タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

岡田警視が大好きな〈ホン・コンおばさんシリーズ〉『案外まともな犯罪』を読んでみた

案外まともな犯罪―ホン・コンおばさんシリーズ (Hayakawa pocket mystery books)

明日最終回を迎える「ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~」。その5話で間宮さん演じる岡田警視が〈ホン・コンおばさんシリーズ〉を求めて葉村が勤める書店横の階段に横たわって待っているという非常に可愛らしい場面があった。

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私もミステリ小説を読んでいると、好きな探偵の出て来るシリーズは追っかけたくなるのだが、好きになるにはそれなりに理由があって、「探偵が抱く価値観が素敵」とか「こういう生き方に憧れる」みたいな理由が挙げられる。

岡田警視はドラマオリジナルのキャラクターなので、原作に登場するキャラクターと比べると明らかに情報が少ない。それ故にミステリアスな雰囲気を醸し出すキャラクターとなっているが、そんな数少ない彼に関する情報の中で「ホン・コンおばさんが好き」という情報、実は岡田警視の境遇が反映された嗜好なのではないだろうか?

そう思って興味がわいたので、ネットで本書『案外まともな犯罪』を購入し読了した。

 

多分、間宮さんは読んでいないだろうからこんなツイートをするのはちょっと筋違いな気もするが、ミステリ好きの性質と間宮さんファンとしての熱がない交ぜになった結果なので許せ。

 

『案外まともな犯罪』

あらすじは以下の通り。

町の鼻つまみ者ホン・コンおばさんが新設したコニー相談所に大方の予想に反し、一人の客が訪れた。その婦人は、警察が自殺とした息子の死が、他殺であることを証明してほしいと依頼したのだ。息子を天国に、という切なる親心にほだされたホン・コンはさっそく警察に赴き、部長を恐喝して調査記録をせしめた。だが、なんと少年は天国どころか、教会冒瀆、銀行強盗など前科数犯のとんでもない悪だったのだ。(後略)

(裏表紙から引用)

 貴族出身のホン・コンは、ノブレス・オブリージュ(貴族たる者の務め)」を果たそうと慈善団体や組織・委員会に入ろうとするが、口が悪く頑固で妄信的な性格が災いして除名される始末。ホン・コンが相談所を新設したのも、町に元々あった市民相談所をクビになったことが原因なのだ。

そんな彼女の相談所に来た初めての客の依頼を受けてホン・コンは調査に乗り出すのだが、実は裏表紙にある「息子を天国に、という切なる親心にほだされた」というのは動機の半分に過ぎずもう半分は「自分をコケにしてクビにしやがった市民相談所の連中を見返す」ためであり、割と結構不純な動機で調査に乗り出しているのだよな…ww。

 

とまぁ、なかなかにアクの強いキャラクターのホン・コンおばさんだが、調査で出会う人々もかなりクセの強い連中ばかり。被害者の死体が発見されたスナックには町に独自の情報網を張っているティーンエイジャーの不良どもがたむろしているし、被害者の保護観察司をしていた男はホン・コンから「狂っている」と評されるレベル。更にはホン・コンと昵懇の間柄であるホテルの支配人ホモセクシュアルな嗜好の持ち主ときている。

本作が発表されたのは1970年。同性愛者への理解は日本に比べて進んでいた(…多分)とはいえ、まだ偏見もキツかったであろう時代にこういったキャラクターを小説に出して英国の読者はどんな感想を抱いたのか、ちょっと気になる。

 

依頼者の息子の死の真相を暴くというプロットは、P・D・ジェイムズ『女には向かない職業』と同じなのだが、あちらは細かすぎるほどの情景描写とコーデリア・グレイの初々しさが印象的なのに対して、こちらは情緒も何もあったものではない。全体的に不潔な世界観と猪突猛進・唯我独尊状態のホン・コンを約200頁にわたって見届けることになる。

最後にようやく『案外まともな犯罪』という題名の意味がわかるのだが、そもそもまともな犯罪をまともでない様相にしていたのがホン・コン自身にあるという点に苦笑を禁じ得ない。本末転倒な結末も含めて、かき乱すだけかき乱して終わった読後感となった。

 

人間的なものへの憧れ

さて、こうやって読んでみるとドラマ「ハムラアキラ」の岡田警視が何故こんなクソみたいなおばさん(失礼)に惹かれるのだろうとちょっと頭を抱えてしまいそうになったが、物語における岡田警視のこれまでの立ち位置から考えてみると、ホン・コンの余りにも人間的なキャラクターに惹かれたのではないかと思っている。これまで当ブログでも言及してきたが、岡田警視はマレビト的存在として葉村の推理を整理したり、誤った推理を軌道修正させたり、彼岸に行きかけた葉村を此岸へ戻すといった役回りをしており、人ならざる者としての面が強かった。

明日の最終回で岡田警視がそういう立ち位置でいる理由みたいなものが明かされるのかどうか不明だが、陰にこもった所がある彼にとって(良くも悪くも)陽的キャラのホン・コンが憧れというか「好き」だと感じる対象になっているのは別に不自然ではないと思う。自分に欠如したものに対する憧れは普遍的な感情だからね。

 

最終回の岡田警視が事件の真相にどう対処するか、そして彼の経歴がホン・コンおばさんに憧れを抱く思いとつながっているのか注目したい。

“脆弱なアリバイ”が映し出すものは…「アリバイ崩し承ります」5話(ネタバレあり)

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

 いきなり来週の話をするのもどうかと思うけど、明朝布団の中で速報を見た時思わず「まじか」と口にしたほどの事なので言うね。

 

間宮祥太朗さんがゲスト出演するってよ!!

( ≧∀≦)ノ<ワーーイ!!!

 いや~、ハムラアキラの時も嬉しかったけどさ、やっぱオリジナルキャラではなく原作に登場するキャラとして出演してくれるのが一番ありがたい(活躍の度合いは圧倒的にハムラアキラの方が上なのだがね)。実質チョイ役に近いが、気になるファンの方は是非原作(「時計屋探偵と凶器のアリバイ」)を読んでみて欲しい。が、原作は間宮さんと全然違うビジュアル・階級なのでびっくりするよ。

 

(以下、原作・ドラマのネタバレあり)

 

「時計屋探偵とダウンロードのアリバイ」

今回は原作の7話、つまり文庫本では最終話にあたる「時計屋探偵とダウンロードのアリバイ」が映像化された。事件概要はほぼ原作通りで、事件の起こった日付くらいしか相違点はない(原作は12月6日)ので割愛して、本作のメインテーマとなる脆弱なアリバイについて解説していこう。

 

これまでドラマで披露されたアリバイは計画的にせよ偶然にせよ、いくつもの物的証拠や証言・解剖結果による裏付けによって構築されたアリバイだったが、今回のアリバイを裏付けるのは11月20日の午前0時から24時間限定で配信された《キャッスル・オブ・サンド》と容疑者・和田英介の友人・古川桔平の証言。たった2つだけなのだ。

ダウンロード配信曲は動かしがたい事実だからともかく、古川の証言は3ヶ月以上も前の記憶をもとにした証言で、実質彼の証言でこのアリバイは支えられているようなものだ。

現実の警察はおそらく和田を問い詰めて自白に持っていかせる方針で捜査を進めるかもしれないが、この『アリバイ崩し承ります』の刑事の皆さんはちゃんとした倫理観のある方々ばかりなので、勿論そんな締め上げをしないで論理的にアリバイを崩そうとする。とはいえ、古川の証言が嘘か或いは間違っていることを証明する手立ては一見すると何もなく、何か特別なトリックを弄したような矛盾点も見当たらない。

脆弱である一方、明確な矛盾謎を解く上で軸となる絶対的な事実がごくわずかしかないために崩すのが難しくなっているのが、今回の“脆弱なアリバイ”の最大の特徴である。

 

ドラマでは初っ端から時乃が和田に目を付け、直接本人を訪ねて聞き込みをするという対決形式になっており、更に富岡殺しは牧村警部が担当をしていた事件ということもあって、察時の立ち位置は今回に限って非常に居心地の悪いことになったと思う。和田には時乃から真相を聞いていたことを見透かされるわ、牧村には「ズルは良くない」(あんだけ渡海をヨイショしておいてどの口が言うか)と心がチクチクするようなことを言われるわで、今まで時乃に頼ってきたツケが思わぬ形で回った結果になった。

時乃はアリバイ崩しが出来て5000円もらえるから良いとして、察時は身銭をきって管理官としての体面を保っていることを思うと、原作の新人刑事である〈僕〉以上にバレた時の代償が大きくなりそうで大変だと思うが、このまま時乃との関係がバレないでドラマが終わるとは思えないので、次回以降の動向が気になる。

 

さて肝心のアリバイトリックだが、トリック自体は自宅とスマホの時計を15分ほど遅らせておくだけという至極シンプルなもの。ただこれだけでは意味がなく、時間経過によって記憶が曖昧になる人間の性質を利用しているのが最大のポイント。これによって《キャッスル・オブ・サンド》を11月19日夜11時46分にダウンロードしたと当日の時点では古川に思い込ませ、それから3ヶ月以上たってアリバイ確認がなされた時に、《キャッスル・オブ・サンド》が11月20日限定の配信曲だという情報を明かし、古川の記憶を丸一日ズラして11月20日夜11時46分の出来事だと誤認させた、ということになる。

 

11月19日の時点で古川に時計のズレに気づかれれば殺害を中止することが出来るという点で融通のきいたトリックであり、捜査の手が自分に及ぶまで事件発覚から数ヶ月は要することを見越した所に和田の周到さが窺える一方、自分のアリバイを証明してくれるのは古川一人で、もし彼に11月19日に記憶に残るような特別な出来事があった場合は折角のアリバイトリックも意味を成さないのだから、やはり脆弱であることに変わりはない。

 

多分だけどね、和田だったらもっと強固なアリバイを作る方法がいくらでも思いついたと思うのだよ。なのに彼が用いたアリバイトリックは周到だけど脆弱な代物だった、という所に彼の倫理観が見えてくるのだよな。

富岡を殺すことは、父親が殺されている以上同じ報いを受けるべきだと思って何のためらいもなかった。しかし、母親を悲しませたくないために彼女の死後実行に移したこと、そして唯一の友人に出来るだけ迷惑をかけないように熟慮した結果、迂遠で脆弱なアリバイトリックを用いたこと。こういった所に和田の健全性というか天才としての矜持みたいなものが垣間見えて、「あ、面白いじゃん」ってなった。

 

本格ミステリは凝りに凝ったトリックも勿論面白いのだけど、(一部伏せ字)東野圭吾の『聖女の救済』(伏せ字ここまで)みたいな犯人の性格や身分・心情・倫理観が反映されたトリックもまた趣があって良い。この面白さがわかるとミステリを読むのが格段に楽しくなるよ。

 

最後に蛇足ながら今回のキャストについて。被害者の富岡を演じた田窪一世さんは、月9ドラマ鍵のかかった部屋の5話でも被害者役を演じている。今回のアリバイ工作はダウンロード配信曲という21世紀的なツールを用いたものだったが、「鍵のかかった部屋」の5話は違法建築によって歪んだ部屋を利用した密室殺人という、これまた現代ならではの舞台が用いられているので、是非見てもらいたい。面白さは保証するよ。

 

「アリバイ崩し」ミステリの紹介(脆弱なアリバイ)

アリバイ崩しミステリに限らず、ミステリ小説は一種のクイズ問題であり、現実では実行して成功する可能性の低いトリックだとしても、描き方一つで魅力的な作品になる。今回紹介するアリバイ崩しも、一見すると強固なアリバイに見えるが、“ある質問”を証人にしてしまえば一気に崩れてしまう脆弱なものだ。

 

下り“はつかり"―鮎川哲也短編傑作選〈2〉 (創元推理文庫)

鮎川哲也「碑文谷事件」(『下り“はつかり”―鮎川哲也短編傑作選〈2〉』所収)

タイトル通り、東京の碑文谷で音楽家の山下小夜子が自宅で殺される所から事件は始まる。事件当夜、山下家に泊まっていた小夜子の友人・竹島ユリは、犯人が持っていた鞄のイニシャルを目撃しており、鬼貫警部はそこから小夜子の夫・一郎が犯人ではないかと疑う。

 

しかし一郎にはアリバイがあった。犯行時刻は3月25日の朝6時半頃だが、彼は24日に福岡の門司で観光をしており、その日の22時45分発の準急列車で帰途についていたと主張。つまり、犯行時刻に列車は広島の西条辺りを通過しており、事件現場から860キロ離れていたから犯行は不可能だと言うのだ。

勿論、それを裏付ける証拠がある。24日に行われていた先帝祭の遊女行列の写真が第一の証拠。そして第二の証拠は、準急列車に同席していた客の証言と一郎が書いた狂句。客の証言が確かならば、一郎は25日の深夜2時46分過ぎには山口の島田辺りにいたことになるし、その際彼自身の手で書いた狂句という物的証拠もあるのだから、彼のアリバイに疑問の余地はない。そのうえ、彼には小夜子を殺す動機がないのだ。

 

捜査陣は事件現場にいたユリに疑惑を向け遂に逮捕するが、鬼貫は一郎のアリバイを崩すべく奮闘する。

 

今回のダウンロードのアリバイと比べると強固に思えるが、第一の証拠となる写真のトリックは写っている遊女本人に尋ねたら一発でバレてしまうもので、ハッキリ言ってトリックとは呼べないレベル。なので、メインとなるアリバイトリックは第二の証拠の方。

第二の証拠の方のアリバイトリックはある共通点を利用したもので、上述したように質問一つで一気に崩れてしまう脆弱なトリックなのだ。

はっきり言って私はこのトリックで一作書こうとは思わないし、ボツネタとして捨ててしまうだろう。しかし、鮎川先生はこのトリックを活かすために犯人に色んな細工をやらせ、トリックが一発でバレてしまう「ある質問」をさせないよう鬼貫を誘導している。この技巧に私は惚れ惚れとしてしまうのだ。

脆弱なアリバイトリックだからといって侮るなかれ。

うさぎたちは何処へ消えた?「ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~」6話

悪いうさぎ (文春文庫)

早いもので来週事件のクライマックスと共にドラマは最終回を迎える。原作既読勢の一人として今回のドラマの掘り下げ方は非常に好感の持てるものがあったので、終わってしまうのが惜しまれるな。

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

 

「悪いうさぎ Y」注目ポイント

今回は原作(文春文庫版)の188頁~307頁(前半戦、第8節から中盤戦、第9節まで)までの内容。基本的に原作では葉村一人で新聞社に出向いたり、同業者の調査員に尋ねて情報収集をしているが、ドラマではMURDER BEAR BOOKSHOPの常連客仲間が情報収集をしてくれるし、本筋と関係のないストーカーとか結婚詐欺師を追いかける必要もないので、ドラマの葉村は(今のところ)心身共にだいぶ楽な方である

 

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では、先週書いた記事の注目ポイントを振り返りながら、今回のポイントをおさえていこう。

 

・平家の悲劇

ミチルが親の前でカツラを外してショートカットの姿で、そして男っぽい服装をしていたのには訳があった。ミチルが生まれる前、平家には満(ミツル)という男の子がいたが、営利誘拐に巻き込まれて殺されていたのだ。その後に生まれたのがミチルだが、母親の貴美子は満の死を受け入れられず、娘のミチルを「息子の満」として扱うようになった。これがミチルと両親の間の確執となり、親元から離れたがるミチルの心理的要因となっている。

ドラマではあまり深く描かれなかったが、原作で葉村は父親の義光を「重荷を背負ってよろよろと坂を登っている巡礼」だと評する場面がある。ミチルに満の役目を負わせていることに対して負い目がありながらも、貴美子に現実を教える酷な真似もしたくないという葛藤を抱えた不憫な父親なのだ。

 

平家の悲劇は親と子、もっと広く言えば「家」「個人」の間に生まれる確執の一つを描いたに過ぎないが、ドラマではそんな「家」から断絶した女性たちを主人公の葉村や常連客のアケミも合わせて描いているのが地味に凄い

断絶の事情は人それぞれだが、拠り所を失くして「保護する者(≒神待ち)」を求める者や、それを良しとしない感情を持つ者。そして保護される側から保護する側にまわった者の思い(弱者を根本的に救済出来ない悩み)、善なる保護者(葉村やアケミ、富山店長)悪なる保護者…。救済者と被救済者の両面を深掘りした点は原作以上に評価すべきである。

 

・水地佳奈

葉村が行方を追っていたカナなる女性は、実は滝沢家の元家政婦・明石佳代(原作は香代)の娘の水地佳奈だと判明。美和と佳奈は主人の娘と使用人の娘の関係だったことになる。美和は佳奈の母親を(佳代に事情があるとはいえ)取ってしまったことに対する贖罪として経済的援助を続けていたが、佳奈は自分より年下の高校生から援助を受けることを良しと思わず、母親の葬式代200万は自分で稼いだ金ですませたいと考えていたようだ。これが前回美和のコートから見つかったハガキに書かれていた「三日で全額払えるくらい」ワリの良いバイトにつながる。

 

原作を読んだ時、美和の印象は「父親に似合わず正義感の強い子だな」というものだったが、前回と今回の美和の姿を見ていると、彼女はノブレス・オブリージュ、つまり富裕層としての務めを果たそうとしていたのではないだろうか?父親の権力と金を使って、友人の綾とヤクを回していた小島とのつながりを断ったり、佳奈の窮状に報いようとしていたが、そのために美和は首を突っ込み過ぎて失踪したということになる。

佳奈の荷物を引き取りにきた“叔父さん”と称した男と、佳奈を追ってアパートに来ていた美和の失踪。嫌な予感しかしないね。

 

・68会

前回、滝沢喜代志・平義光・野中則夫・山辺秀太郎には共通項があると言及したが、今回MURDER BEAR BOOKSHOPの常連・柿崎がもたらした情報でそれが明らかとなった。滝沢たちは同じ年に生まれたエリート仲間、通称「68会」(原作は二八会)のメンバーだったのだ。

 

68会といっても、仕事的な集まりではなく趣味としての集まりだったようで、ミチルが言うには狩猟をよくしていたのだとか。ただ、義光は何故かこの話になると激昂し態度を硬化させた。何故だろうかね…?(ほとんどの人は察しがつくと思うが)

そして、今回の終盤。ミチルによって山辺秀太郎が岡田警視の実の父親だということが明かされた。前回はまさかそこまで深いつながりがあったとは思わなかっただけに少々面食らった所はあるが、こうなってくると次回が楽しみだ。

というのも、この事実によって岡田警視が滝沢美和と水地佳奈の両方の面を併せ持つ人物だということになり、なおかつ事件とかなり密接に関わる人物でもあるからだ。

前回「エリートだと思われているけどそうでもない。生まれ持った知性・品格がそうさせた」的なことを仄めかしていたのは、エリートの親に生まれたものの、離婚して母方の姓を名乗っている伏線だったのだね。

さーて、そうなってくると“あの真相”に対して岡田警視が最後にどういった方向に転ぶのかが気になってくる。今まで葉村の味方側として物語に介入してきたオリジナルキャラクターだが、間宮さんが過去に演じてきた役柄が役柄なだけに大きく裏切ってくる展開も完全否定できないから、ファンとしては非常に楽しみですね、うふふっ。

 

・小島のリスト

あ、蛇足ながら小島が持っていたリストについて触れておくと、あれは小島の顧客リストではなく、ミチルが綾にあげたアドレス帳の一部。小島は綾から金を巻き上げた時にこのリストを取っただけにすぎない。ということで、事件とは無関係。

 

書籍紹介

今回劇中に登場した3冊のうち2冊は未読。ミステリマニアとはいえ、やはり海外は未履修の作品が多くて勉強不足だと思い知らされる。

 

アガサ・クリスティー『復讐の女神』

復讐の女神 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

アケミがミス・マープルは凄い」と思った作品。正直言うと私はこれよりも『ポケットにライ麦を』のマープルの方が凄いと思ったのだが、感じ方は人それぞれなので置いておこう。

本作はカリブ海の秘密』でマープルと共に殺人犯を追った大富豪・ラフィール老人の死から始まる。マープルは、生前ラフィール翁が遺した依頼を解決するために、彼が用意した「英国庭園バスツアー」に参加する。ラフィールが依頼した「過去の殺人の真相解明」に乗り出したとはいえ、そもそも誰が殺されて誰が捕まったのか事態が不明瞭になっているのが本作最大の特徴であり、それがサスペンスを盛り上げている。

ちなみに、タイトルの「復讐の女神」とはネメシスを指す。

ja.wikipedia.org

ネメシスの行う復讐は神罰であり、義憤からくるものだ。ここに来て劇中でこの作品を入れてきたということは、次回の葉村が「復讐の女神」として真相を暴き立てることを予感させる。

 

〇マーサ・グライムズ『「悶える者を救え」亭の復讐』

「悶える者を救え」亭の復讐 (文春文庫)

原作未読のため簡潔に紹介。「リチャード・ジュリー警視」シリーズの一作で、舞台はドイルが著した『バスカヴィル家の犬』と同じダートムア。そこで起こった子供の連続惨殺事件を追ってジュリー警視とサム・スペード気取りの刑事が火花を散らす物語らしい。

 

〇コリン・デクスター『キドリントンから消えた娘』

キドリントンから消えた娘 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

こちらも原作未読のため簡潔に紹介。「モース警部」シリーズの長編二作目。行方不明になった女子高生から両親に手紙が届くが、モース警部はこの手紙は偽装されたものであり、女子高生は死んでいると直感して捜査を進める物語。女子高生の失踪を扱った所は今回の原作『悪いうさぎ』と共通している。

『毒薬の輪舞』は泡坂版『盲目の理髪師』である

久しぶりの読書感想記事。紹介するのはこちら。

 

毒薬の輪舞 (河出文庫)

遠藤憲一さんがカバー表紙になっているけど、別にドラマ化する訳ではない。でも本作の主人公である海方刑事をやるとしたら、まぁエンケンさんが妥当だとは思う。

ただ、本作は精神科病棟が舞台なので、今の時代はどう転んでもドラマ化することはないだろう。あったとしてもネット配信止まりで地上波TV放送は無理。なので読みましょう。これはトリックが凄いとか以前に話が面白い。登場人物の会話を読むだけでも面白いのだ。

 

本作のあらすじは以下の通り。

鳴らないはずの鐘楼の音が聞こえたとき、事件がおきたーー。

夢遊病者、拒食症、自称億万長者の妄想患者、狂信者、不潔恐怖症、休日恐怖症のサラリーマン、誰も姿を見たことがないという特別室の入院患者など、怪しすぎる人物が集う精神科病院で続発する毒物混入事件。そして遂に犠牲者が……!

犯人は? 使用された毒物は?

病棟に潜入した海方と小湊は事件を解決できるか?

海方シリーズ第2弾!

(裏表紙を引用)

 海方刑事は一応シリーズもので、本作と前作『死者の輪舞』がある。別に前作を読まなくても本作は十分面白く読めるようになっているのでそこは御安心を。

 

実は上記に引用したあらすじの中で「続発する毒物混入事件」とあるが、これはちょっと誇張した書き方で本の内容に即していない。正しく言うのなら「続発する異物混入事件」。毒物が混入されたのは実質2回ほどで、その前に3回ほど水に強い苦味のある薬品が混入する事件が起こっているのだ。更には何も細工された形跡のない缶に、表示内容と別の飲料が入っていた事件もあるから、それもカウントすると都合6件の異物混入事件が本作で起こる。

メインは異物混入事件だが、他にも病院内では目の光る幽霊が目撃されたり、過去に未知の毒物開発が行なわれていた噂があったりと、事件に関係あるのかないのかわからない出来事がいくつもあるのだ。

 

この何が起こっているのかわからないほど大量の情報が読者に提供される展開に既視感を覚えたのだが、その既視感の正体は以前読んだジョン・ディクスン・カーの『盲目の理髪師』だった。

盲目の理髪師【新訳版】 (創元推理文庫)

『盲目の理髪師』も豪華客船という限定的な舞台上で政治スキャンダルを巻き起こすフィルムが盗難に遭ったり、エメラルドの象が盗まれたり、瀕死の女性が消失したり、酩酊者のドタバタ劇があったりと、際限なく色んな出来事が起こるんだよな。

だから、『毒薬の輪舞』は泡坂版『盲目の理髪師』だ、と言って良いのかもしれないが、『盲目の理髪師』ほどとっ散らかっている訳ではない。異物混入というメインの事件がある分、こちらの方がまだ頭の中で整理がつくというものだ。

また、『毒薬の輪舞』では各章に必ず一つ以上、薬品や毒物、化学物質に関するウンチクが入っており、それも物語に統一感を与えていると言える。このウンチクだけでも読み物として十分に面白いのでオススメである。

 

謎解きの部分は海方刑事が関係者を一同に集めて行う古典的なスタイル。そこで明かされる事実は事件と直接関係のないものまで含まれ、これまで描かれていたアレコレが全て伏線となって押し寄せて来る。特に事件関係者の“とある関係”がひっくり返る真相は圧巻モノだ。

 

 

最後に、ネタバレ感想を伏せ字で書いておく。読む場合はドラッグ反転してね(薬品を扱う作品だけにドラッグ、なんてね ♪)。

(ここからネタバレ感想)メインの毒殺事件は、言ってみれば「偶然の収束」によって起こったものであり、それ自体は特別凄い訳ではないが、事件の根底にある「入院患者全員が佯狂で、医者や看護師がむしろ病を抱えていた」という真相は驚き。正常が異常で異常が正常というどんでん返しのために、意味ありげな数式や規則性のあるホラ、小湊が目撃したものに関する矛盾点などが各所に配置されているのが最大の評価ポイントだ。

全員の嘘によって一人の子供が死んでしまったのだから、悲劇であることに変わりはないが、そんな感じがしないのは、やはり海方刑事のキャラクターと小気味よい台詞回しのおかげだと思う。っていうか、最初の缶の小細工はアンタの仕業だったんかい!(ネタバレ感想ここまで)

ゲゲゲの鬼太郎(6期)第94話「ぶらり不死見温泉バスの旅」視聴

私の人生初ハニワは、「どうぶつの森+」で自宅の前でクネクネ動いていたあのハニワ。

 

寝肥り

ja.wikipedia.org

寝肥りは妖怪というよりも、奇病の一種だとされている。普段は美人だが、寝ると身体が部屋いっぱいに膨れ上がり、大いびきをかくため、大抵の男は愛想を尽かして逃げ出すと言われている。そこから派生して、女性が矢鱈に寝ることを戒めた妖怪だとされているが、今となっては「男尊女卑」的な価値観だよな。別に男でも美醜を問わず寝るとみっともない人とかいくらでもいるしね。

アニメでは5期で登場。今期は生まれながらの妖怪なのに対して、5期寝太りの設定は伝承通り奇病として描かれている。

 

埴輪武者

鬼太郎国盗り物語(1) (角川文庫)

今回鬼太郎を襲った埴輪武者の元ネタは『鬼太郎国盗り物語の「決戦!箱根城!!(前/後)」だと思われる。原作の埴輪武者は、かつて鬼太郎の先祖にあたる幽霊族によって封印された凶王が操る軍団として登場。ただ、今回のアニメでは富士山の地底洞窟の守護者であり、その地底エネルギーで動くという設定になっている。鬼太郎に襲い掛かったのは、朱の盆が御神体を破壊したことによって、侵入者を見境なく殺す者に成り下がったからだが、当然ぬらりひょんの目的は鬼太郎の退治ではない。その目的については後程触れる。

ちなみに、埴輪武者ではないが3期の大百足の回で今期の埴輪武者と同じデザインの鎧武者を大百足が操り、キジムナーを苦しめていた。

 

最後の骨休め

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©水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション

鬼太郎6期も今回を含めると残り4話。クライマックスに向けて西洋妖怪とかぬらりひょんとか収拾つくんかいなとヒヤヒヤしていたが、今回は最終戦前の鬼太郎メンバー最後の骨休みになったと同時に、最終戦の始まりとも言える前哨戦(埴輪武者との戦い)が描かれた起承転結の「転」にあたる回だったと言えるだろう。

 

今でこそ旅行は娯楽として楽しまれているが、昔の旅は文字通り命がけで、移動手段は徒歩、日暮れ前に宿場に辿り着かないといけないし、通行手形がないと関所を通れない。こんな具合に危険や困難を伴った、非日常の体験が旅にはある。だから、鬼太郎メンバーとまなが物語終盤で旅行をしたということ自体、彼らがこれから非日常の世界=最終戦に巻き込まれていくことを暗示しており、脚本を担当した金月龍之介氏もそういう意図で前哨戦にあたるこの回を旅行回にしたのではないかと考えている。

 

そういや西洋妖怪編の時と同様、今回もねずみ男は旅行に参加しなかった(ただし、今回は闇金に追われてたという理由)が、ねずみ男を旅行に参加させないのは彼を非日常の外、つまりこれから起きる終戦の渦中の外に置くことが脚本としての目的であり、渦の中で総倒れしてしまう鬼太郎メンバーを助ける役目を今度も果たすのではないかと思っている。これまでも西洋妖怪編でバックベアードの催眠にかかった鬼太郎の仲間を救ったり、名無しによって絶望状態の鬼太郎に喝を入れたりしてきたのだから、今度の最終戦でも鬼太郎メンバーの窮地を救ってくれると期待している。(っていうか、基本的に原作でもねずみ男は戦局を左右するキーパーソンだからね)

 

『鬼太郎国盗り物語』との関連性

今回の脚本はアニメオリジナル。しかし、埴輪武者が出て来たことや、劇中で描かれた諸々の事象は『鬼太郎国盗り物語』の「決戦!箱根城!!」とリンクしている部分がある。

『鬼太郎国盗り物語』は、地下帝国ムーの地上侵略を鬼太郎たちが阻止する物語で、「決戦!箱根城!!」ではムーの手下が凶王の封印を解き、凶王と同盟を組む。この事態を見て鬼太郎は、かつて敵だったぬらりひょんと同盟を組み、凶王が操る埴輪武者軍団と戦う…というのが大まかな流れ。

原作では同盟の後に埴輪武者が動き出す展開だが、今回のアニメはその逆で、埴輪武者が動き出した後にぬらりひょんと西洋妖怪の間で同盟が結ばれることになった。

また、原作では凶王を倒し地下帝国ムーとの繋がりを絶つ道具として、幽霊族が作り出した「火炎土器の白い炎」が重要アイテムになるのだが、この火炎土器のデザインが今回地底エネルギーを吸収するアイテムとして出て来た土器と全く同じなのだ!

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©水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション

原作ではこの白い炎が凶王を焼き払い、地下帝国ムーと凶王の同盟を絶つ道具になったが、今回のアニメではバックベアード復活のエネルギーとなり、ぬらりひょんと西洋妖怪が同盟を結ぶための切っ掛けとなる道具として利用された。これも上述した展開と真逆の扱いになっているのが興味深い。

 

二つの旅

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©水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション

それにしても、今期の朱の盆の戦闘能力の高さはこれまでと全然違って驚いたわ。ダイダラボッチの時でも凄いと思ったけど、西洋妖怪編の始まりで鬼太郎たちをボッコボコにしていたヴォルフガングを押さえつけているのだから只者じゃねーよ…。

鬼太郎たちは西洋妖怪編の終盤で何とか互角にやりあえていたけど、初対面時は手も足も出なかった。それに対して朱の盆は初対面で互角に亘り合っているのだから、もうこれで朱の盆は強キャラ確定だよ、うん。

 

4期の時はぬらりひょんが主でバックベアードが従の関係だったが、今期もへりくだった態度をとっているとはいえ、妖怪復権の手駒として西洋妖怪を利用する気だと思っている。参謀格のカミーラがいるとはいえ、やはり西洋妖怪の強みは圧倒的パワーな訳だから、ハナから彼らの頭脳を求めているとは思えないし、そうでなくては最終章のボスとして相応しくないからね。

 

あ、そういや劇中で「何のために東南アジアまで出向いたのよ」とカミーラが言っていたが、吸血鬼ピーを日本に上陸させたのはやはりカミーラの差し金だったのだろうか?

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となると、ピーが下僕となる吸血鬼を増やして世界征服したのは西洋妖怪の計画の一端だったのだろうか?それとも利用するつもりが返り討ちに遭って結果的にピーのクーデターが成就してしまったと考えるべきか?

個人的な意見だが、バックベアード復活前にカミーラ含む西洋妖怪が吸血鬼を増やすなどという独断的な計画を実行に移すとは思えない(計画実行の優先順位的にもおかしいしね)から、やはり先週の世紀末的な展開はピーとモンローが主導と考えるべきだろう。

 

旅は非日常への入り口である。前回のピーとモンローの日本上陸も一種の「旅」と言えるし、彼らの「旅」が切っ掛けで世界吸血鬼化という非日常が生み出されそうになった。

そして今回は二つの旅が描かれた。一つは鬼太郎たちの温泉旅行、もう一つはぬらりひょんの洋行。片方は非日常に巻き込まれる旅となり、もう片方は非日常を生み出すための旅となった。この二つの旅の行先はもうしばらく先の3月15日までお預けとなる。

 

蛇足

・地底エネルギーの入った土器が奪われ寝肥りがその犠牲になったが、これは本来禁止されていた「人間を泊める」という非日常的行為の結果ではないかと思う。非日常的行為は災難に陥りやすいからね…。

 

砂かけ婆の「埴輪がはにゃっと暴れる」という駄洒落なのかどうかよくわからぬ一言。実は中の人である田中真弓さんが過去に「おーい!はに丸」で演じたはに丸の口癖らしい。

www2.nhk.or.jp

いや分かるかっ!私が生まれる前の教育番組ネタだぞ!

 

 

私がスポーツ嫌いなのは、単純に運動が苦手なこともあるが、スポーツ番組の生放送によって好きな番組が潰れることも関係しているとこの頃思うようになってきた。っていうか同じマラソン中継を流すのなら原作「妖怪マラソン」をアニメ化してよ~…。

雪のペンションは永遠のロマン、「アリバイ崩し承ります」4話(ネタバレあり)

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

こう毎回お風呂シーンが続くと誰かしら由美かおるさんを思い出しませんかね?

(何を言っているかわからない方は「水戸黄門」で調べてみてください)

 

(以下、原作・ドラマのネタバレあり)

 

「時計屋探偵と山荘のアリバイ」

今回は原作6話「時計屋探偵と山荘のアリバイ」。原作では刑事の〈僕〉が休暇中に事件に巻き込まれ、容疑者として捕まった少年・原口龍平を助けるべく、帰省早々美谷時計店に駆け込む…という展開になっているが、ドラマではペンション拘留中に察時が時乃に応援を要請し、「出張アリバイ崩し」として時乃が山梨まで駆けつける展開になっている。また、渡海は時乃の〈アッシーくん〉として同行し、親の権威を利用して捜査情報を収集する役割を果たす。

これまでは渡海のボンボン設定が牧村や綿貫のヨイショ的態度につながっていて、彼らの態度にやや辟易とさせられていた所があったが、今回はボンボン設定が有効活用され、ここにきてやっとドラマオリジナルキャラとしての設定が花開いたな、というのが個人的な意見。

 

事件概要についてはほぼ原作通りだが、注目すべきポイントは2つ。

①ペンション裏口から時計台へ続く足跡(サイズ25cmの往路長靴の往復路

②察時が黒岩と時計台を目撃した時刻(午後11時~11時10分

現場の状況から見てサイズ25cmの往路は黒岩のものであり、その足跡の上に長靴の往路があったため、時計台には「黒岩→犯人」の順で来たと考えられ、更に察時の目撃証言から、犯人は11時10分以降に時計台に来て黒岩を殺害したと推察。ペンションのオーナー夫妻と宿泊客4人のうち、唯一11時10分以降のアリバイがなかった原口少年に容疑がかかった…ということである。

今回は前回のように犯人が意図的に原口少年のアリバイを消した訳ではないので、アリバイ探しではなく、彼以外の容疑者に成立したアリバイを崩して犯人が誰か特定するフーダニットものになっているのが特徴。

 

そして、謎解きのポイントは足跡。黒岩は一度立ち止まって時計台に行ったにもかかわらず、黒岩のものと思しきサイズ25cmの往路に立ち止まった形跡がないことから、黒岩の往路は長靴の往路ということになり、長靴の往路はサイズ25cmの往路を踏んでいたことから実際は「犯人→黒岩」の順で時計台に来たと時乃は推理する。

つまり、現場に残った足跡はサイズ25cmの往路(犯人)長靴の往路(黒岩)長靴の復路(犯人)に分けることが出来るのだ。

更に、黒岩が自分の靴ではなく長靴をはいていたこと・周囲を気にしていたことから黒岩が犯人を殺そうとして返り討ちに遭ったという真相が導き出され、靴の入れ替えによって犯人がサイズ25cmの自分の足跡を黒岩の足跡に偽装したというのが、本作の秀逸な点だと言える。

 

実は劇中では言及されなかったが、黒岩の死体が手袋をしていたというのも黒岩が加害者として時計台に訪れたという“消極的”な手がかり(現場や凶器に指紋を残さないようにするため)になっている。いくら外が寒いとはいえ、ペンションと時計台は目と鼻の先。長時間外で話すのならともかく、時計台で話し込むのに手袋を着用して行くというのは不自然。ということで、足跡に着目しなくても手袋の違和感に気づければ、返り討ちの真相を暴くことは可能だったのだ。

 

さて、以上の推理から犯人を示す条件は、

①黒岩と同じ、サイズ25cmの足の人物。

②午後11時~11時10分のアリバイがなかった人物。

ということになり、これによって②の時間中に察時と一緒にいた原口少年はアリバイ成立で無実が証明され、①②の条件に当てはまる野本和彦が犯人だと特定された。

 

あ、蛇足ながら犯人特定の条件①について補足説明をしておく。

もしかすると視聴者の中には「黒岩に呼び出された犯人があえて自分の足のサイズより大きい靴をこっそり盗んではいて行った可能性があるのでは?」と思った方もいたかもしれないが、犯人に実は黒岩を殺す動機があり、その目的で時計台へ赴いたと仮定しても、普通は誰かの靴を盗んではいて行くなんてリスクの高い行為をとらず、長靴をはいて行くだろうし、盗んだ靴の当人に強固なアリバイが成立した場合、その努力は水の泡となる。

そもそも、上記で説明したように、黒岩が返り討ちに遭って死亡したのはあくまで偶然のアクシデント。予知能力者でない限り、自分が殺されると思わないのだから、当然自分の靴で時計台に赴いたことになり、よってサイズ25cmの往路(犯人)は偽装されたものではないと言えるのだ。

 

今回は雪の足跡と時計台が事件の謎解きに関わる要素であると同時に物語に情緒をもたらす題材になっていた。正直地球温暖化暖冬になっている昨今、雪が積もっているロケ地で時計台のセットを建てて原作通り映像化するのは難しいと思っていたから、「時計台は絶対に必要だから建てるだろうけど、どうせ雪の足跡は雨でぬかるんだ地面についた足跡に改変されるだろうな」と予測していた。しかし、その思いに反してキッチリ原作通り雪のペンションを舞台に映像化してくれたことが非常に嬉しかったのだ。

普通の視聴者にとっては別に大したことではないと思うが、ミステリ好きとして「雪が降り積もるペンションで起こる殺人」というのは永遠のロマンなんだよね。分かってくれるかな?

 

「アリバイ崩し」ミステリの紹介(足跡のアリバイと無罪証明)

今回は足跡が謎解きのポイントとなったが、本格ミステリにおいて足跡をテーマにしたアリバイ崩しはあまり見かけない。どちらかと言うと足跡は密室殺人の謎に使われる場合が多く、犯人が足跡を残さず出入りした密室(カーター・ディクスン『白い僧院の殺人』『黒死荘の殺人』)とか、犯人の侵入は認められるが出た形跡の無い密室(横溝正史『本陣殺人事件』)という形で扱われている。

ただ、今回のドラマのような形式のアリバイ崩しが全く無い訳ではない。過去に堂本剛さんによってドラマ化され、水曜日のダウンタウンでトリックが検証された、あの有名ミステリ漫画からこちらをご紹介しよう。

 

金成陽三郎(原作)/さとうふみや(漫画)「金田一少年の殺人」

金田一少年の事件簿」シリーズは「名探偵コナン」と並ぶ謎解き本格ミステリ漫画の代表作だから、今回紹介する「金田一少年の殺人」がどういう事件でどんなトリックが使われているのか知っている人の方が圧倒的に多いと思うが(なんなら現在発売されている「金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿」でネタバレされているし…)、改めて説明しよう。

 

金田一耕助の孫・金田一はじめは、知り合いのフリーライター・いつき陽介の依頼で、人気作家・橘五柳が開催する誕生日パーティーで行われる暗号解読ゲームに参加することになった。そしてパーティーの夜、橘は何者かに殺害され、金田一が殺人容疑で逮捕されてしまう。金田一は容疑を否認するが、犯行現場の離れの書斎に向かう地面に残った足跡は彼のものだけで、他には足跡どころか地面に何の痕跡も見当たらなかった…。

 

金田一が犯人でないことはわかっているので、この事件を「足跡なき密室殺人」に分類することも出来るが、見方を変えれば彼以外の事件関係者全員が「足跡のアリバイ」によって守られていると言えるだろう。そのため、金田一は警察から逃げながら真犯人に迫り、足跡のアリバイを崩すことになる。

メインは足跡のアリバイにあるが、橘が仕掛けた暗号も事件に大きな関わりがあり、それによって連続殺人に発展していくサスペンスな展開も素敵なんだよな。

 

で、肝心の足跡トリックについて。フィジカルなトリックで映像映えすることは間違いないが一点気になることがあって、もし使用人の菊さんが(一応伏せ字)寝室のドアを180°全開にしておかず、90°未満の角度で開いた状態にしていたら本館のドアと別館のドアの橋渡しは成立しない(伏せ字ここまで)ことになり、犯人にとって都合の悪いことになっていたという点。あくまで犯人は(一応伏せ字)菊さんに「寝室の風通しをよくしてくれ」と言っただけなので、ドアを完全に開かなかった可能性も大いにあったし、もしそうなっていたらまた電話をすることになって(伏せ字ここまで)余計な疑惑を生む結果になっていたと思うから、フィジカルな面と合わせてリスクの高いトリックだなと思っている。とはいえ、計画的ではなく咄嗟の機転でこのトリックを用いた犯人の頭の良さは評価すべきだろう。

 

金田一少年のシリーズではこれ以外にも「雪影村殺人事件」で犯人の足跡なき殺人を描いている。ただしこちらはアリバイ崩し要素はなく、不可能犯罪(屋外密室殺人)の色が強い。

“シリーズ最悪の事件”開幕、「ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~」5話

悪いうさぎ (文春文庫)

♡もう正直これだけで今回90点(100点満点中)あげてもいいですねっ!!♡

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

 

『悪いうさぎ』

今回から最終回にかけて描かれる物語の原作は『悪いうさぎ』。葉村晶シリーズ初の長編で、第55回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補

家出したとある大企業の会長の娘・美和を探して欲しいという依頼を受け、葉村はその娘の友人ミチル接触するが、しばらくして某公園で美和の友人の一人である綾子(ドラマでは綾)が扼殺死体で発見される。

序盤はこんな感じで話が進み、今回は原作(文春文庫版)の188頁辺り(前半戦、第8節)で終わった。

 

原作は葉村がMURDER BEAR BOOKSHOPに勤める前の事件のため、物語は家出した平ミチルを家に連れ戻す所から始まる。ちなみに、本作は葉村晶シリーズ中最悪の事件と称されるほど、葉村が酷い目に遭い、事件の真相もなかなか胸糞悪いものとなっている。原作既読者の立場として言うが、今回のドラマの始まりはまだ穏当な方で、原作の葉村は序盤からどエライ目に遭っている。これは是非読んで確認してもらいたい。

また(恐らくドラマでは映像化されることはないと思うが)、原作では失踪した娘の捜索だけでなく、葉村の友人の彼氏が結婚詐欺師ではないかという疑惑が浮上して葉村が独自調査したり、葉村が住んでいたマンションの大家さんから、店子のストーカーを追跡してくれと依頼が来たり、本筋の調査以外にも足を突っ込んでいてずっと忙しい。葉村にとって心も身体も休まる時がないのだ。

 

当初は「全3回に分けて放送するのだから、3分の1読んでドラマ見て、また3分の1読んで…」って感じで小分けにして読む予定だったが、原作が存外に面白かったのと、登場人物が多く人間関係がやや複雑な所があったため、一気読みしてしまった。

という訳で、原作既読者からみた今回の注目ポイントを以下に挙げていこうと思う。

 

「悪いうさぎ X」注目ポイント

・平ミチル

原作で葉村と行動を共にする一方、隠し事の多い女子高生ミチル。普段はカツラをかぶって生活しており、親の前ではカツラを外してショートカット姿になっている。何故彼女はこんな行動をとるのか?これには平の家が抱える“ある事情”が関係している。そのヒントは、母親貴美子がミチルにかけた一言にある。

 

・カナ

美和のコートに入っていたハガキに書かれた「カナ」という名前。そしてハガキに書かれていた「三日で全額払えるくらい」ワリの良いバイト。美和の友人だと考えるとこのカナなる女性も年の近い女性のはず。そんな若い女性が就ける高額バイト…?どう考えても危ないニオイしかしないが…。

 

・滝沢喜代志と平義光、そして野中則夫

もうドラマの公式HPで人物相関図が公開されているが、この三者は共通のつながりがある。詳しくはネタバレになるので今回は言わないが、このつながりが今後非常に重要になってくるので覚えておくように。

 

山辺秀太郎と岡田警視

ドラマオリジナルキャラクターである岡田警視が接触を図っていたのは、滝沢や平らとつながりのある山辺秀太郎山辺という苗字ではないが、原作では某省のキャリア公務員・新浜秀太郎という名が出てくる。ということは、ドラマの山辺は原作の新浜に相当すると予想されるが、彼が岡田警視に接触する理由も今後意味を成して来ると思うので一応注目しておく。

 

・〈ホン・コンおばさん〉

山辺との接触後、酔った状態で岡田警視は〈ホン・コンおばさん〉を求めてMURDER BEAR BOOKSHOPに立ち寄る(あの場面、ホント最高だったな…♡)。

案外まともな犯罪―ホン・コンおばさんシリーズ (Hayakawa pocket mystery books)

私は〈ホン・コンおばさん〉シリーズ未読のため、ネットで調べた情報を元に紹介すると、このホン・コンおばさんの本名はオノラブル・コンスタンス・エセル・モリソン=バーク。イギリスの女流本格ミステリ作家、ジョイス・ポーターが生み出した女探偵で、オノラブル・コンスタンス(Honourable Constance)の頭文字をとって〈ホン・コンおばさん〉と呼ばれている。

5つの長編と7つの短編に登場し、貴族の生まれらしからぬザンギリ頭に象のような巨体と、自分の意見は是が非でも押し通す持ち前の傲慢さで活躍する人物らしい。

ホン・コンおばさん(Hon-Con)

岡田警視が好きな探偵として劇中で紹介されたこの〈ホン・コンおばさん〉、一見すると意味のない情報に思えるが、〈ホン・コンおばさん〉の行動理念である「常に社会を正しく導く、貴族たる者の義務」ノブレス・オブリージュは今回の物語と全く無関係という訳ではないのだ

現代日本で貴族は存在しないから、ノブレス・オブリージュ「富裕層の責務」と換言するべきだろうが、これが物語でどう描かれるのか要チェックだ。

 

※ホン・コンおばさん、読んでみたよ!

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(2020.03.05追記)

 

・小島のリスト

刑事の誰かが言及して終わるかと思っていたら、意外にもしっかり映像化してくれたNHK、やるじゃないか。原作はペンではなくて、昼飯で出されたカツ丼に付いていた割り箸でブスっとやるのだが、問題はそっちじゃなくて小島が所持していたリスト。このリストに美和の名前も載っていたが、これは事件と関係あるのかないのか…?

 

いや~、次回も楽しみで仕方ない。そして英国紳士スタイルの間宮さんをもっと見ていたい。

 

 

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