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鍵のかかった部屋(特別編)エピソード7・8「硝子のハンマー」視聴

硝子のハンマー 「防犯探偵・榎本」シリーズ (角川文庫)

6月に終わった特別編を今更更新。

 

「硝子のハンマー」(特別編)

『硝子のハンマー』は防犯探偵・榎本シリーズの第一作目にして(今のところ)唯一の長編。介護サービス会社の社長室で起こった密室殺人を扱った事件でシリーズ一作目にもかかわらず第58回日本推理作家協会賞を受賞した傑作ミステリなのだ。

文庫本にして約600頁近くある本作は大きく二つに分かれており、前半部は青砥と榎本が事件を捜査し、密室トリックをああでもないこうでもないとスクラップ&ビルドしていく様子が描かれる。一方後半部は真犯人の視点から殺人の実行に至るまでの経緯が描かれていく。この構成はシャーロック・ホームズが登場する長編『緋色の研究』を踏襲しており、榎本が青砥と初体面した時にホームズさながらの推理をしているところから見てまず間違いないと思う。

 

受賞にあたっての選考委員の評を以下に抜粋する。

『硝子のハンマー』は、ミステリの最も古いテーマ<密室殺人>に真正面から挑んだ作品で、本格ミステリ隆盛の近年でも稀な濃度のトリック小説である。機械的トリック、怪盗と探偵を往復する主人公といった設定の古式床しさと、ハイテクを駆使したセキュリティ・システムやインターネットの巨大掲示板といった素材の新しさが組み合わされ、独特の味わいを生んでいる。トリックは原理の似た先例もなしとしないが巧妙で、密室の精緻な<あらための妙>が素晴らしいし、否定されていく仮説もアイディアが豊かで楽しい。倒叙形式の後半で明らかになる犯人像の動機などについて、若干の無理が指摘されたが、重大なミスと見た委員はいなかった。

有栖川有栖

 『硝子のハンマー』は本格ミステリーの王道ともいうべき"密室"に正面から挑戦した。文章は的確、平明、描写は濃やか、セリフは自然、各登場人物のキャラクターも立っていて、精緻に組みあげられた伏線のひとつひとつを解きすすめる推理の楽しみがあるのだが、その反面、動機が弱いのではないかといううらみが残った。(中略)わたしはトリックのためのトリックのような気がしたが、密室の構築と、それを解明していくストーリーの運びにはまったく瑕がない。

黒川博行

 赤外線監視装置やロボット操作など、高年齢層の選者には全くブラックボックス的なハイテクが取り入れられた密室物で、ほう、こうやると監視装置をすり抜けられるのかと感心しながら読んだ。しかし、殺人まで犯す必要があったのか(中略)。犯人はそれを知っていながら口封じのために殺害する。この展開に疑問を持った。ともかく殺人がないと成立しないプロットなのだから、殺害の動機をもっと丁寧に説明すべきだったのではないか。

直井明

 『硝子のハンマー』は、裏表のある探偵役のキャラクター設定と、テクニカルな密室トリックのつるべ撃ちがスリリングだった。それぞれの仮説に挿話としての工夫を凝らしている点、前半本格・後半倒叙という毛色の変わった構成も、現代的な密室小説のツボを押さえている。探偵役の魅力に比べて、犯人像にやや見劣りするところがあるのはたしかだが、キズというほどではないだろう。

法月綸太郎

 以上の選評を見ればわかるように、本作は犯人の殺害動機が評価の分かれるところ。犯行トリックのリアリティと精緻さがずば抜けている分、そこに粗を感じてしまったのも無理はないが、ではドラマの方はどうなったか?これはネタバレ感想で述べる。

 

(ここからネタバレ感想)選評でも指摘された殺害動機だが、会社の秘匿財産を盗んだところで、表沙汰に出来ない資産だから犯人が穎原社長をはじめとする会社の人間に追われる恐れがないのにもかかわらず殺害を実行した、という点がやはり引っかかった模様。一応原作では過去にヤクザから借金で追い回されたトラウマが原因として理由付けをしているので、これに関しては有栖川氏の述べたように私も大きな瑕疵ではないと思っている。ただ、ドラマの脚本はこれだと視聴者が納得しないと思ったのか、犯人と穎原社長の間に繋がりがあったという設定にして、復讐の動機を与えている。

トリックは屋外から屋内のターゲットを硝子越しに殺害するという手法で、嵌め殺しの窓をガタつかせることで硝子を壊さずに衝撃だけを被害者の頭部に与える、ビリヤードのデッド・コンボの発想が秀逸。実をいうと、間に特定の媒体を挟んでターゲットを殺害するトリック自体は国内の作品で先例があるのだが、本作はその媒体を割れる硝子にしたのが発明であり、ユニークな点と言えるだろう。また、「困難は分割せよ」を地でいく介護ロボットの使い方が見事で、介護のために英知が注がれたロボットが社長にとって秘匿財産を取り出す運搬リフトになっていたという榎本の皮肉な指摘が何とも言えない。

ドラマはほぼ原作を再現するよう努めているが、前後編として収めたこともあり、原作における絶え間ないスクラップ&ビルドが一部カットされ、犯人視点の物語も同様に表層的な所を拾う結果となったため、どうしても物足りなさを感じてしまった。(ネタバレ感想ここまで)