チンさんは群馬の珍宝館とか天職だと思うのですが。
チンポ
84話ゲスト妖怪「チンポ」
— タリホー@ホンミス島 (@sshorii10281) 2019年12月8日
原作「妖怪七人の侍」などに登場。三つの男性性器をもつ南方妖怪で、その性器を駆使してホバークラフトのように空を飛ぶことが出来る。また屁の威力はガス爆発を起こすほど凄まじい。基本的に無害であり、自身の能力を生かせるほど賢くもない。#ゲゲゲの鬼太郎 pic.twitter.com/OyirV0bWyU
水木ファンならお馴染みのこの妖怪、初出は「鬼太郎の世界お化け旅行」編の「妖怪七人の侍」。ご自慢の性器を駆使した技はあのねずみ男を感心させ、「近頃マレにみる妖怪の中の妖怪だ」と言わしめたほど。水木先生考案のオリジナル妖怪で、以前フジテレビで放送されていた「トリビアの泉」では「ゲゲゲの鬼太郎には恥ずかしい名前の妖怪がいる」と紹介された。
(でもぶっちゃけ水木作品の中ではチンポはまだマイルドな部類で、もっと下品な妖怪はいくらでもいるからね)
アニメでは3期の劇場版で初登場。この時はアカマタとやし落としの仲間であり、ぬらりひょんと組んで鬼太郎を倒そうとした。とはいえ特別強い力はなく、敗北が決まるとご自慢の「三連チンポ噴射」で逃亡するという変なヤツだったが…。
4期も3期同様劇場版で登場し、南方妖怪一味として鬼太郎を襲った。4期のチンポは性器を機関銃のように駆使して火炎弾を飛ばしていたが、武器であると同時に弱点でもあった。
5期になると放送コードが厳しくなった影響もあってか、名前も大幅に変わって「ポ」だけになる。技も口から超音波の様なビームを出したり屁で空を飛んだりしたものの、原作の性器要素はカットされることになった。ただ、首にコテカらしきものを掛けていたから一応原作要素を残そうとした感じはするけどね。(でもそのコテカらしきもの、口にくわえて笛を吹くように使っていた描写があったからコテカじゃないかも)
「テレビ表現の限界に挑戦」
©水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション
今回の脚本は前回の記事で言った通り、市川十億衛門氏によるもの。九月末に発売された『ゲゲゲ ヒロインの森』の脚本家アンケートの頁で「『伝説の南方妖怪』回」として予告されており、「テレビ表現の限界に挑戦した(!?)」と書かれていた。
という訳で、今回は「チンポ」という名を出さずにどこまでその名を表現していくか、3本の男性器を見せずにどうやって表現するかがポイントとなった。
①「チンポ」という名を出さずにその名を表現
・「チン」→鳩の鳴き声(ポッポー)
・「チン」→「ポチ」
・「チン」→機関車の汽笛(ポォーーー)
・「チン」→「ポイント三倍セール」(何気に唄の声が5期猫娘の今野さん)
②3本の男性器を見せずに表現
・ラーメン屋「珍沈鎮」
・ラーメン屋のサボテンに3つのコブ(チンさんの股間の位置に)
・3本の虹
はーい、頑張ってましたねー。(白目)
他にも「チン」にまつわる用語が随所に散りばめられていたね。楽チン・賃貸・賃上げ・珍妙・鎮魂歌・ちんすこう。更に言えば、警察に捕まった罪は「猥褻物陳列罪」。
労働の姿勢
今回はチンポネタが表のメインみたいなものだったが、裏のメインとして外国人労働者の問題が扱われた。原作のチンポはドラキュラ親分に安い報酬(今回のアニメと同じ2200円)で雇われ目玉おやじをさらう役回りだったが、その役回りと今回の外国人労働者という組み合わせはなかなかマッチしていたと思う。
私が以前勤めていた職場も中国やベトナムから働きに来ていた人がいたから、今回の話は結構身近に感じられたが、流石に劇中みたいに酷い環境ではなかったよ。
偏見になるようで申し訳ないが、今思い返すと、中国の人はちょっと勤務態度に不真面目な所があったね。流れ作業中に私語をして検品が疎かになっていたり、マスクを鼻までかぶらないといけない(食品製造に関係しているため)のにズラしていたり。だから度々注意喚起をしないといけない、とまぁそんな感じだった。
それはさておき、外国人労働者の雇用は社会問題の一つだ。最近ベトナム人の技能実習生が日本人上司に集団暴行をはたらいた動画がSNSにアップされたが、正にそれが良い例だろう。ネットでは「上司のパワハラが悪い」とか「怒られたからって集団で殴るのは犯罪だ」とか色々意見が紛糾していて実態がつかめないので、ここでは紹介するに止めておく。
こういった問題は以前西洋妖怪編の始まりであった難民問題ネタと近いものがある。つまり労働に対する姿勢の違いとでも言えば良いのか。今回の劇中みたいに外国人労働者を差別し奴隷扱いしている会社は論外だけど、日本と外国とでは同じ「労働」でも働く姿勢・価値観は全然違っているだろうし、雇用する側も日本人を雇うのと外国人を雇うのとでは求めるものが違ってくるだろう。
その働き方に対する姿勢の違いを示唆するツイートがある。
旅先で見たいいゆるさの働き人達 pic.twitter.com/5PsEsz71zv
— 低橋 (@hikuhashi02) 2019年10月20日
ゆるい働き人達2 pic.twitter.com/Q1CDl3fPyq
— 低橋 (@hikuhashi02) 2019年10月22日
日本ではまずありえない光景だが、こういうのを見ると日本のサービスに対する几帳面さとか細かい所に対する気配りって、裏を返せば日本人の不寛容さとか重箱の隅を楊枝でほじくる性質が生み出した結果なのだろうかと思ってしまう。
何て言えば良いのだろう、今の日本は「働いているだけで許される社会」ではないのかもしれない。会社に利益を与える貢献をしなければならないし、成長(仕事だけでなく人間的にも)を求められ、何より社交的でなければならない。「趣味を楽しむための金を稼ぐため」で採用してくれる会社なんてまず無いし、入ったら入ったで思わぬ人間関係に苦しめられる。
日本人でさえ現代の労働環境で苦しんでいる人がいるのに、どうして外国人が楽しんで仕事出来るのかって思う。仕事そのものが好きでそれが人生のメインで構わないのなら話は別だけど、仕事がメインでない人に日本で働くメリットってあるのだろうかと考えてしまう。
一時「ゆとり世代」が話題になったけど、あれだって外国人の差別と何ら変わりはない。価値観・思考が理解出来ないから世代という形でカテゴライズした部分があるのだから。
私もゆとり世代だとか陰口を叩かれないよう、自分の本音を殺した時もあったわ。正社員だけの忘年会で飲めない酒を持って席を回っていったり、仕事では言葉遣いも気を付けた。それでも注意されたり怒られて、「社会的な正しさ」を押し付けられてゲンナリさせられたわ。死にたいって思うほど追い詰められた時期もあった。
今は仕事を辞めて大分楽になったけど、これからなんだよな問題は。新しい職場で折り合いをつけたり我慢しなければならない所もあるかもしれないけど、苦しみとか辛さに鈍感にはなりたくないな。それで自分が良かったとして他の人の辛さまで気付けなくなるのは嫌だし、それを「誰もが通る道」みたいな感じにしたくない。辛いは寄り道みたいなものでありたい。
さいごに
後半ほとんど自分の愚痴みたいな感じになって申し訳ない…。
けど外国人労働者とか関係なしに、もっと気軽に働ける環境になって欲しいなと思うし、そうならない社会に対してデモやボイコットを起こすくらいに政治に関心を持たなければならないと思った。今の日本の政治情勢を見ていると「(暴動はダメだけど)よくまぁデモもボイコットも起こらないもんだな。真面目に働いていて馬鹿らしくないのかな」と思うのだが、どうだろうか?
次回は伝説の巨人妖怪、ダイダラボッチ。今回も裸だったけど来週も素っ裸だな…。