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名探偵ポワロ「二重の手がかり」視聴

名探偵ポワロ 全巻DVD-SET

 

「二重の手がかり」

教会で死んだ男(短編集) (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

原作は『教会で死んだ男』所収の「二重の手がかり」。上流階級の屋敷で起こった盗難事件を扱った本作は、事件としては小粒ながらもシリーズとしてはそこそこ重要な一作。何故なら他のポワロ作品で何度か登場するロシアの亡命貴族のヴェラ・ロサコフ伯爵夫人が初登場するのが本作だからだ。

ロサコフ伯爵夫人はポワロにとって因縁の相手。といってもホームズにとってのモリアーティみたいな「宿敵」というより、どちらかというと「ボヘミアの醜聞」のアイリーン・アドラーみたいな存在だろうか。非凡で魅力的な女性というのが原作でのロサコフ伯爵夫人の描かれ方だが、ドラマ版はやや伯爵夫人の人物像が異なっている。

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

 

個人的注目ポイント

ジャップ警部の危機

原作では一件の盗難事件に過ぎなかったが、ドラマでは連続盗難事件のうちの一件という扱いになっており、事件を担当していたジャップ警部はここで解決しないとクビになる、という展開が追加された。これは勿論例によってレギュラーメンバーの活躍のための設定だが、ヘイスティングスとミス・レモンもロサコフ伯爵夫人にかかりきりのポワロに代わって調査を進めるという独自の展開が追加されている。

 

・亡命貴族

現代ではイマイチピンと来ない方もいるだろうが、1917年のロシア革命によって帝政が崩壊、社会主義の拡大で貴族は財産を奪われ、安全のため亡命する者もいた。他ならぬロサコフ伯爵夫人もその一人だが、亡命貴族というのは後ろ盾となる存在がない分「怪しい人物」として受け取られることもあったようで、原作でもよそから来た金持ちに対するポワロのこんな言葉がある。

「だって、そうじゃないか!ロシアの亡命貴族や南アフリカの億万長者になりすますなんて、いとも簡単だよ。どんな女性でも、ロシアの伯爵夫人だと自称することはできるし、また、だれでも、パーク・レーンにある邸宅を買って、南アフリカの億万長者だと自称することはできる。本人がそういう以上、その言葉をあえて否定する者はおるまい。(後略)」

身の証を持たぬ亡命貴族や遠方から来たよそ者はミステリ作品にとっては怪しい容疑者の定番であり、こういった人々がいた時代の特殊性を感じられるのが古典ミステリの魅力の一つだ。

 

・ロサコフ伯爵夫人の人物像

前述したように、原作とドラマでは伯爵夫人の人物像が異なっていて、原作では犯行がポワロにバレても弁解もせずあっけらかんと敗北を認める女傑として描かれている。一方のドラマ版は貴族らしいおしとやかさがあり、同じ亡命者ということもあってかポワロも実に紳士的な寄り添い方をしているのが大きな特徴と言える。同じ亡命者なのに片方は探偵・片方は泥棒がゆえに交わることがないままイギリスを去る伯爵夫人。このラストは原作にはないロマンチックさがあってとても良いと思った。

 

さて、肝心の事件について。原作では警察が介入しないため、ポワロは依頼人のハードマン氏に犯人の名が書かれた紙を渡し、後に宝石を取り戻すという形になっている。一方ドラマはジャップ警部が介入しており、嘘がつけない性格のヘイスティングスもいるため、偽の真相を用意している。

序盤にちらっと出て来た事件とは無関係な浮浪者を犯人に仕立て上げ、宝石を取り損ねて庭の木の枝に引っかかっていたという演出をすることによってジャップ警部のクビを回避させ、ヘイスティングスにも納得がいくようにした訳だから何ともキメ細かい配慮である。ただそれでも日本人ピアニストに関するロサコフ伯爵夫人の発言の矛盾はどうしようもなかったが(本人のミスだから仕方ない)。

 

ちなみに、本作「二重の手がかり」は後に長編のネタの一つとして利用されているが、これはあまりにも有名な作品だから言わなくてもわかるよね?