今週土曜日からBSプレミアムで毎週5時台に「名探偵ポワロ」の第6シーズン(全45回)までが放送される模様。6期鬼太郎が終わって週末の楽しみが無くなっていたので丁度良かった。
「刑事コロンボ」も先週から放送されているみたいだが、こちらは気になった回だけ感想を書くことにして、ポワロの感想記事を優先させることにする。
「コックを捜せ」(「料理人の失踪」)
原作は『教会で死んだ男』所収の「料理人の失踪」。ドイルの「赤毛連盟」と同タイプのミステリで、一見犯罪と関係なさそうな事象が実は犯罪計画の一部だった…という形式の話だ。
自宅で雇っていた料理女が何の連絡も残さず失踪してしまったので探してくれとポワロに依頼がくる。ポワロとしては人探しなどというごくありふれた初歩的な案件は扱いたくなかったのだが、依頼者のトッド夫人のこの一言で特別に依頼を受けることにしたのだ。
「あーら、そうなの?ずいぶん、お高くとまっているじゃない?あつかうのは官庁の機密や伯爵夫人の宝石類の盗難事件だけ、というわけなのね。でも、いっておきますけど、あたしのような立場にある女にとって、使用人というのは宝石をちりばめた頭飾りに匹敵するくらい貴重なんですよ。(後略)」
過去にNHKの「アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル」でアニメ化されており、ドラマでは30頁ほどの短編を50分のエピソードとして描いている。
アニメの方は原作通りの展開で結末部分は円満な終わり方をしているが、ドラマのポワロはというと、トッド夫人と喧嘩別れしたまま物語を終えている。そりゃ何の連絡もよこさずいきなり警察に家宅捜索させるようなことをしたのだから、夫人がつむじを曲げるのも仕方ない。
(以下、ドラマと原作のネタバレあり)
個人的注目ポイント
・ガスオーブンで“焼身”自殺
冒頭、ヘイスティングスが《デイリー・ブレア》紙に掲載された事件をいくつか読み上げ、ポワロはどの事件にも食指が動かぬと一蹴する場面がある。
ここでヘイスティングスが読み上げた事件のなかに「夫、ガスオーブンで焼身自殺か」とあるが、これは恐らく誤訳だと思われる。
原作では「不幸な家庭生活。夫、ガスオーブンに頭をつっこんで自殺。」と記されている。これは明らかにガス中毒による死をねらったものであり、クリスティの他作品でもガスオーブンを利用した中毒死が扱われている。
そもそも、ガスオーブンに頭を突っ込んで焼身自殺など確実性に欠けるし、せいぜい顔がこんがり焼けてしまう程度ではなかろうか?(スケキヨォ…)
・昔から変わらぬ広告事情
これはドラマではなく原作のある一文についてだが、トッド夫人がポワロと対面した時、新聞広告についてぼやく場面がある。
「(前略)でも、近ごろの新聞ときたら、ひどいじゃないですか。“新婚の女性が美人ではない未婚の友だちに語ったこと”なんて、いかにも意味ありげな見出しがついているから、興味をそそられて、なかの記事を読んでみると、なんのことはない、一から十まで、薬局で売っている化粧品やシャンプーの宣伝広告ときている。(後略)」
ウチの母も健康番組とかに興味があって、時々私も目にすることがあるけれど、今でもこういったタイプの通販番組はよくある。平日の午前10~11時台にとある一人の女性の半生を描いたドキュメンタリーをやっていて何だろうと思って見ていると、最終的に健康サプリメントの宣伝になっていて、テレビでは「〇〇さんも愛用している△△!」みたいな宣伝文句が響く。
国や時代が違っても、人の考えることは往々にして同じという良い例ではないだろうか。
・桃のシチュー
トッド宅にてポワロはメイドのアニーに聞き込みをする。その際イライザがアニーに対して最後に言ったのが「食堂から桃の煮たのが手つかずで下げられたら、お夕食の時にいただきましょうよ。それにベーコンとポテトフライも」という一言。
この「桃の煮たの」は原作だと「桃のシチュー」と書かれている。シチューといっても一般に知られているクリームシチューみたいなものではなく、砂糖水にクローブやシナモン、レモン果汁、ワイン、ブランデーなどを適宜加えたもので煮た桃。アップルパイのリンゴみたいなものだと言えば良いだろうか。
調べて見ると、砂糖ではなく甘酒を使ったレシピを見つけたので紹介しておく。↓
・ブチギレるポワロ
不機嫌になることはあってもキレることはあまりないポワロがドラマの初回でいきなりブチギレる。特別の好意で依頼を引き受けたのに一方的にブッチされた怒りと、手数料1ギニー(=21シリング)に対する怒り(安く見られたということだろうか)。
初回は主人公お披露目回でもあるのでこの1話にポワロの性格を示す描写が色々ぶち込まれているが、このブチギレ場面はそんなポワロのプライドの高さが窺える。
・田舎をディスるポワロ
「見てごらんなさい。建物一つない、レストランもない、劇場もない、美術館もない、何にもない!」
「これは田舎じゃありませんよ。田舎には木々が茂り、花が咲き、人の住む家がある。これは荒れ野です」
「確かに景色はすばらしい。しかしこれは風景画にして居心地のいい居間で眺めるべきだと思いますね。我々が絵を買うのは自分をこういう状況の中に置かずに済ますためです」
「いいかね君。こういう空気は鳥や獣たちには最適なんでしょうが、エルキュール・ポワロの肺にはもっと実体のある街の空気が必要なんです」
ポワロの特徴の一つに綺麗好きが挙げられるが、 そんなポワロにとって整備されていない田舎は天敵であり、未舗装の道路は靴を汚すぬかるみの温床だと思っているだろう。原作ではイライザ・ダン自身がポワロの居住するフラットに赴くため、この場面はドラマオリジナルなのだが、ポワロの性格を知るうえでこの改変は実に効果的なものになっている。
今回の事件は本来伏せられておくべきトランクの存在が開幕から明かされており、そのトランクの荷造りをする犯人も明かされているため、フーダニットとして制作陣が描く気が毛頭なかったことがわかる。そのため今回は視聴者にとって「ホワットダニット」(何が起こったのか?)と「ホワイダニット」(何故そんなことをしたのか?)が謎となる。
終盤は犯人の国外逃亡を防ぐため犯人の逃亡先を捜査することになるが、ここで荷物係の証言がポイントとなる。
荷物係によると運賃として受け取った紙幣の中に外国のものがあり、そこに「ボリビア」と書かれていたから犯人はボリビアに向かったと思っていた。
しかしこれは彼の勘違いで、紙幣に書かれていたのは「ボリバル」。つまり、ベネズエラ・ボリバルと呼ばれる通貨だったのだ。
このボリビアとボリバルの違いを利用した追跡劇はドラマオリジナルの展開。あの荷物係の兄さん、あんなにドヤ顔で証言していたのに勘違い乙ww…と言いたいが、証言がなければ逃げられていたのでやはりファインプレーだったのかな?
次週は「ミューズ街の殺人」。