タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

正統派の伝奇ホラーミステリかと思ったら結構無茶苦茶な映画だった「湯殿山麓呪い村」(ネタバレあり)

湯殿山麓呪い村

タリホーです。先月 YouTube で映画「湯殿山麓呪い村」が配信されていたけど見ました?

もうとっくに配信期間は終了しているので、今回は犯人やトリックもネタバレして備忘録という形でレビューを残しておこうと思う。

 

あ、先に言っておくと記事タイトルからお察しの通り、この映画別にそんな大した作品じゃなかったので強くはおススメしません。よっぽどヒマなら見ていいかも、ってレベルの駄作寄りの凡作でした。あと原作は未読なので映画の情報だけのレビューになります。

 

作品概要

本作は1984年に公開された映画で、原作は山村正夫の同名小説、制作は角川によるものである。大学で考古学の講師をしている滝連太郎が即身仏絡みの連続殺人事件に巻き込まれる物語であり、即身仏なのにもかかわらず土中から掘り起こされていない幽海上人の謎と、その村の有力者(御三家)をターゲットにした連続殺人の謎、この二つの謎を解き明かす伝奇ホラーミステリである。

 

ja.wikipedia.org

ここで簡単に即身仏について解説しておくと、即身仏とは仏教(特に密教)において僧侶が衆生救済のために生きながら仏になることを目的とした自殺行為みたいなもので、医学的・生物学的には死亡しているのだが、宗教的には現世に肉体を残したまま仏となり永遠の瞑想に入った状態であると説明付けられている。地域や宗派によって即身仏になる方法・手順は異なるものの、身体が腐敗しないようミイラ状態にするという点は共通している。

 

今回の映画の舞台となった湯殿山即身仏の聖地とでも言うべき土地で、映画でも描かれたように、僧侶が生きたまま箱の中に入りその箱を土に埋め、その箱の中で即身仏となる土中入定(どちゅうにゅうじょう)という方法がよく知られている。

今回の映画では埋めてから3年後に掘り起こされ即身仏として祀られるはずの幽海上人が何故か埋められたままであり、村に残っていた史料には「一切口外すべからず」とこの一件に関する箝口令が敷かれていた。滝はある仮説を実証するため幽海上人の即身仏発掘のための資金援助を村の有力者である淡路剛造に頼み込む…というのがこの物語の始まりだ。

 

www.dailymotion.com

この映画の批評はこれから詳しく語るが、まず真っ先に言いたいのはこの映画、タイトルからてっきり横溝正史の『八つ墓村』みたいな、村落を中心とした連続殺人事件が描かれると思っていたら、村の場面が全体の4割程度なんだよww!

本編の半分以上は東京で事件が起こるし、メインとなる風呂場での密室殺人も東京の屋敷で起こっているから、『八つ墓村』みたいなのを期待したら肩透かしを食らったぞ。

 

あと上に載せた予告編やポスタービジュアルではお遍路姿の人物が何人もいるけど、本編だと申し訳程度にお遍路姿の怪人物が登場するくらいで、ガッツリ本編に絡むようなキーパーソンとかそういう訳ではないので、予告編といいポスターといい本編の内容にそぐわないというか、意図的に誇張して『八つ墓村』系統のミステリ映画だと思わせて客寄せを狙っているのが、何とも小賢しいなと思わずにはいられない。

 

(以下、映画本編のネタバレあり)

 

ホラーとしてもミステリとしてもツッコミ所満載

先ほど「駄作よりの凡作」と言ったが、ミステリ小説とかミステリドラマをあまり読んだり見たりしない人はそこそこ楽しめる映画だと思う。というのも、本作はフーダニットにおいては犯人に意外性があり、密室トリックなども含めれば江戸川乱歩横溝正史高木彬光、はたまたエラリー・クイーンアガサ・クリスティといった国内外のミステリ作家の諸作品から得たアイデアを盛り込んだ作品でもあるから、先人たちへの一定のリスペクトを込めた映画であるという感じはした。

ただ、あくまでもミステリ初心者には楽しめるという話であって、私みたいな推理小説マニアには粗の目立つ作品なのだ。これはミステリという面でもそうだが、伝奇ホラーとしてもイマイチなのである。

 

何と言っても本作は即身仏という伝奇ホラー要素と連続殺人というミステリ要素が全く融合していない。映画のオチを見たら幽海上人の呪いで事件関係者が全滅したという風になっているけど、このオチ自体が無理やり作った感が否めず、松竹制作の映画「八つ墓村」における落ち武者の呪いによる大破局と比べて見ても見劣りする。

(滝が最後に雪の中で野垂れ死にしたのはマジで意味不明過ぎた)

 

そもそも幽海上人が土中に埋められたままだった謎も当初滝が推測した通りだから全然意外でもなければ衝撃的でもないし、私の場合子供の頃にハムナプトラ/失われた砂漠の都」という映画で生きながらミイラにされるイムホテップを既に見ているから、生きたまま土中に埋められた、という程度ではもうそんなに驚かないんだよね。

即身仏と連続殺人とのつながりも、被害者が幽海上人の即身仏に深く関わる御三家の子孫という程度の薄~いつながりだし、第一の殺人で凶器に仏具の独鈷杵が用いられたり現場が密室だったりと、怪奇性・不可解性を演出している割には「幽海上人の呪い」という要素が事件全体から漂ってこない。最後の最後で呪いだったというオチにしているだけで、連続殺人そのものに怪奇性とか呪い・祟りといったオカルティズムはあまり絡まないから、そこも映画として物足りなさを感じる一因だと思う。

 

肝心のミステリ要素、特に最初の密室殺人については、一見するとよく考えられたトリックに見えるけど実はツッコミ所はある。もう言わずもがな、というツッコミポイントからまず先に挙げると、流石に額に独鈷杵は刺さらんだろ…。どんだけ頭蓋骨柔らかいんだ。せめて眼を狙いなさいよ。

あとそもそもの話、この犯人に限っては現場を密室にする必要がないと私は思うんだよね。基本的に現場を密室にするのは被害者を事故か自殺に見せかけたり、死体の発見を遅らせたり、或いは自分に犯行は不可能だったことをアピールするといった目的があって密室にするのだけど、警察が容疑者としてまず真っ先に疑うのはやはり大人だし、子供が疑われることは普通あり得ないのだから、わざわざ現場を密室にして更にモデルガンを用いたアリバイ工作まで念入りにする必要は正直なかったと考えているのだ。

 

案外こういったミスはミステリ作品でしばしば見受けられるもので、トリック自体は優れているのに「では何故犯人はそのような手間のかかるトリックをする必要があったのか?」とか「そのトリックを実行するメリットが犯人にはあるのか?」といった動機に関する視野が抜け落ち、結果的にトリックのためのトリック(作者が登場人物の行動や心理をよく考えず「面白いトリックを思いついた」という安直な発想で作中に盛り込んだもの)になってしまった作品がある。これでは謎解きクイズとしては面白くても小説・ドラマとしては質が落ちてしまうし、登場人物も血の通った人間ではなくなってしまう。プロのミステリ作家はこういった点も注意してトリックを考案しないといけないのだ。

 

クズ主人公

本作が伝奇ホラーとしてもミステリとしてもイマイチなのはさることながら、主人公の滝のキャラ設定も本作を駄作寄りの凡作にした一因だと考えている。彼は即身仏の研究のため淡路家に取り入るのだがその手段が問題で、妻子がいる身でありながら剛造の娘の慶子と不倫して彼女経由で剛造に資金援助を求めるし、事件が起こって剛造が死んだら今度は剛造の妻・謡子を強請って発掘の資金を捻出したりと、とにかくやることなすこと全てがクズの主人公なのだ。

まぁ本作は滝以外の事件関係者の大半がクズみたいな性格の持ち主ばかりなので、滝だけが特別ダメって訳でもないのだが、やはり主人公である以上観客が「おっ!」と感心するような行為だったり、ミステリ映画なのだから素人探偵として推理で犯人に引導を渡すといった見せ場があるべきだろう。でもこの映画では滝がそういった推理を披露する場面はない。だって犯人自身がご親切にも犯行の全てを語ってくれるからね!?

 

滝は「何となく君が犯人じゃないかとは思っていた」程度のことしか言わず、その後はぜーんぶ犯人が自供してくれるから、結局この主人公は探偵役と呼ぶほどのことはしていないし、物語としても「最初から最後までこいつはクズだったな」という浅い印象・感想にしかならない。金田一耕助みたいなトレードマークもなければ浅見光彦みたいに二枚目という訳でもないから、時間が経てば経つほど人々の記憶から忘れ去られる、そんな感じの主人公だった。

 

さいごに

以上が映画「湯殿山麓呪い村」のレビューとなる。終盤の30分は幽海上人の呪いを成立させるためにかなり無茶な幕引きをはかっており、そこがある意味面白かったと言えば面白かったのだが、それ以前の展開は正直微妙なのだよ。第一の殺人は密室という明確で魅力的な謎があったのに対し、第二・第三の殺人はさほど解くべき謎もなければ「犬神家の一族」みたいにインパクトある死体描写もないので、事件自体は尻すぼみになっているのが構成として難アリだったかな。

 

こういった昭和の映画は倫理的な問題から再放送されない場合が多く、特に昔の映画とかドラマって女性の乳房がモロで映されたくらいだから、そういった諸々の事情で埋もれてしまう作品を配信で見ることが出来たのは良かったと思う。

とはいえ本作は何というか、埋もれるべくして埋もれた映画だったなというのが正直な所で、「犬神家の一族」や松竹版の「八つ墓村」が今なお語り継がれる名作なのにはそれ相応の理由があることを改めて実感出来た。聞く所によると本作も原作から一部改変した場面があるようだが、やはり原作をそのまま映像化すれば実写化作品として成功する訳ではないし、改変したからと言って成功するとも限らない。本作「湯殿山麓呪い村」はホラーとしてもミステリとしてもイマイチだったから、松竹版の「八つ墓村」みたいに潔くホラーに全振りしていたら、もしかしたら語り継がれるだけの作品になり得たかもしれない。せっかく即身仏を題材にしているのだからその辺りの専門的な情報を作中に盛り込んでいたら、もっと見応えのある作品になっていたのではないだろうか。