タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

放送延期の今だからこそ読む『富豪刑事』

富豪刑事 (新潮文庫)

もう既にご存じだとは思うが、アニメ「富豪刑事 Balance:UNLIMITED」の放送が7月16日まで延期された。

ということで、これが良い機会なのかどうかはわからないが、原作『富豪刑事』がどんな作品か紹介していきたい。作品概要の方はアニメ1話の記事にあるので各自ご確認を。

tariho10281.hatenablog.com

 

原作の神戸大助には「人間味」があった!

アニメでは「現代犯罪対策本部準備室」から神戸大助の物語は始まるが、原作はそういった刑事課配属の経緯はすっ飛ばされ、いきなり事件の捜査会議から始まる。

「え?何で大富豪が警察で刑事になってんの?」といった読者の疑問をガン無視して「とりあえずここの警察署には桁外れの金持ちの家出身の刑事がいるってことがわかってれば良いのだ」と言わんばかりに話が進む。

有り余る資産と、父親・喜久右衛門の交遊関係を利用して事件を解決に導くとはいえ、神戸の性格はアニメのような唯我独尊状態で誰とも相談せず勝手に実行するタイプではなく、同僚の刑事や捜査主任の警部に対して作戦を提案し相談するので、原作の神戸の方が近寄りやすいし人間味がある。失態を犯したと思えば青ざめるし、恥ずかしくなると顔を赤らめる、血の通った人間として描かれているのだ。

 

作品について

さて、原作はわずか4作の短編から成る。

5億円強奪事件を扱う富豪刑事の囮」

鋳造会社社長が密室で焼死する「密室の富豪刑事

幼児誘拐ものの富豪刑事のスティング」

そして最後に、暴力団抗争を扱った「ホテルの富豪刑事で締めくくられる。

筋運びはシンプルで、「捜査会議→大助が作戦を提案→喜久右衛門への要請→作戦の実行→事件解決(署長のお祝い)」が全作に共通する。

 

ジャンルとしては広義の推理小説に属するが、凝りに凝ったトリックは出て来ない。トリックとかサプライズみたいなものを欲するのであれば本作よりも同著者のロートレック荘事件』の方がよりミステリらしいトリックを使っているしサプライズ度も高い。

ロートレック荘事件(新潮文庫)

 

本作はミステリ小説定番の「犯人は誰か?」「どういうトリックが使われたのか?」で読者の興味を惹くのではなく、「神戸大助が有り余る資産をどのように用いて犯人をあぶり出すのか?」がメインとなっている。

例えば、「富豪刑事の囮」。5億円強奪事件が起こりもうすぐ時効が近づくなか、捜査陣の尽力によって何とか容疑者を4人まで絞り込むことが出来た。しかし、いずれの4人も怪しくて決め手にかける。ここで神戸はある作戦を提案し、4人に“ある行動”をとらせようとする。これによって変動する容疑者4人の運命こそが見所と言えるだろう。

「密室の富豪刑事」の場合は、事件当時被害者と面会しており、十分な殺害動機を持った重要容疑者が存在するのだが、どうやって被害者を殺したかがわからず捜査が難航。そこで神戸がまた提案をして、犯人に墓穴を掘らせようとするのだ。

 

筋運びは前述した赤字部分の通りだけど、各作品ごとに異なる趣向みたいなものがあり、「密室の富豪刑事」は密室トリックが用いられているため、作中人物が読者に向かって「犯人が使ったトリックはどんなものでしょうか?」と語りかけて読者への挑戦をしてくる。「富豪刑事のスティング」は時系列をいじる(ちょっと)挑戦的な試みが為されている。

あと、遊び心なのかわからないけど、最終話にあたる「ホテルの富豪刑事」では前三作から登場する刑事たちや喜久右衛門などのレギュラーメンバー注釈的説明があって、「本当なら彼らが過去成し遂げた実績を物語として紹介したいのだが、残念ながら割愛する」という旨の文が最後に付く。これは、ミステリ小説における「人間が描けていない批判」に対する作者の回答ではないかと個人的に思っていて、「その気になれば書けるのであって、話が冗長にならないために分かり易く単純なキャラ設定にしているのだ」という作者の意思が感じ取れる。

 

「人間が描けていない批判」はミステリ小説における諸問題の一つだが、他に代表的な問題を挙げるならばやはり「トリックの必然性とリスク」だろうか。偶然生じた結果によるトリックや叙述トリックは作者が読者に対して仕掛けるトリックだが、作中の犯人が計画して実行するタイプのトリックは、つまるところ自分を容疑者圏外におくためのトリックであって、いくらユニークであっても露見するリスクが高かったり実行して成功する可能性が低いものだと意味がないし、下手をすれば物語自体が破綻してしまうおそれがある。「密室の富豪刑事」では、刑事の一人がその点について触れているので是非確認していただきたい。

 

アニメ版への展望

・神戸大助が刑事であることの動機付け

原作では大助が刑事になった経緯が描かれることなくいきなり話が始まっているので、読者は彼の正義漢的性格と喜久右衛門の贖罪精神から推測するしかないのだが、アニメの大助は1話において「幸せな幼年時代だったが、ある日を境に一変した」と独白しているため、原作以上に複雑な動機があると予想される。また、花形の捜査一課ではなく現対本部を志望した動機も不明なので、その点も今後の注目ポイントとなるだろう。

 

・金の影響を受ける人々

莫大な金が動くと大抵人の人生が大きく変わるが、原作でも金の影響で運命が変わったり、運命を動かす力を持つ金持ちに対する人々の感情が描かれていて、そこが結構面白かったりするのだが、今のところアニメでは金の影響で人生が一変した人々は出てきていない。強いて言うなら1話の強盗二人組が本来死ぬかもしれなかったが救われた、というくらいだろうか。

大助がどうやって事件を解決するか注目するのは当然として、この先は金が人に及ぼす影響にもより深く考察を加えられたら良いと思う。

 

・加藤春と現対本部の仲間たち

正義を重んじ金で事件を解決する大助のやり方に反発する、アニメ版オリジナルキャラクターの加藤春。原作にも約一名金持ちを快く思わない刑事がいるのだけど、原作の刑事たちは清濁併せ吞むことを心得ており、大助の人柄も悪くないため、大助のやり方に対して反発する者は出てこない。

しかし、加藤は清濁の「濁」を呑めない性格であり、良く言えば純情・悪く言えば考えが幼稚なキャラクターとして描かれている。一方の大助も相談せず独断でことを行うため余計加藤の反感を買っている。ここで衝突を描くからには、当然二者間の理解が深まっていかなければならないし、このままだと加藤は道化止まりになってしまってあまり良くない。

あとは現対本部のメンバーについて。大助がこの部署を志望したということは、ここには彼と関わる「何か」或いは「誰か」が存在しているはずだから、これも併せて注目していきたい。