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女のサーガとして改変された片岡鶴太郎版「本陣殺人事件」

先日CSで無料放送していた片岡鶴太郎版の「本陣殺人事件」を録画で視聴した。

金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件 (角川文庫)

「本陣殺人事件」の映像作品はこれまで古谷一行の連ドラ版と2時間ドラマ版を見ているが、今回の片岡版はそれらとは全く趣が異なる異色の改変が為されたドラマだった。

 

(以下、今回のドラマと原作のネタバレあり)

 

まず気になったのは、原作でほぼ名前だけの登場で空気に近い存在だった一柳妙子古手川祐子さんが演じていたこと。そして吉行和子さん演じる女中頭の秋子という原作にはいない人物が追加されていたことも目に付いた。原作でさほど重要な役割でない人物を有名な女優が演じているという時点でこれまでの映像作品と違う展開にしようとしていたのだなと察しがついたがそれはさておき。

それから本田博太郎さんが賢蔵を演じていたのにはちょっとビックリしたな。というのも本田さんは2時間ドラマ版本陣で一柳三郎を演じていたから、同じ原作で兄と弟両方の役を演じたというのは何気に珍しいと思った。

 

女のサーガとしての悲劇

原作は戦前の事件だが、今回のドラマは戦後の昭和29年の事件として改変している。当初は何で戦後の事件にしたのかイマイチわからなかったが、後に佐久間良子さん演じる糸子刀自が語る柳家の歴史というオリジナル要素のため事件の発生年をズラしたのだと納得。そして妙子や糸子がこれまでのドラマや原作以上にクローズアップされていることで女のサーガ(壮大な歴史物語)として大きく改変されているのが非常に印象に残った。

そもそも原作は密室殺人をテーマにした謎解きミステリということもあって、捜査や推理に重点を置いており、賢蔵の異様な犯行動機や三郎のコンプレックスにスポットライトが当たっている。女性の方にはあまり焦点はあたっておらず、賢蔵の家長として家を背負ったが故の重圧・苦悩が印象的だった。それがこれまでの映像作品における「本陣殺人事件」の特徴だったと私は評価している。

一方今回のドラマは一柳家の血に塗れた歴史と一連の殺人を通じて女の悲劇を強調する作りになっており、原作で空気だった妙子は家に縛られた女性という『獄門島』の鬼頭早苗ポジションを担っていたし、糸子にしても『仮面舞踏会』に登場した事件の黒幕と同じ存在として君臨していた。

 

元々の原作の一柳家もかなり封建的な家風だったが、今回のドラマでは糸子が性的不能者であり、女中頭の秋子と夫・隼人の間に出来た子を実子として育てていたという設定が追加されている。これなんか正にドラマ「大奥」などで見られる正室・側室の関係性だし、そこに主人と使用人という主従関係が合わさることでより封建的な関係性が築かれていたのが、もう、何というか凄まじすぎて久保銀造が今回劇中に登場しなくて正解だとつくづく思う。こんな真相を久保のおじさんが眼前で聞いたら感情ぐっちゃぐちゃになってたはずだよ。

 

片岡鶴太郎さん演じる金田一が比較的人情派の味付けをしていることもあってか、悲劇性をより際立たせるため克子と二人で語り合う場面がオリジナルで追加されたり、息子の死亡に涙一つ流さない糸子を糾弾する場面があったが、これは事件の意外性や謎解きの面白さよりもある種ヒューマニスト的な金田一の性格が活きる物語として、一柳家の家風をより封建的で冷血なものとして改変した結果だろうし、それがこの片岡版本陣を評価するうえで重要なポイントだろう。原作の犯行動機には閉鎖的な村社会という社会的背景も影響していたが、このドラマはあくまでも一柳家に全ての元凶・犯行動機が集約されていたし、強烈な一族の悲劇として、ゆるやかに没落していった原作の一柳家とは異なる劇的な終焉を迎えた。その分、後に残された妙子や鈴子がすっぱりと家との縁が切れ、前に進めたという点では原作より希望あるエンドと言えるのかもしれない。

 

個人的な評価としては、女性の悲劇が強調された結果、相対的に賢蔵や三郎の心理描写が霞んでしまった所はあるものの、ここまで大幅に改変されると改悪とは思わない。むしろ視聴後はどこか清々しささえ感じたよ。もし録画してまだ見てない人がいたら是非とも見てもらいたい。