絶賛積読消化中のタリホーだが、「以前読んだから当分はいいや」とほったらかし状態にしていた『世界推理短編傑作集』に着手することにした。
ただし以前読んだ『世界短編傑作集』は旧版であり、リニューアル版の『世界推理短編傑作集』には新録や順番の入れ替えがあるので一応以下に挙げておく。
『世界短編傑作集』(リニューアル前)
・1巻
ウィルキー・コリンズ「人を呪わば」
アントン・チエホフ「安全マッチ」
アーサー・モリスン「レントン館盗難事件」
アンナ・カサリン・グリーン「医師とその妻と時計」
バロネス・オルツィ「ダブリン事件」
ジャック・フットレル「十三号独房の問題」
ロバート・バー「放心家組合」
・2巻
モーリス・ルブラン「赤い絹の肩かけ」
バルドゥイン・グロルラー「奇妙な跡」
M・D・ポースト「ズームドルフ事件」
R・オースチン・フリーマン「オスカー・ブロズキー事件」
V・L・ホワイトチャーチ「ギルバート・マレル卿の絵」
E・C・ベントリー「好打」
アーネスト・ブラマ「ブルックベンド荘の悲劇」
F・W・クロフツ「急行列車内の謎」
G・D・H&M・I・コール「窓のふくろう」
・3巻
パーシヴァル・ワイルド「堕天使の冒険」
E・ジェプスン、R・ユーステス「茶の葉」
アントニイ・バークリー「偶然の審判」
ロナルド・A・ノックス「密室の行者」
C・E・ベチョファー・ロバーツ「イギリス製濾過機」
マージェリー・アリンガム「ボーダー・ライン事件」
ロード・ダンセイニ「二壜のソース」
アガサ・クリスティ「夜鶯荘」
ベン・レイ・レドマン「完全犯罪」
・4巻
アーネスト・ヘミングウェイ「殺人者」
イーデン・フィルポッツ「三死人」
ダシール・ハメット「スペードという男」
エラリー・クイーン「は茶め茶会の冒険」
アーヴィン・S・コッブ「信・望・愛」
トマス・バーク「オッターモール氏の手」
レスリー・チャーテリス「いかさま賭博」
ドロシー・L・セイヤーズ「疑惑」
ヒュー・ウォルポール「銀の仮面」
・5巻
H・C・ベイリー「黄色いなめくじ」
カーター・ディクスン「見知らぬ部屋の犯罪」
ジョン・コリアー「クリスマスに帰る」
ウィリアム・アイリッシュ「爪」
Q・パトリック「ある殺人者の肖像」
ベン・ヘクト「十五人の殺人者たち」
フレドリック・ブラウン「危険な連中」
レックス・スタウト「証拠のかわりに」
ディビッド・C・クック「悪夢」
エラリー・クイーン「黄金の二十」
『世界推理短編傑作集』(リニューアル後)
・1巻
エドガー・アラン・ポオ「盗まれた手紙」(NEW)
ウィルキー・コリンズ「人を呪わば」
アントン・チェーホフ「安全マッチ」
アーサー・コナン・ドイル「赤毛組合」(NEW)
アーサー・モリスン「レントン館盗難事件」
アンナ・キャサリン・グリーン「医師とその妻と時計」
バロネス・オルツィ「ダブリン事件」
ジャック・フットレル「十三号独房の問題」
・2巻
ロバート・バー「放心家組合」(1巻から移動)
バルドゥイン・グロラー「奇妙な跡」
G・K・チェスタトン「奇妙な足音」(NEW)
モーリス・ルブラン「赤い絹の肩かけ」
オースチン・フリーマン「オスカー・ブロズキー事件」
V・L・ホワイトチャーチ「ギルバート・マレル卿の絵」
アーネスト・ブラマ「ブルックベンド荘の悲劇」
M・D・ポースト「ズームドルフ事件」
F・W・クロフツ「急行列車内の謎」
・3巻
イーデン・フィルポッツ「三死人」(4巻から移動)
パーシヴァル・ワイルド「堕天使の冒険」
アガサ・クリスティ「夜鶯荘」
E・ジェプスン&R・ユーステス「茶の葉」
C・E・ベックホファー・ロバーツ「イギリス製濾過機」
アーネスト・ヘミングウェイ「殺人者」(4巻から移動)
G・D・H&M・I・コール「窓のふくろう」(2巻から移動)
ベン・レイ・レドマン「完全犯罪」
アントニイ・バークリー「偶然の審判」
・4巻
トマス・バーク「オッターモール氏の手」
アーヴィン・S・コッブ「信・望・愛」
ロナルド・A・ノックス「密室の行者」(3巻から移動)
ダシール・ハメット「スペードという男」
ロード・ダンセイニ「二壜のソース」(3巻から移動)
ヒュー・ウォルポール「銀の仮面」
ドロシー・L・セイヤーズ「疑惑」
エラリー・クイーン「いかれたお茶会の冒険」
H・C・ベイリー「黄色いなめくじ」(5巻から移動)
・5巻
マージェリー・アリンガム「ボーダー・ライン事件」(3巻から移動)
E・C・ベントリー「好打」(2巻から移動)
レスリー・チャーテリス「いかさま賭博」(4巻から移動)
ジョン・コリアー「クリスマスに帰る」
ウィリアム・アイリッシュ「爪」
Q・パトリック「ある殺人者の肖像」
ベン・ヘクト「十五人の殺人者たち」
フレドリック・ブラウン「危険な連中」
レックス・スタウト「証拠のかわりに」
カーター・ディクスン「妖魔の森の家」(NEW)(「見知らぬ部屋の犯罪」を変更)
ディヴィッド・C・クック「悪夢」
エラリー・クイーン「黄金の二十」
ざっくり感想(1巻)
・エドガー・アラン・ポオ「盗まれた手紙」
既に青空文庫で読んでいたが、この度本書で再読することとなった。
さる身分の高いご婦人のスキャンダルを暴くことになる手紙が大臣の手に渡ってしまい、警視総監が婦人の依頼を受けて大臣宅を家探しするも、手紙が見つからない。
一体大臣はどこに手紙を隠したのか…?という話で、江戸川乱歩曰く「盲点原理」をテーマにした作品と称している。
1840年代の海外小説に明るくないからアレだけど、当時の小説って上級市民向けで労働者階級に向けたものでないからこんなに衒学的なのかと邪推してしまうのだ(ちょうど産業革命の頃だしね)。でも「黒猫」は読みやすかったから単にデュパンものが特殊なのかな?と考えを巡らせていた。
後のミステリ作家にも影響を与えた「盲点原理」は横溝正史の「本陣殺人事件」やアガサ・クリスティの処女作『スタイルズ荘の怪事件』でも見られる。
・ウィルキー・コリンズ「人を呪わば」
長編『月長石』が有名だが、書店であの分厚いシルエットに物怖じして未だに読めてない。
物語はラザフォード街の文房具店で起こった金の盗難事件で、往復書簡という形式で話は進む。
何といっても捜査を担当することになった勘違いアホ青年のマシュウ・シャーピンの語りが印象的で、首席警部に提出した報告書の端々から滲み出す「自画自賛」感にちょいイラっとさせられる。
ノーマルな探偵小説だと、性格に難のある探偵でも結果的に犯人を見事暴き立ててしまうものだが、そういう体裁にせず、解題で記されているように「読者への挑戦」や「信頼できない語り手」の先駆けとなる記述をした点が本作の優れた所と言えるだろう。
・アントン・チェーホフ「安全マッチ」
新版はロシア語からの直接訳となった(旧版は英語からの重訳)。チェーホフはロシアの劇作家として有名らしいが、私的にはほぼ初耳。
著者自身が「探偵物語のパロディ」として書いた本作は、確かにパロディらしい脱力するようなオチが待ち受けている。それでもパロディだから何でもアリという構成にはなっておらず、安全マッチという普段被害者が使用しない道具が事件現場に落ちていたことを手掛かりにして捜査を進めている。
マッチといえば、松本清張の「熱い空気」を思い出す。あれもマッチで物語が大きく動いたからな。そして無性に天丼が食べたくなる。
・アーサー・コナン・ドイル「赤毛組合」
これはもう既に二度ほど読んだことがある作品。タイトルについて、個人的には「赤毛“連盟”」派で、「組合」だと一気に地方自治体感が出て来るのであんまり好きではない。
巻末の解題によると当時の4ポンドは現在の日本円にして約20万円ほどになるらしい。百科事典を書き写して週給20万とか普通に考えたら話がうますぎるけど、一般的な詐欺と違って金が貰えるからまさかその裏であんな計画が進んでいるとは思わない。ホームズものはあまり読んでないから本作以外にもベストはあるのだろうが、今のところ読んだ中ではこれが一番面白いかな。
今年放送されたドラマ「ハムラアキラ」でも、これと同タイプの物語があったがネタバレになるのでここでは伏せておく。
・アーサー・モリスン「レントン館盗難事件」
ホームズがライヘンバッハの滝に落ちて退場してしまったため、〈ストランド・マガジン〉の要請により登場した新たなる名探偵、マーチン・ヒューイットの物語。
タイトル通り、レントン館で起こった連続盗難事件の謎を追う物語で、構成もややこしくないし、探偵のヒューイットも衒学的で複雑な用語をもちいて読者を煙に巻くようなことはしないため、海外ミステリ初心者に是非おススメしたい作品。
盗難の謎も意外性があり、推理も理路整然としている。そして犯人が使ったトリックのメリット・デメリットが明示されているのも良く、そのデメリット解消のための「マッチ」がホント巧いな~と思う。
・アンナ・キャサリン・グリーン「医師とその妻と時計」
女性で初めて推理小説の長編を書いたといわれているのがこのグリーン氏。
高級アパートで起こった射殺事件。現場には犯人の痕跡がなく、凶器の拳銃も行方知れずで暗中模索になると思っていたが、捜査していくうちに隣人の医師が殺害を自白し始めるという展開。
盲目のイケメン医師と美人妻の間に起こった殺人悲劇という古典的な構成でありながら、丁寧な心理描写に心を打たれる。事件の真相がシェイクスピア劇っぽいのでお芝居向きかも。
盲目の悲劇というと横溝正史の「車井戸はなぜ軋る」を思い出すが、横溝先生もこの作品を読んでいたのだろうか。
・バロネス・オルツィ「ダブリン事件」
シャーロック・ホームズのライヴァルの一人として数えられているのが、オルツィが生んだ〈隅の老人〉。安楽椅子探偵として語られていることが多いが、検視審問に出向いたり新聞から情報を得ているので、厳密には安楽椅子探偵ではないし、真相も一人語りで裏付けみたいなものは取っていないので、限りなく真実に近い一解釈とでも言おうか?
本作はベーコン製造で財を成したブルックス老の遺産相続絡みの事件で、弁護士の殺害と遺言書の偽造、この二つの事件の成り行きを〈隅の老人〉から聞く形で話が進む。
登場人物が限られているので特別意外性とかはないし、その気になれば事件の構造を読み解くことは可能だ。
・ジャック・フットレル「十三号独房の問題」
ヴァン・ドゥーゼン教授の名を初めて知ったのは歌野晶午『密室殺人ゲーム王手飛車取り』のこと。直接原典にぶち当たらず『十角館の殺人』といった新本格ミステリを経て海外古典の有名作に辿り着くのはミステリ初心者あるあるだと思っているが、どうだろうか?
本作を知ったのも新本格ミステリ作家の一人である有栖川有栖氏の著書『有栖川有栖の密室大図鑑』のおかげで、本作「十三号独房の問題」以外にも「急行列車の謎」「密室の行者」「妖魔の森の家」が紹介されていた。
密室ものでありながら殺人のような血腥い事件ではなく、いかにして教授が堅牢な監獄から脱出するかを描いた少しトリッキーな作品。必要最低限の衣類と歯磨き粉と数枚の紙幣。そして毎日の靴磨き。「これで一体どうやって脱出するの!?」とワクワクさせられるし、途中で納得のいかない出来事が次々起こって退屈しないようになっている。
脱出方法は確かに面白いしユニークだが、アレが塞がっていたらどうするつもりだったのか、と疑問に思わないでもない。教授本人は幾つか方策があったみたいな口吻だが、それもついでに教えてくれたら、というのは欲張りすぎかね?