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“アンチ・ミステリ”的な真実、「ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~」3話

前回、前々回と「ミステリとしての探偵物語」の色が強かったハムラアキラ。しかし、今回はかなり毛色の違う物語。

 

(以下、ドラマのネタバレあり)

 

「わたしの調査に手加減はない」

今回の原作は『依頼人は死んだ』所収の「わたしの調査に手加減はない」。今回も原作未読なので、ドラマの感想を。

葉村の元に、依頼人の慧美が訪れる。彼女は7年前に自殺した親友の香織が夢枕に立つことが原因でうなされており、葉村に彼女の死の真相を暴いて欲しいと言うのだ。早速彼女は香織の大学時代の友人を調査していくが、香織が不妊で悩んでいたことや、慧美が香織にただならぬ感情を抱いていたことがゼミ仲間の環によって明らかになっていく。そして葉村は警察から回してもらった調書を見てある仮説を導き出す。

 

物語の導入部分はアガサ・クリスティ『スリーピング・マーダー』を想起させる、「眠っていた殺人」を起こして真実を暴く形式のミステリなんだな~と思っていたが、ことはそう単純ではなかった。

女性同士の嫉妬や不妊に対する悩み、そして当てつけとして送られた年賀状…。葉村はそこから「慧美が送った年賀状が引き金になった自殺」と判断した。しかし、香織の死が自分のせいではないことを第三者に証明してもらいたかった慧美は激昂する。また、常連客のアケミや岡田警視は、葉村や警察の見立てに対して余りにも即物的過ぎるのではと疑念を抱く。

「私が間違っていたのでは…」。葉村が再調査すると、ゼミ仲間の環の隠された真実が浮かび上がる。

 

環を演じた松本まりかさんはここ最近出演したドラマの影響もあって、ただゼミ仲間の人間関係を教えてくれる“だけ”の役割ではないと思っていた方も多かっただろうが、まさか同性愛者だったとは思うまい(私もそこまでは読み取れなかった)。

香織が朗読した金子みすゞ「私と小鳥と鈴と」二人きりで撮ったプリクラの思い出…。香織自身には大きな意味のなかった事が環にとっては大きな意味があり、環はそこから本来存在しないはずの「愛」を見出してしまったことが悲劇につながったと言えるだろう。

 

香織にとって「私と小鳥と鈴と」を朗読したのは同性愛者である喫茶店店主に配慮したからあの作品を選んだのだろうし、プリクラの一件も単に他の仲間を待ってまで撮る必要がなかったという「気まぐれ」程度の思いつきだったはず。

しかし、環はあの朗読から「香織は同性愛者も理解してくれるような広い心の持ち主」だと思い、プリクラの一件で「自分に特別な感情を抱いているから二人で撮ろうとしたのでは?」と思ったのかもしれない。

 

学生時代、国語のテストで登場人物の言動からその人物が何を考えているのか答える問題があった。国語で習う文学に止まらず、世の全ての創作物は深読みすることで意味を見出し本質や面白さを求めようとする。それによって相手を理解したり思いやる精神が育まれるのだが、現実ではそれが悪い方向に働く場合が多いのだよな。

今回の場合、環は香織の言動を深読みしてしまった結果「香織は同性愛にも理解ある人で自分のことも愛してくれるだろう」という期待を抱いていたに違いないが、香織は環の好意が同性愛から来る邪な好意だと誤った深読みをし彼女を拒絶。それが死につながってしまったという訳だ。

 

香織も環もどちらも即物的に考えず誤った深読みをしたが故に悲劇を生んでしまった。一方葉村は香織の死の真相を即物的に読み取ってしまい、危うく真実を見逃してしまうかもしれなかった。「即物的な考え」と「深読み」、対極的な思考が印象に残る物語である。

 

アンチ・ミステリ

さて、探偵小説では探偵が調査した手がかりを元に「真相」が語られ、結果も大体その通りなのだが、反対に「探偵の推理で導き出される真相が、必ずしも真実を語っているとは限らない」という形式の物語もある。ミステリマニアはこういった形式の小説を俗にアンチ・ミステリと呼ぶ。

アンチ・ミステリー - Wikipedia

ざっくり言うと、「神でもない人間が限られた情報だけで全てを知った気になるな」という訳であり、全知全能のような振舞いをする探偵に対する反感や疑念によって生み出されたジャンルと言えるだろう。

こういった「探偵の推理の不完全さ」は謎解きをメインとする推理小説にも付きまとう問題であり、こういった問題のことを後期クイーン的問題と呼ぶ。ミステリマニアには馴染みある問題なのだが、ミステリをよく知らない方のために一応ウィキペディアの記事を貼っておく。

後期クイーン的問題 - Wikipedia

 

今回の物語も、(喫茶店店主の証言という「取っ掛かり」はあるものの)真相は推理では到達し得ない所にあったから、アンチ・ミステリのジャンルに入れて良いのかもしれない。

「わたしの調査に手加減はない」とはいえ、物事には自ずから限界というものがある。今回間宮さん演じる岡田警視は探偵の葉村が導き出した「誤った真実」を軌道修正させ「真実」へと導く役目だったが、前回述べた「ミステリとして着地させる役割」と相まって、彼の存在がより人ならざるものに近づいているような気がするのは気のせいだろうか…。