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「准教授・高槻彰良の推察」Season2 3話視聴(ネタバレあり)

そういや前々回で話題になった深町のバンザイ寝だけど、あれって元からああいう寝方をする子だったのかな?ベッドと布団の違いもあるから一概にそうと言えないけど、もし高槻との関わりの後でああいう寝方になったのなら、あの場面は深町が高槻・佐々倉を信頼している証だよね。寝ている時は一番無防備だから、人間を含む動物は体の中で最も柔らかくて弱いお腹を守るようにして眠るのが基本と言われているけど、そこを手で守らずバンザイ状態にするのは、無防備な状態にしても良いと安心していることなのだ。つまり、それだけリラックスしていたということだね。

 

(以下、原作・ドラマのネタバレあり)

 

3話(百物語の夜)

准教授・高槻彰良の推察5 生者は語り死者は踊る (角川文庫)

3話は原作5巻の第一章「百物語の夜」。高槻の講義を受講している葉山という学生が百物語を開催することになり、協力者として高槻らも参加することになるが、百物語の終盤でちょっとした事件が起こる…というストーリー。

原作ではこの百物語の会の後に問題の死者の祭のあった長野へ高槻らは向かうことになるが、ドラマはシーズン1で既に解決済みのため、今回はこの先の神隠し事件へと向かう起承転結でいう所の「承」の部分に相当する内容となった。

 

内容については百物語の参加者が一部変更されており、原作で語られた百物語の由来何故百物語を行うのかといった民俗学ネタが大幅にカットされている。それに伴い参加者の一人、大石のエピソードもカットされた。その代わり、同書に収録された生方瑠衣子視点の短編「マシュマロココアの王子様」が本編に挿入されている。本来はスピンオフ的な扱いである瑠衣子の語りを本編に持ち込んだその訳については後ほど語っていきたい。

また、百物語が開催された時間帯も原作では夜(当日夜7時~明け方4時近く)だったのに対し、ドラマは映像を見る感じ日中の開催と思われる。これは原作が光を完全に遮断出来ない大学の集会室なのに対し、ドラマは廃墟風の特設会場という違いからだろう。火気厳禁の大学構内と違うこともあって、使用する蝋燭もキャンドル風ライトから本物の蝋燭になっているのも改変ポイントの一つだ。

 

彼岸の寺内・此岸の瑠衣子

今回百物語を開催した葉山の目的については原作と同じため割愛して、スピンオフであった瑠衣子のエピソードを挿入した件について語ろう。

寺内が百物語に参加し、高槻の過去について間接的に暴露したのを嫌がらせか何かと思った方もいただろうが、前回のことを考慮に入れると間接的に高槻の過去を暴露することで大学に居辛くさせる思惑があったのではないかと思う。彼にとって高槻が准教授の職を辞め「天狗様」として使命を果たしてもらうことが最大の望みなのだから、いくら幼児性のある人間とはいえ、嫌がらせだけであんな話をしたとは考えにくい。

 

この寺内の執着について前回の感想記事で高槻の母性と合わせて考察をしたと思うが、彼が高槻に対して行う働きかけの裏には「家の外で母親が働いていることに対する違和感」みたいなものと同じ感情があるのではないか?と思っている。外で働くのは父親の役目であって、母親は家にいて子供を見守り家事に専念して欲しいという、ある意味旧弊的な家族像固執するようなイメージを寺内からは受けるのだ。そう思ってしまうのは終盤に登場した高槻の母親の場面も影響していて、彼女が一人ぽつんと家に籠もっていることや、執事や(シーズン1で登場した)秘書は映っても未だに父親がドラマ本編に登場しない(=父親がなかなか介入しない)ことから、高槻家自体に不幸の温床みたいなものがあって、それにも関わらず寺内は家に戻り「天狗様」になることを要求しているという、そんな歪みがある気がする。

 

※この場面も自分の意志で一人でいる一方、どこか放っておかれているようにも見えるのだが、どうだろうか?

 

それはさておき。寺内の思惑はわからないにしろ、話の内容が高槻のことだと直感した瑠衣子は、急遽予定を変更して自身が体験した高槻とのエピソードを話した。それが原作の「マシュマロココアの王子様」に相当するのだが、当然原作の瑠衣子はこのエピソードを誰にも話していない。だから彼女が高槻を天使ではないかと思っていることも胸中に収めているが、ドラマではその思いを暴露する結果になってしまった。

原作の瑠衣子のエピソードでは高槻の非現実的な背中の傷を見て「先生がどこかへ行ってしまうのではないか」という不安があることを明かしている。ドラマでは確かシーズン1の時にそれに近いことを瑠衣子は言っていたと思うが、寺内の話に高槻をどこか彼岸へ連れて行こうとする思いを感じ取ったのか、或いは高槻の過去をネガティブなものとして話した寺内に対する叛意から彼女は自身の体験を間接的に暴露したのか。どちらにせよ何かこのままでは良くないと思ってあの話をしたのは確かだ。

 

寺内と瑠衣子、両者とも自身のことを間接的に暴露したにも関わらず、話を聞く高槻の眼差しは前者と後者では全然違っている。その表情の固さとゆるさに注目するのも再見する上でのポイントと言えよう。

 

 

さて、次回以降は原作の枠から大きく離れてドラマオリジナルの縦軸となる神隠し事件が本格的に動きそうだ。もう既に佐々倉は今回その調査を進めていたようだが、どのように進展していくのか注目していきたい。個人的には今回劇中で語られた「禁忌を犯した人間が失踪する」怪談話が関係してそうな気がするが…。