タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

まさかの“殺り人知らず”、啄木鳥探偵處 第一首「こころよい仕事」視聴

エンドクレジットで気づいたが、シリーズ構成が富豪刑事 Balance:UNLIMITED」と同じ岸本卓氏だった。富豪刑事を視聴している方は見比べてみるのも良いかもしれない(あちらも元はミステリとして書かれた作品だからね)。

 

『啄木鳥探偵處』について

啄木鳥探偵處 (創元推理文庫)

原作は伊井圭氏による連作短編集で、東京創元社から刊行されている。調べる前は最近書かれた作品だと思っていたが、意外にも1999年初出の作品で原作者も2014年に鬼籍に入られている。

原作未読のため概要説明だけにしておくが、探偵役に石川啄木、その相棒として金田一京助をおいた本格ミステリで、明治42~44年を舞台にした5つの短編から成る。その中でも本書に収録された「高塔奇譚」は第3回創元推理短編賞を受賞した。

 

歴史上の実在人物を探偵役においた本格ミステリは別に珍しいことではなく、本作以外にも岡田鯱彦『薫大将と匂の宮』などが挙げられる。

薫大将と匂の宮 (創元推理文庫)

この『薫大将と匂の宮』は何と紫式部が探偵役というのだから凄い。

 

“人たらし”としての石川啄木

1話目となる今回は啄木が「啄木鳥探偵處」を設立する経緯がメイン。歌人と探偵の親和性にも触れた話となったが、やはり一番印象に残ったのは啄木のキャラクターだろう。

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有識者の間では啄木が「たかり魔」で多くの友人・知人から金をせびっていたことは有名だが、今回のアニメでもしれっと中学の先輩で親友の京助に牛鍋を奢らせたり、家賃を捻出させている。第三者から見ればろくでもない男だが、劇中では憎めない人たらしとして描かれており、そんな啄木を見守る京助の眼差しに保護者のような温かみを感じる。

 

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そんな京助は本作ではワトソン役として啄木の傍にいる。

ミステリ好きは知っていると思うが、この金田一京助氏は横溝正史が生み出した名探偵・金田一耕助の名前のモデルとなった人物で、言ってみれば名づけ親みたいな存在でもあった。

その影響だろうか、今回劇中で京助が死体を発見した際腰を抜かす場面があったが、あれを見た時私は石坂浩二さんが金田一を演じた映画「犬神家の一族で、金田一が佐武の生首がのった菊人形に驚き腰を抜かす場面を思い出した。

 

こころよく我にはたらく仕事あれ…

1話冒頭で啄木がつぶやいた「こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて死なむと思う」は『一握の砂』に収録された歌の一つ。当時啄木は生計のために書いた小説の売り込みに失敗し、逼迫した経済状況を何とかするため東京朝日新聞に校正係として勤めていたが、そんなやむなく就いた仕事に対する思いが反映された歌だと言われている。

本作ではこの句における「こころよく我にはたらく仕事」を探偵の仕事という形にアレンジして啄木の探偵活動の動機にしている。原作者の伊井氏がこの句から啄木を探偵役にしようと思ったのかどうかはわからないが、事件に首を突っ込む探偵のスタイルと啄木鳥が木に嘴を突きこむ様はどことなく似通った部分があるので、啄木を探偵役に置いたのはなかなかセンスが良いと思う。

 

殺り人知らず

今回の事件は啄木が探偵活動を始める切っ掛けとなった事件という形式のためか、正当なミステリらしからぬオチになっている。普通ならば小栗宅に隠されていた告発状が偽物だと推理し、そのまま真犯人を暴く…という展開になるはずだが、今回啄木は告発状が偽物で本物は焼却処分されたところまで推理したものの、あとの犯人捜しは警察任せにしている。

作者が不明な短歌・俳句には「よみ人知らず」という一文が付くが、今回の事件を称するなら「殺り人知らず」と言うべきだろうか。何とも人を食ったような脚本である。

 

また、劇中の啄木そのものが人を食った態度をとっているため、彼の探偵活動もはったりがきいた所が大いにある。

例えば死体を発見し警部に尋問された時の推理。啄木は警部に「畳の血の跡は手についた血をこすった跡であり、手の血を拭っても指先や爪の間に入った血は簡単にとれないから、手先まできれいな私たちは犯人ではない」と述べたが、これなど犯人が手袋をしていた可能性を(意図的にだろうが)無視した推理で、警部が気づかなかったから良かったものの、反論された場合どうするつもりだったのかと思う。

あとは言うまでもなく、事件に介入するための権威付け兼露払いとして森鴎外を招聘したり、本物の告発状が焼却されたと警部に納得させるため偽の燃えカスを仕込んだりと、正統派から逸脱した探偵行為をしている(血のシミの推理はお見事だけどね)。

 

本職が歌人で職業倫理みたいなものがない分探偵活動の自由度が高そうではあるが、今回の時点ではその辺りの面白さが見えてこなかったので、次週以降の話に期待する。

 

蛇足

・死体が発見された現場は待合の一室だったが、当時の待合は密談を行う場として使われたのは勿論、劇中で描写されたように芸妓と客が一夜を共にする場としても提供されていた。

待合 - Wikipedia

 

・啄木が家賃を払えなくなり、京助が蔵書を売り払って費用を捻出する場面があったが、これは実際にあったエピソード。ただ、厳密に言うとこの出来事は下宿「赤心館」のエピソードであって、劇中で京助が生活していた下宿「蓋平館」ではない。

実際は「赤心館」のおかみに支払いを待つよう頼んだが断られ、それに腹を立てた京助が荷車二台分の蔵書を売り払い家賃を捻出。家賃を支払った後に啄木と別れて「蓋平館」に引っ越したそうである。

劇中で京助はこれを切っ掛けに学問(アイヌ語研究)の道を進むことに決めたようであるが、実際はこの出来事が起こる前から学問の道に決めていたようなので、この出来事で啄木と京助の絆を描くと同時に「啄木鳥探偵處」成立の後押しとなったエピソードとして利用・改変されたと考えるべきだろう。