タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

鍵のかかった部屋(特別編)エピソード1「佇む男」視聴

8年ぶりに帰ってきた密室ミステリドラマ「鍵のかかった部屋」。

このドラマが放送されていた2012年の私はまだミステリ小説も読んでおらず、知っているミステリドラマといえばテレビ朝日系列の「TRICK」シリーズだけだったため、1話も見ることなくスルーしていたが、2016年の再放送をたまたま見つけて視聴した際「めちゃくちゃ面白いじゃないか!」と唸り、これをスルーした昔の自分を叱りたくなった。

 

防犯探偵・榎本シリーズについて

鍵のかかった部屋 (角川文庫)

原作やドラマに初めて触れる方のために簡単に説明をしておこう。

原作は貴志祐介氏によるシリーズで、防犯ショップを経営する榎本径と弁護士の青砥純子が活躍する。現在文庫が三冊(『硝子のハンマー』『狐火の家』『鍵のかかった部屋』)と単行本が一冊(『ミステリークロック』)刊行されており、全作品が密室殺人というのがシリーズ最大の売りになっている。

 

密室殺人は古今東西のミステリ作家が挑んできた定番中の定番とでも言うべき本格ミステリの一ジャンルで、密室殺人を扱ったミステリ小説のガイドブックやムック本が刊行されるくらいバラエティ豊富で巧妙なトリックが先人たちによって案出され、トリックの分類まで為されている。もしこのドラマを視聴して密室殺人に興味を持った方は有栖川有栖の密室大図鑑』を参考に、密室ミステリの深みにハマってみてはいかがだろうか?

有栖川有栖の密室大図鑑 (創元推理文庫)

 

前述したように密室殺人はこれまで手垢が付くくらいやり尽くされた定番ネタ。それだけに新しいトリックを作り出すのが難しく、ハードルの高い分野と言えるが、このシリーズはいずれの作品も斬新かつ巧妙なトリックが用いられており、非常に高水準。そのトリックにしても、探偵ガリレオシリーズみたいに一般の人が知り得ぬ専門知識を駆使したようなものばかりに頼っていないため、読後に不満があまり残らないのも評価ポイントだ。

 

そして、物語の大半が映像化に適しているのもシリーズの長所に挙げられる。

密室ミステリの名作は数多くあるが、いざそれを映像化するとなると、映像化に適した作品は結構限られると思っている。というのも、密室トリックには物理的に部屋を密室に仕立て上げるタイプ心理的トリックで密室だったと思わせるタイプに大きく分けられ、作品によっては映像化してしまうと味気なくなってしまったり、呆気なく感じてしまう場合が多い。しかし、榎本シリーズにおける密室トリックは密室構成のプロセスそのものが鑑賞に値するクオリティがあるため、見ていて退屈しないし、小説を読む以上にカタルシスが得られる部分がある。これがまた格別なのだ。

 

それに加えて、小説におけるトリックが実行可能というリアリティさが作品の魅力を後押ししている。ミステリは極端な話、どれだけトリックが凄くても説得力がないと意味がないと思っていて、特に映像化した時にその辺りのボロが出てしまうのだけど、このシリーズは現代を舞台にしているため、密室構成の目的もトリックも地に足がついたものになっている。決して「巧いトリックを思いついたから殺人に用いた」などという自己満足に帰結するようなミステリにはなっていないのだ。

 

以上、長くなったが榎本シリーズの魅力をまとめると次のようになる。

①「全作密室殺人」とテーマが決まっているため、途中参戦しやすい懐の広さ

②映像化に適したハイクオリティな密室トリック

③実行可能なトリックと、地に足のついたリアリティある世界観

 

また、ドラマオリジナルキャラとして、青砥の上司にあたる芹沢豪が登場するが、ある種道化的な立ち回りミステリに明るくない者としての役回りを果たしたことで、嵐ファン以外の中高年層にも取っつき易い構成になっており、ミステリドラマとしての間口を広くしたこの改変を私は高く評価したい。

 

「佇む男」(特別編)

ドラマ1話は『鍵のかかった部屋』所収の「佇む男」。放送当時は放送枠を拡大したバージョンだったが、特別編にあたって序盤のシーンが大幅にカットされている

まず青砥と榎本の最初の出会いの切っ掛けとなった銀行金庫に芹沢と頭取が閉じ込められてしまう場面がまるごとカットされた。この場面、今は亡き前田健さんも出演していたので、少々残念。そして、この場面をカットしたことにより、青砥が道端で唐突に榎本に話しかけるという不自然な描写になってしまった。

そして、榎本のホームグラウンドとでも言うべき備品倉庫室に芹沢と青砥が向かう下りもカットされている。原作の榎本は独立して防犯ショップを経営しているが、連ドラでの榎本は大手セキュリティ会社の社員という設定であり(スペシャルドラマで原作通り独立して防犯ショップを経営する)、変わり者としての面がより強調されているのだが、カットされているためここも不自然な描写になっている。

 

事件概要はほぼ原作通りだが、原作では割られた窓ガラスに細工がなかったこと、ドアに張られた白幕は画鋲だけでなく両面テープが貼られていたこと、ガラステーブルの下側に雑誌が積まれていたことが書かれており、より別解潰しが徹底している。

また、原作ではメインの密室トリックに加えて玄関の鍵を外部から施錠するトリックも用いられているが、(尺の都合もあるだろうが)大したトリックじゃないためカットされている。

 

(ここからネタバレ感想)死体そのものが鍵の役割を果たすというのは私がこれまで読んだミステリ小説では無かったため斬新さを感じた。徹底した別解潰しから明かされる死後硬直を利用した密室トリックが秀逸で、初めて原作未読で視聴した時衝撃を受けたものだ。トリック自体はシンプルだが、警察が気づかなかったという説得力が十分にあるのが良い。また、徹底した別解潰しが犯人の性格を裏付けているのもよく出来ている点だと言える。(ネタバレ感想ここまで)