タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

ゲゲゲの鬼太郎(6期)第91話「アンコールワットの霧の夜」視聴

そういえば昔、電波少年の企画でアンコールワットまでの道を舗装する企画がありましたね。

「だから何だ」って話ですが。

 

アンコールワットの亡霊」

今回は2期に放送された「アンコールワットの亡霊」のリメイク。

 原作は鬼太郎が登場しない短編アンコールワットの女」。原作の方は未読だが、2期のアニメは数年前に視聴している。記憶が確かならば、森本という男性が、ワランという娘の行方を探して欲しいと鬼太郎に依頼する所から始まったと思う。

森本は四年前、アンコールワットの遺跡を調査中にワランと知り合うが、霧の夜にワランは日本人の武者姿の亡霊によって連れ去られてしまい、そのまま行方不明になる。鬼太郎は森本と地元警察の要請によって、亡霊によって連れ去られた女性たちの行方を追う。

アンコールワットに武者姿の亡霊というミスマッチの妙と、亡霊たちの目的を探っていくミステリ仕立ての物語が大変印象深かったが、この話をより楽しむには「江戸時代初期に海外移住した日本人」に関する歴史的背景を知っておかなければならない。2期では一応その背景に触れているが、今期はほとんど言及されなかったので念のため紹介しておくことにしよう。

 

「江戸時代初期に海外移住した日本人」に関する歴史的背景

時は徳川幕府の時代までさかのぼる。徳川幕府といえば鎖国体制の印象を持っている方もいるだろうが、幕府の初期の外交政策キリスト教は禁止していたものの、平和的な貿易は奨励するという方針であった。

そのため、日本人の海外進出も盛んであり、ルソン・トンキン・アンナン・カンボジア・タイなどに渡航する商人も多かった。幕府は彼らに海外渡航を許可する朱印状を与え、朱印状をもらった商船は朱印船として貿易を行った朱印船貿易

朱印船貿易が盛んになると、海外移住する日本人も増え、南方の各地に自治制をしいた日本町がつくられた。

その頃に海外移住した日本人の中で最も有名なのが山田長政である。

ja.wikipedia.org

彼は1612年に朱印船でシャム(現在のタイ)へと渡航。後にアユタヤ朝(タイ)の首都アユタヤの日本町の長となり、リゴール(六昆)の太守(長官)となったが、1630年に政争で毒殺される。

senjp.com

山田長政は出生地や死因について諸説あり、歴史的事実として疑わなければならない部分もあるが、今回はそれがメインではないので割愛。

山田長政にはオインという名の息子がおり、長政の死後はカンボジアへ亡命。しかし、カンボジア国内における王位継承問題に巻き込まれて死亡してしまう。そしてアユタヤにあった日本町も衰退の一途を辿ったそうである。

 

以上、『詳説日本史 改訂版』(山川出版社)の記述も参照しながら当時の歴史的背景を振り返った。これで、海外で日本人の武者姿の亡霊が出るという原作やアニメの設定が理解出来たのではないだろうか。

アニメでは、長政の息子オインが築き上げた村で起こった悲劇が、亡霊による誘拐騒ぎの発端となる。

 

カンボジアの敵を東京で討つ

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©水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション

今回の脚本は長谷川圭一氏。前半部は2期の展開を踏襲し、後半はオリジナルの展開にしているのは去年放送された「霊障 足跡の怪」と同じ。

人間関係と名称が2期と若干異なっている部分があるのでおさらいしておくと、2期で森本が知り合ったワランは、今期ではソリカという名で登場。また、2期でオインは自分の娘を誤って殺してしまうのだが、今期はオインに誤って殺されてしまう女性は娘ではなくオインの妹に改変されており、ワランという名がついている。この辺り、ややこしいので混同しないように注意。

 

2期と共通しているのは、戦乱が原因でオインが身内を誤って殺したこと、その身内の魂を見つけるために四年に一度の2月29日に亡霊たちが女性を連れ去っていたこと。それ以外は別の展開となっている。

2期では(一応伏せ字)山田長政によって国の乗っ取りを阻止され滅ぼされた子孫の霊が、長政の息子オインに逆恨みをして、オインの娘の魂を井戸に隠し、オインたちが成仏出来ないようにしていた(伏せ字ここまで)という真相が終盤で明らかとなる。戦争の絶えなかった時代における「憎悪の連鎖」が生み出した事件と言えるだろう。

 

そして今期は、腑に落ちない発言や行動を伏線として配置し、ミステリ形式の謎解きにすることで、「オインの遠大な復讐」を明らかにしている。

 

(以下、アニメのネタバレあり)

 

1968年2月29日、新婚旅行でカンボジアを訪れた本郷柊作とその妻沙羅。その日の夜に沙羅は亡霊に連れ去られ、オインの元に辿り着く。ここでオインは、沙羅が妹ワランの生まれ変わりだと気づくが、同時にオインは悲劇の発端がワランの恋人ケムラによる裏切り行為だと知り、更にケムラの生まれ変わりが沙羅の夫である本郷だということも知る。(この場面で沙羅が鬼太郎の方を指さすが、実際に示したのは本郷=ケムラだった)

ここでオインは思いつく。このまま成仏するのは癪だ。愛する者を失う悲しみをケムラ(=本郷)にわからせてやる。その復讐として、まず沙羅と他の女性を解放した。

そして1972年2月29日、沙羅のたっての希望通り、舞台「アンコールワットの霧の夜」が開演。沙羅は服毒自殺を遂げる。そして本郷は、今際の際に沙羅が言った「霧の夜を思い出して」を聞く。(実際には「裏切りの夜を思い出して」と言った)

それから48年後の2020年2月。末期の肺ガンで余命いくばくもない本郷は、最後にもう一度「アンコールワットの霧の夜」を開演。過去を再現することによって、妻が何故死んだのか、その真相を掴もうと足掻く。

 

今期のオインの復讐には二つの目的がある。一つは、愛する者を失うことの苦しみを味わわせること。そしてもう一つは、「何故愛する者が死ななければならなかったのか」という「不条理な死」に対する答えが見つからない苦しみを味わわせること。オインは52年の歳月をかけて、本郷(=ケムラ)に自分が味わった二重の苦しみを与えたのである。

 

日本のことわざに「江戸の敵を長崎で討つ」という言葉がある。意外な場所や筋違いなことで、以前受けた恨みの仕返しをすることを例えたことわざだが、今回の場合はさしずめカンボジアの敵を東京で討つ」と言うべきだろうか。

愛する妹を殺してしまった無念と恨みから、生まれ変わったケムラの魂に対して復讐を遂げるオイン。ワランだけでも助かって欲しいと密約を交わすケムラ。オインもケムラも(行動の是非は抜きにして)愛する者のためにとった行動なのだから、「当時の戦乱が悪かったのだ」と割り切り赦せれば良かったのだが、そう単純に割り切れないのが人間の性なのだよな。

 

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©水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション

「ケムラの業」は死後の世界で清算されることなく、生まれ変わった本郷の魂に持ち越され、最後は本郷の死によって清算された。何とも気の長~い因果応報譚である。

 

蛇足

・今回の脚本には「歪んだ憎悪」(ほうこう)や本人に落ち度のない「呪縛」(足跡の怪)、愛する者の死に関する「因果応報」(魍魎)といった、これまで長谷川氏が担当した脚本回の諸要素が詰まっている。そういう意味で、今回の脚本は長谷川氏の集大成だったと考えて良いのかもしれない。

・終盤、沙羅(=ワラン)の魂がまなに乗り移って真実を述べた。ここに来て名無しの回や伊吹丸の回で言及された、拝み屋の家系で憑坐体質の設定が活かされたのは良かったと思う。まながこの事件に関わったことも運命のいたずらだったのかもしれない…。

 

 

次回登場するのは天邪鬼。事前情報で脚本を担当するのは伊達さんだと聞いたが、天邪鬼回は4期という名作があるからな。この原作に挑戦するのは結構ハードル高いよ。

“別解潰し”の不徹底さに不満が残る「アリバイ崩し承ります」1話(ネタバレあり)

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

8年ほど前に、フジテレビの月9で密室殺人専門のミステリドラマ鍵のかかった部屋が放送された。

そして今年、テレビ朝日の深夜枠でアリバイ崩し専門のミステリドラマ「アリバイ崩し承ります」が放送されると聞いた時は、「鍵のかかった部屋」と双璧をなすミステリドラマになるやもしれぬと仄かな期待を抱いていた。

 

初回の感想をTLで見ていると、結構評判は良かったが、個人的には不満が残る所があって手放しに褒められないのが正直な感想。

後程この不満点について言及するが、これだけ周りが高評価だと自分の不満が自身の狭量さから来るような気がして少々いたたまれない。そもそも月9枠と深夜枠を比較するのは酷な話だし、予算面から言って再現出来る度合いも変わるのだから、比較対象として持ち出す自分が馬鹿だったとは思う。

とはいえ、より洗練された謎解きにハマってしまっている私としては、今回の構成に納得がいかない所もあるので、一応批判も覚悟の上で不満を述べたい。

 

(以下、原作・ドラマのネタバレあり)

 

原作『アリバイ崩し承ります』について

原作は大山誠一郎氏による短編集。物語の始まりは以下の通り。

那野市の鯉川商店街にある美谷時計店では時計修理や電池交換だけでなく、アリバイ崩しをしてくれるという不思議なサービスを行っていた。たまたま時計の電池交換のためにそこを訪れた新米刑事の〈僕〉は、店に貼られた「アリバイ崩し承ります」を見て、店主の美谷時乃にかねてから刑事たちの頭を悩ませている殺人事件のアリバイ崩しの依頼をした…。

 

現在は短編集として発売された7編に加えて、ネットで公開されている第二シリーズの2編の計9編を読むことが出来る。

j-nbooks.jp

※公開は終了してます。第二短編集は単行本で読むことが出来ます。

(2024.03.12 追記)

 

物語の形式としては至極単純で、どの話も基本「〈僕〉が時乃にアリバイ崩しを依頼→〈僕〉による事件の概要説明→時乃による真相解明」で進む。また、この短編集はアリバイ崩しに特化した短編集のため、メインは謎解きの面白さにある。そのため主人公である〈僕〉の名前は不明であり、性格も特別クセがない。探偵役の時乃にしてもわかっているのは二十代半ばの女性でウサギを思わせる雰囲気があり、祖父の衣鉢を継いでアリバイ崩しを含めた時計屋稼業を担っているというくらいの情報。つまり、キャラクターの面白さで読ませるようなミステリ小説ではないということだ。

 

あ、一応「アリバイ崩し」形式のミステリが何かピンときていない方のために、いわゆる「犯人探し」形式のミステリとの違いを説明しておくと、まず前提として容疑者候補が限定されており、犯行動機もはっきりしている点が挙げられる。犯人当てや動機をメインとしたミステリは、基本容疑者たちのアリバイは曖昧であったり、被害者を殺す動機が不明(逆に誰もが被害者を殺す動機がある場合も)なので、死体や現場の状況・人間関係を捜査していくことで犯人を追い詰める。

ただ、「アリバイ崩し」形式のミステリは、死体や現場の状況・人間関係を捜査していく点は同じだが、早々に容疑者が絞られ犯行動機も明らかとなる。ただし、容疑者には被害者が死亡した時刻に別場所にいた、或いは殺害に要する条件を満たさない状況下にいたことが明らかとなる。

「どう考えても犯人はコイツなのに、犯行が不可能なんて、そんなはずがない」という登場人物の思いが物語に出てきたら、それは「アリバイ崩し」形式のミステリと思ってまず間違いない。

ただし、注意しておくが「アリバイ崩し」形式のミステリと「犯人探し」「動機探し」形式のミステリは別ジャンルではない。「アリバイ崩し」は「犯人は誰か?」という広いミステリ小説の枠内に収まっており、「アリバイ崩し」形式の作品でも「犯人探し」「動機探し」形式のミステリを作ることは出来るのだから。

 

「時計屋探偵と死者のアリバイ」

ドラマの1話に相当するのは、原作の3話「時計屋探偵と死者のアリバイ」。なぜ原作の1話ではなく3話を初回に選んだのだろうかと思ったが、これは本作が一般視聴者が思うようなアリバイ崩しものではないことをアピールするためにこの話をチョイスしたのではないかと思っている。

 

偏見になったら申し訳ないが、大体「アリバイ崩し」形式のミステリに明るくない一般視聴者にとってアリバイ崩しは「列車の時刻表を突き合わせて、分単位のアリバイを検証するような、辛気臭い上に情報処理だけで脳がヘトヘトになるシロモノ」だと思われている向きがあると思うし、かつての私も「アリバイ崩しものはトリックが地味で意外性に欠けるから特別読みたくはない」と思っていた時期があった。

勿論現在はアリバイ崩しにも数々の名作があることを知っているのでそんな偏見はなくなっているものの、やはりアリバイ崩しをミステリ初心者に、それもドラマ限定でオススメするとなると、コレといった作品が頭に浮かばない。

 

そんな訳で、この度『アリバイ崩し承ります』がドラマ化することを聞き、初回に原作の3話を持ってきたことについて、私は本格ミステリに興味を持ってくれる人を増やす意義があるという点で評価したい。また、原作は探偵役の時乃が店から一歩も出ずに事件概要を聞くだけで真相を暴く、安楽椅子探偵形式の物語なのだが、流石にドラマだと画面に動きがなく地味になってしまうきらいがあるため、時乃を活発的なキャラに改変し、刑事もキャリアの管理官国会議員の息子といったオリジナリティ溢れるキャラにしている。この改変で「動的なミステリ」として今後良い形で作用していくだろうと期待している。

 

ちなみに、本作の主人公・時乃を演じる浜辺美波さんは映画「屍人荘の殺人」でも探偵役を演じている。「屍人荘の殺人」でミステリに興味を持った人もいるだろうから、浜辺さんがこの作品に出演することは、ミステリに興味を持った「顧客」を更なるミステリの沼へ引きずり込むことに貢献していると思っている。

 

不徹底な「別解潰し」

前置きが長くなったが、ここでようやく今回の物語について解説。

今回特筆すべき点は何といっても「犯人(と思しき人物)の奥山新一郎がいきなり刑事の面前で死亡する」点だろう。本来アリバイ崩しものにおいて犯人は最後まで生き残っているのが定石なのだが、本作では奥山が事故という奇禍に遭い、殺人の告白をして死亡。告白通り被害者が見つかり犯行動機も明らかなのだが、奥山にはアリバイがあることが判明。奥山を叩いてボロを出させようにも、死人に口なし。後に残ったアリバイをどう崩すかが今回のポイント。この時点で従来のアリバイ崩しものとは違うってことがわかるよね。

事件の構図についてはほぼ原作通りなのでここでは深く言及しない。違う所といえば、奥山が事故に遭ったのが原作だと夜8時なのに対し、ドラマでは夕方4時に変更されているくらいだろうか。それに伴って宅配便の到着時刻や香澄の死亡推定時刻もズレている

謎解きのプロセスもほぼ原作通り。奥山と察時の会話における違和感から誤解と偶然によるアリバイを導き出す過程は鮮やかだし、それが意外な犯人の出現につながるのも巧い。そのため、事件と解決方法に問題はないのだが、ここで序盤に述べた「不満」が出てくる。

 

その「不満」についてだが、元々原作では解決に移る前に刑事たちの間で奥山のアリバイを検証する場面がある。「事故に遭遇した時刻に狂いはなかったのか?」「死体の死亡推定時刻が偽装されたのではないか?」「死体を移動させた可能性は?」「共犯者がいれば可能なのでは?」という具合に様々な可能性が検討されるが、奥山の左頬の傷・死体発見現場の状況・事故という「偶然」によってその可能性は悉く否定される。

こうして「別解」が潰されていくことで、奥山のアリバイがいかに強固で崩しがたいものなのかが強調されると同時に、謎が解けた時のカタルシスがより爽快なものとなる。しかしドラマにおける奥山のアリバイ検証は「共犯者説」と「車移動にかかる所要時間の実験」程度に留まったため、アリバイ検証が不十分な上に「別解潰し」が徹底していない。そのため、原作と同程度のカタルシスを味わうことは出来なかった。

まぁ、これに関しては原作未読者がドラマを見て、CMの間に別解を考える余地を与えるため、あえて劇中で検証をしなかったと好意的に解釈することも出来るので厳しく批判はしない。ただ、不満点はこれだけではない。

 

原作におけるサプライズは「アリバイトリックなど存在せず、誤解と偶然によってアリバイが生じてしまった」点に集約されるが、そのメインのサプライズの核となるのが「奥山の耳の障害」である。

原作の時乃は「奥山さんのアリバイは、崩れました」と言った後に、奥山と刑事の会話の違和感から「奥山は耳が不自由だった」と推理する。このファースト・サプライズから派生して明らかになる真相、そのサプライズの連鎖が心地よかった。

しかし、ドラマの時乃は「奥山さんのアリバイは、崩れました」と言う前に、奥山のかかりつけ医院で彼に耳の障害があったことを明らかにしてしまう

つまり、解決部に至る前に「耳の障害」というサプライズを明かしてしまったことで、サプライズの連鎖が分断されてしまったことが、私には何だか勿体なく感じられたのだ。また尺の都合とはいえ、奥山が耳の障害を隠していた理由がカットされたのも残念。

他にも被害者の行動に対する疑問が原作では説明づけられているのだが、それもカットされている。こういった細々とした不満が結晶となり大きな不満となってしまったのだが、気にならない人は気にならないだろうし原作を読めば良いだけの話なので、こういうことをイチイチ指摘するのは狭量なのだろうか…と思う自分がいる。

 

※アリバイ検証の材料となる死亡推定時刻、その他諸々の時刻については以下の通り。

・原作

香澄の死亡推定時刻…19:30~20:00

奥山が事故に遭った時刻…20:00

奥山宅→香澄のマンション…車で片道20分(往復40分)

奥山宅に宅配便が到着…19:20

事故現場…奥山宅近くの路上

タイムオーバー…5分

 

 ・ドラマ

香澄の死亡推定時刻…15:30~16:30

奥山が事故に遭った時刻…16:02

奥山宅→香澄のマンション…車で片道30分

香澄のマンション→事故現場…車で片道30分

奥山宅に宅配便が到着…15:20

事故現場→奥山宅…目と鼻の先

タイムオーバー…23分

原作では5分というタイムオーバーによってアリバイが成立してしまっているが、5分だと誤差の範囲だと突っ込まれる恐れがあったのか、それとも奥山に犯行が不可能だということをわかりやすくするためか、ドラマではタイムオーバーの時間を大幅にとっている。

 

「アリバイ崩し」ミステリの紹介(トリッキーなアリバイ崩し)

当ブログは少しでも多くの方にミステリの面白さを知ってもらいたいと思って、これまでにミステリ小説やドラマの感想記事をいくつかアップしている。このドラマはアリバイ崩しがメインなので、それに倣って私がこれまでに読んだオススメの「アリバイ崩し」ミステリを紹介していきたい

ドラマ1話の原作「時計屋探偵と死者のアリバイ」は実にトリッキーなアリバイ崩しだったから、今回紹介するのもトリッキーなあのお方の作品にするとしよう。

 

貴族探偵 (集英社文庫)

麻耶雄嵩「トリッチ・トラッチ・ポルカ」(『貴族探偵』所収)

本格推理でありながら、待ち受ける真相はとびっきりにイカれている。そんなトリッキーな物語を繰り出す麻耶先生の作品からこちらをチョイス。2017年に相葉雅紀さん主演で月9ドラマ化された作品だから、ミステリ初心者に関わらず聞いたことがある作品のはず。

ドラマの方はアリバイ崩しの形式で物語が進まなかったが、原作はれっきとしたアリバイ崩しの形式で話が進む。知らない人のためにあらすじをざっと説明すると以下の通り。

東北地方の小都市の廃倉庫で女性の他殺死体が発見された。死体は頭と腕を切断されており、警察は身元不明の死体として捜査を開始することになったが、しばらくして河原に埋められた被害者の頭部と腕が発見され、被害者の身元が特定される。更に事件の重要容疑者として高校教諭の浜村が浮上する。彼は河原に被害者の頭部と腕を埋めた所を目撃されており、被害者から恐喝されていたのだ。しかし浜村には被害者の死亡推定時刻にアリバイがあった…。

ここから先は二人の刑事によるアリバイ検証となる。勿論、浜村のアリバイが崩れて事件解決!…なんて分かりきった展開にはならないのでそこは御安心を。

ちなみに題名にもある貴族探偵探偵にもかかわらず推理をしません。なんじゃそりゃって思うかもしないが、まぁとりあえず読んでみそ。

前代未聞の30分で「犬神家の一族」チャレンジ!?(シリーズ「横溝正史短編集Ⅱ」)

金田一耕助ファイル5 犬神家の一族 (角川文庫)

第三週目は過去最大の問題作、約30分で長編犬神家の一族を描く前代未聞の試み。これを正しく評価するには、まず原作の要点を振り返るしかないよね。

 

(以下、原作・ドラマのネタバレあり)

 

犬神家の一族』、各章のおさらい

原作は発端から大団円まで計38章から成る。

 

1・発端

犬神佐兵衛の生い立ち。佐兵衛の臨終。

2・絶世の美人

金田一那須に到着。珠世を目撃。

3・寝室の蝮

珠世のボートに穴。過去二度にわたる奇禍。若林死亡

4・古舘弁護士

古舘登場。遺言状が誰かに読まれた形跡あり。

5・佐清帰る

佐清の復員。珠世に対する疑惑。

6・斧・琴・菊

金田一、犬神邸に赴き遺言状公開の席に坐す。仮面の佐清

7・血を吹く遺言状

遺言状の読み上げ、珠世との結婚に関する相続条件。青沼静馬の存在。

8・犬神系図

犬神家の家系について。静馬の経歴。

9・疑問の猿蔵

猿蔵の生い立ちについて。

10・奉納手型

奉納手型による指紋照合の提案。

11・凶報至る

松子、手型比べを拒絶。

12・菊畑

佐武の死体(頭部)発見

13・菊花のブローチ

犯行現場(展望台)の検証。珠世のブローチを発見。

14・指紋のある時計

珠世、前夜佐武と会ったことを告白。佐武の乱暴。

15・捨て小舟

佐清の手型比べ。死体を運んだボートの発見。柏屋の証言。

16・疑問のX

復員兵Xの存在。珠世と猿蔵に対する疑惑。

17・琴の師匠

香琴師匠の登場。松子夫人に尋問。

18・珠世沈黙す

佐武の死体(胴体)発見。珠世の「手型比べ」の教唆。佐清の指紋一致。何かを言おうとする珠世。

19・唐櫃の中

佐兵衛翁の秘密(衆道の契り)。

20・柘榴

佐武の通夜。復員兵X、珠世の寝室に潜伏。佐清、襲撃される。

21・佐智爪を磨ぐ

復員兵X、消息不明になる。佐智、珠世を昏睡させる。

22・影の人

佐智、豊畑村の空き屋敷へ珠世を運ぶ。佐智、「影の人」の襲撃に遭う。猿蔵に電話。

23・琴の糸

珠世、犬神邸に戻る。猿蔵、珠世発見の経緯を語る。佐智の死体発見

24・傷ましき小夜子

佐智の死体検分。復員兵Xの痕跡。小夜子の発狂。

25・人差指の血

梅子の松子に対する怒り。琴糸の心当たり。松子、指にケガ。香琴の一言と松子の視線。

26・噫無残!

犬神三姉妹の過去(菊乃への襲撃、斧・琴・菊の呪い)。

27・珠世の素姓

静馬の消息。消えた佐智のボタン。大山神主の暴露。

28・奇怪な判じ物

事件の整理。佐兵衛翁の秘密。佐清の死体発見

29・血染めのボタン

珠世、佐清の死体の指紋照合を依頼。佐智のボタンが発見される。判じ物の意味が判明。

30・運命の母子

香琴=青沼菊乃だと判明。

31・三つの手型

佐清と静馬の相似。菊乃の証言(松子の嘘)。佐清の死体と奉納手型の指紋不一致。

32・雪の雪ヶ峰

本物の佐清、珠世を襲撃。佐清、雪ヶ峰へ逃走するが逮捕される。

33・わが告白

佐清の告白書。金田一佐清に尋問。

34・静馬と佐清

金田一、真犯人を松子と指摘。松子、認める。金田一、事件の経緯を語る。

35・恐ろしき偶然

金田一の事件経緯の解説と佐清の告白(佐武殺しまで)。

36・悲しき放浪者

佐智殺しに至る真相の告白。

37・静馬のジレンマ

松子、一連の殺人に関する告白。静馬のジレンマ。

38・大団円

松子、一族に後事を託し自殺

 

超高速!犬神家

今回は30分という制約があったため、舞台は犬神家の広間を中心に展開。過去回想以外は全て広間で進む一幕ものとして描かれている。そのため、犬神家の一族以外の関係者は広間に来て話をするという、一種の出前形式になっているのが面白い所の一つ。

 

そして、肝心な物語の展開は以下の通り。()内は上記の章ナンバー。

若林死亡(3)

→佐兵衛の臨終(1)

→仮面の佐清(6)

→遺言状の読み上げ、珠世との結婚に関する相続条件。青沼静馬の存在(7)

→犬神家の家系について。静馬の経歴(8)

→猿蔵の生い立ちについて(9)

→奉納手型による指紋照合の提案(10)

→松子、手型比べを拒絶(11)

佐武の死体(頭部)発見(12)

佐清の手型比べ。柏屋の証言(15)

佐清の指紋一致。何かを言おうとする珠世(18)

→佐智、珠世を昏睡させる(21)

→猿蔵に電話(22)

→猿蔵、珠世発見の経緯を語る。佐智の死体発見(23)

→梅子の松子に対する怒り。琴糸の心当たり(25)

→犬神三姉妹の過去(菊乃への襲撃、斧・琴・菊の呪い)(26)

→大山神主の暴露(27)

佐清の死体発見(28)

判じ物の意味が判明(29)

佐清の死体と奉納手型の指紋不一致(31

→本物の佐清、珠世を襲撃(32)

佐清の告白書(33)

金田一、真犯人を松子と指摘。松子、認める。金田一、事件の経緯を語る(34)

金田一の事件経緯の解説と佐清の告白(佐武殺しまで)(35)

→佐智殺しに至る真相の告白(36)

→松子、一連の殺人に関する告白。静馬のジレンマ(37)

松子、一族に後事を託し自殺(38)

 こうやって整理してみると、序盤(1~5章)こそ思い切った省略や順番の入れ替えをしているものの、それ以降は各章のキーポイントを押さえて映像化しており、確かに原作に忠実だったなと思う

懐中時計やブローチ、佐智のボタンといった小物は謎解きの手がかりとして登場するが、今回は謎解きに特化していないため、省略したのは妥当と言えるだろう。ただ、よく見たら佐智死亡後、小夜子が指先でボタンらしきものをいじっていた描写があったので完全に小物となる手がかりを省略した訳ではなさそうだ。

 

個人的に感心したのは今までの映像化作品で省略されていた「斧・琴・菊自体に価値はない」点や、大山神主の暴露による静馬のジレンマが省略されずに描かれたこと。また、開幕時に若林が遺言状を握りながら死亡していたが、これが後に明かされる「松子夫人が若林を買収して遺言状の写しをとらせていた」という事実の伏線になっているのも巧い演出と言えるだろう。

 

神話となった「犬神家の一族

今回の演出は渋江修平氏。前シーズンでは「百日紅の下にて」、江戸川乱歩短編集では「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「人でなしの恋」を担当している。色彩の鮮やかさと独特な演出技法によって、強烈なビジュアルを視聴者の脳裏に焼き付けさせる方だが、今回もその技量を遺憾なく発揮していたと思う。

(何気に調べてみたら、過去にKing & PrinceのMVも担当されていた方で驚いた!)

 

犬神家の一族』を象徴する「湖に逆立ちした足」をタライの中に表現したり、大山神主に阿部祐二リポーターを起用したり、佐清野々村議員並みの心情吐露をさせたりと、一つ一つは突拍子がなく荒唐無稽に見える演出を一つの作品としてまとめ上げたのも凄いが、これによって旧来の映像化における「地方財閥の一族内で起こった連続殺人」という一種の俗っぽさを霧散させ、神話の域に昇華させたのは一つの偉業と言って良いのではないだろうか。

 恐らく神話として演出する目的はなかったのかもしれないが、30分という制約によって原作における「財閥」「復員」要素が薄まり、結果的に「忠誠心」「親子愛」といった普遍的な部分が前面に出ることになって神話の域に昇華されたと考えるべきだろう。

 

先々週の「貸しボート十三号」もそうだったが、横溝ミステリは時代性を排除しても何ら遜色のない普遍性を備えている。だからこそ、今日まで読み継がれ何度も映像化されてきたのだ、ということを改めて実感出来たような気がする。

炎天でも涼やかな間宮さんがいた、「ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~」2話

炎天下で非番でもピッシリとスーツでキメてくる警視…まさか身体に冷えピタでも貼っているのか…!?

 

(以下、ドラマのネタバレあり)

 

「静かな炎天」

 2話は原作「静かな炎天」のドラマ化。以前テレビ朝日系のバラエティ番組「アメトーーク!」の読書芸人において、メイプル超合金カズレーザーさんが本作を紹介したとのこと。また本作は別冊宝島で発行されているブック・ランキングこのミステリーがすごい!」(略称「このミス」)の2017年度国内編で2位にランクインしている。

 

ただ、私は「このミス」よりも探偵小説研究会編著の本格ミステリ・ベスト10」の方を支持しているので、本作はドラマ化されるまで耳にしたことがなかった(ちなみに「本格ミステリ・ベスト10」2017年度国内編では、本作は18位)。

個人的に「このミス」はライトなミステリオタク向けのブック・ランキングという偏見があり、ロジックや凝りに凝ったトリックを求めるミステリオタクとしては、「本格ミステリ・ベスト10」の方が信用出来るのだ。

だから本作「静かな炎天」はガチガチのミステリオタクには物足りないかもしれないが、「ミステリ小説に挑戦しようかしら?」「複雑なトリックは理解するのが難しくて読んでも面白くないし、ライトなのが良い」と思っている方にはオススメ出来る作品と言えるだろう。私も一度原作本を手に取ってざっと目を通したけど、この作品はミステリ初心者ならず読書ビギナーを読書の沼に引きずり込む牽引力がある(つまり、他作品も読みたくなる)と感じたし、あのカズレーザーさんがオススメするのも頷ける、“間口の広い”ミステリ小説なのだ。

 

それはさておき、本作は一見すると何てことのない事象の数々が一つの犯罪計画に繋がっていた…というタイプのミステリ。こういうタイプのミステリを今パッと思い出せと言われたら、私はドイルの赤毛連盟」とか、クリスティの「料理人の失踪」を思い出す。長編でこういった作品をあまり見かけないのは「何てことのない事象」が延々と続くと読者がダレてくることが筆者もわかっているからだろう。まぁ単に思い出せないか出会っていないだけで、実際はそういうタイプの名作長編もゴロゴロあるのかもしれないが…。

本作の場合は「立て続けに舞い込む探偵依頼」が「何てことのない事象」として物語を動かしていく。読者にとっては「何てことのない事象」だが、主人公で不運気質の葉村にとっては「何てことのある事象」であり、それが町内会長である糸永への疑惑へと向かっていくのが本作の面白い所だ。

 

前回は不運な人生から逃れようと別の人生を乗っ取ろうとした女の心情が印象に残ったが、今回は老害の母」という不運から逃れようとしたが、葉村という「筋金入りの不運」によってそれが潰されていき懊悩する糸永の姿が印象に残った。

糸永側から見れば今回の状況はかなり洒落にならない上に気の休まらない話であり、物語の演出・構成によってはかなーり嫌な気分にさせられることになったのだろうが、そんな後味の悪い感覚が残らなかったのは、葉村の存在が大きい。それは単に葉村が周りの人々に振り回されることによって生ずる喜劇的な空気だけではなく、彼女自身の優しさも影響していると思う。

 

言うまでもなく、探偵というのは犯人にとって敵である。しかし見方を変えれば、犯人が何を考えどう行動したのか、それを理解しようと奔走しているのだから、ある意味犯人を最も理解しようと努める者でもあり、味方でもあるのだ。

葉村が岡田警視と議論した糸永の犯罪計画が「仮定の話」として流されたのは、彼女が糸永の「最大の理解者」として彼の心情を斟酌したからであり、そこに葉村の人としての優しさが垣間見える。

 

岡田警視の存在について

ところで、終盤に登場した岡田警視、今回の物語においては正直な所「いなくても問題ない人物」なのだ。彼がいなくとも葉村の独白という形で真相を視聴者に明らかにする演出も出来たはずなのにそれをしなかった。ならば彼の存在理由は何だろうか?

自分なりに考えたが、今回の岡田警視は「この物語を“ミステリ”として着地させるためのマレビト的存在として登場したのではないだろうか?

まれびと - Wikipedia

 

もし岡田警視が登場しなかったら、葉村は今回の一連の出来事を「糸永の気まぐれの好意」として処理し、「最大の理解者」として彼の計画を胸底深くにしまいこんで何も語らず日常に戻っただろう。しかし、この物語は探偵物語であり、舞台の中心はミステリ専門書店。そんな結末、視聴者の大半は許さないだろう。

だから、この一連の出来事を「事件」として彼女に語らせ、合理的説明を為させるために岡田警視が登場したのではないかと思っている。本当はもっと現実的な目的があって葉村に接触しているのかもしれないが、物語の構造として彼の立ち位置を考えるとそうなってしまう。炎天にもかかわらず彼が汗もかかずにスーツでキメているのも、彼がマレビトとして存在することを示しているような気さえしてくる。

 

ドラマオリジナルキャラクターである彼の存在については後々もっと必然的な理由が明らかになるのかもしれないが、現段階で掴める彼の一端はこれ位。間宮さんのファンでなくても是非注目してもらいたい。

 

書籍紹介

さて、今回もミステリにそれほど詳しくない方を少しでもミステリの沼に引きずり込んでやろうという思いで紹介していく。

ただ、今回はミステリだけでなく怪奇小説も入っているのだがね。

 

アガサ・クリスティーカリブ海の秘密』

カリブ海の秘密 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 書店の階段横にある「サマーホリデーミステリフェア」に置かれていたのがこちら。前回も紹介した「ミス・マープル」シリーズの一つで、マープルが逗留していたカリブ海のホテルで起こった連続殺人の謎を解く物語。老人をカッコ良く描いた快作としてオススメ出来る。

 

エドガー・アラン・ポー「黒猫」

黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫)

 書店のイベント「真夏のホラーナイト」の黒板に貼られたポスター「THE BLACK CAT。これこそ、かのミステリ小説の始祖とも呼ばれるエドガー・アラン・ポーが著した怪奇短編小説「黒猫」の原題だ。物語は日本の怪談「累(かさね)」を彷彿とさせる因果応報譚で、猫を殺したことが切っ掛けで絞首刑に陥る男の恐怖が描かれている。書店に行かずとも青空文庫で読める作品なので是非どうぞ。

www.aozora.gr.jp

 

〇ウィリアム・フライヤー・ハーヴィー「炎天」

怪奇小説傑作集 1 英米編 1 [新版] (創元推理文庫)

 「黒猫」と同じく「真夏のホラーナイト」のイベントで紹介されていた怪奇短編小説。今回の劇中でも引用された「この炎天下じゃ人間だってたいがい変になる」という最後の一文が印象に残る。今回のドラマは二者の不運によって生じたミステリ」と表現出来るが、この「炎天」は二者の奇妙な偶然によって生じたホラー」と表現すれば良いだろうか。その二者をつなげて恐怖へと落とし込むのが、物語に漂ううだるような暑さなのだ。

ちなみに、「炎天」は私が敬愛する水木しげる先生によって「むし暑い日」というタイトルでコミカライズされていた。今回ドラマ化されてなかったら気づかずスルーするところだったわ。

怪物マチコミ 他 (水木しげる漫画大全集)

 

有栖川有栖『双頭の悪魔』

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

 夏のミステリとして最後にこの一冊を紹介。「学生アリス」シリーズの一作であり代表作として有名。大雨によって分断された二つの村、その二つの村で起こった事件の謎解きをする物語だが、読者も犯人が当てられるよう作中に手がかりが散りばめられており、“読者への挑戦”が三度も挿入されたボリューミーなミステリ小説。

実は、劇中でとある人物が所持していたのがこの『双頭の悪魔』なのだが、お気づきになられただろうか?気づいた方は通である。所持していたのは上の文庫版ではなくて単行本の方なので、以下の画像をヒントに誰がどの場面で所持していたのか探してみては如何?

双頭の悪魔 (黄金の13)

ゲゲゲの鬼太郎(6期)第90話「アイドル伝説さざえ鬼」視聴

 

さざえ鬼

ja.wikipedia.org

中国の『礼記』によると、雀は海中に入りハマグリとなり、田鼠はウズラに化けるとのこと。それならばさざえだって鬼になるだろうと鳥山石燕が『百器徒然袋』に描いたのがこの妖怪。そのため創作妖怪だと思うかもしれないが一応伝承も残っていて、房総半島には女に化けたさざえ鬼が宿泊先の亭主を取る(または殺す)話があり、また和歌山県の波切には美女に化けたさざえ鬼が自分を犯そうとした海賊たちの睾丸を食いちぎったという話が残っている。

ちなみに海賊の話にはオチがあって、食いちぎられて睾丸を失った海賊たちは、自分たちの睾丸を取り戻すべくさざえ鬼に莫大な黄金を渡した。つまり、「キンをキンで買い戻した」という訳である。

アニメでは1・3・4・5期に登場する定番の妖怪だが、各期のキャラ設定等については後述することにして次はこの妖怪を。

 

人魚

ja.wikipedia.org

洋の東西を問わず全世界で語られる半人半魚の妖怪。とはいえ、西洋ではその歌声と美貌で船乗りを魅惑し難破させてしまう魔性の妖怪としての性格が強い(映画「パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉」に出て来た人魚とかが正にそんな感じ)。

一方東洋では人魚の肉が不老不死の薬となる言い伝えがあったり、疫病・津波を予言するといった瑞祥の妖怪としての色が強い。人間を魅惑する必要がないせいか(一部例外はあるにせよ)西洋の人魚に比べると美人ではないし、人面魚に近い見た目のものが多い(腰から下ではなく首から下が魚)。

鬼太郎アニメではさざえ鬼の回に登場するが、3期ではさざえ鬼の回以外にも鬼道衆や磯女の回で登場する。また5期ではさざえ鬼の回に人魚は登場しないが、後に準レギュラーとしてアマビエが登場。かわうそとの名コンビぶりが板に付いていた。

 

食べるより、食べられたい

『ゲゲゲの鬼太郎』第90話「アイドル伝説さざえ鬼」より先行カットが到着! 鬼太郎がアイドルデビュー!?の画像-8

©水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション

今回の物語に入る前に、各期のさざえ鬼について振り返る。鬼太郎を食べるというのは共通しているのだが、その目的や話の展開については微妙に差異があるからだ。

まず1期は原作通り鬼太郎を食ってより強い神通力を得ようとするのだが、目的は同胞が人間に食われたことに対する復讐であり、鬼太郎を食べた後にさざえの殻を集め、そこに人間を封じ込めて「人間のつぼ焼き」にして食べようとするオリジナル展開が待ち構えている。

3期はほぼ原作通りだが、動機だけが違う。鬼太郎を食べようとした動機は公害による海洋汚染で病気になってしまった身体を治すためという切実なものであり、それを知った鬼太郎は公害をまき散らす工場にもお灸をすえた。そういう経緯があるため、3期のさざえ鬼は後に鬼太郎の仲間妖怪として何度も鬼太郎のピンチに駆けつけている。

4期は話の展開も鬼太郎を食う動機もほぼ原作通り。ただ、300年間人間に食われず生き延びたせいか、生に対する執着が凄まじく、鬼太郎に退治されてもなおその執着が消えることはなかった。

5期になると粘液で相手の攻撃を無効化するオリジナルの技だけでなく、美食家で金持ちという設定が追加される。海底に豪邸があり、潜水・空中飛行が可能な船を所有しているなど、桁外れのリッチマン。美食の追求のため鬼太郎をリサーチし、猫娘を使って鬼太郎をおびき出そうとした(だから人魚は出てこない)。

 

復讐・病気治療・延命・美食探求…。各期によって異なる動機だが、今期では「食べられるために食べる」という前代未聞の動機が飛び出す。

食物連鎖の荒波を乗り越え、ようやく人間同様食物連鎖の頂点に君臨することが出来たさざえ鬼がまさか食われることを目的に鬼太郎を食うなんて、そんな展開どうやって予測出来るんだよ!!

 

で、なぜそんな突拍子もない動機になったかというと、回転寿司ではツブ貝やホタテなどの貝類が寿司ネタとして人気なのに対して、さざえは寿司ネタにすらしてもらえないという一種の「寿司ネタ差別」が原因。だから魅力ある食材としてアピールしようと鬼太郎に化けて鬼太郎をおびき出し、よりパワーアップすべく鬼太郎を食べようとしたのだ、というのがさざえ鬼の目的。

…ここにきて多様性という6期最大クラスのテーマが、こんな馬鹿馬鹿しい差別につながるとはね。なんつー思考回路だ。

 

この突拍子もない思考回路はさざえ鬼だけでなく人魚にもあったようで、かつて不老不死になる食材として崇め奉られた人魚が昨今の医療技術によって日の目を見なくなり、アイドル活動により復権を目指そうとするのも、だいぶぶっ飛んでる。

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©水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション

「いやいや、食べられなくなったんだから逆に万々歳じゃねーの?」と思うし、「そんな形で目立って食われたら元も子もないのでは?」と思うのだが、こういった思考回路になってしまうのは、さざえ鬼も人魚も消費されることで存在意義を見出すもの」たちだからかもしれない。

ここでいう「消費」が物理的なものなのか精神的なものなのか、そこまで深く追究する話ではないだろうが、アイドル活動をするのだから精神的にも「誰かのものになりたい」という願望はあるのだろう。アイドル活動って、言ってみたら「自分の魅力を切り売りする商売」みたいな所はあるからね。実績・業績を残して誰かの記憶に残すというよりは、自分そのものの血と肉を以て誰かの記憶に残したい、みたいな?そういう一面があると思うんだ。

 

タリホー的夢判断

画像

©水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション

さーて、もう今回の話を見た方ならわかるが、一連の事件は全て鬼太郎の脳内で起こったことであり、すべては。序盤と終盤のみ現実であったがあとは全くの空の空。だから上記で述べたような「消費されることで存在意義を見出す」云々も空虚な戯言になってしまうのかもしれない。

でもそんなことを言ったら妖怪だって本来実体がなく存在するかどうかも怪しい空虚なものでしょ?それを無理やり見ようとして形にしたり意味を見出そうとするのが面白いし、事実原作者の水木先生もそうやって様々な妖怪を形にしてきた。

そんな訳で、今回の突拍子もないこの展開に無理やり意味を見出してみようと思う。あくまでこれから書くのは私なりの「お遊びとしての回答」に過ぎないのであしからず。

 

※以下の夢判断はこちらのサイトを参考にさせていただきました。

dreamusic7.web.fc2.com

 

・鬼太郎の偽物が出てきてアイドルデビュー

【アイドルタレント】:自分が作り上げた価値あるもの、実際には価値がなくても自分にとっては重要なもの、自己の中にある無感覚な“死んだ”部分

【偽物】:騙された気持ち、本物が別にあると感じている状態、代役、まやかし、犠牲

【異性から逃げる】:愛や性に対する不安感

→鬼太郎の偽物(=もう一人の自分)がアイドルとして人気があるのは、無意識に自分自身の男性としてのセックスアピールを感知しているのかもしれない。でも意識的な自分はそういうものの扱いに慣れておらず、それが女性に対する素っ気なさとして出てしまうのだろう。現につい最近それを示すような話があったからね…。

tariho10281.hatenablog.com

 

・さざえ鬼と人魚による一連の騒動

さざえ≒【貝】:秘密、潜在能力、頑なで内気な心、心が傷付けられることを避けるための防御、今の自分のあり方を守ろうとする態度、沈黙

【人魚】:無意識な自己と覚醒している自己を深い力で結びつけるもの、女性らしさ男性らしさの無意識的イメージ

【偽物と向き合う】:人に自分の本音を知られたくない気持ち

【食べられる】:自らの衝動に呑み込まれてしまうこと、性衝動に負けそうな状態

 →さざえ鬼やら人魚やらが出て来たのは、単に生もので食中毒にあたった影響(海の連想)なのかもしれないが、もしかすると精神世界において閉ざされた自分の才能(セックスアピール)を現実世界でもフル活用させるべきなのか、それともやめておくべきなのか。そういう一種のせめぎ合いの具現化かもしれない。

あとは、ぬらりひょんが掲げる「妖怪の復権も夢物語の形成に影響していると思っている。さざえ鬼も人魚も自分たちの地位を取り返すべくアイドル活動をしているのだから、今回の夢物語はぬらりひょんとは別の方法で「妖怪の復権」を目論むものを描いたと言えるだろう。

 

・アイドルデビューの始末をつける羽目になる

→偽物の鬼太郎=さざえ鬼は「鬼太郎が隠しておきたい潜在能力」の象徴。それが退治され、その後始末を提言してきたのは鬼太郎自身ではなく、目玉おやじ猫娘といった外側からの圧力。実生活でも目玉おやじ猫娘は鬼太郎に対して恋愛的な焚き付けをこれまでに何度も行っているのだから、それに対する鬼太郎の苦悩がこの場面の意味ではないだろうか?

 

以上を総括すると、今回の夢は「鬼太郎が抱えるセックスアピールに対する葛藤の物語」と言えるのではないだろうか?

アイドル要素を抜けば展開はほぼ原作通りにもかかわらず、アイドル要素と夢オチによって奇妙にもこういう解釈が出来てしまうのだから、ホント面白いよね。

 

さいごに(雑感)

・今回の脚本を担当したのは野村祐一氏。去年の木の子回以来、実に9ヶ月ぶりの脚本回だ。

 もしかしたら6期の序盤で放送されていたかもしれないこの物語、お蔵入りで寝かしておいて正解だったと思う。物語としての積み重ねのない序盤でこんな話を出したらただのカオス回止まりだったし、上記の様な夢判断も出来なかった。

でもこうなってくると他にも「お蔵入り脚本」があるのかちょっと気になるな。DVDのブックレットとかで明かしてくれないだろうか。

 

・今回の物語を「鬼太郎らしくない」と思った方もいただろうが、題材を一つ一つとってみると水木作品にも同様の趣向があって、例えばねずみ男が鬼太郎を解体する場面は原作「赤舌」でも見られるし、妖怪を食材とするアイデアは「さざえ鬼」だけでなく「妖怪危機一髪」にもある。「妖怪危機一髪」はスゴイよ、妖怪がソーセージになってホットドッグとして売られるんだもの。

更に言えば今回の夢オチも前例があって鬼太郎の登場しない短編「マンモスフラワー」で見られる。ただしこちらの夢は貧乏人が抱える切実な夢物語だけどね。

 

子泣きじじいが登場したにもかかわらず一切言葉を発しなかった理由を夢判断的に解釈するなら、

子泣きじじい」→「石になる能力を持った妖怪」→「石=無機物」→「無機物は夢を見ない」→「無機物は夢に介入出来ない」→「子泣きじじいは夢の鬼太郎に話せない」

という具合に発想が移っていき、この物語が夢である伏線として一切言葉を発さない立ち位置になったのではないだろうか?

 

 

次回は2期の名作群の一つアンコールワットの亡霊」のリメイク。脚本を担当するのは勿論このお方。

奢侈淫佚な事件が洒落っ気溢れるMVに変わる「華やかな野獣」(シリーズ「横溝正史短編集Ⅱ」)

華やかな野獣 「金田一耕助」シリーズ (角川文庫)

奢侈淫佚(しゃしいんいつ)…ぜいたくにふけり、みだらな楽しみや遊興にふけるさま。

 

待ちに待った第二週目は「華やかな野獣」。原作本は手元になく、電子書籍もやっておらず、古書店巡りもしなかったので、今回に限っては原作未読で楽しませてもらった(物語のざっくりとした粗筋は事前にちょっとだけ調べたけど)。

 

(以下、原作・ドラマのネタバレあり)

 

「華やかな野獣」

神奈川の本牧にある臨海荘では、月に一回館の女主人高杉奈々子によって会員制のパーティーが催されていた。パーティーの参加者は広いホールで相手を見つけると、各々客室へと引き上げて情事に及ぶことが出来た。これは、違法行為や不正は許さないが、性の享楽には寛大であった奈々子が設けたルールであった。

そんな折、部屋から奈々子がなかなか出てこないことを不審に思った太田寅蔵(奈々子の父の元水先案内人)・葛城京子(奈々子の父の妾)が部屋を見に行くと、そこには殺された奈々子の死体があった…というのが物語の始まり。

 

とある目的でボーイとして潜入していた金田一が登場することと、死体と死体現場に残された様々な痕跡を辿って「情痴の犯罪」と思しき殺人事件の謎を解くのが本作の見所。

 

男装の麗人たちによる殺人喜劇

今回の演出は佐藤佐吉氏によるもの。前シーズンでは「殺人鬼」を、江戸川乱歩短編集では「心理試験」「何者」「お勢登場」を担当している。

これまでの映像作品を見ていて、佐藤氏の演出は人のいやらしさというか露悪的な面をビジュアル化するのが巧いなと思っていたが、今回の「華やかな野獣」においてもそういう人間の一面を描きながらも、ある時はコミカル、またある時は洒脱に、所によっては卑俗な味付けを以て謎解きミステリ以上の映像効果をあげている。

 

昭和歌謡を随所に流す演出は従来と同じだが、今回特に私が気になった演出は以下の通り。

金田一以外全て女性の役者陣。(男装の麗人あり)

②パーティーにおける参加者の鼻マスク。

③リピートされる言葉。

④踊る金田一と謎解きのMV的演出。

⑤情交の演出及び性的オブジェクトとしての風船。

 

①については物語の演出でいくらかはカモフラージュ出来るものの、男性を起用するとどうしても性的な描写がドギツくなってしまう可能性があったため、金田一以外の登場人物を全て女性にしたと思われる。流石に「女性からみた男性のいやらしさを表現するため」などという高尚な試みはなされていない…はず。

 

②は大体の人ならわかると思うが、性的営みは動物全てが行なうものであり、性的享楽にふけるパーティー動物たちの交尾も同然という一種の皮肉なのだろう。パーティー会場の一幕はちょっぴり「時計じかけのオレンジ」っぽさも感じた。

 

そして③について。個人的にこの演出はどう解釈したら良いのか悩む。単に尺稼ぎなのか、重要な部分だから強調の意味も込めてリピートを繰り返しているのか。あ、でも神尾警部補がダイイングメッセージの「トラ」の意味に気づく場面。あそこの金田一は可愛かったな。萌えポイントだよ。

 

④は本作最大の評価ポイント。俗的な犯行に至るまでの犯人の描写が軽妙洒脱なMVとして描かれている。人によって好みが分かれるかもしれないが、麻薬密輸の秘密を暴こうとする者が自分の間近で性への快楽に耽っていることに対する犯人の焦燥や怒りが殺人喜劇として描かれているのが面白いのだ。

「こちとら麻薬密輸の秘密がバレるかもしれないってのにあいつらは楽しくS〇Xなんかしやがって…!!」というデスパレートさは本来見るに堪えないもの。そういう醜悪さもMVにしてしまえば鑑賞に堪えうるものになるのだというのが、今回の収穫。

 

⑤は犯人が聞いた奈々子と白いセーターの男との情交場面のこと。過去に「百日紅の下にて」で食事風景のバックで乱舞する布団という独特の情交描写があったが、今回は歌の応酬によってそれが為されているのがポイント。猛々しい軍歌と喜びの歌、そしてアンミカさんの「モウレツにやっとるねぇ~」が強烈で、「百日紅の下にて」と比べると直接的で下品に思える所はあるが、これはこれで屈指の名場面だと思う。

 

謎解きに関しては最早言うまでもない。鮮やかな消去法による犯人当てになっているし、臨海荘の立地条件が犯人特定のロジックにつながっているのも面白かった。

 

※今回のテーマ曲「ひと夏の経験」、物語の始まりとして印象に残る曲なので紹介。他にもタイガーマスクのテーマとか「あざみの如く棘あれば」「涙のtake a chance」など耳に残る曲があるが、それは各自ググるなり近くの年配の紳士淑女に聞くなりして調べてみてね。

www.youtube.com

 

…と思ったら佐藤氏本人がドラマで使用した曲のタイトルを公開してくれたよ!!

 (2020.01.26追記)

 

 

さて、来週はいよいよ問題作犬神家の一族。最早短編でもない長編作を30分間でどう描くのか?前代未聞の試みは歴史的快挙となるか、はたまた歴史的愚挙となるか?

間宮祥太朗がミステリの世界にいる喜びを噛みしめる、「ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~」1話

過去に間宮さんが出演したミステリドラマ、私が覚えている限りだと放課後はミステリーとともに金田一少年の事件簿N」だけだったと思う。

「放課後~」の方は未見だからどういう役回りか詳しく知らないが、調べてみると不良青年で学校内の事件に巻き込まれたという様な役回りで、メインキャラという感じではなさそうだった。

そして「金田一~」の方は3・4話の「鬼火島殺人事件」のゲストキャラとして登場。一応事件の発端となる人物だから重要だといえば重要だが、いじめの末に自殺未遂を起こして植物人間状態の青年という役だったから、やや印象に残りにくい。

 

そんな訳だから、間宮さんが今回ミステリドラマに、しかも探偵の葉村晶と比肩する頭脳を持つキャラクターとして登場してくれたので、私、心が滾っている

 

原作ものの映像化だし書店にも原作本が置いてあったから予習に読もうかと思ったが、間宮さん演じる岡田警視はドラマオリジナルキャラクターだと知ったので、未読で視聴することにした。

現金な男だと思われるかもしれないが、オリキャラを入れる話は原作と展開が変わる故、事前に原作の情報を知っていて、もし原作の方が優れているとドラマが楽しめなくなるかな?と思ったのも理由の一つである。

 

(以下、ドラマのネタバレあり)

 

「トラブルメイカー」

1話は葉村の人物紹介と、彼女が不運な理由の一つである姉・珠洲がもたらした「顔の無い死体」が絡む事件となっている。

とはいえ、事件の謎解き自体は大したことなく、珠洲と生沢努の共謀による生沢メイ殺しで葉村が死体の役として選ばれた…というお話。別にミステリの玄人でなくても「珠洲が葉村に海外旅行を強要した」場面と努の態度から推理をはたらかせることは十分可能。

 

どっちかというと謎解きそのものよりも不運から逃れようと人生そのものを変えようとする珠洲の人物像が印象に残った。自分自身ろくでもない人間だとわかっており、大金と別の身分を以て「不運」から逃れようとする。あさましくも切実な犯行動機だ。

現代では身分詐称が難しいからリアリティに欠けるきらいはあるが、昭和のミステリ小説とかではよくある犯行動機であり、現に今回劇中で登場したパトリシア・ハイスミス太陽がいっぱいアラン・ドロン主演で映画化した)もそういう類の犯罪小説だ。

太陽がいっぱい (河出文庫)

生憎私はこの『太陽がいっぱい』を読んだことがないが、この小説の主人公であるトム・リプリーを紹介したミステリガイドブック『ミステリ国の人々』を読んでいたので、この小説が「自分の人生を憎み、他人の人生を羨む」という一種普遍的な人間感情を扱った小説だということは知っている。

ミステリ国の人々

 

今回の物語では珠洲二重の嫉妬が描かれている。一つは金を持つ生沢メイ、もう一つは葉村。前者は当然ながら後者に対する嫉妬は恐らく「葉村の自由な生き方」に対する嫉妬だろう。金と男を求めることしか出来ない珠洲にとって、職を転々としながら生きる葉村の姿は自由に映り、妬ましく思った。だからこそ、死体役に彼女をチョイスしたのだろう。ケバケバしい身なりで強引な所があるから共感は出来ないが、根底にある感情は誰もが抱きうるものだ。

 

書籍紹介

このドラマ、ミステリ小説専門の書店が舞台となっているため、私の知っている様々なミステリ小説が散見される。画面に映った小説を全部紹介したい所だが、そんなことをしていたらキリがないので、目立ったものだけ紹介する。(今後も紹介する予定)

 

アガサ・クリスティーミス・マープル」シリーズ

片田舎の老婦人、ミス・マープルを主人公としたシリーズ作品。劇中で葉村が読んでいた『牧師館の殺人』『スリーピング・マーダー』など、12の長編と20の短編がある。

ミス・マープル - Wikipedia

個人的なオススメは『ポケットにライ麦を』と『鏡は横にひび割れて』。ちなみに、今回の珠洲の犯行動機と同様の動機を持った犯人がこのシリーズで登場するので、気になる方は読んでみては如何?

 

P・D・ジェイムズ『女には向かない職業』

女には向かない職業 女探偵コーデリア・グレイ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

大衆食堂の場面で岡田警視の側にあった数冊のミステリ小説のうちの一冊がコレ。新米の女性探偵コーデリア・グレイが主人公の探偵小説。自殺した探偵事務所のボスの仕事を受け継いだグレイは、青年の縊死の真相を調べてほしいという依頼を受け調査に乗り出すが、そのうち命の危険にさらされることになる…というストーリー。

実は私この小説を読んだことがなくて、上記のストーリーは『ミステリ国の人々』からの受け売り。個人的にハードボイルドものは敬遠していてどうしても謎解き・トリック重視のミステリばかり読む傾向があるので、まだまだ勉強不足だなと思わされる。

ところで、岡田警視は読んでいるだろうが、中の人となる間宮さんは読んだことがあるのかしら?まぁどっちにせよこれで間宮さんが関係する小説となった(こじつけだけど…)のでまた今度書店で買って読むか。

 

アガサ・クリスティー『忘られぬ死』

忘られぬ死 (クリスティー文庫)

岡田警視が書店で手に取った一冊がこちら。「過去の毒殺事件」の真相を暴くべく、事件関係者が集まり当時の再現を行おうとする物語…とだけ言っておこう。出来るだけ本作は前情報なしで読むのが良いからだ。まず読んで損はないよ、オススメ。

 

さいごに(雑感)

・生沢努を演じた村上淳さん、一昨年放送された悪魔が来りて笛を吹くで新宮利彦を演じていたのを見ているせいか、私の中で「クズキャラを演じる人」というレッテルが形成されつつある。

 

・今回間宮さんの役は「ミステリアスな警視」ということで、現時点では何故葉村と接触をしようとしたのか、その目的は不明で演技に関してもあれが正解なのかどうか評価出来ない。間宮さん本人も後々明かされる事実と乖離がないよう注意しながら演じている様なので注目していきたい。

 

・今回は「顔の無い死体」が出てくる事件なので、劇中でもそれを扱った小説が紹介されるかもしれないと思っていたが、全然そんなことはなかったね…。ミステリ小説マニアの客も出てくるから横溝正史の「黒猫亭事件」辺りワンチャン口の端にのぼると予想していたのだが。