって持ち去られていたことが(うっすらとではあるが)示されているのもよく出来たポイントと言えるだろう。

 

かくして、凶器の偽装によるアリバイトリックが判明し、犯人の条件が

1.実際の犯行時刻(12時半~1時)にアリバイがない人物

2.アリバイ工作によって1時~1時半にアリバイがある人物

3.2の時間に数分だけ自由に動く隙があった人物

4.杭を素手で突き刺し、南京錠をねじ切れるほどの力がある人物

5.感覚の鋭敏な吸血鬼を相手に、一切気付かれずに犯行に及べた人物

と絞られたことで、次男のラウールが犯人と特定される。しかしここで偽装工作の際に負った銀による火傷の痕がないという反証※6が出て来るのがまた厄介な所だが、それもまた吸血鬼ならではの特性――銀・聖水以外で負った傷は致命傷となるものでも再生・復活する――がトリックとして利用されているのが面白い所。

原作ではゴダール卿が「腕がちぎれたって、二日もあれば綺麗に再生します」と述べているので、原作は指を切り落として再生させるというトリックの裏付けとなる証言があるのに対し、アニメは切断で失われた部位も再生するかどうかの言及がないため、正直アニメはちょっと情報不足な気がしないでもないが、3話でゴダール卿が襲撃を受けた際、首に刺さった矢の傷が瞬時に回復している描写は原作同様に描かれているため、ギリギリアンフェアではないといった感じだろうか。

 

※3:【アンファル】第3話 感想 吸血鬼たちの0時の昼食【アンデッドガール・マーダーファルス】 : あにこ便

※4:吸血鬼の身体能力については、2話冒頭のゴダール卿の狩りの場面や、3話の昼食後クロードが津軽に気付かれることなく近づいていたこと、クロードの「あんたの首をへし折るなんて簡単にできるんだぞ」という発言から、気配を消して夫人に近づき、杭を一撃で心臓に届かせるだけの力はあると推察することは可能だ。

※5:もっと言うと、二人も部屋に入ってきたら流石に(吸血鬼として)感覚の鋭いハンナ夫人も気配に気づいて目が覚めたはず。ちなみに、ハンナ夫人が眠っていたことに対して「睡眠薬が盛られていたのではないか」と考えたコメントを見かけたが、本編でも述べられていたように吸血鬼は感覚が鋭い=五感が発達しているので、もし飲食物に睡眠薬が混ぜられていたらハンナ夫人は普段と味が違うことに気付いたはずなので、薬が盛られたという可能性は否定される。というか、本編で睡眠薬を用いられたと思われる描写が一切ないのに解決編で睡眠薬を使ったという真相が明かされたら、それは犯人当てミステリとしてはアンフェアになるのだけど。

※6:原作では銀の杭に素手で触れたような指のあと」があったと記されているが、アニメの銀の杭を見た感じ指のあとはなかったように見えるので、犯人が銀の杭に触れたという情報が欠けているのが少し気になる。とはいえ、ゴダール卿が狩りに行く前倉庫に異状がなかったことから考えて、棚にしまってあった杭を床に置くとなるとやはり直接手に取らないといけない訳だから、指のあとがなかったとしても犯人が手に取ったと考えられるし、別に改悪ではないかなと判断した。

 

人間的動機

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© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

以上の推理から犯人だと暴かれたラウールを、津軽は"鬼殺し"として処刑することに。処刑なのにあの見世物小屋の芸のように講釈をたれながら殺すというのはいささか不謹慎な話ではあるが、人間の死刑が厳粛に行うものなら怪物の死刑はその逆、つまりは面白おかしく滑稽に殺すというのが、まぁ津軽なりの美学というか理屈なのだろう。初回で鴉夜が津軽のことを「生まれながらの人外」と評しただけのことはある。

そんな「生まれながらの人外」津軽に対して、ラウールの犯行動機は人類親和派というレッテルに対する抵抗感、吸血鬼の誇りを取り戻すための一矢としての親殺しという、理屈としては非常にわかりやすいというか、凄く人間的な動機だと思うのだがどうだろう?

 

tariho10281.hatenablog.com

2話の感想記事において私は「人類親和派」というのは何も人間が欲得なく共存の道を与えたのではなく、周辺諸国に自分たちの国・民族が優れていることをアピールするためにやったことだと論じているが、今回のラウールの犯行動機も自分たち種族の優位性を示したいがための犯行なのだから、そういう意味では人間と五十歩百歩であり、劣っていると見なしている人間と同等の思考回路という点では未熟で愚かな吸血鬼だったという訳だ。

怪物の王を謳いながらその精神・発想は人間と同等という皮肉、その滑稽さが正に本作で言う所の笑劇(ファルス)に当てはまっていると私は思っている。そしてそれを際立たせるのが津軽の存在であり、彼の飄々とした態度や最後の「四度あることはゴダール」という不謹慎な締めの一言から見ても、常人には理解しがたいセンスとユーモアは人間の道徳・倫理観から外れたという点で怪物的と言えるだろう。

 

家族の中にある絶望

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© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

これは余談になるが、今回の事件の根っこには吸血鬼の家族という閉ざされた家庭環境が大きく影響している。ラウールは確かに未熟で愚かではあったが、自分たち親和派が周囲からどういう風に扱われているか肌身をもって感じ、そしてそれを打破するにはどうすれば良いかを考え計画・行動に移すだけの頭はあるのだから決して馬鹿ではないというのはわかる。それを後押しする結果になったのは、皮肉にもゴダール卿が失いたくないと守り続けて来た家族・家庭内にあったというのが私の意見である。

 

tariho10281.hatenablog.com

これは以前放送していたドラマ「ナンバMG5」にも通じることなのでその時の感想記事をアップしておくが、「家族は一枚岩である」という幻想を抱いて日常生活を送っているのが一般的な家族であり、そこを深掘りすると親に対する気の許せなさだったり、子供に対する過剰な期待など、個人個人のダークな部分が見えて来る。それをむき出しにすると家族として成り立たなくなるため、互いに妥協したり諦めることで普通の家族を装っている。これを精神科医名越康文先生は「家族は絶望を抱えている」と表現している※7が、今回のゴダール卿の屋敷で起こった事件も突き詰めれば家族の中の絶望が生んだ事件と言えるだろう。

 

言うまでもなくゴダール一族はよそ者の吸血鬼一族であり、同種族は人間によって次々と狩られている。つまり同じ苦しみを共有出来る仲間やそれを愚痴る相手が他におらず、それを求めるとなると親兄弟という家庭内のごくわずかな相手に頼らざるを得ないのだ。まだそれで鬱屈とした感情が発散されるなら良いのだが、ゴダール卿は(悪気はなかったといえ)人類親和派として吸血鬼の生き方を制限し子供たちを抑圧してしまった。それがラウールにとっては絶望になったのだと思う。

そして吸血鬼としての力を使う機会が抑圧されるということは「自分がいざ力を発揮したら他の連中なんか容易に片づけられる」という妄想・過信につながり、その力を誰かと戦って強化したり比較することが出来ないだけに余計その妄想が悪化しやすい。これが人間だったら学校や職場で挫折・失敗を経験する上で自分の身の程を思い知ることになるのだけど、彼は吸血鬼で当然学校にも行ってないし働いてもいないから、家の中でダークな妄想が煮え立ち、実行に移さざるを得ないと思い込むレベルにまで行き着くだけの環境が整ってしまった。そういった妄想が育まれ醸成されるのが家という閉鎖的な空間なのだ。

 

だから今回の物語を見た上で私自身のことを振り返ると、私は小学校から高校にかけて色々と不愉快な思いや辛い目にも遭ったけど、実はそれが最悪のルートを回避する道筋になっていたのではないか?と、ある程度は肯定的に受け取れるような気がしたのだ。

 

※7:【特別対談】第7回「誰でもみんな家族の中に絶望を抱えている」 - YouTube

 

さいごに

ということで長くなったが第一章「吸血鬼」編の感想・解説はこれにて終了。

私は原作既読だったのでTwitterYouTubeを漁って原作未読者の推理を調べてみたけど、やはり原作の真相に辿り着いた人はいなかったようで、「クロードがハンナ夫人の自殺をほう助した」とか「聖水を浸した剣で夫人を刺した」とか、まぁ色々な間違い推理の見本市が立てられていて、おかしかったですよ。特に本作は特殊設定ミステリなので、一般的な吸血鬼の特性まで混同して考えると余計訳が分からなくなるし、作中で言及されたアンファル世界の吸血鬼の特性をキチンと整理しないと真相には辿り着けないので、そこは犯人当てミステリの小説に対する経験値やルールを把握しているかどうかがものを言うのかなと思った次第である。

 

内容に関してはテンポ感ある語り口と映像演出の巧みさがあいまって、ただひたすら情報を羅列するという最悪の事態にはなっていないし、それは解決編においても同様で良かったと評価したい。

漫画版の解決部は、鴉夜がいきなり犯人を指名してロジック後回しで先に氷のトリックを明かしており、そこがミステリとして改悪だなと思っていたので、アニメは原作通りやってくれて本当に良かったと思っている。正直言うと氷のトリックってミステリにおいては古典中の古典でそれだけ抜き出すと陳腐になるのだけど、本作は推理を重ねて「杭が壊れる素材で出来ていた」という結論が導き出されてようやく氷のトリックがサプライズとして活きるように設計されているので、その道筋を簡略化するとしないとで面白さは大きく変わるのだ。

 

他の方の感想もほぼ全員が好評の意見を述べているが、一部では終盤の津軽とラウールの暴パートがイマイチというか、そこで失速したという意見も見かけた。これについては「何だとテメー、これが良いんだよコノヤロー!」とムキになって怒るつもりは毛頭ない。面白く感じられなかったという感覚になったのもある程度は納得出来るからだ。何故なら、本作における笑劇要素は必ずしも私たち観客に向けられたものではなく、鴉夜と津軽という二人の限定的な世界の中で展開されている面があるからで、メイドの静句が「最低屑の似非噺家野郎」津軽を悪し様に言うのも、自分が入る余地のない鴉夜と津軽だけの世界観に対する嫉妬があるからではないかと私は分析している。

それに、笑劇を含む喜劇というものは大抵当事者にとっては全く笑いごとではない話であって、俯瞰的に眺めてようやく喜劇・笑劇たり得るのだ。だから、物語に深入り・感情移入しすぎるとファルスから遠ざかる訳であって、ファルスにするには一歩引いた目線、ある種無情とも思えるような俯瞰的・批評的、時には冷笑的なまでの客観性がないと笑劇が生まれない。

だから本編で鴉夜と津軽の掛け合いや生首ジョークが度々挿まれるのは、読者・視聴者の感情や精神を怪物側に馴染ませるための作者の企みではないかと私は考えており、そこで怪物側に馴染めたら面白いと思うのかもしれないけど、まだ馴染めない・面白く感じないと思ったあなたはまだまだ人間ですよと、そう作中の鴉夜・津軽に言われているような気がしてならない。

 

さて、次回からは原作2巻のエピソードに突入。吸血鬼編は湿っぽい殺害事件だったが、2巻のエピソードは海外古典の有名人たちが大集合。とある宝石を巡って謀略ありバトルありの一大冒険活劇が展開されるので、難しいことを考えずとも楽しめるエンタメとして是非期待してもらいたい。