タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

崩して浮かぶもう一つの物語、「アリバイ崩し承ります」2話(ネタバレあり)

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

ドラマの前に放送していた「翔んで埼玉」の影響で、成田凌さんをドラマの間ずっと埼玉県人と呼んでいたことをお詫びいたします。

 

(以下、原作・ドラマのネタバレあり)

 

「時計屋探偵とストーカーのアリバイ」

ドラマ2話は原作1話の「時計屋探偵とストーカーのアリバイ」に相当する。個人的に現在公開されている9編の中で最もよく出来た話だと思っているのがこの作品で、アリバイトリックだけでなく、それを崩すことで浮かび上がる「真実の物語」にもじ~んとさせられる。そしてトリックが物語と有機的に結びついているのが良いのだよな。

 

事件概要やアリバイについては改めて述べないが、原作と違うのは被害者杏子の弟安嵐は原作だと妹の安奈。また被害者が食べたケーキはモンブランフロマージュブランだったが、原作ではモカフロマージュブラン。そして、原作では背後から刺されて死亡していたが、ドラマでは正面から刺されて死亡したことになっている。特に刺された方向の違いについては映像化ならではのヒントになっていたので後程言及する。

そして、菊谷が述べたアリバイ時刻。原作では夜6~9時の間に居酒屋で友人と飲んでいたことになっており、7時頃に8分間中座した。一方ドラマでは夜6~12時まで居酒屋にいたことになっており(長ぇ!)、7時半に5分間中座した、という形になっている。

 

さて、前回はアリバイ崩しにおいて「別解潰し」が不徹底だったことが不満として残ったのだが、今回は特別それが不満になることはなかった。

というのも、前回は別解を潰していくことでアリバイの強固さが強調され、物語の謎を深めることになったのに対して、今回の場合は別解潰しをしなくても「被害者のSNS投稿」「被害者の胃や十二指腸の消化物」「大学の研究生の証言」によって殺害時刻の裏付けが為されているため、そもそも別解潰しをする余地がそれほど無いのだ

今回も原作に比べると別解潰しは徹底していなかったが、トリックの性質上重要ではなかったから、私は瑕疵だとは思わなかった。

 

以上をふまえて、今回の事件について詳しく解説。ここからガッツリネタバレするので、原作・ドラマをまだ見てない方は要注意

 

今回アリバイトリックを崩す端緒となったのは、研究生が土産として持ってきた塩饅頭を被害者が拒否したこと。この後喫茶店でケーキを食べるにもかかわらず「甘いものは控えておく」という理由で拒否したこの些細な矛盾から、時乃はアリバイトリックを暴く。

ところで、原作では「塩饅頭の拒否」も含めて刑事の〈僕〉が時乃に全ての情報を提供してから謎解きが始まるのに対して、ドラマでは察時が時乃に話した段階では「塩饅頭の拒否」という重要な情報は入ってきておらず、そのため私は「時乃はどこを取っ掛かりにしてアリバイを崩そうとするのか?」が気になっていた。

単に調べられる所から調べようと思って大学の研究室にアタックをかけたのかもしれないが、時乃が取っ掛かりにしたものとして考えられるのは「弁当とケーキ」ではなかったかと思っている。

弁当に入っていた「ハンバーグ・卵焼きブロッコリー・プチトマト・白米」とケーキのモンブラン・黄桃・緑色の葉・ラズベリーフロマージュブラン」。この二者の色の相似に時乃が気づいたから、それが単なる偶然ではないと思って事件当日被害者と時間を共にするのが最も長かった大学の研究生にアタックをかけたのだろう…というのが私なりの推測だ。

 

「塩饅頭の拒否」から導き出される「食物をズラすアリバイトリック」も秀逸ながら、それと同時に被害者同意の下で行われた殺人」という真相が明かされるのが本作の凄い所で、これによって菊谷の悪質な動機による犯行だと思われていたものが実は愛する者のために殺さざるを得なかったという悲しい動機によるものだったことが判明。元妻の遺志を継いで悪役に徹しなければならなかった菊谷を思うと何とも言えぬ気持ちになる。ミステリは「見かけ通りではない」ことを明かす物語だが、今回は特にその反転の鮮やかさと物悲しさが印象に残った。

 

実を言うと「被害者同意の下で行われた殺人」という真相につながるヒントは序盤から視聴者に提示されており、それが先程言及した「刺された方向」になる。

いくら元夫だからと言って、ストーカーに対して自宅で無防備にも正面から胸を刺されるなど普通はあり得ないし、抵抗して腕に傷が残るはずなのに実際にはそんな傷も争った形跡もなかったのだから、これはつまり被害者自身が刺殺されることを望んでいた事実を示していたことになる。この改変は映像化としてナイスだったと思う。

 

蛇足

・今回のアリバイトリック、「研究生に弁当の中を見られたらおしまいだったのでは?」という意見もあるかもしれないが、そこから失敗する恐れはなかったと思う。何故なら、(教授の立場である被害者と研究生の関係から考えて)被害者と研究生が隣り合わせで食事をするのは心理的に考えてまず起こらない状況だろうし、仮に見られても大丈夫なように弁当のおかずとよく似た色合いのケーキを用意している。なおかつ、研究生は被害者が「弁当を食べている」という先入観があるため、中を目視してもそれがケーキだと思わなかっただろう。

一応この点に関しては原作でも言及されているが、引っ掛かった人もいただろうからここに書く。

 

・察時のアリバイ崩しに疑念を抱く渡海。「バレた時の展開」「渡海がアリバイ崩しを依頼する可能性」があるかどうか注目していきたい。あと時乃の風呂場での食事シーンは今後も恒例行事のようにしていくのだろうか、そこも注目。

 

「アリバイ崩し」ミステリの紹介(食物が鍵となるアリバイ崩し)

前回に引き続き、今回もオススメの「アリバイ崩し」ミステリを紹介。今回は食物がアリバイ崩しのキーアイテムとなったが、これまでの作品でそんな話があったかな~と振り返っていたら、ありましたよ。

 

五つの時計―鮎川哲也短編傑作集〈1〉 (創元推理文庫)

鮎川哲也「五つの時計」(『五つの時計―鮎川哲也短編傑作集〈1〉』所収)

アリバイ崩しの傑作を読むなら、まず鮎川先生の鬼貫警部シリーズをオススメする。鬼貫警部シリーズも『アリバイ崩し承ります』同様、謎解き特化型の本格ミステリで、鬼貫警部のキャラに凝った所はないが、読むと彼の魅力がわかるんだよな。刑事だけどキツくなく、気さくな感じが特に良い。

そんな鬼貫警部ものの短編で今回は「五つの時計」を紹介。ある男が絞殺され、同じ職場の男に殺人容疑がかかるが、その男の許嫁は別の男が犯人だと言う。しかしその別の男(椙田)にはアリバイがあり、そのアリバイは五つの時計によって裏付けられていた…という物語。

ここで障壁となる五つの時計は「椙田の自宅の時計」「証人の腕時計」「ラジオの時計」「洋品店の時計」「蕎麦屋の時計」。一つ二つならまだしも、この五つをどうやって偽装し、アリバイを構築したのかが見所となる。実は五つのうち四つは真相を聞くと「な~んだ」と思ってしまうようなトリックなのだが、問題は五つ目の「蕎麦屋の時計」。詳しく言うとネタバレになるので婉曲に言うと、これは蕎麦でないと意味がないトリック。寿司やピザじゃ~ダメなのだ。

著者自身はあまり自信作だと思ってなかったらしいが、個人的には鬼貫警部もののアリバイ崩しの中でベスト3に入る位好き。トリックは勿論、鬼貫が偽装工作を疑う部分も注目して読んでもらいたい。